71 煙と騎士
彼は煙のような騎士だ。
ひょうひょうとして騎士というよりは道化であり、猿のように求愛していると揶揄されることもしばしばある。
ある時、とある貴族のパーティにいた。無骨な騎士たちを誘い日頃の労をねぎらう、という貴族の目的だ。
もっとも貴族の狙いはそれだけではなかった、親交ある国の大使を招いているのだ。そのため、単に細腕の貴族たちばかりを招いていては友人という面を差し引いてもなめられる。必要悪だと語っていた。
壁の花になっている彼は社交場を眺めていた。貴婦人たちを笑わせる冗談や同僚の下手くそな踊りを立てて、相手の淑女と上手くくっつけるといったこともしていたが、飽きたのか静かにグラスの水をなめていた。
そしてパーティも佳境に差し掛かるころ慎ましく淑やかな貴婦人が彼と踊ろうと申し出た。
彼は言葉巧みな冗談で貴婦人を笑わせダンスを受けた。
貴婦人のドレスは華美にならず、しかし地味ならず、極端に露出の少ない服装だった。胸元にブローチがあり、緑に光るそれは実に彼女に似合っていた。
足運びも巧だ、背を高く見せるためのヒールはダンスを踊るのには足かせになるだろうが、貴婦人は踊り慣れている。
一曲踊り終わると、彼は貴婦人の手を引きバルコニーに誘った。
夜気が冷たく降りる。
「楽しかったですわ、騎士様」
「よくご存知で、私は有名ですか?」
えぇ、貴婦人は気品ある笑み面を作る。
「煙の騎士は名高いですわ」
「おやおや、そんなふうに言われていますか」
「ご自分のことをお知りにならないのね」
「いえ、でも私は貴方のことをよく知っていますよ」
言葉に空気が変わる、貴婦人が尋ねる。
「貴方は積極的な女性だ」
「そうですわね」
息をついた。彼はその寸隙の縫うように言い放つ。
「そして礼儀を知らない、下層の出だと」
貴婦人はその言葉にまず混乱を覚え、笑ってどうしてと尋ねる。
「ダンスの誘いは男がするものです、今日のような貴賓集まる席においてそれは絶対です」
「まぁ、そうでしたか、ごめんなさい。はしたない女と思わないでいただきたいのですが、私は貴方をお慕いしておりますの」
「それは嬉しいと、怖いという言葉でお返ししましょう」
なぜ? 貴婦人の笑みが引きつって冷たく変わるのを感じて騎士である彼は言う。
「どなたか、殺したい人がいるのでしょう?」
「まさか、冗談でも怒りますわよ?」
「貴方の服は極端に露出が少ない、その下にナイフを仕込んでいる。見た目からはわかりませんよ、けれども私はスケベでして、あなたの知らぬうちに触っていたのですよ」
貴婦人の笑みが消え彼に掴みかかる。けれども彼は貴婦人の腕を掴み唇を奪って黙らせる。
貴婦人は入ってくる粘液を含んだそれを噛んでしまおうとする。騎士は手慣れた様子でさっと引きぬき、貴婦人の持っていたナイフを奪った。
「殺したいほど、慕っている、ということでよろしいですか?」
「教えませんわ」
「大方親交国に攻め入りたいもしくは関係を崩したいというところでしょう」
「あら、衛兵を呼ばなくていいのかしら?」
「私は今夜壁の花でした」
唐突に切り出した言葉に貴婦人は戸惑う。
彼は続ける。
「貴方のような輩がこのパーティに来ることも予想していました、では、私は何もしなかったのか? 答えはノー」
全て終わっているから壁の花になっていたのです。
言葉とともにパーティ会場から悲鳴が聞こえる。屈強な男たちによって刺客と思しき連中が捕まっていた。
「そう私は煙の騎士です。それなら私がいる時点でこうなることを予想しなかった」
言葉が終わる前に貴婦人、否、暗殺者は拘束を振りほどいてバルコニーから飛び降りた。死ぬ高さではないから逃げたのだろう。
「そして、誰一人煙の騎士からは逃れられない、貴方はカゴの鳥だ」
笑い、自分の仕事を終えたこと認め酒盃をあおることにした。




