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69 魔界と姫

 ここは魔界。魔法使いや悪魔が住む世界だから魔界という。

 その森の一角、その女の子は何かから逃げるように走っていた。

 実際逃げていた。追うは屈強な悪魔の軍勢。対して女の子は森に不向きな上等な靴を履き、絹で作られたと思しき高価なドレスを身にまとっていた。ドレスや靴は森の泥に汚れ傷つき、女の子の愛らしい相貌も今は恐怖に彩られている。

 そして、木の根に毛つまづき彼女は「あぁ」と嘆き倒れ伏してしまう。

「魔王さまはこの姫をどうしろといった?」

 悪魔が姫と呼ばれた彼女を取り囲む。数は四。いずれも容貌魁偉な恐ろしい姿をした上級悪魔だ。万に一つでも彼女が打開できる問題ではない。

「殺せといった」

 なら殺すか、そう呟いたのをきき、彼女は尋ねる。

「どうして、どうして、お父様が私を殺せとおっしゃったのですか?」

 問に悪魔は笑って取り合わない。

 姫は死を覚悟して目をつむった。

 しかし、いつまでたってもそれは訪れない。

 代わりに音が聞こえる。悲鳴だ。あの屈強なる悪魔たちが苦悶に泣いているのだ。

 目を開けてみれば、悪魔たちは倒れ伏し、一人の青年が立っていた。

「お前が、魔王の娘か?」

 青年は銀髪ゆたかで肩まで届き、一目で魔法が施されたとわかる鎧を身にまとい、手には悪魔の血で濡れた赤黒い剣を携えていた。

「俺はお前の父を倒し、新たに魔王になろうとするものだ」

 そして、青年は手を出す。

「お前の力が必要だ、俺とともに来てくれないか?」

 青年の言葉になぜ、という問いを出せなかった。

 姫は知る。

 どうして、父である魔王が娘である姫を殺そうとしたのか。

「魔王を殺せるのは、魔王の作った魔法であるお前だけだ」

 そして、残酷な運命を騙る。

「魔王の魔法であるお前は、魔王が死んだら運命を共にするのだ」

 父に殺されて死ぬか、父を殺して死ぬか、その理不尽な運命とともに姫と青年剣士の旅が始まる。

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