64 怒りと日常
最近彼女が情緒不安定な件、と某有名掲示板でスレ立てしたら2でリア充乙とコメが来そうな問題を俺は直面している。
彼女とは同居している。そろそろ一年くらい経ちそうだが次の段階にステップアップはまだ考えなくてもいいだろう、という甲斐性なしだが、彼女もその件に関しては概ね同意のようだ。
俺は個人店料理屋の料理人でそれなりに店長からは期待をかけられているし、応えている。
というのも店では定食や家庭料理を出しているのだが、趣味でスイーツを作り「見習いの手習いスィーツ」なんて銘打って売りだしてみたところバカ売れ。スィーツ狙いの客が遠路はるばるやってくるということもざらにあった。
そんなんで同居中の彼女との役割分担で俺は食事担当買い出し担当というわけだ。
最近彼女が情緒不安定、というのはなんだか苛立っているように感じるのだ。
彼女の仕事はブライダルプランナーで演劇もやっている。見栄えというものに美意識がある。俺がそう感じ取ったもので、彼女自身も実践していることだがえらく几帳面なのだ。
苛立ちの話に戻そう。
同居していると風呂の後のトラブルとかがある。俺の方が怒られるというタイプではあるが、俺もその分彼女を見ている。どうにも我慢しているのだ。
風呂の後に何か飲みたいように見える。けれども、我慢している。
すぐに思い浮かぶのはビールだ。大人だしね、ないしは酒だろうと思い、ちょっとコンビニ行くけどなにか欲しいものある、と尋ねる。もちろん善意だ。
けれども、彼女はキッと俺を睨んでいらないというのだ。
そういうことが何回か重なって俺は悩んでいる。
実害はない。トラブルもない。処理できるトラブルはあるけど、そう、処理できないし問題視していないトラブル、それがあるのだ。
そして、俺は思い切って食後にスイーツを出してみることにしたのだ。
「なにこれ?」
「店で出してるスィーツだよ、うまいぜ」
「――ありがと、でも今はいいかな?」
どうしたんだ? 俺は言葉を掛ける。
「ダイエットでもしているのか?」
「そうだよ、わかっててやったの?」
「慰められるかわからんけど、太っているようには見えないぜ」
「そうね、よく言われる」
けど、ダメなのよ、彼女の言葉に俺は思いをぶつける。
「じゃあ、俺に出来ることならなんでも協力する。だから、話してくれないか、話さなきゃ何もわからないだろう?」
絡む視線から彼女は眼を落とし、彼女は語り出す。
「母さん、私の母さんが死んでいることは知っているでしょ?」
「うん、俺はあったことないけど綺麗な人で演技もうまいって親父さんも君も言ってたね」
「親父が、言葉悪くてごめんね、母さんの着た衣装を着てみろって言われて、ちょっと愕然としたのよ」
サイズが合わないのよ、それでか、と思う。
「分かった、じゃあ、弁当の配分とかは変えてみるから」
「あぁと、やっぱり、わかんなかったか」
彼女の言葉に俺ははてな、と浮かぶ。
「なんでも、って言ったよね」
彼女の目が据わる。こう言う時は言質を取られた時点で肯定しなければならない、という暗黙の了解があった。
俺はウンと頷く。
「母さんの衣装っていうのはね」
もしかしてと思い立つ。
「ウェディングドレスなのよ」
俺は言葉に衝撃を受けながら、落ち着いてから言葉にする。
「取り敢えず、スィーツ食べなよ。日取りに間に合わせるくらいの甲斐性は出させてくれ」
これが俺のプロポーズの言葉だった。




