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60 精霊と和風

 風の精霊が悪さをする砂塵の街がある。

 精霊は竜巻を起こして人を脅かしたり、脅かすだけにとどまらず死傷者が出ることもあった。

 人々は困ってはいたが、精霊を退治しようだとか交渉しようという手段には出なかった。

 精霊とは自然の象徴であり自然には勝てないという認識がはびこっていたからだ。

 そこに東方から若く妖艶な美女が訪れた。

 男たちは言葉がわからぬ外国の人を口説こうとして、自国の言葉で話を持ちかけられひどく面食らった。

 美女は話を聞き、こう話を持ちかけてきた。

「――私が風の精霊を鎮めてみましょう」

 言葉を聞き街の衆はこぞって引き止めた。

 精霊に慈悲はなく人間の命など歯牙にもかけない。そう言葉をかけるのに美女はこう切り返した。

「なら大丈夫ですよ」

 ニコリと笑み浮かべ街の衆の言葉を黙らせた。

 そして、昼間の暑さが消え冴え冴えとした月夜、風の精霊はその人間を見つけた。

 人間はこの辺りでは見たことのないベンベンとなる楽器を手に演奏をしていた。

 楽の音につられて精霊は人間に興味をもった。

「やぁやぁ、君はどこの田舎者だい?」

 精霊はまず自分から声をかけた。

 しかし、人間は言葉を返さず楽を鳴らすだけだ。

 脅かしてやろうか、と思いながら人間の楽の音は心地よい。脅かしてしまってはこの続きが聞こえなくなる。

 それは少し面白くない、精霊は我慢して音楽の終わりまで言葉を待った。

 そして、音楽が終わる。

「精霊様ですね」

 いかにも、とふんぞり返って応答しようとして精霊は言葉に詰まる。

 人間がいかにも美女だ。今は隠れた太陽も、天に坐す星辰も、弧を描く月光も、この美しさに恥じ入って隠れてしまうのではないか、と途方も無い賛美が精霊の中で起こった。

 いってしまえば、この傲慢な精霊はこの人間に恋をしてしまったのだ。

 そうなってしまうと哀れなものでしどろもどろになって気を引こうといろいろな言葉を費やす。しかし、話しなどという無駄な機能を使うことのない精霊は、それこそ田舎者のように無様だった。

「な、何か欲しいものはないかい?」

「では、精霊様の指輪がほしいです」

 いいよいいよ、と二つ返事で精霊は自分の指にはめていた指輪を美女に渡してしまった。

 そして、精霊はしまった、と思う。この指輪は自分の力の源だ。これによって風達を操り従えていたのだが、指輪がなくては従う風が少なくなる。

「済まない、済まない、やはりそれは返してくれないか」

 美女は、何故とも問い返さない。くるりと踵を返して去ろうとする。

 そうなると精霊は気分が悪い。旋風を起こして脅かしてやろうか、そう思い行動に移す。

 美女を切り裂く魔性の風が一陣起こる。

 しかし、すぐ止まる。

 あっ、と見据えた時には美女の細い指には精霊の指輪がはめられていた。

 そして砂塵をまき散らしたかと思うと、美女は掻き消えていた。

 精霊は美女を探しに後を追った。すると見たことのない獣がいた。

「おい、そこな畜生、ここを人間の女が通らなかったか?」

 畜生呼ばわりされた見たこともない獣はあちらに向かいましたと言葉少なげに顎で示した。

 風の精霊がそちらに向かうのを見てその獣は笑った。

「大陸者は大したことがないな」

 そういって、獣、狸は笑って口中の指輪を取り出しいいものを手に入れたと笑みづらになった。

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