43 鏡と幼馴染
これを書いている時妨害があり、中々思うように賭けませんでしたw
隣に住んでいる幼馴染は鏡が好きだ。彼女の部屋の中には古今は無論洋の東西を問わず揃っていた。その財力を子供の頃は考えなかったが、子供である彼女がそれを持ち、さらには収集する偏執的な狂気を成長するに従い奇妙なものと、改めて思うようになった。
ある日、幼馴染が部屋からでなくなった。彼女の両親はすでに亡い、下女と下男が一人ずついるだけである。
私はそのことが気にかかり、下男下女に話を聞いた。さすがに厠に立つことくらいはあるだろう、その問いへの応えに鳥肌が立った。
「いえ、お嬢様は厠どころか食事もろくにおとりになりません」
「え? それであんた達金をもらってるの?」
「はぁ、ただ、買い物を頼まれます」
それが何か、私はとても気になった。
「鏡を買ってこい、というのです」
「それも一個や二個じゃきかないくらい」
蒐集癖もそこまで来ると狂気だな、内心で戦慄しながら私は下男下女らに頼み込んで幼馴染の部屋へと案内してもらった。
「では、私どもはこれで」
「心配じゃないのかよ」
「怒りに触れて仕事をなくしたら、あなたは責任をとってくださいますでしょうか」
さすがにそこまでは、と言う前に彼等は去った。全く、薄情なものだ。
「入るぞ」
キィ、と音をたてる戸は軋んでいた。
外からわかってはいたが、光が差し込まない。遮光幕は閉じられており、夏の暑さも石造りの家の中では凍えるような寒さだった。
まず、暗さが分かる。その後は物の多さだ。鏡が乱立し、小さなものは百はゆうに越しているようにみえる。大きなものはそれなりの広さが必要とされるため数は少ないが、壁掛けの鏡は天上にまであるようで正直ぞっとした。
私は幼馴染を呼ぶ。
返事はない。
それでも呼ぶ。
それでも返事はない。
仕方ない、と思って私は部屋に入った。掻き分けるように部屋の中へ入る。
そこでやっと声を聞く。
ぐぇえ、とカエルの潰れたような声がする。ビクリとして私は下を見てみると、幼馴染が私の足に潰されていた。
「ちょっと、何すんのよ」
「いや、お前、全然外に出ないからどうしてるかな、と思って」
「――……今、何日」
私が答えると彼女ははぁとため息をついた。
「心配かけた」
「なんか問題あんのかよ、相談のるぜ」
「あのさ、言いふらさないでよ」
そう言って彼女は私を抱き寄せて鏡を持った。健全な男としてはドギマギとし、意識されていないのかなと諦めが浮かんだ。
「ほら――見て」
彼女は鏡を指差す。そこには――あるはずのものが、
「お前、鏡に映っていないじゃん」
そう言うと現実を意識したようで、男女の意識ではない、彼女は横になった。
「そーなのよ、ショックだわ――」
そう切り出して彼女は話し始めた。
「悪魔が現れたのよ」
鏡の悪魔、冗談めかしていうが彼女の話は深刻だった。
「鏡の中の私を悪魔がさらったの、悪魔はこういったわ。『お前が写った鏡を壊せば、鏡の中のお前を返してやろう。そのかわり十日の間に見つけられなかったらお前の魂をいただく』っていう、理不尽な話しよ」
「そういうわけか、鏡を買いあさってたのは」
そういうこと、彼女は溜息をつく。
「だったら自分で買いに行けばいいだろ?」
「呪いかかってんの、陽の下を歩いたら消えるって呪い」
だからか、言いながら悪魔の遊びのなさが疑問だった。とは言うものの悪魔を知るのは書物に書かれたお話の中でしかない。
ゆえに知る。物語は物語に過ぎず、現実は哀しいまでに現実である、と。
「今日なのよ、約束の刻限」
ドクン、と胸がなる。
「まぁ、仕方ないよね」
「い、いいのかよ」
「いいわけないじゃない」
そう言って鏡を背にした彼女は涙を流して俯いた。
「私はね、ずっと物語になるようなことは起きず平坦に人生を送っていくもんだと思ってたのよ」
きっとこれが私への罰なのね、鼻声になりながら彼女は語る。
彼女は涙が嘘であるかのように自罰を騙る。そんな強がりを彼は見ていて目障りで、聞いていて耳障りだった。
その思いに偽りはない、だから肩を掴んで彼は彼女の目を見つめて思いを言葉にする。
「――諦めるな!」
彼女は言葉を聞き、目をそらし、無理よ、と言葉にする。それが堰だったのかあふれるように否定の言葉が洩れる。
その一切をせき止め、私は言葉にする。
「私が手伝ってやる、お前が消えるなんて冗談じゃない、何でもしてやるから、諦めるな!」
思いに集中しながらいつの間にか目と目があっていることに気が付き、気恥ずかしさがこみ上げる。
きょとんとしながら彼女は眼を見ている。その視線がボウとしたものではなく、何か意思がある。そう気付き私は問いを投げようとした所で彼女は笑顔を向けた。
「動かないで?」
言われ、下顎を華奢な手で掴まれる。
「なんでも、といったわね?」
私は視線を逸らせない。彼女は先程までの泣きはらした顔のまま笑顔を形作っていた。それがどこか妖しさをはらんでおり、蛇の眼を見つけ動けなくなってしまう小動物になってしまったのではないか、と冗談にもならない冗談が頭に浮かぶ。
彼女は言葉にする。
「貴方の眼に写っているわ」
その言葉に心臓が高鳴る。
「目を閉じないで」
くちづけでもするのではないかと顔が近くなる。
「私が、写っているわ」
質問すら言葉に出来ない。
「じゃあ、壊すわね」
否応の言葉も。
彼女が助かるのなら、と失う物を切り捨てる。
そして――
――彼女は助かった。
「いったーい!」
音がする。
両耳が聞く。
それから、命があることを確かめ、ついで痛みがないことに疑問を覚え、最期に音の質を反駁する。
音は硬質なものが割れる音だ、断じて聞いたことがないが想像に難くない眼が潰される音ではなかった。
そして、いつの間にか閉じていた目を見開いて私は目の前の光景に驚く。
鏡が、割れていた。
それだけではない、そこに立っていたのだ。
固有名詞かもしれないし、代名詞かもしれない、名を――悪魔、といった。
『おめでとう、私の問いに答えられたようだね』
悪魔の言葉に彼だけでなく彼女も鏡を見た。割れた鏡だけではなく部屋にある全ての鏡に彼女の姿が写っている。
「あんたの言葉を思い出せば彼が引っ掛けだってことはわかったわ」
『ほう?』
「あんたはいなくなった私の鏡像が写った『鏡』といったわ。だったら私が彼の眼を壊しても戻らない。だから、私は私の鏡像が写った彼の目が写った鏡を壊すことによって、あんたの言葉を崩したのよ」
然り、笑って悪魔は答える。
『詭弁であるが、このように我が問を崩せるとは思わなんだ、やはり人間は素晴らしい』
「さぁ、私の願いを叶えなさい」
『ふむ、いいがね、だが、私がかけるまでもなく君の魔法は成就しているよ?』
それを言うことが私は対価だ、そう言い悪魔は消えた。
「あ、待ちなさい! って、もういないし」
「なぁ、願いって、何だ?」
言葉に彼女はようやっと私を見る。
先ほどまで悪魔としゃべっていたような毅然とした態度は掻き消え俯いてしどろもどろとなる。
「あ、あのその、私は、あのね、あ、悪魔に願いを叶えてもらうために」
「悪魔を呼び出した、と。自業自得じゃねーか」
私は怒っている顔を見せた。そして、実際怒っている。
だが、助かったのも助からなかった未来があったことも事実だ。それを考えれば助かってよかった、とも思える。
「願いってなんだよ、言っとくけど喋らないってのは許さないぞ、私は眼が潰されると思って怖かったんだからな」
「う」
言葉につまり彼女はしどろもどろになる。
ようやく言葉を聞き、私は悪魔の言葉を思い出す。
「それならとっくにかなっていたよ」
名を、呼ぶ。
「私はお前を愛しいと思っていたよ」
このお話は最初とプロットが変わったお話でもあります。どちらかと言えばホラーだったんですが、なんと銘打てばいいかわからん仕上がりにw
では早い再会を祈って失礼します。




