36 顔と堤防
小説家を志し、夢破れて嫌いだった父親の伝手を借りて清掃局に務めることになった。落書きを消しながら何をやっているんだろう、と思っていた。
自分は本来ものを作る創造的な仕事をしようとしていたはずだ、だが結局惰性に流れて何もできずに日々を漫然と過ごしている。
アスキーアートで生まれた「する夫」というキャラクターの落書きを消している。長い距離のある堤防だ、一人でやっているわけではないが、モチベーションを維持できずタバコを吹かし休憩を取ることにした。
「こんな落書き楽しいのかね」
「自己顕示欲だね、こんなことをするガキはクソガキだぁな」
自分の疑問が先輩の理解を示さない言葉にかき消される。彼も最初はその答えで良いと思ったのだが、翌々考えてみると違うと思ったのだ。
彼は小説家を志していた。けれども今は掃除屋だ。
この犯人もそうなのではないか、自分と何が違うだろうか、そう思うと興味がわいた。
仕事を終え彼は犯人会ってみたいと思った。
「やぁ」
現場を捉えるのには苦労した。警察と違って力のない公務員だ、その分横のつながりここらを縄張りにしているホームレスや街のうわさが集まる居酒屋などを頼りにし、彼はついに犯人をとらえた。
「なんすか? おっさん」
「これでもまだ二十六、は、おっさんか」
歳は取りたくないな、と彼は自嘲した。
「君、落書きしているやつだろ?」
暗がりの中街灯が犯人を照らす。それで驚く、大概こう言う落書きというのは男がするものというイメージがあった。
けれども、女だ。女というよりは女の子。スプレー缶を幾つも持ち、さながら落書きのプロといった体である。冬用のパーカーにはスプレー汚れが目立ち、顔にも少し汚れが見えた。
「おでんでも食べながら話をしないか?」
「なに、おっさん、JKを誘うの下手すぎ」
「まぁ、そういうな。俺は君をこの街の顔にしようってんだ」
転がしたあめ玉の味は奇妙だったようで、女の子、彼女曰く女子高生、は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。
女の子は誘い通りついてきた。こんなふうにガードが緩いようでは大丈夫なのだろうか、と心配になるが、そこは彼の管轄ではない。
「って、コンビニのおでんかよ!」
「美味しいぞ」
「知ってる」
「だったら、なんでだよ」
「オージンのコンビニのほうが良かった、あっちおでんをコンプすればスタンプカードをついてくれて、トレカと交換してくれるもん」
愚痴を言いながら、まぁまぁとあやしながら彼は本題に入った。
「君はなんで落書きしてるの?」
「うーん、青春のおーかってやつだな」
私ってバカだからさ、笑う。
「未来にキボーなんてないの、絵を書くことしか芸がない。しかも、バカ親は私の価値を認めてくれない。高校出たらすぐ結婚しろ、って何時の時代だよって話。ウケるっしょ?」
「そのままでいいのか?」
「いいわけないでしょ、でも、どうしたら良いかわからないのよ」
「じゃあ、俺が手伝ってやろう」
「はぁ? おっさんなに言ってんの?」
小説家希望だったんだよ俺、呟いて彼女が食いついてきた。
「落書きを町興しに使う、だ?」
そうです、と彼は企画書を上司に出してプレゼンをした。
そこには落書きを消すには消すが時間を置く、それによって観光客の目にとまるようにする。ただの落書きでは集客力が低いことを理由に却下されるだろうことを見越して彼は自分の役割を宣言した。
「僕が落書きに吹き出しをつけ漫画仕立てにします」
「なるほど、だが宣伝はどうする」
「今はTwitterやフェイスブックといったコミュニケーションツールが豊富です、団体客は無理でしょうが口コミで広げていくことが出来るでしょう」
「清掃局の仕事はどうなる」
「そのままで、ただし薬剤等の経費を減らせると思います、試算は提出していますので後ほど目を通してください」
「質の低い落書きが横行したらどうする」
「そこはテストするのです、街の掲示板や回覧板に広告を出すことを検討しています。それによって区からお金を出す事によって、落書きをプロ化させるのです」
「ふむ、中々考えているようだが一つ疑問がある」
なんでしょう、彼は問いかける。
「お前の話は面白いのか?」
「父さんは反対ですか」
「そうはいっていない、だが、現実としてお前は創作者になれなかったじゃないか」
「じゃあ、断言しましょう」
つまらないです、という。
父の言葉が来る、それを遮って彼は言う。
「僕達で考えるのです、独りでできないことは二人でやるのです
「……分かった」
そういって上司、彼の父は下がれといった。
結果から言うと課題のある成功だった。
彼女は頑なにする夫を書き、それしか書かない問題があった。なぜそこまでこだわりがあるのかを問いただすと意外な言葉が出てきた。
「する夫描いたの、作ったの私なの」
小学生の頃、と彼女はつぶやいていた。
成程、と彼は思う。なら、と付け加える。
「ライバルだったり、友達も描いたらいいじゃないか、一人だけじゃ寂しいだろ」
「……私達みたぃ、に……な、なんでもない」
そうつぶやいていたが、本人はやる気なようで案を出してくれていた。
彼は思う。これは彼が思い描いていた未来ではない。
けれども、充実している、それは過去の自分ではできなかった未来だ。
思いながら新しく街の顔になる堤防を見ながら明日が楽しみだった。
この話のおでんネタ。あったらいいなぁ、という筆者の妄想だったりします。
サン○スだったり、○ァミマで割りと使えるネタじゃないかなぁと思うんですがね。
既存のキャラ物でもいいでしょうし、オリジナルでもいいなと思うんだがな。ただ、年配層には需要がないなと思う。
ただ言えるのは安いだけでは集客力は低いということだな。回転寿司のなんだったかでもキャラ物をつけているという戦略が面白いと思う。
キャラ物ばかりがいいっていうわけではないですけどねー。
では早い再会を祈って失礼します。




