35 雨と天国
現実感がない。彼は起きてからそう言う感傷に浸っている。
なぜ、そう思うのか、それは簡単である。
――ここが天国です。
自分の内声でない声で頭に響いたことによってどこにいるのかを確信したからだ。
けれども、遠景に山があり、人の通る道が少ないこと、せせらぎの静けさ、そして雨。
本当に天国かと疑いながら自分の変化に気がついた。それで天国と半信半疑になりながら彼は一人の女声に出会う。
声をかけてみると、彼は納得した。
知っている人間だったのだ、しかも――死んでしまった恋人なのだから。
「あ、○○だ」
□□という名の恋人は在りし日の面影のままそこに立っていた。
雨露に濡れ、どこか艶っぽく見える姿に彼は知らず生唾を飲み、フルフルと頭を振った。
「あははは、どうした?」
「い、いや、ってか□□が若くてびっくりしただけ」
まぁね、どこか彼女が傷ついたような顔をしたのが彼は気になった。
「ねぇ、私の葬式には出た?」
当然、と彼は返すことができなかった。彼女が死んだ時彼等は分かれていて、すでに嫁になる恋人と付き合っていたからだ。
だから、彼女が自殺してこの世を去った事は風聞でしか知らない。恋人の手前葬式に出るのも躊躇われたからだ。
彼は少し間を置いて墓前には行った、と事実と彼女が傷つかない言葉を選んだ。
その言葉に彼女は笑う。
「○○変わったね、昔だったらもっとまっすぐに言ってくれたはずだよ」
「――俺だって、色々あったんだよ」
そう色々だ、特に最後はすごいことだ、同じ目にまた会いたいかと言われれば全くそんなことはないが話の種にはなるだろう、と思い、彼は言う。
「俺、さ、変わった死に方したんだよ」
「なになに、どんな死に方よ」
思ったよりも食いつきのいい□□に驚きながら彼はどんな死に方でしょう、と問い返してきた。
彼女は即答した。
「腹上死」
「いや、変わってるけど、違うよ。てか俺そんな絶倫キャラ?」
「うーん、○○タンパクだわ、それが振った理由だったりもするけど」
と暴露されながら、必死に茶番のようなクイズを続けた。
しかし、出ないことから彼は答えを告げた。
「俺、白髪だけどさまだそれなりに若いだろ? 何歳に見える?」
「五十代くらいかなぁ」
「ぶぶぅ、三七歳です」
「え? あ、若いなぁ、それは壮絶な人生経験だね」
「でも、これは俺の最期が原因です、俺もこっちに来て川をのぞいたから気付いたんだ」
もしかして、と彼女が呟いたあたりで雨脚が強まってきた。
雨宿りできる気を探しながら答えを言う。
「雷に打たれて死んじまったんだよ」
「ウヒャーそれは大変だ」
と面白そうに語る彼女に彼は何故か違和感を覚えた。
そして、その違和感がなぜ起こったのかが分かる。
轟音が響く。
天を劈き、古くそれを天の火薬庫と評した言葉もある。
どうして、彼の呟きに彼女は答える。
「天国でも雷が降るんだよ」
「ここはほんとに天国なのか!?」
彼女は笑いながら、つぶやく。
「どこいったっておんなじ、ってことでしょ」




