34 指輪と車輪
車輪を集めている男がいる。
男は職人というわけではないが、いたく車輪の造形が気に入り次第に収集するようになった。
仕事は辻馬車の御者である。そのため収集する環境は整っている。高いカネを払わずとも、横のつながりで知り合った同じ御者に頼み込めば車輪はすぐ手に入った。
だが、男に嫁ができてから話は変わってくる。
嫁は男の趣味を理解しない、そればかりか捨てるように口やかましいのだ。それで最近は喧嘩ばかり、しかもどちらかと言えば男が一方的に悪いと言われ。それが整然として義が嫁にあるのがわかるため、反論する言葉が出てこないのである。
「どうしたものか」
つい出てしまった愚痴に客が反応した。昼間だというのに酒を飲んでいる客だ。
客は親身になって聞いてくれた。酔漢には違いないだろうが、聞き上手なため男も躊躇せず話した。
「それならこの街の変わった商人に売ればいいよ」
何でも車輪を高く買う商人がいるというのだ。これならば嫁も文句は言わないだろう、男は客を目的地に連れて行くと、すぐさま自宅に帰ることにした。
そして、大量の車輪を馬車に積み、売ろうと思ったのだ。
しかし、男は嫁の行動で困ったことになる。
「あら、あんた、早いのね」
「お、お前、俺の車輪に何してんだ」
壊してんのよ、男は目の前が真っ暗になった。
車輪の軸と輪を支えるスポークという部品を嫁はとっていたのだ。
「俺が商人に売ろうとしていたのに、なんてことをしてくれる」
「車輪を?」
「そうだ、売れなかったらどうしてくれる」
「今後一切口答えしないわ」
思わぬところを突かれ男は面食らった。嫁が交渉に及ぶための一手であると気付いた時には遅かった。
「あんただけ得るものがあって、私に何もなしってのは不公平よね?」
「じゃ、じゃあ俺に何かしろってか?」
「うーん、そうねぇ、その、買ってもらいたいものがあるわ」
「よーし、高く売れたら何でも買ってやるわい。ただし、一つでも売れなかったら今後一切俺に口答えするなよ!?」
そう啖呵を切って男は馬車に倉庫にある車輪を一つ残らず詰め込んだ。
一つでも売れなかったら、というのは割合卑怯な手段だった、と思うが口やかましさに蓋ができるならこれ以上はないだろう、男は笑いながら商人に会った。
「ようこそ、何かお買いですか? お売りですか?」
「あぁ、車輪を買って欲しいんだが」
車輪、口に出して商人は足早に検品した。
「全部買いましょう!」
「ぜ、全部? スポークが壊れているのもあるが、いいのか?」
「えぇ、私共スポークは取り外すのです」
そうなるとただの輪っかだ。なんに使うのか男には全く見当がつかない。不思議がっているのに気がついた商人は言葉を投げる。
「巨人たちに指輪として売るのですよ、巨人たちは知恵が低いですけど話はできる、そして洒落好きです。お金ではなく、希少な鉱石を持っているから私共としては万々歳なのです」
そういって商人は貨幣袋を渡した。ずっしりと重いそれを手で持ちながら男は嫁にどんな無理難題を言われるか、今から頭を悩ませていた。
そんな男の気持ちを知ってか知らずか、商人は得意になってしゃべっていた。
その話を聞きながら適当に帰り、嫁に貨幣袋を渡した。
「全部、売れた」
「ほんと?」
「あぁ、男に二言はない、なんでも買ってやる。服か? 花か? 飯か? 本か?」
「全部違うよ」
「じゃあ何だよ」
そう問い詰めると嫁はらしくもなくしおらしくなり、指で遊びながら口早に言った。
聞き取れず、男は乱暴に聞き返した。そうすると烈火のごとく怒鳴りながら嫁はこう言ったのだ。
「け、結婚指輪よ! ホラ、私達式も挙げてないし! お金もなかったから指輪も買えなかったでしょ! なによ! 文句ある!?」
「い、いや別に」
いつも通りでは会ったが、よく見ると嫁の顔が赤い。年甲斐もなく恥じらっているのかもしれないと思い、ふと商人の話を思い出す。巨人たちの話だ。
「巨人もね人間と同じ風習があるんですよ、なんと番いに愛の証として指輪を与えるってんですよ」
奇しくも男は巨人たちの指輪である車輪を売ったことで、お家の巨人である嫁に結婚指輪を買うことになってしまったのであった。
次回は雨と天国です。
では早い再会を祈って失礼します。




