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03 親戚とロボット

CAST

磯良一智イソラ・カズチ

磯良億足イソラ・オクタリ

磯良九聞イソラ・クモン

 ――打ち明けたい思いがある。

 その思いを抱いたのは親戚一同が集まる正月の事だった。本家である私の家に親戚がハツカネズミを思わせるほど群がってくる。

 実際ネズミと評するのに間違いはない。鼠賊である、私にとり親戚というのは。

 本家は大いに盛んである。万能細胞では対処できない部分での臓器、パーツを補う機械化技術によって一代で会社を起こした祖父、磯良九聞は老いて尚老いていない。だが、その祖父も不老不死というわけではなく今命の灯火が消えようとしていた。

 そして、不幸とは重なるもので私の父は既に他界しており、嫁入りした母は親戚や祖父の顔色をうかがうだけでオロオロしている。つまり、私がしっかりしなければならないのだ。

 だのに、私は病気にかかった。そのせいで勉学に打ち込めず将来のことも疎かになりがちだった。

「やぁ、一智ちゃん」

 いってしまえば、それは幼稚な恋だ。


 親戚の私よりも六歳年上の磯良億足、幼少の頃おっくんと呼んでいた彼と再会しまず感じた印象は浮世離れした面持ち、メガネをかけていながら視野が広くよく気がつく才知、そして昔はもっと田舎臭かった風貌がどこか垢抜けたものに変わっていた。

 彼に惹かれたのは何故だったのだろう、始まりは定かではない。

 鼠賊共とはっきり違うと感じた、からだ。

 正月に億足は祖父に怒鳴り声で怒られていた。祖父の癇癪は珍しいものではない。しかし、長い間続くものではなかった、だから、その時の怒声は希なものだった。故に私は好奇心を抱いた。

 祖父の私室から去った億足の後をつけ雪降る渡り廊下に座りながら口に何かを咥えているところを見つけ私は隣りに座った。

「磯良家は禁煙だ、億足」

「一智、ちゃんか」

 年下に呼び捨てされても怒りもせずヘラヘラと笑う億足を私は気に入らなかった。そもそも私が悪いのにそれを棚上げしながら、まず祖父の怒りについて尋ねた。

 それに対し億足は困ったような笑みを浮かべたあとすこし間を置いて、まるで選んだように、答えた。

「――九聞様のご意思に添いかねたみたいでね、将来機械化技士には進まず万能細胞について勉強したいといったんだ」

 万能細胞は技術が未発達だが圧倒的に機械化よりも優れている、名誉のためにいっておくと祖父はそのことを知っている。だから、祖父の怒りは無知から来たものではないはずなのだ。

 だが、長年寄り添い続けた技術が古いものと言われたような寂寥が怒りに変わらなかったか、と言われれば難しいところだろう。

「それは怒られるわ」

 私は自身が噛み砕いた内容に納得し億足が向けた困ったような笑顔にドキリとした。

「一智ちゃんは将来どうなりたいんだ?」

「磯良を継ぐ」

 言いながら、本当は女としての幸せを噛みしめたいという願望のほうが強く感じていることを私は秘めていたかった。億足は? 返した問に億足は答えずポンポンと頭を撫でてて去っていった。

 それから半年後、億足が事故に遭い機械化手術を受けた報を私は聞いた。


「無様だな」出会い頭に億足に私はそう言った。本家の失望を表現した、と自分に言い聞かせた。本当は大丈夫か、と尋ねたかった思いを意識の隅に追いやり、私は――一智はそうあれかしと願った。

 億足は辛そうな顔を見せず病室でたばこを咥えていた。

「身体は正直でね、でも病室だからね、一応火は点けないって自戒している」

 私は無遠慮に億足の身体を眺めることはしなかった。既に文書に目を通しており、億足がもう生殖活動が出来ないことを私は知っていた。下半身は機械化されており待機音が少しうるさかった。

 言葉に詰まる。悪辣な本家の人間の仮面をつけることを選択したのだから、それを徹さなければ私の矜持が許さない。それが小さなものである事を知りながら。

「外に出るか?」

 だが、口をついて出てきたのは億足を気遣った言葉だった。

 億足はありがとうといい車椅子に乗り私はその背を見ながら屋上へと向かった。

 紫外線がきつい初夏の屋上は真っ白なシーツが干されていた。

「火をつけても、いいかな?」

 風下でな、私は鉄柵に身体を預けながら蒼穹を眺めた。

「億足って名前は――」

 彼が自分のことを話すのはいつ以来だろう、一智は疑問に思った。

「僕の本当の名前じゃないんだ」

「――厨二病か?」

 そうじゃないよ、億足が笑う。

「それと同じように君から見たら叔父の僕の親父は義父なんだ」

 優秀な人間を磯良は欲している。磯良が優秀であるということに自尊心を置かず、優秀な人間こそが磯良であることに価値があると生まれながらに教育されている。

 だから、別段、それは珍しい話ではなかった。

「億足――こんな名前は僕にとって重荷でしかなかった、けれども僕はそれに応えるだけの能力があった」

「囀るね」

 本家の君から見ればね、億足は快活に笑う。

「分家になってしまった僕の義父は自分の有能さを証明するために自分の娘を捨てた」

 それが許せないんだよ、億足は笑っていた。嘲りだった、その方向性がどこか義父やそんなルールを作った磯良、それらに向けられたものではない気が私にはした。感覚的だ、とそのフィーリングを私は恥じた。

「こんな体になってしまっては、義父は僕を切り捨てるだろう」

「億足は、優秀なんだろう?」

「優秀ではあるが、有能ではないよ」

 子を成せなくなった僕を義父は優秀とは認めないだろう、億足の声に悲壮は感じられない。だが、怖いほど冷える感覚を私は味わっていた。

 知らず、私は後ろから億足を抱きしめていた。

 億足は驚きがあり少し動揺し、静かになり、車椅子を少し前進した。

「ごめん」

 億足の顔が見えない。夏の暑さと蝉の喧騒が私を残し、億足は溶けるように病院に入っていった。私はその背を眺めることしか、出来なかった。

 本家に帰って数日後私はどうしようもない絶望を抱えながら死を思い、億足自殺の報を聞いた。


 喪服に身を包み一智である私は焼香して自分の席についた。

 その中で鼠賊共の嘲笑や旧友の嘆きの中、私の心は凪いでいた。

 そこからは早く、義父である叔父の弔辞ではなく祖父が別れの言葉を述べて終わった。

「――このばか者が、早く帰ってこい」

 異端な考えではあるが祖父の言葉の意味は生まれ変わってこい、というものだったのだろう。磯良を知らない鼠賊以外の木っ端は祖父の言葉を解さなかっただろうが、畏怖を覚えたのだろう、嘲りも震えすら無く会場はシンとした。

 話がある、祖父から告げられ私は祖父の部屋へといった。

 疑問の言葉を投げてはならない、疑問を投げられるのは祖父と同等である、ということだった。

「――あれにな、言ったのだ」

 あれ、とは億足のことだろう。珍しく悲しげな表情が見え隠れしていた。

「――お前を娶れ、と」


 祖父から億足の遺書を渡され私はその文書に目を通した。

 自殺する理由が何か、ということはよくわからなかった。明言していないのだ。だが、嗣実という名が目立ち、その女性と結ばれないことが気がかりだったということは見て取れた。

「嗣実というのはアレの父親の娘だ」

 叔父が捨てたという娘なのだろう。億足の恋がどういうものか、私は趣味が悪いと嘲ることでしか自分を保てないでいた。

 私は泣いていた。思いを打ち明ける前に死産したことについてかも知れない。だが、一智である私はそれを認めないまま泣いていた。

 祖父の言葉を思い出す。

「――あれに私は眼をかけていた、故、お前の番いにふさわしいと思っていた」

 だが、と祖父が笑った。九聞が笑ったのだ。

「刃向かったのだ、この私に、半分どころか四半分も生きていない若造が、この磯良九聞を相手にしたのだ」

 それが祖父が正月に怒った本当の理由だったのだ、億足もそのことを私に言うのが憚られたのだろう。

「若い人間は、年寄りを若返らせる。あれは私を楽しませた」

 全く、つまらない結末だ、九聞はため息を突いた。

「一智」

 名を呼ぶ、その言葉に私は萎縮した。

「お前はどう歩む?」

 億足を好いていたお前は、祖父は下世話な感情を一切排し好奇心から尋ねていた。

「私は」

 言葉が続かない。沈黙ばかりが続く。

 磯良を継ぐ、そう豪語していた自分がどこかに消えていた。

 九聞は失望せず、続ける。

「私はあと十年は生きない」

 九聞は笑う。

「弱十年、私を面白がらせるか怒らせる生き方をせよ」

 背を向けた祖父に、私は言った。

「私は、磯良を――」

 その先が、継ぐ、だったか、超えるだったかを私は覚えていない。

 ただ、私の失恋を泣くことに私は忙しかった。

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