23 お嬢様と沐浴
ミスリーティング。他愛のないものですが、貴方(読者)は見破れるか!w?
彼は従者としてとある貴族に仕えている。それも長いこと働き、それなりに評価され主君である伯爵様に重用され、信頼関係に厚い仲である。
しかし、彼には不満があった。なんに対してかは、主君に対してではない、お嬢様の顔を見たことがない、というものだ。それだけならばまだ我慢できるが、彼よりも先に使えていた先輩であり同じように重用されている従者のせいであった。先輩は仕事ができるという評価だ、そのため先輩がお嬢様の教育係として世話をしているということが彼の不満だった。
お嬢様についての謎は色々ある。
まず、同輩や下男下女全てに聞いたが、お嬢様の顔を見たことがあるのはやはり教育係として使えているあの男のみだそうなのだ。これは異常だ、彼は思う。
他にも、男でありながら教育係が服の世話をしているということや、お嬢様の風呂の際には教育係以外の従者は決められた自分の部屋に閉じこもらなければならないといった決まり事がある。
この事から父君である伯爵さまはお嬢様を見せたくないという心胆が現れている、と従者達は思っている。その例に漏れず彼もそう思っている、そしてこんな予想も彼は考えているのだ。
――お嬢様は本当は女ではなく、男なのではないか?
そう考えれば合点がいく。男にしては線の細い教育係が服の世話をしているという点や、雌雄どちらかはっきりする風呂を見せたくないということから、お嬢様は男なのではないか、彼はそう推理する。
そして、彼は教育係に食って掛かった。もちろん二人きりの時だ。
「オイ貴様」
「なんでしょう」
食って掛かったはいいが、彼は面食らった。教育係の顔だ。ある意味で男も感心するような美貌の持ち主で、口さがないものはその美貌でもってお嬢様の教育係になったのではないか、というものまでいる。
だが、そんなことを言った奴は教育係の氷のような視線で全身凍てつくような悪寒に包まれることだろう。
彼もその例に漏れず頓珍漢なことを尋ねてしまった。
「お嬢様は、その――可愛いか?」
自分でも言ってから、何を言っているのかと彼は思う。けれども、どうやらその言葉は教育係の意表をついたようだった。
少し、口早になりながら教育係は返した。
「――当たり前だ、可愛いに決まっているだろう」
何か違和感を覚えたが、彼は何であるかがわからなかった。
だが、かえって確信を得る。お嬢様は男なのである、と。感じた違和感もそれを補強するように捻じ曲がり、口早に言ったのは教育係が嘘を言っているからだ、と彼は感じた。
――お嬢様の風呂を覗こう。
彼は意を決してそう思った。当然お嬢様の裸を見るのだから何かしら罰は与えられるのだろう、だが、そこはバレるようには動かないと彼は考える。
何より、秘密を握れば教育係どころか主君の伯爵にだってなにか働きかけることが出来るかもしれない、思いがけない野心の萌芽に彼は気づくことはなかった。
そして、お嬢様の風呂の時間になり、相部屋の下男に金貨で買収し風呂場に隠れることにした。風呂場は広く、外の景色も見える露天風呂であるから逃走経路も確保しやすかった。
横戸が開く音がする、彼は来たな思い出入口に目を見張る。
驚きがあった。
音がある。
人の気配もする。
だが、だが、だが――
――姿が見えない?
足音はする、風呂を楽しみにしている鼻歌も聞こえる、だが見えない。
化け物? 彼は狼狽して、つい枯れ枝を踏んでしまう。
――きゃあ、覗きよ!?
お嬢様の声を聞く、あぁ、それは女のものだ、間違いはない。
それから程なくして教育係が駆けつけ彼は捕まってしまった。
結果からしてみれば彼にとり最悪のものになってしまった。
「残念なコトになったよ」
目の前の初老の紳士、彼の仕える伯爵は膝の上に載せスンスンと小さく泣き続けるお嬢様の頭を撫でながら平坦につぶやいた。
「も、申し訳ありません、弁解のしようもありませんです」
彼はまず謝罪した、嫁入り前の娘の裸を見たというにしては怒りの方向性が違っているようにみえると彼は感じた。
実際、伯爵は違うことで怒っていた。それを代弁するようにお嬢様は言葉を呟いた。
「ごめんなさい、お父様。声など、羞恥の声など漏らしてしまって」
「あぁ、いいんだよ、イシティア。彼には死んでもらうのだから」
伯爵の声に彼の視界は暗転する。死ぬ? 現実味のない言葉と空気に、彼は笑い出してしまった。
現実味のない現実が訪れる、誰によって?
声がする。
「じゃあ、お父様。ワタクシが殺して差し上げますわ」
お嬢様の姿が掻き消える。
伯爵がつぶやく。
「イシティアはね、神に愛された力を持っているのだよ、こうして姿を隠すことが出来る」
だからね、続け伯爵は陶然とした三日月を形取る。物語の怪物、耳まで裂けた狼男のような顔だ、実際にはただ笑っているだけなのだが動揺し錯乱した彼にとってその悪夢は現実だった。
「王を暗殺し、私が国を盗ろう、そう思ったのだよ」
カラン、と音がする。彼は視線をそちらに向ける。刀身を受け入れ刃から主を守る鞘が投げ捨てられたのだった。
「貴方には――ワタクシが見えない」
風がわずかに起こる。次に感じたのは熱さ、ついで痛み。彼の右手が冗談のように飛んだ。
「けれども、ワタクシは恥ずかしい思いをしましたわ」
その辱めに対し、イシティアは笑わない。笑っていない。ただ、子供のように泣いている。
「貴方を殺すことで責任をとってもらいますわ」
言葉には嫐る響きがある。嗜虐的な感情が萌芽しているのだろう。彼は分からなかったが、彼女は分かった。
故、教育する。
彼は背後から臓腑に達するほど深く短剣に突き刺された。
「――センセイ」
姿が見えないながらも彼女は視線を感じた。イシティアは彼女を見ている。その惚けた態度に彼女は静かに叱った。
「お嬢様、いけません。獲物が死んだのに、ボケっとしていてはいかにお嬢様のお力が強大であろうと、お嬢様以上の実力を持った戦士には看破され、情けない死に様を御父君晒すことになります」
それはすなわち、言う前にイシティアは気がついたようだ。
「ご、ゴメンナサイお父様! ワタクシお父様を危険な目にあわせてしまいましたわ!」
泣きながらイシティアは姿を表し伯爵に抱きついた。伯爵は急な抱きつきに驚きながら背中を擦ってやりながら娘を労った。
「あぁ、今度から気をつけておくれよ? 私の愛しいイシティア」
そんな親子を見ながら彼女、教育係はあらためて彼を見た。
彼女は彼が何を考えていたかは知らない。だが、今日の質問、あれがよくなかったのだろう、と自省した。
――彼はきっとお嬢様が男ではないか、と勘ぐっていたのだろう。
男装している彼女からすればそれは慣れた感情だ。それ故愚行に走った。
抱き合い狂いきった二人を尻目に彼女は優秀な従者だった彼をどう処理するか悩みながら彼の問を思い出した。
――お嬢様は、可愛いか?
その問いに可愛いに決まっているだろう、答えた。
当然だ、娘がいかに狂っていようと可愛く感じない母親はいないのだから。
夜はまだ始まったばかりだ。彼女はイシティアを優しく寝かしつける子守唄を何にしようかと考えながら彼の共犯者の始末もつけようと算段をつけていた。
ご視聴ありがとうございますw
むふふな展開を期待した方には申し訳ないです、いや、かえってご褒美だったかも?w?
次回は杖と清浄です。結構苦手かも(―△―;)
では早い再会を祈って失礼します。




