第49話 虫けら以下
本年度のAKB48選抜総選挙で見事10位に選ばれた宮澤佐枝が、その際のコメントで「AKB兼任ではなくSNH(上海)一本でいきたいと思います」と電撃発表して話題になったが、彼女が『小公主』たるSNH48メンバーを引っ張っていくには、それだけの覚悟が要るということなのだろう、と幸盛は同情している。
というのも、中国の一人っ子政策で生まれた男児を小皇帝、女児を小公主とも呼ぶそうで、それは、両親や祖父母の溺愛で「わがまま」「協調性なし」「自己中心的」「年長者に敬意を払わない」子どもが増えているらしく、オーディションの応募者数三万八千六十六人の中から選ばれたSNH48がきっと一筋縄ではいかないことが容易に推察できるからだ。幸盛は『佐枝ちゃん推し』ではないが、ぎくしゃくした日中関係を民間レベルから改善していくあなどれない力ともなり得るので、陰ながら応援していきたいと思う。
ところで、北斗の読者の皆さんはAKB48をご存じだろうか。おそらく知らない方の方が多いと憶測するので、ごく基本的なところを御説明したい。AKB48は東京の「秋葉原」に専用の劇場を持ち、1チーム16名で編成されたチームA、チームK、チームBと3チームあるから合計して48なのである。派生の姉妹グループSKE48は名古屋の「栄」、NMB48は大阪の「難波」、HKT48は福岡の「博多」にそれぞれ専用劇場を持っていて、たとえばSKE48の場合も同様にチームS、チームKⅡ、チームEで編成されている。後発のHKT48の場合はまだチームHしかないが、順次オーディションを行い総勢48名になる日はそう遠くはないだろう。
このそれぞれのチームが毎日のように代わる代わる地元の専用劇場で歌い踊っているのだ。そして、テレビの全国ネットの歌番組などに出演でき、CDやDVDで歌って踊ることができる16名が代表選抜メンバーということになり、この16名を選ぶのが、ファンによる選抜総選挙ということになるのだが、最近では派生グループが単独でオリジナル曲を出してビッグヒットさせたりしているので、本家のAKB48の立場が微妙に変わりつつある。
中国の一人っ子政策に対し、幸盛には四人の息子がいる。母親が三十九歳で身障者になって四十九歳で他界したため、ほとんど野放し状態だったにもかかわらず、皆、協調性を身に付けているようだし、人並みに気配りができる人間に育ってくれていると思う。しかし、末っ子である四男はしばしば『小皇帝』の片鱗をのぞかせたりもする。二週間前に四男と別れた彼女はSKE48のオーディションを受けて秋元康が立ち会う最終選考まで残ったという話だから、あながち幸盛にとってもAKBは別世界の話ではないのである。
ところで、その四男だが、昨年大学を卒業し流通大手に就職できたのでアパートを借り、家を出て行ってくれた。幸盛は狂喜乱舞した。何が嬉しいって、家族の晩飯を一食でも作らずに済むことが嬉しいのだ。まだ家には三男と老母が残っているが、三男は専門学校を受験する準備を進めているのでまだガマンできるし、母はまもなく御年八十七歳だから明日にでもお迎えが来るかもしれないので寛容でいられる。
しかしである、四男が今年一月にその会社を辞めてしまった。理由は、「職場の尊敬する上司の給料が、俺とそんなに差がないので失望した」ということなのだが、その頃、友人の一人がある商品の営業代行の仕事を熱心に勧めてくれていたこともあって思い切って辞めたらしい。だがその営業代行の仕事は結局うまくいかず、二カ月ほどで挫折してしまい、現在は近所のカラオケ店と名古屋駅前の居酒屋でアルバイトを兼務している。という次第で、四男のクソヤローは、またわが家に戻って来やがったのだ。
母親が元気で生きているならまだしも、イヤイヤ家事をこなしている男親に甘えるだなんて、幸盛にとって許し難い暴挙以外の何物でもない。何としてでも追い出したいのだが、それにはそこそこ給料をくれる会社に就職せねばならないし、そのためには、彼自身が父親に対する甘えを廃して真剣に就活する気になってくれねばならぬ。居心地が良いので居座るのだろうから、ここは一つ、チクチクとイヤミを言い続けて居心地を悪くしてやろうじゃないか。
まず、徒歩でたった二分ほどの場所に借りてある駐車場に車を置きに行くのを面倒がってしょっちゅう玄関の前に車を駐めるのを止めやがれ。次に、部屋をもう少し片付けやがれ、不特定多数の女を部屋に連れ込むのを止めやがれ、ゴミ箱に栗の花の匂いがぷんぷんする丸めたティッシュペーパーとゴム製品を臆面もなく押し込みやがって。次に、飲み終わったら容器を冷蔵庫に戻しやがれ。次に、外食するなら前もって連絡しやがれ。次に、自動車税や住民税を期限内に納めやがれ。次に、出かける際には部屋のテレビ、蛍光灯、扇風機等のスイッチを切りやがれ。次に、濡れたバスタオルを畳の上に放置するんじゃねえ。次に、深夜の階段は静かに上り下りしやがれ。そしてとどめだ、
「おい、いいかげん出て行ってくれんか。『虫』は卵から孵ったら親を当てにしないで自分の力だけで立派に生きていく。いつまでもこの家にいたら虫けら以下だぞ」