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百目奇談  作者: きたろう
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『物を直す男』

 百目幽玄どうめゆうげん

彼の名である。

不健康そうな見た目に違わず、飲むわ吸うわ食生活は偏ってるわ運動はしないわ……。

そのくせ顔はしゅっとした優男で、いかにも女受けの良さそうな男だ。

彼が吸い寄せるのは女に限らない。

小さな頃からあらゆる怪異に出会ってきたそうだ。

数奇な人生を送る彼の、それほど多くない友の一人が僕だ。

僕はいやしくも、こうした文章を毎日の糧にする職についている為、よく彼の話を参考にする。

彼に支払うのは一晩の飲み代。

アルコールが回る程舌も良く回る男なのだ。

今夜も僕は、彼の奇談に耳を傾ける。

彼は、こんな風に語り始めた。


 「君は、そうだな。幽霊という物を見たことがあるか」

随分と飲んだはずだが、少しも顔色を変えない彼は言った。

「いや、幸か不幸かそういった類とは無縁でね。もし見たことがあれば、わざわざ君に取材に来ることも無いよ」

彼はつまらなそうに鼻を鳴らした。

「そうだろうな。そりゃあ、そうだ。まあ、知っての通り俺は見たことがある。というより頻繁に見るわけだが……まあ、幽霊の定義についてはその内話そう。今日は飲み代分、面白い話をしないといけないしな……うん。俺が知り合ったおかしな奴等の中に、物を直す男がいる。そいつの話をしよう」


『物を直す男』


 「ふん、物を直すっていうくらいだから医者では無さそうだね。修理工とか、何かの職人でもないんだろう?君が言うんだから」

「その通り。男は普通のサラリーマンだ。普段はスーツ着て会社通いさ。ただ、彼はある才能を持っている。あらゆる物を直す事ができるんだ。精密機械からちょっとしたキーホルダーまで、何でも」

「そりゃすごい。そんな凄い人なら有名になっていてもおかしく無さそうだが?」

彼はにやりと笑った。

「そうだな。だが、彼にはある秘密がある。君、例えば君のパソコンが壊れたとして、プラスチックのキーホルダーを直すのと同じように修理するかい」

僕は意味を理解出来なかった。

それは、あまりにもあまりにもではないか?

だって、キーホルダー……金具がとれたとか、飾りが欠けたとかの程度と、仮にも精密機器であるパソコンを同列に扱う理由があるのか?

「いや、無理だろう。キーホルダーならどこが割れようが欠けようが接着剤か何かでくっつければいいが、パソコンの基板や何やが壊れたらそうはいかない。というか僕にはそういう機械の修理は無理だ」

「その男には、それができたのさ。どんな複雑な構造だろうと、どんな材質だろうと。とれた部品をはめ込む程度の手軽さでやってのけるの。それが、彼の才能だった」

彼は楽しそうに笑っている。

話が中心に向かわない時、彼は僕を焦らして遊んでいるのだ。

「で、秘密ってなんだい。そんなに凄い才能が、世間に取り上げられない秘密」

「聞きたい?本当に?酒が不味くなるぜ?」

めんどうな男だ。

しかし、憤慨して話を切るには手遅れで、僕は彼の語る男の秘密が気になって仕方なかった。

「……ああ。ぜひ聞きたい。これで満足かい」

僕はため息を吐いた。

彼は笑った。

「いや、すまない。君の懇願を聞くのが俺の楽しみの一つでね。焦らして悪かった。結論から言おう。彼は殺人者だったんだよ」

話がおかしな方向に飛躍した。

例えるなら……いや、まあ、いい。

とにかく衝撃的な展開だった。

「殺人、というのは、それこそ君、世に出さなくてはいけないんじゃないか」

大体において、こういった話は性質の悪い冗談であるが、彼が口にする場合は別だ。

なるほど、これはこの話を肴に酒を飲むというわけにはいかない。

「いやいや、まあ彼が言うには、という話しでね。実際の所何も殺しちゃいないし、話を聞いても俺たちにはわかりはしないさ。彼は、物を殺しているんだよ。直す時にね」

「ん?直すのに、殺す。それはどういうことだい」

彼は顔の前で指を組んだ。

「さっき言った、幽霊の定義に少し触れる事になるんだが……俺に人の中身が見えるように、彼には物の魂とでも言うべき部分が見えているんだそうだ。それは練習とか修行で得た力じゃなく、生まれつき、幼い頃から見えたらしい」

初めて聞くタイプだ。

彼と同じように、いわゆる幽霊が見える人の話しはよく出てくる。

しかし、物の魂とは。

俄然興味深い話になってきた。僕は自然と身を乗り出す。

「ほう、面白いね。物にも魂があると。で、その人にはそれがどういう風に見えていたって?」

彼はまた鼻を鳴らした。

「思ったより察しの悪い男だな君は。言っただろう、本人は殺人だと言っていると。……人だよ。物が、まるで人のように見えているんだ。といっても、人と物の区別はつくようだがね。とにかく、彼にとって人と物は同列の大事な存在なんだ。彼の持っている道具は、全部良く手入れされていたし、使い込んでいたよ」

「なるほど……」

それで、殺人と。

物を人と同じように大事にする。

恐らくは、温厚で気の優しい男なのだろう、性格が容易に想像できるエピソードだ。

ん?しかし……

「いや、だからといって直す事と殺す事は別だろう。僕が聞きたいのはそこだよ」

彼は組んだ指にふっと息を吹きかけた。

グラスの氷がカランと音を立てる。

「物の魂は……壊れる事が無いんだそうだ。人間からすれば使えなくなる事は壊れる事だが、物にとってはそれも変化の一つでしかなく、一種の成長であるらしい。彼が物を直すという事は、その変化を否定し、魂を新たに作り変えることなんだそうだ。そうすると、物は元通り使える形に戻る。しかし、先にあった魂は、どこにもなくなってしまう。だから、殺すと表現するそうだ」

彼の眼はどこか寂しそうだった。

「あの男は壊れた道具を捨てないんだそうだ。そこにはまだ魂があるから。誰になんと言われようと無理なんだと。彼は、どんな物でも人目で状態を見抜き、正しく処置する事が出来るが……滅多に、本当に滅多にそれをしない。それが、彼の秘密さ」

二人共無言だった。

僕は彼から聞いた話に刺激され、新しいストーリーを組み立て始めていたし、彼は何か物思いに耽っていた。

店内のBGMだけが響く。

気が付くと、客は僕達だけになっていた。

「……この話を引き出すのに随分と時間がかかったな。甲斐はあったかな」

彼は笑いながら言う。

「うん、実に面白い話だった。また頼むよ」

僕はグラスに残っていたウィスキーを飲む。

「そうか、それは良かった。ほら、もうこんな時間だ。そろそろお開きとしよう」

彼に言われて腕時計を見ると、両方の針が十二を指そうとしていた。

「もっと遅いかと思っていたよ。……しかし、そうだな。そろそろ帰るとしよう。貴重な話をありがとう。いつも通り、ここは僕が」

席を立ちかけて、ふと気になった。

「なあ、その男は、どうやって物と人を区別していたんだ?」

「ん、知りたいか」

彼はまだ笑っている。

「ああ、まあ、少し気になったものだから」

「そうだな、彼は言っていたよ。『俺に直せるのが物、直せないのが人だ』ってな」

「……つまり?」

「昔、人を直そうと試みた事があるらしい。その時、彼は当時の友人を直そうとして……失敗した」

つまり、それは。

「友人は、今も生きているらしいから、やはり彼は誰も殺してはいないよ。ただ、手足の位置が我々と少し違うようになって、眼が顔じゃなく腹についていて、口が……」

「いや、もういい。結構。ありがとう」

詳しく語ろうとする彼を遮って僕は言う。

「そうか、じゃあやめておこう……うん、それじゃ、また」

彼は笑ったままだった。

僕はもう、笑えなかった。

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