わたくしは愛する人の為に、何人も人を殺した悪女ですわ。
手首が吹っ飛んだり首が吹っ飛んだりする表現があります。注意。
ベラディーナ・アルデ公爵令嬢は、処刑台に立っていた。
悪女ベラディーナ。
豊かな黒髪は風に煽られてなびいている。
その悪女は悲し気に微笑んだ。
周りの民衆が石を投げて来る。
頭に当たったが、痛みは感じない。
ベラディーナが最初に人を殺したのは、まだ10歳にも満たない頃だった。
当時、母マリアが亡くなって、父ルイード・アルデ公爵は嘆き悲しんていた。
そんな中、家庭教師の女性の手首が吹っ飛んだのだ。
ベラディーナが家庭教師の手首を吹っ飛ばした。
それも不思議な力を使って。
家庭教師の女性は手首を吹っ飛ばされて、泣きながら床に転がった。
そして、息絶えたのだ。
血の海に染まって。
ベラディーナが手にしたのは、母マリアが残してくれたエメラルドの首飾りだった。
「お母様の形見をこの女が盗んだの。だから、返して貰おうと思って」
血だらけの首飾りを胸に抱くベラディーナ。
父はベラディーナを抱き締めてくれた。
「今回のことは私がなんとかする。だから、お前は安心して過ごすがいい」
家庭教師の死は事故として片付けられたのだ。
ベラディーナからしたら許せなかった。
部屋の引き出しから母の形見を盗む家庭教師を。
だから、手首を吹っ飛ばした。
首飾りを取り返した。
わたくしは悪くない。悪くないわ。
次に殺したのは愛する婚約者を盗ろうとした女だった。
レイド・カイセル公爵令息。
婿入りしてくる約束で彼と17歳の時に婚約を結んだ。
ベラディーナは、美しい黒髪碧眼のレイドに夢中になった。
「私のお姫様。今日もお美しいですね」
レイドにそう言われて胸がドキドキした。
この人がうちに婿入りしてくるだなんて。
ああ、なんてわたくしは幸せなんだろう。
そう思った。
彼とは沢山、デートをした。
レイドは馬に乗せてくれて、
「ほら、気持ちいいだろう。馬に乗るのが私は大好きなんだ。君にもこの気持ちよさを味わってもらいたい」
そう言ってくれて。レイドと一緒に馬に乗って走るのはとても幸せで。
王都のカフェに護衛を連れて、二人でデートをした。
レイドと一緒に大きな名物のパンケーキを食べて。
「美味しいな。たまにはこういう店でパンケーキを食べるのも悪くない」
「ええ、そうね。本当に楽しいわ」
口端にクリームを着けて食べるレイドの顔がとても可愛らしくて。
ああ、こんな日がずっと続けばいいと思っていた。
王都の夜会に二人で出席した。
レイドがプレゼントしてくれた桃色の美しい髪飾りと同じ色のドレスが嬉しくて嬉しくて。
ベラディーナは黒髪だから、もっと大人っぽいドレスが似合うと思っていた。
でも、こういう色も悪くないわと、桃色も着て見たかったのでレイドからプレゼントされて凄く嬉しかったのだ。
レイドに迎えに来て貰って、見せたら頬を染めて、
「似合っているよ。ベラディーナ」
そう言って手を差し出してくれた。
レイドに褒められるととても幸せ。
幸せが沢山溢れ出してくるの。
夜会の会場に着くと、二人でダンスを踊った。
楽しくて楽しくて。
曲が終わって、
「ちょっとお化粧直しに行ってくるわ」
化粧直しにちょっと場を外し、急いで戻って来た。
その時にレイドに話しかけている女性を見たのだ。
アリーナ・ファルド伯爵令嬢。
美しくて有名な金髪美人の彼女は、レイドを見上げて、
「アリーナと申します。お噂通り、レイド様もお美しいですわね」
「ファルド伯爵令嬢。お褒め頂き光栄です」
レイドの頬が赤く染まっているのが見えた。
どうしてなんでよ。
貴方はわたくしの婚約者なのよ。
アリーナという女、そういえば、色々な男性と噂がある女だわ。
だからいまだに結婚出来ないとか。
わたくしのレイドに手を出すなんて許せない。
レイドの傍にベラディーナは近寄って、その腕に手を添えて、
「あら、ファルド伯爵令嬢。わたくしのレイド様に何か用かしら?」
「まぁ貴方がレイド様の婚約者でいらっしゃるベラディーナ様」
「わたくしの婚約者に手を出さないで下さるかしら」
「ただ、わたくしは話しかけただけですのよ」
レイドが慌てたように、
「ただ、話をしただけだ。ベラディーナ。さぁ行こう」
「頬を染めていましたわ。わたくというものがありながら」
「あれだけ美しい令嬢を見たら誰だって照れるだろう」
「貴方はわたくしの家に婿入りしてくるのよ」
「ごめん。二度と、あの令嬢に目を奪われないから」
素直に謝って来たレイドがとても可愛らしくて。
レイドの事がもっともっと好きになる。
レイドの事をあの女に渡したくない。
だから、あの女を殺してもいいでしょう。
「お庭で夜風に当たってくるわ」
庭に出たら、あの女が別の男性を誘惑しているのを見てしまった。
「ねぇ、ラウド様。わたくし、貴方の事を好ましく思っておりますのよ」
最低の女。レイド様に言い寄っていたと思っていたら、今度はラウド様?
今すぐ消えて欲しい。わたくしの目に入らないで。
そう思って首のあたりを狙ったら、あの女の首が吹っ飛んでしまった。
ラウドと呼ばれていた男性が悲鳴をあげる。
あら、血が噴き出ているわ。
なんて綺麗。
あの女の命が消えてしまった。
いい気味だわ。
大騒ぎになった。
いきなりアリーナ・ファルド伯爵令嬢の首が吹っ飛んだのだ。
騎士団が来て捜査をした。
ガイル騎士団長が髭を撫でながら、
「何が起きているのやら、いきなり令嬢の首が吹っ飛んだとは。一緒にいた令息を拘束しても、何も知らないと言い張っておるし」
お手上げ状態で。
レイドはベラディーナを心配してくれた。
「驚いただろう。あのような事件が起きて。怖がらなくてもいい。私が君を必ず守るよ」
そう言ってくれるレイドがとても愛しくて。
レイドの腕に手を絡めて、
「愛しているわ。貴方の事。わたくし、貴方さえいれば何もいらないの。有難う。レイド。わたくしを守ってくれると言ってくださって。嬉しいわ」
わたくしがあの女を殺したのに。
わたくしを守ってくれると言ってくれるレイドが愛しくて愛しくて。
涙が零れる。
レイドはハンカチを差し出してくれて。
「怖かったんだな。ほら、涙を拭いて。大丈夫だから」
「ええ。有難う。レイド」
二人で夜会の会場を後にした。
レイドが家まで送ってくれて。
父であるカイセル公爵が事件の事を既に聞いていたようで、
「大丈夫だったか?ベラディーナ」
「ええ、わたくしは大丈夫ですわ」
「まさか……ベラディーナ。まさかとは思うが」
父は家庭教師の手首を吹っ飛ばした事を知っている。
令嬢の首が吹っ飛んだのを、わたくしを疑っているんだわ。
「お父様。わたくしは知りませんわ」
「そうか。それならばよい」
父はそれ以上、何も聞いてこなかった。
あの令嬢は首を吹っ飛ばされて当然だわ。
悪い女。レイドを誘惑したんですもの。
この世から消えて当然よ。
最後に犠牲になったのは、この王国の王女と近衛兵達だった。
レイドは黒髪碧眼でとても美しい。
アデラ王女が、レイドを一目見た途端、
「わたくしの傍仕えを命じます。明日から出仕しなさい」
王宮の夜会に二人で出席したら、いきなりアデラ王女が声をかけてきたのだ。
アデラ王女は歳は20歳。金髪碧眼の美しい王女だが、我儘でなかなか嫁入り先が決まらない。
ベラディーナははっきりと、
「レイドは我がアルデ公爵家に婿に入ることになっておりますの。ですから王女様の命令を聞くわけにはいきませんわ」
レイドも頷いて、
「いかに王命といえども、私はアルデ公爵家に婿入りする身です。アルデ公爵家に伺い、領地経営を習っている最中です。ですから王女様に仕える事は出来ません」
「わたくしの命令が聞けないというの?」
アデラ王女は怒りまくり、
「この男を捕まえなさい。牢に入れなさい」
近衛兵達に命じた。
アデラ王女の命で近衛兵達がレイドを拘束する。
レイドが連れていかれる。
わたくしのレイドが。
レイドは近衛兵に両脇を囲まれながら、
「このような暴挙が許されると思っているのですかっ」
アデラ王女に抗議する。
アデラ王女は、
「お父様お母様はわたくしの事を可愛がっているから、許されるはずよ」
ベラディーナは許せなかった。
わたくしのレイドが。わたくしが愛するレイドがっ。
わたくしのわたくしのわたくしの。
頭が真っ白になった。
気が付いた時は、アデラ王女と近衛兵達の首が吹っ飛んであたりが血だらけになっていた。
真ん中で、一人あっけに取られているレイド。
青い顔をしたレイドが周りを見て悲鳴をあげた。
夜会の会場にいた人達も皆、悲鳴をあげて逃げ出す。
血だらけの会場。
血だらけの……
ベラディーナはレイドに近づいて、
「良かったわね。レイド。王女様に牢に入れられなくて。ほら、貴方は自由よ。良かった。本当に良かった」
騎士団員達が会場に雪崩混んできて、騎士団長ガイルが、
「これをやったのはお前か?」
ベラディーナはもう逃げられないと思った。
「そうよ。わたくしよ。愛しいレイドが王女様に連れて行かれそうになったの。だから、首を吹っ飛ばしたわ」
騎士団員達が遠巻きにベラディーナを囲む。
ベラディーナは笑って、
「おとなしく捕まるわ。レイド。貴方と結婚出来なくなったわね。でもいいの。もう……さようなら。レイド。愛しているわ」
悲しかった。
でも、もうわたくしは人を殺したくないんだわ。
愛しているの。レイド。貴方の事を。
どうか、レイドは幸せになって。
牢に入れられたベラディーナ。
魔力があると言う事で、首に魔力封じの首輪をつけられた。
父アルデ公爵が牢に会いに来た。父は両手を縛られてガイル騎士団長に拘束されていたが、牢の近くまで来て、
「魔女を出した家として取り潰される事になった」
「お父様。申し訳ございません」
「私も処刑される。私の愛した妻マリアが産んだたった一人の娘だ。お前がやらかした事に対して私も責任をとらねばならぬ。家庭教師の手首を飛ばしたあの時にもっとお前に厳しく接していれば防げたかもしれぬがな」
父はベラディーナを見つめて、
「だが、後悔しても仕方が無い。愛しているよ。ベラディーナ。愛しい我が娘よ」
「お父様。ごめんなさい」
涙が零れる。
生まれて初めて後悔した。
父を巻き込んでしまった事に。
家庭教師の手首を吹っ飛ばした時に、父は庇って事故として処理をしてくれた。
ずっと愛情を注いで、育ててくれたのだ。
そんな父を道連れにしてしまうのは悲しかった。
ガイル騎士団長が父に向かって、
「面会はすんだようだな。処刑は明日行われる。覚悟するがいい」
父は連れていかれた。
悲しかった。
牢の中で父を道連れにすることを泣きながら後悔した。
翌日、牢の窓から朝日が差し込んだ。
ああ、わたくしは今日、死ぬんだわ。
民衆の前に引き出される。
王女を殺した女。
近衛騎士達を殺した女。
伯爵令嬢を、家庭教師を殺した女。
魔女だ。魔女っ。
人々が石を投げる。
頭に当たったが痛みを感じなかった。
そうよ。わたくしは魔女よ。
恐ろしい魔女なのよ。
でも、恋した女なの。
ああ、お父様が次に処刑されるのね。
ごめんなさい。お父様。
レイドに最後に会いたかったわ。
怖い思いをさせてしまったわね。
レイド。
ごめんなさい。
貴方と過ごした日々は楽しかったわ。
処刑人に跪くように促される。
覚悟したベラディーナ。
その時、40人の恰幅のいい男達が、処刑場に現れた。
ガイル騎士団長が、騎士団員達に、
「何者だ。皆の者。排除しろっ」
と命じて、乱闘になった。
処刑場に現れた連中の中で金髪碧眼の美男が、
ベラディーナに近寄ってきて、
「逃げるぞ。ほら、上っ」
飛竜が乱闘の中、降りて来て、ベラディーナとアルデ公爵を飛竜に引き上げる。
引き上げてくれた男性はレイドだった。
「逃げるぞ。隣国まで」
「レイドっ。貴方、いいの?」
三人を乗せた飛竜は空に上昇する。
処刑場を襲った40名の連中も慌てたように撤退していった。
最初に声をかけてくれた金髪美男がこちらに向かって手を振った。
レイドも手を振り返す。
「アラフ。有難う。ああ、彼、屑の美男をさらう事で有名な変…辺境騎士団員なんだ。俺が君と公爵を助けたいと言ったら、協力してくれるって」
「え?あの有名な変…辺境騎士団?屑の美男を教育するという?知り合いがいたのね」
「お陰で、君と公爵を助ける事が出来た」
アルデ公爵も飛竜の上で震えながら、
「助かったが、これからどうする?」
レイドははっきりと、
「隣国まで飛ぶ。君達を隣国まで送り届ける。私ももう帰れないか」
王都が、遠くなっていく。
ベラディーナはレイドの腕に手を添えて、
「わたくしの為に。わたくしは人殺しよ。何人も殺しているの」
「そうだね。君がすべての事件の犯人だと聞いた」
「そうよ。わたくしがすべての事件の犯人なの。家庭教師を殺した。伯爵令嬢を殺した。王女様や近衛騎士を殺したのよっ」
「それでも私は、君と過ごした日々は楽しかった。とても楽しかったんだ。だから、君を見捨てる事なんて出来なかった。愛しているよ。ベラディーナ」
レイドがキスをしようとした。
父が慌てたように、
「飛竜がふらついているぞ」
「おっと危ないっ。私も飛竜の操縦は苦手なんだ。少し習っただけだから」
ベラディーナはレイドにしがみついて、
「それでもわたくし達を助けてくれたんですもの。有難う。レイド」
人を殺した事は後悔しているわ。
何があっても人を殺すことはいけないこと。
でも、そんなわたくしを助けに来てくれたレイド。
嬉しくて嬉しくて。
飛竜は隣国へ向かって、晴れ渡る青空を飛んで行くのであった。




