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お守りと、相棒

一万回を超えたあたりから、自分が人間なのか、それともただ痛みを処理するだけの肉の塊なのか、分からなくなっていた。


目覚める。毒を飲む。首を斬る。

目覚める。毒を飲む。腹を裂く。

目覚める。喉を掻き切る。


「ガ、アァァ……ッ!!」


暗い路地裏。私は泥水の上に転がりながら、自分の首から噴き出す血の海で溺れていた。

時間を遡るための、何万回目かの自害。

だが、精神が摩耗しきっていた私は、この時、致命的なミスを犯した。小刀を持つ手が震え、頸動脈への刃の入りが浅かったのだ。


致死量に達するまでの時間が、残酷に引き伸ばされる。

窒息と激痛でのたうち回る私の視界に、不意に、ランタンの明かりが差し込んだ。


「ひぃっ!? 大丈夫か、君! 酷い血だ、今すぐ治癒魔法を……!」


偶然通りかかった、善意の治癒術師だった。


「――ッ! や、めろ……!」


声にならない血の泡を吹きながら、私は必死に手を伸ばして拒絶しようとした。

死ななければ。死ななければ、1時間前に戻れない。

だが、術師の杖から溢れ出した淡い緑色の光が、私の体を強制的に包み込んだ。


『――【中級治癒ミドル・ヒール】! 死なせない、頑張れ!』


「あ、ァ、ァアアアアアアッ!!」


それは、死の痛みすら生ぬるく感じるほどの、究極の地獄だった。


斬り裂かれた気管と血管を、治癒魔法の緑の光が無理やり縫い合わそうとする。だが、傷が深すぎるせいで出血は止まらず、縫い合わされた肉の隙間からどろどろと血が逆流して肺を埋め尽くしていく。

死に向かおうとする肉体を、魔法が強制的に生の方へ引っ張り上げる。その強烈な矛盾が、私の神経をズタズタに引き裂いた。


息ができない。痛い。痛い痛い痛い!

死にたいのに、殺してくれない。

緑色の光に照らされながら、私は狂乱して自分の喉の傷口に指を突っ込み、無理やり肉を引き裂いて、ようやく絶命した。


あの時の、緑色の光。

骨の髄まで焼き付いた『死に損なう地獄』の記憶は、私の魂に消えないトラウマとして深く刻み込まれることになった。


* * *


「……っはぁっ!!」


強烈な浮遊感とともに、私は勢いよく跳ね起きた。

全身を脂汗が濡らしている。ガチガチと歯の根を鳴らしながら、私は自分の首元に触れた。

傷はない。血もない。

ゆっくりと目を開けると、そこは薄暗い森でも、血塗れの路地裏でもなかった。


朝日が差し込む、質素なワンルーム。

見覚えのある木製の机と、壁に掛けられた王立魔法学園の真新しい制服。


「……あ」


震える足でベッドから降り、机の上のカレンダーを見る。

日付は、私が魔法学園に入学してすぐの春。

まだ、ルミナに出会う前の日だ。


「やっと……戻って、これた……」


膝から崩れ落ち、私は床に額を擦り付けて泣き崩れた。

何万回死んだ? どれだけの血を吐いた?

内臓を溶かす毒の痛みも、刃で肉を裂く激痛も、すべて私の魂にべったりと張り付いている。

でも、間に合った。完全に死の盤面が完成する、ずっとずっと前。

すべての悲劇が始まる、この学園時代に、私は帰還したのだ。


ひとしきり泣いて感情を吐き出した後、私は洗面所の鏡の前に立った。

そこに映っているのは、魔力ゼロの落ちこぼれとして怯えていた、かつての『ノア』じゃない。数万回の死線を越え、地獄の底を這いずり回ってきた、光のない暗い瞳をした化け物だ。


「さて……準備をしないとね」


私は冷水で顔を洗い、首元まで隠れるインナーを着込んだ。首を掻き切った時の幻肢痛が常に走っているせいで、首元が開いた服は無意識に鳥肌が立ってしまうからだ。


私は寮の窓から抜け出し、まだ薄暗い王都の裏路地へと向かった。

向かう先は、王都の地下に広がる非合法な闇市。

時間を遡ったことで、私の肉体は過去の状態にリセットされた。つまり、あの罠から回収した『猛毒』も『黒い小刀』も、今は手元にない。


だが、数万回のループの中で、私はありとあらゆる情報を集め尽くしていた。

世界を裏から操る暗殺組織の末端が、この闇市で武具や毒を取引していること。彼らの動きの癖、警備の穴。今の私にとって、そんなもの庭を散歩するようなものだった。


音もなく闇市の倉庫に忍び込み、見張りの男の首を背後から締め落とす。

魔法など必要ない。人間の急所と、確実に意識を刈り取るタイミングは、死ぬほど体に叩き込んである。


木箱をこじ開けると、そこには見覚えのある物が入っていた。

特殊な術式が刻まれた、刃渡り十センチの黒い小刀。そして、数分間内臓を溶かし続ける、あの悪趣味な遅効性の猛毒の瓶。


「……あった」


私はその二つを手に取り、そっと撫でた。

私に数万回の激痛を与え続けた、憎き凶器。

だけど同時に、私をこの時代まで連れてきてくれた、たった二つの『相棒』だ。


私は小刀の刃をわざと硬い石壁に数回打ち付け、刃こぼれを作った。綺麗な刃より、この不格好な刃こぼれの方が、肉を裂く時に確実に血管を巻き込めることを知っているからだ。


「またよろしくね。絶対に確実に死ぬためのお守り(猛毒)と、私の相棒(小刀)」


それらを制服の裏ポケットに忍ばせ、私は倉庫を後にした。


空が白み始め、王都に朝の光が差し込む。

今日、私はあの旧校舎の裏で、ルミナと出会う。

1周目の世界では、ただの落ちこぼれとして彼女の光に救われた。

でも、今度は違う。


「私は落ちこぼれの凡人を演じ続ける。……裏で、君を狙う世界の悪意をすべて殺し尽くすために」


私は光のない瞳で静かに笑い、足早に学園へと向かった。

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