魔力ゼロの活躍と、底知れぬ悪意
「レクト、右の茂みから三体! エレンは詠唱待機、ルミナの防壁が展開されると同時に広域魔法を放って!」
「了解だ、ノア! ――ふっ!」
「ちょっと、私に指図しないでよね! ……【紅蓮の嵐】!」
薄暗い街道に、レクトの白刃が閃き、エレンの炎が魔物の群れを綺麗に焼き尽くす。
ルミナの光の防壁に守られながら、私は最後尾で戦況全体を俯瞰し、次々と指示を飛ばしていた。
「残存魔力低下、敵の反応ゼロ。……みんな、お疲れ様。完璧な連携だったよ」
私がそう告げると、最前線で剣を振るっていたレクトが、額の汗を拭いながら爽やかな笑顔で振り返った。
「ノアの索敵と指示のおかげだ。お前がいなかったら、今頃俺たち、完全に包囲されてたぞ」
「べ、別にノアのおかげってわけじゃないわよ! 私の火力が凄いだけなんだから!」
金髪のツインテールを揺らしながらそっぽを向くエレンに、私は苦笑しながら水筒を渡した。エレンは「……ありがと」と小さく呟いて、それを受け取る。
王都を旅立ってから数週間。
最強最悪の敵『厄災の魔王』を討伐するための特別編成パーティ。
最初は、魔力ゼロの私がルミナの付き添いとして同行することに、レクトもエレンも猛反対していた。「足手まといだ」「聖女様を危険に晒す気か」と、冷たい視線を向けられる毎日だった。
けれど、今となっては、その評価はひっくり返った。
魔力がないからこそ、私は誰よりも魔物の生態を本で読み漁り、地形を活かした戦術を頭に叩き込んでいた。味方の魔法のクールタイム、敵のヘイト管理、死角からの奇襲の予測。
圧倒的な個の力を持つ彼らに、私の『戦術』という名のパズルがカチリとはまった時、パーティの生存率は劇的に跳ね上がったのだ。
「ふふっ。ノアはすごいでしょ? 私の自慢の親友なんだから!」
ルミナが自分のことのように胸を張って笑う。
「ああ、認めるよ。ノアの頭脳は、俺たちのパーティ最大の武器だ。これからも背中は任せたぜ、軍師殿」
「レクトの言う通りね。……まあ、魔力なしのポンコツにしては、いい目を持ってるんじゃない?」
レクトが気さくに私の肩を叩き、エレンがツンとしながらも認めてくれた。
その言葉が、不器用な優しさが、胸の奥をじんわりと温かく満たしていく。
ああ、私にも居場所があるんだ。
魔法が使えない落ちこぼれの私でも、この頼もしい仲間たちと一緒に、ルミナの隣を歩いていける。ルミナが背負わされた重すぎる運命を、みんなで分け合って、いつか必ず平和な世界を取り戻せる。
揺れる焚き火を囲みながら、他愛のない冗談を言い合って笑う。
この眩しい時間が、ずっと続くのだと、当時の私は本気で信じていた。
* * *
異変に気づいたのは、魔王の領域に近い国境の森を抜けていた時だった。
「ノア、どうしたの? 急に立ち止まったりして」
先頭を歩いていたルミナが、不思議そうに振り返る。
私は地面にうずくまり、刃こぼれした小刀の先で、落ち葉の下に隠されていた『それ』を慎重に掘り起こしていた。
「……これ」
小刀の先で持ち上げたのは、鈍く光る黒い金属の筒。一見するとただの鉄くずだが、内部には複雑な魔法陣が微細な傷で刻み込まれていた。
「何だそれ? 魔物の罠か?」
「いや……」
レクトの問いに、私は首を振った。
背筋を冷たい汗が伝う。嫌な予感がして、周囲の木々を見上げる。
枝葉の隙間、不自然に削られた樹皮。風の向き。私たちのこれまでの行軍ルート。
「これ、人の手によって作られた魔法式の自動発射機だ。しかも……ただの罠じゃない。刻まれてる術式は、治癒魔法を阻害する『腐呪』。中に入っているのは、かすっただけで即死する猛毒の針」
「なっ……!?」
「なんでそんな物騒なものが、こんな森の中に……?」
エレンが青ざめて一歩下がる。
魔物はこんな精巧な罠を作らない。これは完全に人間の手によるものだ。
私は震える手で、トラップの射線――もしこれが起動していたら、どこを狙っていたのかを計算した。
その射線は、見事なまでに……。
「狙いはきっとルミナ。君の頭の、ちょうど真後ろだ」
「え……」
ルミナが息を呑む。
偶然じゃない。この罠は、魔王の気配に気を取られた私たちがこの道を通ることを完全に予測し、そして『聖女』であるルミナただ一人を確実にもう殺すために設置されたものだ。
「どういうことだよ! 俺たちは魔王を倒すために派遣されたんだぞ! なんで人間が、世界を救うはずのルミナを狙うんだ!」
「わからない……。でも、これは盗賊や山賊の類じゃない。プロの、それも国家レベルの暗殺組織の手口だ」
私の言葉に、パーティの空気が凍りついた。
魔王軍の残党? 狂信的なカルト教団?
いや、何かがおかしい。いくらなんでも、私たちの行動が筒抜けになりすぎている。まるで、私たちの旅程を最初から知っている何者かが、先回りして死の盤面を整えているような……。
「ノア……私、怖い」
ルミナが、震える両手で自分の肩を抱きしめた。
強大な力を持つ聖女とはいえ、彼女はまだ年端もいかない少女だ。正体不明の悪意に命を狙われる恐怖は、どれほどだろう。
「大丈夫だよ、ルミナ」
私は立ち上がり、彼女の冷たい手を両手でしっかりと握りしめた。
「私が絶対に守る。どんな罠があろうと、どんな暗殺者が来ようと、私が全部見破って潰すから。だから、安心して」
「ノア……」
「レクト、エレン。警戒態勢を最大に引き上げて。ここから先は、魔物だけじゃなく……人間も敵だ」
二人が力強く頷く。
絆は深まった。戦力も申し分ない。
それでも、私の心臓に張り付いた黒い泥のような不安は、拭い去ることができなかった。
世界を救うはずの聖女が、なぜ世界から命を狙われなければならないのか。
その『狂ったシステム』の正体に、私が気づくのは……。
ルミナの温かい手が私の目の前で永遠に冷たくなる、あの絶望の日のことだった。




