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理解不能な残虐性と、極上の報酬

東の国境沿いに位置する、交易で栄えた城塞都市。

勇者パーティがその門をくぐった時、街は異常なほどの静寂に包まれていた。


「……おかしいわね。魔物の気配もないし、戦闘の痕跡もない」

「だが、人が誰も歩いていないぞ。まるで街全体が息を潜めているみたいだ」


エレンとレクトが武器を構え、警戒しながら大通りを進む。

街の住人たちは誰一人傷ついていなかった。ただ、固く扉を閉ざし、窓の隙間から怯えきった目で広場の方角を見つめているだけだ。


「……広場から、強い血の匂いがするわ」


ルミナの言葉に、三人は顔を見合わせ、中央広場へと駆け出した。

そして、そこに広がっていた光景に、勇者パーティは言葉を失い、戦慄した。


広場の中央。

そこには、数十本もの巨大な木の杭が打ち込まれ、数十人の男たちが無惨に磔にされていたのだ。

全員が刃物で一撃のもとに急所を貫かれ、すでに絶命している。彼らが着ているのは、西の塔を拠点とする教会の過激派の神官服や、他国の特殊工作員の装束だった。


「なっ……なんだ、これは……っ!」

「ひどい……一方的な虐殺じゃないか……!」


エレンが口元を押さえて嘔吐感を堪え、レクトが大剣を握る手をワナワナと震わせる。

彼らこそが、本来なら二週間後に『聖女暗殺計画』を立案し、ルミナを毒殺するはずだった首謀者たちだ。

しかし、330回の自害を経て二週間前に遡った私によって、計画を思いつく前にアジトを急襲され、暗殺の意思が芽生える前に皆殺しにされたのだ。


そして、あえてこの国境の街まで死体を運び、磔にして見せしめに晒し上げた。


遺体の足元、広場の石畳には、赤い血で殴り書きされた巨大な文字が残されていた。


『私の世界に、許可なく足を踏み入れるな。――ノア』


「ノア……」


ルミナには、この磔にされた男たちが、裏で自分を殺そうとしていたことなど知る由もない。

彼女の目に映るのは、かつての親友が、なんの罪もない(ように見える)神官たちや人間たちを惨殺し、異常な狂気のモニュメントとして飾り立てているという、理解不能な残虐性だけだった。


「どうして……どうして、こんな残酷なことを……っ」


ルミナは悲痛な面持ちで歩み寄り、血に染まった広場に膝をついた。

そして、本来なら自分を毒殺するはずだった暗殺者たちに向けて両手を組み、静かに祈りを捧げ、温かい治癒の光で彼らの遺体を清め始めた。


「ルミナ、離れろ! いつあの化け物が戻ってくるか分からないぞ!」

「……大丈夫よ、レクトさん。彼女はもう、ここにはいないわ」


ルミナの青い瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。


「私、絶対に彼女を止めなきゃ。世界をこんな風に傷つけて、彼女自身もきっと、深い闇の中で苦しんでいるはずだから……」


ルミナは立ち上がり、血文字で書かれた『ノア』という名前を真っ直ぐに見据えた。


「これ以上、ノアに罪を重ねさせないために。……私が、彼女のその手を引いてみせる」


その純粋で真っ直ぐな決意の言葉は、勇者パーティの士気を限界まで高め、同時に『大悪党ノア』への敵意と討伐への覚悟を、より強固なものにしたのだった。


* * *


一方。

その広場を見下ろす、高い時計塔の屋根の裏側。

私は、冷たい瓦屋根に背中を預けながら、ズルズルと崩れ落ちた。


「……っ、げほっ、ガハッ……!」


胃液と混じった血を、たまらず吐き出す。

330回の連続自害による発狂寸前の激痛と幻肢痛、文字通り胃に穴が空くほどのストレス。それに加えて、二週間不眠不休で世界中を飛び回り、暗殺者たちを狩り尽くしてこの広場に『舞台』を設営した疲労で、私の体は限界をとうに超え、細胞の底から悲鳴を上げていた。


指先は痙攣し、刃こぼれした小刀を握ることすらギリギリの状態だ。


「……はぁっ、はぁっ……」


震える手で口元の血を拭い、私は薄れゆく意識の中で、眼下の広場を見つめた。

ルミナが、泣いている。

私の残した血文字を睨みつけ、私を恐れ、私を止めようと、真っ直ぐに私だけを見据えている。


暗殺者なんて、この街には一人もいない。

彼女を害する計画書は、世界のどこにも存在しない。

彼女の瞳には今、私という『最強最悪の敵』しか映っていない。


「……大成功、ね」


私は血塗れの口元を歪め、誰にも聞こえない声で、ふふっと笑った。

ルミナが私を心の底から憎んで、警戒して、私を倒すことだけに全神経を注いでくれるなら。この地獄のような数年間も、吐き出した血の海も、すべてお釣りがくるくらいの極上の報酬だ。


私を恨んで。恐れて。

その綺麗な青い瞳で、私という絶望だけを睨みつけててよ、ルミナ。


「絶対に、よそ見なんかさせないから」


私は、彼女が自分を殺そうとしていた者たちに祈りを捧げる優しすぎる姿を最後まで見届けると、痙攣する体を気力だけで無理やり動かし、再び深い闇の中へと姿を消した。


最強最悪の大悪党と、彼女を救うと誓った聖女。

絶対に交わることのない究極のすれ違いは、こうして世界を巻き込みながら、運命の『深夜0時』の最終決戦へと、少しずつ、だが確実に加速していくのだった。

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