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勇者パーティの覚醒と、過保護な大悪党

シリアスは一話だけおやすみ

「レクト! 右から三体来るわよ!」

「わかってる! くそっ、動きが素早すぎる……っ!」


王都から少し離れた、緑豊かな演習林。

『世界を滅ぼす大悪党ノア』を討伐するため、レベルアップの修行に励む勇者パーティの三人が、中級魔物であるフォレスト・ウルフの群れを相手に苦戦を強いられていた。


「エレン、後方支援をお願い! 【ヒール】!」

「詠唱に時間がかかるのよ! ちょっとルミナ、もっと下がってて!」


剣を振り回すレクト、詠唱の手が止まりがちなエレン、そして回復魔法をかけようとオロオロしながら前線に近づきすぎるルミナ。


その光景を。

私は木の上から完全に気配を殺し、逆さ吊りになりながら、般若のような顔で見下ろしていた。


(……ッッあぁぁもう!! 陣形! ! レクト、大振りすぎる! エレン、詠唱中に瞬きする癖直ってない! そしてルミナ! 前に出すぎ! 泥の水たまり踏むよ! ああっ、踏んだ!!)


声に出せない絶叫が、私の脳内を駆け巡る。

大聖堂での鮮烈な『大悪党デビュー』から数週間。

私は世界中から指名手配され、裏社会を恐怖で支配する冷酷なヴィランとして暗躍していた。……はずなのだが。


どうにも、このひよっこ勇者パーティが心配で心配で仕方なく、暇を見つけては(いや、睡眠時間を削って)こうしてストーカーの如く陰から見守ってしまっているのだ。


何十万回と死に覚え、魔王すら完封できる私の目から見れば、彼らの動きはスローモーションのお遊戯会に等しい。1周目の世界で私が戦術指示を出していたからマシだったものの、脳筋二人と心優しき聖女の組み合わせは、お世辞にもバランスが良いとは言えなかった。


「ガァウッ!」

「うおっ!?」


一匹のウルフがレクトの死角に回り込み、その牙を剥いた。

レクトの反応が遅れる。噛みつかれる!


(ッ、右下四十五度!)


私はため息をつきながら、懐から指先大の小石を取り出し、指弾の要領で撃ち出した。


パシィッ!

「キャインッ!?」


小石はウルフの鼻先にある急所にミリ単位の狂いもなく直撃。ウルフは悲鳴を上げてその場にズッコケた。


「おっ? な、なんだかわからねえが、俺の気迫に怯んだか! くらえっ!」


レクトがズッコケたウルフを大剣で仕留め、得意げに笑う。

私の疲労がまた一つ溜まった。


「レクト、油断しないで! 【炎の矢】!」


エレンがようやく詠唱を終え、炎の魔法を放つ。

だが、狙いが甘い。ウルフが俊敏に飛び退き、炎は明後日の方向の木に直撃しそうになる。


(あーもう、偏差射撃くらい計算してよ!)


私は再び小石を弾いた。

今度は飛んでいく炎の矢の『側面』に、小石を的確にぶつける。ビリヤードの球を弾くように、空中で軌道がカクンと曲がった炎の矢は、見事ウルフの顔面にクリーンヒットした。


「やったわ! 見た!? 私の魔法、敵をホーミングしたわよ! ついに才能が覚醒したかも!」

(してないしてない。ただの物理的な軌道修正だから。)


木の上で私はこめかみを押さえた。

勇者パーティの自己肯定感が、私の裏工作のせいで間違った方向に爆上がりしている。こんな調子で『大悪党』の私を倒しに来るつもりなのか。不安しかない。


「二人とも凄い! あと一息よ!」


ルミナが目を輝かせて二人を応援する。

だが、その声に反応した群れのボス――一際巨大なウルフが、ルミナを最も無防備な獲物と見定めて、一直線に飛びかかった。


「ルミナッ!」

「きゃっ……!」


レクトとエレンが叫ぶが、距離が遠い。間に合わない。

巨大な牙が、ルミナの細い体に迫る。


(――ッ、私のルミナに!!!)


私は音もなく木から飛び降り、空中で刃こぼれした小刀を抜いた。

ボスウルフの脳天に上空から踵落としを叩き込み、地面にめり込ませる。さらにその勢いのまま、小刀でウルフの頸動脈をサクッと切断。

かかった時間はわずか0.5秒。


そして、ルミナが「えっ?」と目を開けるコンマ数秒前に、私は全力で地面を蹴り、再び木々の影へと姿を消した。


ズシンッ、と。

ルミナの目の前に、首から血を流したボスウルフが突如として倒れ伏した。


「えっ……? あ、あれ……?」


ルミナが瞬きをする。

駆けつけたレクトとエレンも、突然即死したボスウルフを見てポカンと口を開けていた。


「な、なんだ? 俺、まだ斬ってないぞ?」

「心臓発作……? いや、首が切られてるわ。でも、誰が……?」


三人が辺りを見回すが、当然誰もいない。

私は少し離れた茂みの奥で、ウルフの返り血を拭いながらハァハァと息を整えていた。危なかった。反射的に飛び出してしまったが、姿を見られずに済んだ。


すると、ルミナが胸の前で両手を組み、大聖堂の方向に向かって深く祈りを捧げ始めた。


「……きっと、神様が私たちを守ってくださったのね」

(いや、神様じゃなくて大悪党だけど)


ルミナの神聖な祈りの声が、静かな森に響く。


「神様。どうかわたしたちに、もっとお力を与えてください。あの大悪党ノアを打ち倒し、世界を平和にするために……! この試練を乗り越えてみせます!」


「ああ! 待ってろよノア、俺たちのこの『覚醒した力』で、必ずお前を倒してやるからな!」

「ふん、首を洗って待ってなさいよね、あの性悪女!」


三人が夕日に向かって、熱い決意を叫ぶ。


「……」


茂みの奥で、私は葉っぱを頭に乗せたまま、乾いた笑いを漏らした。

君たちのその『覚醒した力』、全部私が裏でこそこそ石投げたり魔物蹴り飛ばしたりして盛ってるだけなんだけどなぁ。


「はぁ……。大悪党やるのも、過保護な親やるのも、楽じゃないわね」


私は疲労困憊で肩を落としつつも、少しだけ綻んだ口元を隠すように黒いフードを深く被った。


ルミナに怪我がなくて、本当によかった。

彼女が私を倒すために一生懸命になっている姿は、切なくもあるけれど、どこかクスッと笑えて、私のすり減った心を少しだけ癒してくれたのだ。


「もう少しだけ……うまく戦えるようになるまで、手伝ってあげるか」


世界最悪の大悪党は、今日も勇者パーティのストーカー兼、完全無欠の専属サポーターとして、森の奥へとこっそり消えていくのだった。

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