スペース・青春グラフィティ
※挿絵は生成AI画像です。
「いらっしゃい、ジョウジ。あら、どうしたの? あの車」
エリーは、ジョウジの肩越しに玄関の外の車を見た。
「すごいだろ。1959年型キャデラック風・最新式V8フュージョン・リアクター搭載モデルの宇宙車さ」
ジョウジは、車まで歩いていくとボンネットを叩いた。
「ジョウジがこれ、買ったの?」
「違うよ。父さんの車さ」
「へ~、よく貸してくれたわね」
「そんなわけないだろ。こっそり借りてきたのさ」
「え、いいの? ばれたら叱られるわよ」
「大丈夫だって。父さんは今、火星に出張中なんだ」
「そういう問題じゃないでしょ」
「こっそり返しとけば、バレやしないって。それより、エリー。こいつでドライブに行こうぜ」
「大丈夫?」
「行きたくないの?」
「……行きたい!」
「じゃあ決まりだ」
ジョウジが運転席に乗り込むと、エリーは助手席に座った。キーを回すと、ブルル、とエンジンが低く唸る。
「すごい音ね」
「だろ? まあ、カーオーディオから出てるんだけどな。さ、出発だ」
クラッチを切り、ギアを入れた。アクセルを踏み込みクラッチをつなぐと、エンジンが轟音をあげ、加速した。サスペンションは、ふわふわとした乗り心地だ。
「少しの間、道路を走ろうか」
「へー。これ、タイヤが地面に付いて走ってるのね」
────
「さあ、そろそろ飛行モードに入るか。『キャディ』、離陸!」
『了解。スラスター点火』
車載 AIが応えると、車体がふわりと浮き、ロードノイズが消えた。
『エンジン点火』
マフラーから青白いプラズマが噴射されると、車は加速し、2人の身体がシートに押し付けられる。ノーズを上げると、地面が離れていく。
「すごいね……!」
エリーは、助手席の窓から、自分の住んでいる街並みを見下ろした。
「エリー、準備はいいかい? 『キャディ』、軌道投入!」
『了解。加速に備えてください』
さっきより強い加速がかかり、ふたりともシートに押し付けられた。空を翔ける車体は、どんどん速度を増していく。スピードメーターの数値が、狂ったように跳ね上がる。
『現在、時速3,000km』
圧力だけでなく、小刻みで激しい振動が車内に満ちる。
「エリー、……い、いい眺めだろ?」
「見てる余裕ない、よ……!」
『現在、時速1万5,000km……時速2万km……時速2万5,000km』
地上がどんどん遠ざかる。フロントガラスに暗い空が映り、はるか彼方の地平線が、地上との境界を形作っていた。
加速は続き、だんだん、気が遠くなる……。
──車体の揺れがふいに止まり、車内の音も消えた。わずかなハム音のみが聞こえる。
『現在、時速2万8,000km。エンジン停止。宇宙速度に到達。周回軌道に入りました』
AIが告げる。
「起きろよ、エリー。外を見てみろ」
ジョウジが、助手席のエリーの肩を揺さぶった。
「お……、起きてるわよ!」
さっきまでと打って変わって、身体の重さがなくなっていた。
ふたりは窓の外の、眼下に見える地球をしばらく見つめていた。
「さ~て。じゃ、『高速道路』に乗るか。AIのオートクルーズにして、と」
「どこ行くの?」
「そうだな……、月あたりにするか」
『軌道を離脱します。コースセット』
AIが答えると、車は緩やかに加速し、地球を離れる。
「見てみろよ、エリー」
「見てるよ」
窓から見える地球が、少しずつ、小さくなっていく。
「ラジオでもかけようか」
ジョウジがカーラジオのスイッチを入れると、ノイズがスピーカーから流れる。つまみを回し、周波数を合わせる。
『ザーッ、……ハロー。毎度おなじみDJの、イーチ・コタキです……』
2人はシートをリクライニングした。
『……では1曲目よござんすか。地球はジャパンから、ラジオネーム「株価ナイアガラ」さんからのリクエストで、「翔けろ! トビウオくん」です』
月までは1時間。ハンドルを握る必要はない。
──1時間が過ぎると、月が目前まで迫っていた。ジョウジの59年式キャデラック風・宇宙車は、月の周回軌道に入った。
「さ~て、サービスエリアに停まろうかな?」
月の軌道上を回る宇宙ステーションにランデブーし、無数にあるハッチのひとつからドッキングする。
『駐車場の与圧完了。降車してください』
ステーション内のアナウンスが響く。
ジョウジとエリーは車を降り、少し通路を歩くと、広いホールに出た。そこには、フードコートと土産コーナーが併設されている。
2人はホールの隅にあるディスペンサーでコーヒーを注文すると、次々と入れ替わる人々を眺めていた。
「何だよエリー、俺の顔に何かついてるのか?」
「ううん……、ご飯粒がついてたのよ」
「え、うそだろ?」
ジョウジは頬を触った。
「うそよ」
エリーが首を振って微笑んだ。
──ホールには、さっきと同じラジオ放送が流れている。
『……それでは「リュウ・マツモト」さんからのリクエスト。「恋するふたり」をお聞きください……』
──ジョウジたちの目の前を、若い女性が通りすぎた。
銀髪のロングヘアーに、金色の瞳をしている。背が高く、身体にぴったりと張り付く全身タイツは、金属の光沢を放ち、スタイルの良さを強調していた。
ジョウジが思わず目で追っていると、二の腕に痛みを感じた。
「痛ったー! なにすんだよ、エリー」
「見てたでしょ、今の女を」
「見てないよ。いてて……あ、そろそろ行かなきゃ」
ジョウジはエリーの手を引いて車に戻る。駐車場が減圧され、ハッチが開くと、宇宙空間と星々が目に映る。
車は加速して月の軌道を離れる。フロントガラスに地球が映った。
「ちょっと手動で運転してみようかな?」
「大丈夫?」
「俺、免許を持ってるんだよ?」
ハンドルを握り、アクセルを踏み込むと、エンジンが低い唸り声をあげ、車は加速した。
「な、これなら地球に早く着くぞ。車をさっさとガレージに入れときゃいいのさ」
ジョウジの言う通り、地球はどんどん近づいてくる。
「ねえ、スピード出しすぎじゃない?」
「平気さ。どのみち後は、AIの自動運転なんだから。……よっと」
ハンドルから手を離し、オートクルーズをオンにする。
「大気圏突入は、AIに任せるさ」
『地球に接近。逆噴射で減速します』
AIが答えると、ジョウジは両手を頭の後ろで組んで、シートにもたれかかった。
『──警告。現在の燃料残量では、再突入はできません』
「え、なんでだよ、『キャディ』!?」
『突入速度を下げるための燃料が不足しています。地球の周回軌道に入ります』
「ちょっと、どうなってるの? ジョウジ」
「さっきの加速で燃料を使いすぎちまったみたいだな。『ガス欠』ってやつだ」
「どうするのよ! もう」
車は軌道を回り続け、ウィンドウには青い地球が映っている。
──車内に、気まずい沈黙が流れた。
「こうなったら、JAF(ジャパニーズ・アストロフェデレーション)を呼ぶか……」
「は~、しょうがないわね」
ジョウジは通信機のスイッチを入れた。
「ハロー。JAFですか? 今、地球の軌道上でスタックしちゃってて。故障? ……いいえ、ガス欠です」
『了解しました。そのままで待機してください』
通信を終えると、ジョウジはため息をついた。
「30分以内に来るってさ」
「ねえ、ちょっと寒くない?」
エリーが腕を抱いてふるえている。
「ああ、ライフサポートへの電力をセーブしてるんだろう」
ジョウジは後部座席から毛布を取りだし、エリーといっしょにくるまった。
電力セーブのために照明は暗くなり、計器類のほのかな光が、エリーの顔を照らす。静かな車内で、互いの胸の鼓動が聞こえるような気がした。
──30分後
『……こちらJAFです。ジョウジ・サカモトさんのお車でしょうか?』
通信機からの声が、沈黙を破った。
「来た! は、はい。連絡したサカモトです」
『了解。ランデブーして燃料補給いたします』
JAFの機体が、ジョウジの車の『給油口』から水素を補給する。
『完了しました。請求書は、車検証に記載の所有者様のご住所にお届けいたします』
JAFの機体は軌道を離れていく。
「所有者の!? ちょ、ちょっと待ってよ……」
「あ~あ……。ジョウジ、早く帰りましょうよ」
『キャディ』がエンジンを逆噴射すると高度が下がり、地上が近づいてくる。
エリーだけが窓から楽しげに景色を眺めていた。
──そのまま飛んで、エリーの家近くに着地する。
「じゃあ、今日はありがとうね、ジョウジ。楽しかったわ」
「うん……。じゃあね、エリー」
力なく笑うと、ジョウジは、自宅に車を走らせる。ガレージに車を収め、部屋に戻った。
──次の日、ジョウジがハイスクールから帰ると、玄関で父親が腕組みをしていた。
「あ……、父さん。出張から帰ってたんだ。おかえり」
「ジョウジ、これはどういうことだ?」
父のタブレットには、JAFからの請求書が表示されている。
「5万ニホンドル。これは、お前のしわざだな?」
5万……1か月分のバイト代の半分だ。
「と……父さん、これは……」
「馬鹿もん! お前、父さんの車を勝手に乗り回しただろう」
「まあまあ、お父さん」
母親が割り込んだ。
「無事で帰ってきてよかったじゃないですか。ジョウジも反省してますよ」
──結局、ジョウジは父親にこっぴどく叱られた。
────
「あ~あ、車を貸してもらえないんだったら、バイトして自分で買おうかな」
リビングのソファーに寝っ転がって、ジョウジがつぶやくと、父親は鼻で笑った。
「ジョウジ、未成年はな、親の同意がないと車は買えないぞ」
「まあまあ、お父さん。ジョウジは、エリーちゃんとドライブしたいのよね?」
「そうそう……ん? 母さん、何で知ってんの」
────
その夜、ジョウジはエリーに電話していた。
「そういうわけでさ、エリー。とうぶん親父は、俺が車を買うのを許してくれそうにないな」
『そんなことないわよ、ジョウジ。きっとお父さんも分かってくれるわ。それに、お母さんも説得してくれるわよ』
「そうかなあ?」
『そうよ。だって、お母さん、そう言ってたもん』
「……え? エリー、なんで君が知って……」
『あ、パパが帰って来たわ。それじゃあね、ジョウジ』
電話が切れると、ジョウジは首をひねった。
「……まあいいか」
ジョウジが窓の外を見上げると、夜空には月が浮かんでいる。
「いつか、自分の車で月に行こう……。エリーを連れて」
※この作品はフィクションです。登場する人物、団体、車両等は、すべて架空のものです。




