インストゥルメンタリスト
芸術は魂の表現だと言われている。
もしそれが本当だとしたら――?
鬼ヶ志ミノルとナナコウは、自分たちの描いた絵を現実にする力を持っていることに気づく。
その特異な能力を持つ者たちを集め、法執行機関として利用する政府の極秘計画――「キャンバス・プロジェクト」。
闇の中でカルト集団や政治勢力が暗躍する中、兄妹は行方不明の母を探しながら、自分たちを縛るこの体制そのものに疑問を抱き始める。
魂を削ってまで、彼らは何を守ろうとするのか。
女は俺たちを階段へと先導し始めた。
降りながら、俺はどうしても“インストゥルメンタリスト”ってやつが何者なのか気になって仕方なかった。
「えっと……ミス。その、インストゥルメンタリストって誰で、何をする人なんですか?」サヤコウが聞いた。
女は安堵と苛立ちが混じったようなため息をついた。
「あなたたちの“ソウル・インストゥルメント”を選ぶ手助けをする人よ。」
「ソウル・インストゥルメント?」
「それって何だ?」と俺は聞いた。
「能力を持つ芸術家は皆、“ソウル”と呼ばれるエネルギー体を持っている。それを扱うには媒介が必要なの。」
サヤコウが困惑した顔で俺を見る。
「でもミノル、普通の画材じゃダメなの? いつもそうしてたよね?」
女はぴたりと足を止めた。
「普通の鉛筆を使った後、どうなるか気づいたことは?」
俺は思い返す。
「あ……使った後、必ずボロボロになる。」
「そう。」ナナコウも頷く。
女は再び歩き出した。
「普通の画材じゃあなたたちのソウルには耐えられない。だから“ソウル・インストゥルメント”が必要なの。あの人はそれを作れる。」
「何でできてるの???」ナナコウが食いつく。
「機密事項よ。上層部と校長、そして製作者だけが知っている。」
やがて、巨大な扉の前に辿り着いた。
巨人用かと思うほど大きい。表面には無数の筆跡と落書き。
インストゥルメンタリストって……どんな――
ドォォン!!
扉の下から煙が漏れ出した。
女はイラついた顔をする。
「今度は何してるの、あの子は……」
重々しい軋み音とともに扉が開く。
煙が一気に吹き出し、俺とナナコウは鼻を押さえた。
それでも焦げた匂いが届く。
やがて煙が晴れ、その向こうに立っていたのは二十代くらいの女だった。
ぼさぼさの髪。汚れたダボダボのズボン。腹が見えるハーフベスト。右のストラップは外れている。
鈍い赤い瞳は、周囲のすべてを把握しているようだった。
「よ、ユズ。」
やたら陽気な声。
明るすぎる。
……ミス・ユズ。
さっき“離れるな”って言った理由、なんとなく分かってきた。
「実験がエスカレートしてるわよ、スズ!」ミス・ユズが叱る。
「落ち着けって、姉ちゃん。許可は取ってる。」
俺たちは目を見合わせる。
……姉ちゃん?
性格真逆すぎないか。
ユズが説教している最中、スズは俺たちに目を向けた。
「そいつら誰?」
「新しくプロジェクトに入る子たちよ。」
スズはため息をつく。
「ほんと可哀想。青春、まともに味わえないのに。」
「俺たちは自分で来たんだ!」ナナコウが叫ぶ。
「みんな最初はそう言うのよ。」
静かで、妙に本気の声。
……今のが一番真面目だった。
「じゃ、ソウル・インストゥルメント選び、始めよっか。」
俺たちは工房へ入った。
金属や機材が散乱している。
部屋は講堂並みに広い。
……でも一番目を引いたのは。
あちこちに“彼女”がいる。
「なんでこんなにいるんだ?」と俺は聞く。
「さあね。私の能力と関係あるかも?」と彼女。
その瞬間、背後でまた爆発。
……だから離れるなって言ったのか。
床にある二つの光る円形プレートの前に立たされた。
「そこに乗りなさい。」
「これで選ぶの?」ナナコウが聞く。
スズは腹を抱えて笑った。
「マジで? 魔法みたいに選べると思った? ここホグワーツじゃないんだけど?」
「じゃあ何のためだ?」と俺。
「ソウルにも種類がある。画家のソウル、書道家のソウル、音楽家のソウル……」
他の能力者の力が少し気になった。
「ソウルはエネルギー。だから、それを通せる素材で作られた道具が必要。」
ナナコウが小さく頷く。
「いいから早く乗って!」ユズが怒鳴る。
俺たちはプレートに立った。
小型ドローンが飛び出し、俺たちをスキャンして戻る。
「……それだけ?」と俺。
「うん。」スズ。
「だったら立たせる意味あった!?」ナナコウが拳を握る。
「カッコいいから。」とスズ。
ナナコウが本気で歩み寄る。
俺は慌てて手首を掴んだ。
「やめろ、ナナコウ。」
「離して、ミノル。全員ネジ飛んでる。」
ナナコウは無駄が嫌いだ。
「落ち着け。殴っても解決しない。」
そして俺は小声で付け足す。
「それに……あの笑い方見ろ。自分が強いって分かってる。」
ナナコウが顔を上げる。
スズは、校長と同じくらい……いや、それ以上に不気味な笑みを浮かべていた。
瞬きもしない。
静寂。
ピッ。
「はいはい、茶番終わり。属性、確認しよっか。」
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
今回の章では、インストゥルメンタリストの登場とともに、「ソウル・インストゥルメント」という存在が明らかになりました。ミノルとナナコウにとっては、ただの拉致だと思っていた出来事が、少しずつ“キャンバス・プロジェクト”という大きな流れの一部であることが見えてきたのではないかと思います。
ユズとスズという対照的な姉妹の存在も、この章の大きなポイントでした。秩序と混沌、管理する側と自由奔放な側。同じ組織の中でも、考え方や立ち位置が違えば、見える世界も変わります。
そして“ソウル・インストゥルメント”は、単なる武器や道具ではありません。それは能力者の在り方や、表現の形そのものを映す存在です。これから物語が進む中で、それぞれの選択や覚悟がどう影響していくのか、ぜひ見守っていただければ嬉しいです。
物語はまだ始まったばかりです。
キャンバスに描かれる本当の全貌は、これから少しずつ明らかになっていきます。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




