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第6話 真実を見る目×英雄の兄弟

談笑を終えた俺たちは受付を済ませ、試験会場へと入った。

 楕円形の形をした数百人は入れるであろう巨大な空間。3,4メートルの壁に囲まれ、その上には多くの人が座れる席が用意されている。すでに数人のお偉いさんらしき人が座り、こちらを悠然と見下ろしている。

 本で見たことがあるけど、これはまごうことなき『闘技場』の形状だ。

 まさか…ここで殺し合いを、なんてことはないよな?…ない、よな?

 周りを見渡せば、すでに試験を受け始めている人がちらほらといる。

 ランダムに選ばれた受験者同士で組み手をしていたり、遠くの的に向けて弓矢の腕を見せたり、離れた一角の結界内では武器と魔法を使ったより実戦的な動きをしていたりと多種多様。どうやら一斉に始まるタイプの試験ではないようだ。

 さらには騎士と手合わせしている受験者もいるが、その実力は歴然の差。騎士の方は笑顔で全ての攻撃を受け流している。

「…」

「エドガー、どうした?」

「あぁ…“いやいや”問題ない」

「…そうか」

 隣国との長きに渡る争いによって騎士団は常に人数不足。高い頻度で試験を行っていて国内の様々な場所から受験者を募っているとチラシには書いてあったし、人材確保のために常に門は開かれているのだろう。大変なものだ。

 そんな事を思っていると男の声が響く。


「随分と派手にやってくれたもんだな…どうやら受験者同士では君の実力は測れないようだから、騎士団から2人貸し出してあげよう。2対1でどこまでやれるか見せてくれ」

 どこか気持ち悪さを覚えるような悪意満点の声色。その男の後ろには、これまた気持ち悪い感じでにやにやと笑っている男がいる。結構似ている。少し頬がはれ上がっていて、装着している鎧や持っている試験用の剣はボロボロ。

 まだ騎士でもない普通の受験者が現役騎士を2人同時に相手するなんて、理不尽だ。常識的に先を予想すれば、無事では済まないであろうことは想像に容易い。

 試験官の後ろに立っている男はおそらく親類で、親類が負けた事に腹を立てて恥をかかせるために理不尽な試験を吹っ掛けたのだろう。

 だが言われた銀髪の少年は表情一つ変えず、動揺することなくただただ金色の眼でその試験官をじっと見降ろしていた。身長は、平均よりも高いはずの俺よりも更に頭一つ分は高いほどの高身長。身長も相まってその威圧感は尋常ではない。さらには、年齢はおそらく俺と同い年くらいだがその目から溢れる闘志は歴戦の戦士のような貫禄があり、見ているだけでも気迫で少し呼吸が重くなるほど。

 でもニヤニヤ顔の二人とその取り巻きは、それに気づいていない。


「はぁ!?絶対に負けた腹いせに無茶苦茶な事を言ってるし!!フレイ、そんなもん突っぱねちまえばいいし!!」

 銀髪の男の後ろからロングのオレンジ髪の少女が心配そうに声を張り上げる。年齢はこれも同い年くらい。どうやら二人は知り合いのようだ。

「エステル、大丈夫だよ。正直…心配するほどの事でもない。心配してくれてありがとう」

 震えるほどの闘志がウソのように、彼女にはこの上ない優しい笑みを見せる。それでいて、揺らぐことのない自信が声色から漏れ出ていた。

 その言葉を聞いた相手は強がりだとでも思っているのだろうか、小馬鹿にするように下品に笑った。性格の悪い奴はどこにでもいるんだな。

 銀髪の少年は『フレイ』。オレンジ髪の少女は『エステル』と言うようだ。

 なんだか面白そうな2人。周囲の視線が一斉に集まっている。

「なっ…!べ、べべ別に心配なんてしてないし!!バカバカバカ!!」

 罵倒しながらじたばたと体を動かしているが、怒っている割には凄く嬉しそうな表情だし頬を赤く染めているし、完全に照れ隠しである。これは完全に好き同士だね!


「まったく…あいつらは運がないな」

 フリューゲルさんがため息を一つ吐くと、シュヴァルツさんと共にニヤつく試験官の前に立ち塞がった。

「職権乱用はやめてもらいましょうか、オブライエン隊長」

「おやおや?誰かと思えば、かの有名なスカイ国の英雄であるフリューゲル調査隊長と『ドラゴンスレイヤー』と名高いシュヴァルツ補佐官ではないか。可愛い弟が心配で、過保護にも試験に口出ししようとしていうのか。それとも…噂通り遊牧民全体でやましい秘密を守るために結託しようとしているか?飛竜調査隊のメンバーの多くもミネルバの民で固めているようだが、噂の信ぴょう性を高めているとは思わないかね?」

「いえ、そうは思いませんね。ミネルバは飛竜と共生を目標としているため、近くに暮らしています。そのため彼らの生態系に他の人間よりも“多少”詳しい。れっきとした適任者でしょう。それに飛竜調査隊のメンバーを選ぶ権利なんて、俺にはほとんどありませんよ。適任者であろう人に声をかけ、上に意見や推薦はできます。まぁ決定権は王と王室にありますので、あくまでも強いて言えばの話しですがね」

 『飛竜調査隊』─スカイ国の王族主導で騎士団内に作られた新しい隊だ。その名の通りの飛竜の調査を行うのが活動内容らしいけど、詳しい情報は一般的にはほとんど公開されていない。隊長がフリューゲルさんなのも今、初めて知ったよ。第三騎士団の副団長もやってるのに、調査隊の隊長もやってるなんて凄いバイタリティーだ。

 そこに入れば、バハムートを操る人間の情報を得ることができるかもしれない。けど今の話を聞くと、入るのは厳しいかもしれん。

「欲にまみれた下劣な噂話を信じているとは呆れたもんだな、おい。それに弟が噂のミネルバに情けなく負けて、口を出した過保護はアンタの方だろ?それとその下らない呼び名はやめろと何度も言っているに続けるとは…よほど記憶力がないらしいな。流石、上流貴族のフィンスターニス家に取り入って第五騎士団の隊長の座になっただけの男だ。相変わらずの醜い嫌がらせも健在のようで、心配した上からアンタを見張ってるように言われたぜ。今こいつと戦おうとした腑抜けた二人と、後ろに隠れて薄気味悪いニヤニヤ顔してるしか能の無いのアンタの弟とアンタも含めて1対4で相手をしてやってもいいぜ?」

「口の利き方も知らない上に不都合な事は隠そうとする能なしのミネルバが…よほど死にたいらしいな」

「いつでも受けて立つぜ、コネでしか這い上がれないお飾りの隊長さんよ。後ろのお前らもどうだ?こいよ、相手になってやるぜ腰抜け共」

「やめろ、ロジャー。わざわざ挑発受けるな。ここは試験会場だ。オブライエン隊長も…引いてもらうか」

 先ほどまでのニヤリ顔は消え、額に青筋を浮かべて一気に殺気立つ。視線のぶつかり合いに火花が散りそうなほどで、今にフッとした拍子に爆発してしまいそう。

 フリューゲルさんが両者を制しているが全員の手は剣に触れていて、一触即発とはこの事。

 その雰囲気を察してか周囲からフレイ君とエステルさんを除いた受験者は離れ、試験官ですらも慌てふためいている。しかし上で見ている上層部は平然としている。問題を起こさないという信頼か、それとも自分たちに火花が飛んでこない余裕か。

 というかこの人が隊長かよ。喧嘩っ早いし貴族に取り入ったって…本当に騎士団、大丈夫か?

「はぁ、全くどうしてこうも血気盛んなのかしら…仕方がないわね…」

 そう言ってヴァルフリートさんが仲裁に入ろうとした時。


「そこまでです!やめましょう、皆さん!」


 緊張感が高まる空間を切り裂いたのは、落ちる気のある1人の騎士の声だった。

 血を思わせるような深紅の髪に人長程の長い剣を腰に差し、この緊張感の中で一際落ち着き払った表情をしている。さっきまで受験者と手合わせしていた人だ。

「君は…第七騎士団のトリスタン」

「忘れているとは思いますが、あくまでも今日の試験の監督責任はこの第七騎士団が預かっています。僕は隊長でも副隊長でもないので、皆さんにはお願いさせていただきます。どうか一つ、僕の顔を立てると思って引いていただけないでしょうか」

 軽く頭を下げてにこやかにお願いしているが、決して大きな声ではないその静かな声には、覇気と底知れぬ重みが乗っていた。空気が一変した。静寂に包まれた闘技場内の全ての視線が集中する。

 数秒の沈黙の後、各々がサッと武器から手を遠ざけた。

「フリューゲルさんの弟の実力を騎士相手で見たいという事でしたら、ここは兄弟で手合わせをしてもらうというのはいかがでしょう?時間は3分、魔法なし、武器は殺傷能力のない試験用の剣。フリューゲル副隊長が手を抜いていたと判断されれば不合格で。オーギュウス隊長やシュヴァルツ補佐官、さらにはヴァルフリート司令部長の目を持ってすれば、手を抜いたり不正をしたりは見抜けます!これが落としどころだと思うのですが…どうでしょうか?」

 その問いかけに静寂が包まれる。

「司令部として異論はありません。止める理由も」

 先に沈黙を破ったのはヴァルフリートさんだった。その声を皮切りに、言葉が飛びかう。

「チッ…いいだろう。命拾いしたな、ミネルバ風情が」

「命拾いしたのはアンタらだろう、腑抜け共が」

 そう吐き捨て、その場から離れていくオブライエン隊長の背にシュヴァルツさんが言葉をぶつける。取り巻き達は怒りの表情を浮かべて睨み返すが、隊長自身は冷静さを取り戻したようで反応ない。どうやら一触即発の事態は収束したようだ。

 そして今の話を聞くにフリューゲルさん達はミネルバらしい。果たしてこの人たちは俺の知りたい真実を知っている『ドラグーン・バレー』のだろうか。胸のざわめきが一際大きくなっていく。


「補佐官の立場から言えば、俺はそれでいいと思うぜ。お前らはどうだ?」

「やるよ。アニキとの手合わせは毎回楽しいから願ったり叶ったりだし」

「俺も構わないさ。フレイとの手合わせかー。去年、実家に帰った時にやって以来だから久しぶりだな!どれどれ…見てもらおうか」

「フレイ、いっちょやったれー!!ニックさんだろうとボコボコにしちゃえ!!」

「エステルちゃん…お手柔らかに頼むよ」

「では…決まりですね。魔法班、念のために結界魔法の準備を!」

 全員が納得し丸く収まったみたい。その場から2人を除いた全員が離れ、周りに結界魔法が張られた。特に前置きはなく剣を抜いて構え、一瞬にして臨戦態勢へと入った。

 柔らかい雰囲気のあった瞳は変貌し、周囲の空気が震えるような闘志があふれ出ていた。真剣そのもので、あくまでも今から行うのは手合わせのはずだが命を懸けた真剣勝負のように殺気立っている。

 他の試験は一旦止まり、周囲に人が集まってきているがその気持ちはよくわかる。スカイ国を救った英雄の実力が間近で見れるのだ。試験に集中できるわけがない。

 でもそれと同じくらいにフレイ君の実力も気になる。闘技場の半数以上の人間は気づいていないようだが、あの覇気は相当なものだ。おそらく今回の受験生どころか、この会場にいる中でトップ5に入る実力者だと思う。

 それに気づいているミラちゃんやライナー、ヴァルフリートさん達は視線を交互に向けて、その瞬間を固唾を飲んで待っていた。少しも音を立てたくない緊張感が周囲を包み込んだ。


「互いに準備はいいですね。では…始め─」


 澄み渡ったその声が木霊する間もなく会場に響いたのは、連続で金属がぶつかり合うけたたましい音と、大地と風を揺らし土埃をも巻き上げるような衝撃波の連続だった。

 猛烈なスピードで二人はぶつかり合いその度にドンッ!ドンッ!ガガンッ!と内臓を震わせるような衝撃音と、それをかき消せるように剣がぶつかり合い、火花と金属音、そして衝撃波を生み出す。体よりも、使っている剣の方が限界は近いのではないかと思うほどに。

 予想通りフリューゲルさんの方が一歩押しているが、ほぼ互角の展開。俺ならば数秒と持たないであろう鬼神の如し剣戟に食らいつき、ガードしては自分の攻撃へと繋げていく。四将の1人を退ける程の剣術を凌ぎ切っているのだ。

 防御力にも驚かされるが、パワー勝負ではフレイ君が押している。技術的な面では上回られているが上手い事パワー勝負に持ち込んで、自分に不利な展開を潰していく。俺には到底できない芸当だ。ただただ感服してしまう。

 鍔迫り合いになった刹那、力で勝るフレイ君が押し込み、少しバランスを崩させた瞬間に迷うことなく剣を寝かせ、剣身に沿わせるように顔に向かって横薙ぎを放つ。

 フリューゲルさんは上半身を仰け反らせ回避。同時に地面を蹴り、その勢いのままに剣を下から斬り上げる。のど元めがけて一直線に向かうが、フレイ君はしゃがんで回避し横蹴りを放つ。余裕を持って腕でガードされたが、蹴りが当たった瞬間に鈍い音が響き、その威力でフリューゲルさんの体が少し宙に浮いた。

 殺傷能力のない剣同士のただの手合わせのはずだが、今の攻撃をもろに受けていたら間違いなく普通の怪我では済まないだろう。

 手を抜くなんてとんでもない。誰の目から見ても真剣勝負だ。


「どうなってるの!?あの受験生、めっちゃ強いじゃん!」

「フリューゲル副隊長と渡り合っているだと…?目で追いきれない…」

「弟って言ってたよな。兄弟揃って凄いな」

 予想だにしない拮抗した展開にあちこちからため息が漏れた。そりゃそうだ。相手は四将の一人を退けた英雄だ。並みの騎士なら数秒と持たないであろう。

(俺も負けてられない…!)

 手合わせとは思えない素晴らしい攻防に胸が熱くなり、やる気が満ち溢れてくる。

 だがそんな名勝負に水を差すように声が漏れる。

「あの異常な力、飛竜の秘薬でも使ってるんじゃないか?ミネルバだし」

「やっぱりあいつらがドラグーン・バレーなのかな。きっと飛竜の素材を独占してるんだ」

「弟とはいえ受験生といい勝負するって…英雄って意外と大したことはないんだな」

 周囲のざわめきは称賛もあるが、例のミネルバに対する噂もあってか残念ながら批判的な声も少なくない。こんなにも素晴らしい手合わせなのに勿体ない。つい、チラッと批判的な声の方へと視線を移そうとした時。


「人は自分の見たいものだけを見る。例えそれで事実を歪めていたとしても」


 唐突にヴァルフリートさんが口を開いた。なぜいきなりこんな話を?と思ったが、もしかして俺の心を読んでいる…?当主だし読心術の1つや2つ持ち合わせているだろう。あり得る。

「でもそんな事は気にする必要はないわ。目の前で起こっている事実から目を背けてまで見る景色は、偽りでしかない。あの人の様にただひたすらに前を向けばいい」

 そう言って指さす方には。

「フレイ、頑張れぇぇーッ!!!いけいけ!!」

 周囲の戯言も、どこか冷めた視線もまるで存在しないかのようにひたむきにフレイ君を応援しているエステルさんの姿があった。距離的には間違いなく批判的な声は聞こえているだろうが、きっと一生懸命に応援しているから彼女の耳には届いていない。

 今の俺にとってその純粋な姿は眩しくて。少し考えさせられてしまう。

「あなたならどうする?どんな真実が目の前にあっても、偽りに変える事無く見続けられるかしら…スターリースカイ君」

「…」

 轟音が覆う中、その声はどんな音や声よりもはっきりと聞こえ、頭の中で何度もループした。

 俺はあの日の真実を知りたい。けど果たして、真実にたどり着いた時に自分の都合よく解釈を変えずに、それを全て受け入れる事はできるだろうか。

 あの日の事だけではない。きっとこれからの人生を生きていけば、様々な真実を何度も見る事になる。その時、俺はどうしているのだろう。

 見定めるように感情が読めない瞳が俺を捉えて離さない。答えが気になるのか、ミラちゃんとメテウスさんも俺の事じっと見つめている。

 一度目を閉じ、深く呼吸をして目を開ける。

 眩い太陽が照らす蒼穹がどこまでも広がっていた。悩む必要なんてない。ヴァルフリートさんの目をまっすぐ見返す。

 答えは─決まっている。


「真実を見続けるよ。真実を偽りになんて変えさせない。止まらないよ、俺は」


 全てを受け止めて、前を向いて進んでいく。たとえ破滅の道に進もうとも、この人生で後悔ない選択をして進み続ける。それがあの日に誓った生き方だ。

「…そう。ならよかった」

「にしても、このタイミングでそれを聞いてくるなんて、ヴァルフリートさんはやっぱり読心術かなんかを心得てるの?当主の必須能力的な?」

「さぁ、どうかしらね。でもそんな能力があっても、あなたはわかりやすいから使わないわよ」

 そう言うとどこか嬉しそうにしながら、メテウスさん共々フィールドに視線を戻した。ミラちゃんに至っては『やっぱり…あなたは変わっていませんね』と腕組みをして満足げな表情をしながら呟いた。嬉しそうで俺も嬉しい。

 何を考えてヴァルフリートが俺に聞いてきたのかはわからないが、満足いく答えだったようで少し安心した。

 でも俺はいったい何を試されていたのだろうか。謎だ。そして読心術については否定しないんだ…怖いよ!というか、俺ってそんなにわかりやすいの?

 でも、こうやって言葉に出せたことがよかったのか。心は晴れやかだ。

 自分の生き方を再確認できた。そんな気がする。


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