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第24話 数刻前の不信×英雄ではなく兄として


『イービルズ』

 たった一言の通信が入った。何かあった時のためにと、彼に持たせていたヴァルフリート家特注の小型通信クリスタルからでした。

 エドガー君のお願いもあってトリスタンの動向を探っている最中に、緊急任務と称して彼らを集めてどこかに行ってしまったというのはお嬢様直属の監視役からすぐに私たちの耳に入った。フリューゲル副隊長やシュヴァルツ補佐官も協力してくださり、トリスタンの近辺を調査に参加してくれていました。

 『ハロルド・トリスタン』─過去に問題行動はなし。勤務態度は超が付くほどの真面目。人当たりも良く、物腰も低い。黒い噂“は”ない。これだけ見れば間違いなく、優良な騎士。

 しかし気になる情報が。

 上流貴族アダムス家の有力者『クライム・アダムス』と頻繁に連絡を取っている形跡。

 『クライム・アダムス』─野心家でプライドが高く、権力に固執している。他の貴族とのトラブルも多く、騎士崩れやならず者との関わりが疑われている要注意人物。

 イービルズというのは彼が領主を務める街。

 トリスタンの関係性を調べてわかったのは、ここ最近の任務地の多くはアダムス家が領主を務める土地であり、わざわざアダムス家からのご指名で呼ばれているという事。

 嫌な予感がしてここ数か月の『騎士養成学校学生の行方不明及び死亡事案』の資料を覗くと、多くの方に共通して『アダムス家が所有する土地で発生している』というのがわかりました。

 本部に事後報告で緊急任務を決めてエドガー君達を連れ出したという点と、その任務地よりにもよってクライム・アダムスが領主を務めるイービルズ。何も起きないと思う方が不自然で。

 エドガー君の顔が浮かぶと共に、不安で胸が詰まりそうになりました。どうか無事で。

 居ても立っても居られなくなり。


「お嬢様…お願いがあるのですが」

「良いわよ。許可します」

「え?」

 まだ内容も伝えていないのに許可が出ようとは。

「あ、あのまだ内容を」

「彼を助けに行きたいのでしょ?もう8年にもなる付き合い、皆まで言わなくてもわかるに決まってるでしょ」

「お嬢様…!」

「まぁミラはわかりやすいし。すぐ顔に出るし。そんなに心配そうな顔したら一発」

「ターニャお嬢様!もう!そう言うのははっきりとは言わないものです!」

 それに私はわかりやすくなどありません。断じて!

「フリューゲル副隊長、いいかしら?一応預かりはあなたの隊になっているから形式上聞くけど」

「ハハッ!返事はハイ以外認めてくれなそうだね!大丈夫。必要書類は後でどうとでもするよ。許可するよ。書類は頼んだぞ、ロジャー」

「あぁ~また俺かよ。いい加減、書類の書き方を覚えろバカ野郎」

「心配だから俺も行きたいけど立場上、そうはいかないからね。ヴァルフリートさんも、メテウスさんもロジャーも」

「貴族、副隊長、補佐官。上層部が証拠も無しに、緊急救助任務を発令してくるほどできない甘くはないですもんね。ごめんね、ミラ。一緒に行ってあげられなくて」

「言い逃れできない証拠を見つけてからすぐに向かう。必ず間に合わせる。だからどこか、みんなの事を守ってくれ」

「任せてください。時間稼ぎは得意なので」

 その場のユニークスキル【フォース・オブ・シンギュラリティ】を発動。全身にエネルギーがあふれ出す。今だったら空も飛べるかもしれないと錯覚してしまうほどに体が軽い。

「いってらっしゃい。ミラも無事に帰ってきて。合図はそのハルバードに送るわ」

「はい!いってきます!」

 そして窓から飛び降り、そのまま名いっぱいの力を振り、駆けた。



 時間稼ぎ成功。任務の遂行を確認。

 フリューゲル副隊長は悠然と敵一同を睨みつける。その迫力はいつもににこやかなこの人からは想像できないほどに険しく、張り付くようなプレッシャーを放っていた。

「そこまでだ、ハロルド・トリスタン、クライム・アダムス。そして騎士崩れやならず者ども」

「ニック・フリューゲル…!!」

「わざわざ副隊長が来る、だとっ!!」

 怒号に対し、その瞳は燃え盛るような怒りを隠そうともしない。剣を握った手は怒りに打ち震え、青筋が浮き出ています。


「おいおい、俺達の事は見えてもないのか。追いつめられると視野が狭くなるなって言うが、それでも騎士団の人間か?」


 背後から聞こえた緊張感のかけらもない呆れた声に振り向けば、そこにはシュヴァルツ補佐官と一人の白衣を着た女性が歩いてきていました。

 眉間にしわを寄せ、相変わらずの鋭い視線を向けるシュヴァルツ補佐官に対して、女性の表情は穏やかで、まるで戦場ではなく街中を買い物しているかのように安心しきっている。艶やかで全てを照らしてくれるようなピンク色の髪。

 確かこの女性は─。

「お待たせ、エステルちゃん。もう大丈夫よ」

「ジェシカさんっ!!」

 旧姓『ジェシカ・イシュミール』。フリューゲル副隊長、シュヴァルツ補佐官の同期で、元第三騎士団所属の騎士。国内屈指の回復魔法の使い手でその腕を買われ、若くして騎士団医療隊責任者の一人に。本来であれば隊長を務めるはずでしたが『結婚したのだから時間に余裕を持ちたい』という本人に強い希望により、現在は相談役というポジションへ。新姓を『ジェシカ・フリューゲル』。ニック・フリューゲル副隊長の奥様です。

「私がスターリースカイ君の処置をするから、フレイ君の方をお願い。よく頑張ったわ」

 それぞれがすぐ処置に入る。エドガー君の本格的な治癒が始まり、これで彼も一安心です。

「ジェシカ、ありがとう!みんなも遅くなってすまない!フレイ、エステルちゃん、待たせたね。よく頑張った!みんな偉い!」

 サラマンダーから降り、サッと歩み寄るとやはり最初に声をかけたのは奥様。その次に全員を見渡して軽く頭を下げた後に全員が生きている事を褒め称える。この明るさが彼らしい。

 その笑顔を見て、全員が安堵に包まれました。英雄としてではなく、人として安心しますね。正直、私も一安心だと思ってしまいましたし。

 そんな彼を見てもフリューゲルさんの表情は少し固く、どこか緊張感に包まれていました。


「アニキ…すまない。“気づかれた”」

「気にするな!お前が生きてくれていた事に比べたら些細な事だ。大丈夫だ!あとは兄さんに任せろ」


 そう笑って返し、敵に向かって歩みを進めていきました。不安など欠片もない様子で、その言葉は決して建前ではなく本心からのものだと誰から見てもわかってしまう程に真っすぐで。美しい兄弟愛を見れて、少しだけ胸が熱くなりました。

 フリューゲルさんの握られている武器。それは決して小さな意味ではなく、彼らにとっては重大極まりない事例のはずなのに。そんな事すらも兄弟愛の前では些細な事なのでしょう。

「なぁロジャー…薬草、持ってないよな?」

「ねぇーよ。知ってて聞いてんだろ?ガキどもの避難はさせておいてやる」

「ありがとう。頼んだよ…」

 背中からだけでも雰囲気が変わったのがよくわかりました。どういう決意を持って挑むのか、それは私には知る由もありませんが軽いものではないという事だけは理解できます。


 フリューゲルさんがたった一人で敵に向かっていく。第三騎士団副隊長、そして英雄とも呼ばれた人だけど、これだけの数を相手にたった1人で挑むのは無茶だ。

「ここを離れるぞ。動けなさそうなのはスターリースカイくらいか」

「私がおぶっていきます。移動しつつ治療をお願いします。エドガー君、行きますよ。少し痛いでしょうけど我慢してくださいね」

「ミラちゃん、ありがとう。傷も大分、塞がったよ。でも服に血が付いちゃうよ…」

「まったく。いいんですよ、それくらい。こんな時にそんな事で申し訳なさそうにしないで。優しいというか、自分の事を後回しにするのは良くない事ですよ」

 おっしゃる通り。正直こんな時にミラちゃんの服に血が付いてしまうとか気にしてはいけない。でもついつい申し訳なく思ってしまう。

 あまり動かない体を器用に動かされ、ミラちゃんの背中におんぶされた。

 こんなにも彼女と密着したのはあの日以来、初めて。手は繋いだけどね。

 暖かくて、少し柔らかみのある筋肉質。ふんわりとした甘い香りがしてくる。

 『落ち着く』。その一言に尽きる。この心地よさは、あの日から全く変わっていない。ずっとこうしていた。

 チラッと見えた横顔は相変わらず凄く綺麗で、穏やかで。スカイブルーの瞳は慈愛に満ちていた。頬っぺたに当たる、雨に揺れたベリーショートの髪も。目を縁取るまつ毛も。少し赤くなった頬も。その全てが愛くるしくて。心が癒される。

 鼓動は今や高鳴りへと変化していった。

「フリューゲル副隊長1人で大丈夫なんですか?」

「あぁ、なんも心配いらねぇ。むしろここに留まっている方が“巻き込まれる”リスクがある。安心しろ。あいつ強いぞ。『英雄』と異名に恥じない強さだ」

 心配する俺達にシュヴァルツさんはどこか自慢げに話してくれた。圧倒的な揺るがない自信。



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