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第14話 優勢は一瞬×ミネルバ


 人数では圧倒的に不利も関わらず、フレイ君の指示もあって戦況は拮抗。疲労は溜まっていくが全員が歯を食いしばって対峙していった結果、こちらは死者はなし。敵の屍が少しずつ増えている。

 しかしどこから来たのか増援が到着して、減らした数は元よりも増えている。数人が屍に怖気づいてくれたようで、こっそりとその場から立ち去っているので少しはましだが。

 それでも汗がしたたり落ち、呼吸が荒くなっていてきつい。どれだけ戦えばいいのか。

「クソがっ!!たった6人の学生相手に何をちんたらしている!!貴様らそれでも元騎士団の人間かっ!!!」

 これほどまでに苦戦するのは予想外だったようで、トリスタンの怒号が飛ぶが、騎士団崩れの連中の顔はあまり浮かない。そりゃ最初はたった6人の学生を嬲る、小遣い稼ぎ程度の簡単な仕事の感覚で来ていたの、ふたを開けて見れば現役の騎士であるトリスタンが前線にいるにもかかわらず戦況は動かず陣営に犠牲者が出て、命の危険があるといるとなれば、士気が下がるのも当然だろう。依頼者は上流貴族。ふがいない所は見せられないが、かといってあまり突っ込んでいきたくない。接近戦を避けるあまり遠距離からの魔法攻撃が主になり、対処が少しは楽になってきた。

 体力的にはこっちの方がきついけど、精神的には優位だ。

 

 いける!─そう思った瞬間、戦場よりも遠くの方から光が広がっていくのが視界の端に写った。正体はわからないが本能が危険を知らせ、すぐさま目を向けた。

 そこに見えたのは、火属性魔法によるものとは比べ物にならないくらいの熱量と大きさ、段違いの弾速で飛んできている複数の『巨大な火球』。

「まずいっ…!新手が来たぞっ!!!」

 仲間に危険を知らせると同時にマナの出力を上げてスピードを速め、急転回し回避。

 遠くから気づいていたため回避は十分に間に合ったのだが、火球が真横を通り抜けていった瞬間、肌が焼けそうになるほどの熱波が襲ってきた。距離にして10メートルくらいは離れていたのに、燃え上がる炎がすぐ側にあるかのように熱い。

(なんだ、今の炎は…?!)

 魔法でも魔物の攻撃でも感じたことがないような桁違いな威力。離れていたから余裕を持って回避できたものの。熱いのに、背筋が凍るほどに寒気がしてきた。


「あの炎…クソッ!!全員エステルのラインまで下がれ!!!マナを使い果たしてでも魔法を使って離れろ!!!スターリースカイ、降りてこい!!そこにいたら狙い撃ちにされる!!」

「下がってぇぇー!!!早く!!!」

 活路が見え始めて、少し余裕のある面持ちで剣戟を繰り広げていたフレイ君の表情が一瞬にして険しくなった。エステルさんも悲痛な叫び様に声を上げているし。明らかに焦っていて、こんな彼らを見たことはない。何に気付いた。なんでこんなに焦っている。あの火球の正体はなんだ。疑問がグルグルと頭の中をループする中、波状攻撃を避けながらエステルさんのいる場所まで下がり、地上に降りた。

 地面に降りた途端、地面から揺れを感じる。規則正しく一定のリズムで揺れて、木々が振動する。

 もしかして、巨大な生物が地面を踏み鳴らしてこっちに向かってきている?

「なんだ…魔物か?」

「そんな生易しい物じゃないよ。でも、あいつらどうやって…」

「どうするかな…いや、なるようになるかしかないか」

 俺含めた4人は何かわからず困惑しているけど、それとは比べものにならないくらいに2人は深刻そうな表情を浮かべた。この2人にだけわかる事…もしかして。まさか。いや、それなら説明がつく。嫌な予感がする。

 振動が近づくにつれて、騎士団崩れとトリスタンが左右にばらけた。しかも先ほどまで暗い表情は消え、勝利を確信しているかのようにニヤつき始めた。


「気が変わった…“あいつ”を使う事にした。ミネルバの民がいるんだ…ちょうどいいだろ?」

 森の奥から、炎のようなものが揺らめきながらこちらに近づいてきている。雨に揺れた葉や木々は燃え、ミシミシと音を立てて倒され地面を揺らす。

 近づくにつれて、その体躯の全容が見え始めた。

 体長は4メートル程。リンドヴルムよりも一回り以上は小さい。しかしその体躯の迫力はそれを上回る。

 触れただけで斬れてしまいそうな程の鋭い鱗が全身を覆い、背中からは体の倍はあろうかという翼が伸び、長く太い尻尾の先端は槍よりも鋭利で太陽の様に眩いオレンジ色の光を放つ。鮮やかな唐紅の巨体。鋭い眼光と、口から漏れる重低音の息吹には火花が混じる。


 飛竜だ。しかも1人の男が飛竜の前を歩いている。何か持ってる。

 全身が唐紅の色彩が特徴で、息吹と共に火花が散るという特徴。間違いない。

 飛竜危険度3─【サラマンダー】。


 実際に見るのは初めてだ。

 森から抜けてその全容がようやく見えた。全身から発せられる熱気のせいか、ただいるだけなのに一瞬でここの気温が数度上がった。それなのに鋭くも冷たい眼光で見降ろされた迫力のせいで、体の芯から冷えるような感覚が襲ってきた。

 怖い。まだ距離は離れているのに生きた心地がしない。


 そんな中でも、目が良いからつい気になる事が。サラマンダーの首に首輪のようなものが付けられている。トリスタンから醸し出されていたような禍々しい闇が揺らめいている。

 なんだ、あれ?対魔物拘束具でも見たことがないぞ。物理的に拘束できるものはあるけど、魔法とかで飛竜を拘束するのはなかったはず。

 そして初めて見る俺でもわかるくらいに、サラマンダーはボロボロだ。

 体中には傷があり、あばら骨が少し浮いている。翼は切れ目があちこちに入り、何処か苦しそうだ。

「ひどいっ…ひどすぎる!」

「本当にひどい…」

 サラマンダーを見て泣きそうに顔を歪めるエステルさんを、フレイ君が優しく肩を抱きしめた。その表情は怒りに震え、今までに感じたことの無いような殺意に満ちた瞳でアダムスを睨みつけていた。近づくことも憚れるくらいに、瞳には炎が宿っていた。

「アダムス様、連れてきました」

「ご苦労。下がってよいぞ。操作は俺が直々にしてやる」

 男は手に持っていた何かをアダムスに手渡した。禍々しい光を放る宝玉のようなものだった。

「見ての通り、サラマンダーだ。まぁまだ成長段階の大人と子供の間くらいの小さめの奴だがね。これでも手に入れるのは苦労した。飛竜調査隊や騎士団の連中の監視を搔い潜り、随分と大金と犠牲を払った。どうだね?飛竜が好きな君たちにミネルバにとっては会えて嬉しいんじゃないか?」

「貴様っ…サラマンダーをどうやって…」

「どうやって…か。随分と抽象的じゃない。どうやって手に入れたのか、どうやって制御しているのか、どっちの事を聞いているのかね?まぁ前者については答える気はないため、後者については教えてやろう。これはある“特殊な力”を使った拘束具だ。マナや魔法ではない特別なものだ。こいつが意にそぐわないような事したら…こうだ」

『ャアアアアアァァァァァァァっ!!!!』

 アダムスが宝玉にマナを流し込むとサラマンダーに付けられた首輪が光、同時に苦しみの叫びが木霊する。鼓膜が破れそうになるほどの苦悶の咆哮。聞いているだけでもどれほどの苦しむかは想像に容易い。

 数秒で止まったが、その僅か数秒でサラマンダーの瞳からは更に光が消えた。

 この下衆共はこれを使ってサラマンダーを。特に飛竜に対して思い入れはないけど、はらわたが煮えくり返りそうだ。

「どうかね?素晴らしいだろう!特別製だからね、飛竜の馬鹿力や上級魔法を持ってしても壊れる事はない。これがあれば飛竜は操ることができる!飛竜との共生を謳う君たちにとっては嬉しい情報じゃないか。力だよ。力があれば飛竜は制御できる!!!これの仕組みはまだ言えないが─」


「どうでもいい」


 アダムスの声をかき消したのはフレイ君の怒りに声だった。静かな声だけど、怒りと憎しみ、そして側にいるだけで生きた心地がしなくなるような鋭い殺意が、たった一言に凝縮されていた。エステルさんを抱きしめる手はこの上なく優しいけど、その反対の剣を握る手はうっ血してしまいそうなほどに強く握りしめられていた。全身からマナと明確な殺意が漏れ出ていた。

 言われたアダムスは不快そうな表情を浮かべ、睨みつけるがフレイ君は意にも返さず、エステルさんを見つめた。殺気は消え、ただ優しくて申し訳なさそうな瞳に変わっていた。

「エステル…ごめんね。ちょっと我慢できそうにない。何があっても俺に付いてきてくれる?」

「もちろんだよ、フレイ。あの日と同じ、断られてもどこまでも付いていってやるし!サラマンダーを助けてあげて」

「うん、俺達の役目だから頑張ろう」

 ぎゅっと抱きしめ合う2人に、雨雲の切れ間か陽の光が差し込んだ。幻想的で、美しくて、胸の奥底から熱くなった。見ている俺たちもつい笑顔になれた。

「おいおい、やめてくれよ。ガキどものくだらない甘酸っぱい青春なんて見せられても、吐き気がするだけだ。なんだ?物語の主人公にでもなったつもりか?兄の様に英雄でもなったつもりか?人を殺して英雄になれるなら俺だって英雄だと思うがね」

 アダムスの挑発に周りにいた取り巻きや騎士崩れが声を上げて加勢する。罵倒が飛び、小馬鹿にするような喋り方で煽ってくる。でもフレイ君は動じない。変わらない。

「どれも見当外れだ。俺の本心には掠ってもいない」

「はぁ?」

 決意を固めた目でアダムスを睨み返す。火花が散るような睨み合いをすること数秒。ふいに視線を外し、2人で俺達の前に出た。全員の顔を見渡し。

「悪いな…お前らに嘘をついていた。どうかここで知った事は口外しないでほしい。サラマンダーの事は俺に任せてくれ。これは俺たちの役目だから。頼む、信じてくれ」

「まだ短い関係だけど、私たちを信じて!」

「サラマンダーの事は任せるけどさ…なにが嘘なの?いまいち状況が飲み込めてないんだ」

 どこで嘘をついていたのか全然わからないし、フレイ君とエステルさんだけで話が進んでいくのが納得できない。一体何をしようとしているのか。

 そして2人は俺をまっすぐ見た。どこか申し訳なさそうで、気まずそうに。でも確かな強い意志と覚悟が宿った瞳だった。

「スターリースカイ…特にお前には申し訳ないと思っている。本当なら真実を知りたいというお前には、話しておくべきだったのかもしれない」

「ごめんね…言えなくて」

「2人ともなに言ってんの?…いったい何が」

「改めて言うけど、ニックが言っていた通り…“俺たち”は本当に知らないんだ。【飛竜とは心を通わせられる】けど、バハムートは飛竜じゃないから【心を通わせられない】。お前が知りたい真実を俺たちは知らない。でも協力できる。生きて帰ったら、みんなで話し合おう」

「…心を通わすって…まさか」

 『飛竜と心を通わす』。それってあの伝承の─。

 俺の言葉を待たずしてフレイ君は前を向き歩き出した。


「おやおや何か秘密でもあるのかい、フリューゲル君。お兄さんに聞かせてごらん!」

「俺に兄は一人しかいない。それも…世界で一番カッコいい、兄さんだ」

「甘酸っぱい青春に、英雄願望に続いて、次はブラコン話か…気持ち悪い。虫唾が走る」

「俺もアンタに対して同じ事を思っている。意見が合ったな」

 そう言うとアダムスに向けて、剣をまっすぐ向ける。

「でも言いたいことは山ほどある。英雄がどうたら言ってるけど、英雄なれるとも思ってないし、なりたいとも思ってないけど…人間は誰しもが自分の人生において主人公だ。兄は人を『殺して』英雄になったんじゃない。人を『救って』英雄になったんだ。そこをはき違えるなクズども。単にあんたらは、兄が気に入らなくて、現状に嫉妬しているだけ。醜い欲望に溺れた哀れな人間…英雄になる資質なんてない」

「貴様…ミネルバの分際で─」


「俺達はミネルバじゃない」


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