第12話 疑心は確信へ×反乱分子
自警団に案内されて到着した場所は町から離れた、ごくごく普通の何の代わりのない開けた場所。うっそうとした森に囲まれていて薄暗く、大きな岩や木々が自然の遮蔽物となり不意打ちをするには適した場所となっている。
今、太陽は厚い雲に隠れて雨も降っているこの状況は、更に物は見えずらい。森の中に視線を向ければ、人か影かは判断しづらい。
「ここで盗賊に襲われました。今は近くにはいないようですが、一体どこに…」
「くっ…雨のせいで痕跡が消えているか。ここでは見通しが悪い。森に入ろう。俺が殿を務める。シルヴァーストーン君、慎重に先導してくれ。スターリースカイ君はそのサポートを。他の4人は少し後ろに下がって距離を取って」
「「了解」」
指示に従い俺とマークが前に出て、他4人がトリスタンさんの付近まで下がった。
ゴーグルを付け、弓をセット。慎重に前に進む。
ついに始まる。
1歩、2歩、3歩。その瞬間、微かな殺気が頬を掠めた。時が来た。
(今だ!!)
瞬時に振り返った刹那、矢を放った。
ガシャッ─と音を立てて、剣が地面に転がり落ちた。その上に血が零れ落ちて、雨でたまった水たまりに墨の様に広がっていく。
「ぐっ…?!なん、だと!?」
矢は吸い込まれるように命中したのは、ライナーに向かって隠し剣を振り下ろす直前だった『トリスタンの腕』だ。狙い通りだけど、タイミングはぎりぎり。危ねぇー。
殺気を纏った瞳には、なぜ勘付かれたのか理解できないような困惑の色が広がっていた。
それと同時にライナーが、案内してきた自警団“もどき”に水属性魔法【ウォーター・カノン】を放つ。巨大な水の球が見事に命中。一気に戦闘不能に追い込む。
「なっ…ぐあっ─!?」
その光景に慌てたのか、木に影に隠れていた盗賊“もどき”が顔を出した瞬間に矢を放ち、処理。他の面々も攻撃を放ち、状況が呑み込めず混乱して顔を出してしまった“もどき”共を片付けていく。
「調子の乗るなよ、クソガキがっ!!ウラァッ!!!」
やはりこういう場に現れる敵なだけあって、甘くない相手もいるようで。屍を盾にして攻撃を回避。瞬く間に距離を詰めてくる。
岩のような体躯に似合わぬスピードで風を切り、猛烈な速さでフレイ君の後ろに回った。肩にかかるくらいの茶髪から覗く青い目は、背筋が凍るほどの殺気を滲ませ、フレイ君の背中を捉える。後ろからの斬撃で絶対に入ると確信しているかの、顔に刻まれた傷が歪むほどにほくそ笑みながら、剣を振り下ろす。一瞬『危ない!』と思ったが、フレイ君はしっかりその目で斬撃を確認していたのが見えた。
次の瞬間、ギャインッ!─甲高い金属音と共に敵の刀身が宙を舞う。
目にも止まらぬ速さで剣を抜き、敵の剣を切り裂いた。刀身は薄く水色の光、波のような波紋が浮き出ている。その切れ味を物語るように、どんよりとした暗い空の下でも刀身は薄く光っていた。騎士団から支給された剣じゃない。
さらにはそのまま剣を返し、表情を固まらせる敵を斬りつけた。
「ガハッ…ぐぁ…ぁ…」
鮮血が噴き出し、少し後退りしながら崩れ落ち、そのまま動かなくなった。その横に宙を舞った刀身が突き刺さる。刀身から血が垂れ、その姿をじっと確認するフレイ君。かっこいい!
相手の動きを完全に読んで武器を破壊しただけではなく、きっちり敵を仕留めた。
ずっと支給された剣かと思っていたけど、上手くカモフラージュして持ってきていたんだね。まぁ俺の弓矢も自前の物だけどさ。
「ロイドがやられたっ!!!こいつら只者じゃねぇ!慎重に行け!!」
どうやら今のは敵の中でもそれなりに腕の立つ人物だったようで、ぞろぞろと森の中から出てきてきた連中には最初のように勢いだけで着てくるような直線的な動きしかしない者はいなく、慎重に距離を取りながら応戦してきた。
散り散りにならないように固まりながら動いて、飛んでくる魔法や矢を対処。森から離れた距離を取った。
森から出てきたのは、“もどき”達と距離を取ってにらみ合う。相手の数は30人前後。隠れているのは10人くらい。きっとまだまだ増える。数秒前までの空気とは一変。火花と殺気が散るような張り詰めた空気が、その場を支配した。対峙しているのは盗賊などという生易しいものではない。
スカイ国旗が刻まれたライトブルーの鎧─正真正銘、スカイ国騎士団が着用する専用の鎧。だが正式な騎士は半分もいない。団内でトリスタンと行動を共にしてきた連中がちらほら見えるが、大半が騎士団内の手配書で見たことがあるような顔。問題行動や不祥事で騎士団を追われている『騎士崩れ』の連中だ。
一体どこでスカウトしたのか。はたまた最初から繋がっていたのか。
「貴様らぁぁぁ!!何をしている!!!スターリースカイィィ!!!!なぜ俺を─」
「もうそういう演技はやめましょうよ、トリスタンさん」
腕に刺さった矢を無理やり引き抜いた事で鮮血が舞う中、反逆者と化した騎士の後ろから往生際悪く喚こうとしたトリスタンの声を遮った。色々ともう終わったんだ。そしてこれから、始めるんだ。
「今回の任務…そんなものは、あなたが俺たちを殺すために作り出した嘘だというはわかっています。正確には…狙いは『俺』のようですけど。貴族まで使って、随分と手の込んだ事をしましたね」
声が震えそうになるけど、なんとか耐えた。絶対に弱気なのは悟られてはいけない。さっきまで耳に響いていた鼓動は今や、全身を鳴り響かせるくらいに増幅している。
あの時と同じだ。見つかって、殺されかもしれないという恐怖を抱きながら何もできずに、瓦礫の下から村が壊滅していくのを見ていた時と同じだ。
生死のはざまを歩いているような、生きた心地がしない感触。
人と命を懸けて戦うのは、人生で初めてだ。独特の緊張感の中で、生存本能が強制的に集中力は高ませて意識は覚醒されていく。なんとも不思議な感覚だけど、きっとこれが死線を生きていくという事なのだろう。
「なぜわかった…いつ気が付いた」
俺の言葉に苦虫を噛み潰したよう表情を浮かべて睨みつけてくるトリスタン。
本当ならそんな疑問に答える気はないけど、できるだけ時間を稼ぎたいから話をしてみる事にする。周囲に動きがないことを確認しながら慎重に口を開く。
「まず俺は、最初からアンタが怪しいと警戒していたんですよ。入学試験の時、アンタは受験者の1人と手合わせしていたのに俺を視界に入れた瞬間、一瞬だけ笑ったんですよ…まるで探していた得物が向こうから来てくれたかのように、嬉しそうに不敵に。アンタとは初めて会うから『なんで俺の事を知ってるんだろう』って思ったけど、第七騎士団が入学試験を管轄してるって聞いて、提出した資料でも見て俺の顔を知っていたんだろうなって納得したよ。まぁそれがなくとも『この人は悪い人間だ』って、俺の鑑識眼がそう語りかけてきていましたけど、決定打にはなりましたね。俺、目にはかなりの自信があるんですよ。視力的な意味でも、人を見る意味でも。遠くにいたからと笑ったのは油断しましたね」
「そんな非論理的な事で最初から怪しまれ、計画が破綻するとは…納得できないな。ベルクマンを襲うタイミングも読まれていたのも全てが納得できない」
「狙う時にテンションが高くなったのか知らないですけど殺気が出てましたし、敵がいるかもしれないのに直前にあんな露骨に分断するような隊列を指示するなんて不自然でしょ?警戒さえしていればタイミングなんて余裕でわかります」
嘘です。めっちゃギリギリでした。
「それといい加減出てきたらどうなんだ?貴族だからってこそこそと高みの見物は許されないぞ。共犯者のクライム・アダムスさん」
「チッ…目ざといガキだ」
舌打ちをして不機嫌そうに眉間にしわを寄せた領主のアダムスが、騎士の後ろから顔を出した。ずっとこそこそ隠れていたから気が散っていたんだ。隠れてる割には結界魔法も張って準備万端そうだし。
「アンタは人を見下しすぎた。町が盗賊に襲われているにしては緊張感がなかったし、トリスタンと初めて会うって言ったのにどこか知っている仲のような会話だったし、何よりも…なんで俺たちが学生だって断言できたんだ?このライトブルーの鎧は全員共通だぜ。それと後ろの反逆者の騎士風情は手を抜きすぎだ。盗賊との戦闘で怪我人が…って、だったらもう少し血痕とか戦闘の痕跡が残ってるだろうよ。あんたらは騎士崩れだろ?今の学生を舐めるなよ。どいつもこいつも舞い上がりすぎて作戦がグダグダなんだよ」
「下民が…今すぐその口を─」
「だけど、どうしても気になる事がある」
話しが終わりそうな雰囲気だった。危ない危ない。もう少し引き延ばしたい。話を折られた事と、俺から散々な言われようだった敵陣営の表情は険しくなる一方。殺気が増し、苛立ちを募らせていくが、指揮官であるトリスタンに回復魔法をかけている関係でまだ動くのを待っている。でもそれもあと数十秒もない。
まぁ…引き延ばさなくともどうしても気になる事があるのは事実だが。
「なんで俺を狙った?上流貴族や第七騎士団でそれなりの地位についている人間が、リスクを冒してまで。俺はアンタらを知らないし関係なく生きてきた。関わりなんてなかったのに…なぜ?自分で言うのも悲しくなるけど、俺に特別な価値なんてないぜ。メリットがない」
「あぁお前に価値なんてないさ。俺達にとってはお前はどうでもいい存在だ。そこにいるミネルバの連中の方がよっぽど価値がある。そいつらは金になるからな」
「俺が狙いなのにどうでもいいって矛盾してないか?どういう事だよ」
俺を殺すために呼んだ。でも奴らにとって俺はどうでもいい存在。意味が分からん。
「黒幕がいるって事だ。そいつはお前の事は狙っていてここに連れてきたけど、他の奴はどうでもいい。目の前にいる下賤な輩はミネルバの民である2人を狙っているから、それに合わせてお前を連れて来る作戦に乗った…って感じじゃないか?」
ライナーが呟いた。
黒幕。なるほど。確かにそれなら辻褄が合う。そいつからの報酬を目当てにトリスタンとアダムスは俺を探していて、見つかったから今回の事を決行した。でも今の地位がありながらリスクを冒してでも欲しい報酬ってなんだ。という俺ってそんな人の怨まれるような事したか?
「アンタらの後ろに付いてるのは─」
「もうお喋りはいいだろう。トリスタン、傷も回復しただろ。時間の無駄だ…殺れ」
今度はこっちの言葉はアダムスによってかき消された。時間稼ぎはこれが限界か。易々と肝心のことは聞けないのはわかってはいたけど。
今にも血管が切れてしまうのではないかと思うほどの青筋を額に浮かべ、血走った眼で俺を睨みつけるアダムス。多少煽ったけど貴族っていうのはみんながみんな、ヴァルフリートさんみたいに心に余裕があるわけではないらしい。
「全員、殺してやる。嬲り殺しだ!!!」
ニヤリと不気味に笑ったかと思えば、正気を失っているような寒気がするくらい悪意に満ちた瞳に変わっていく。腕に矢を放ったのはあるにしても、ここまで敵意と殺気を出すのは異常だ。もう目の焦点すらもあっているような感じではない。何かがおかしい。人間としての外れてはいけない何かが外れてしまったかのような。
注意深く見ていると、半透明な黒い何かが全身に纏わりついて揺らめいている。トリスタンの殺気が増す度にその黒いオーラのようなものの動きは強まり、揺れ動く。
「なんだ、あれ…?」
「ろくでもないものなのは確かだな」
わからないけど…『似ている』。あの日に見たものと違うけど少しだけ似ている。
そんなトリスタンを、仲間であるはずのアダムスですら哀れな目で見ていた。
「闇に当てられたか…飲まれる前に理性は保てよ。金になるからミネルバの連中は生け捕りにしろ。他の男は殺して構わん。奴隷は足りてる。女は無傷で生かせ…俺の妾にしてやろう」
その表情は、人間の醜い部分を煮詰めたようで、直視するのも憚られるほどに嫌悪感を抱くほどに気色悪いものへと変貌していた。欲望に塗れた、見るも無残な人ならざる姿。
闇に当てられたとか言ってるけど率直な感想は─。
「気持ち悪っ…」
言動も相まって、ついつい本音が零れてしまった。でも同じ人類であると考えただけで不快だ。もうここまで来れば、あいつらは人間の皮をかぶっている別の生き物だと考えた方が気が楽になる。それほどまでに気持ち悪い。




