表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バグ (完全版)  作者: 祓川雄次


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/10

九、

 亜空間と同じように、地がない空間……。

 薫たちはそこに投げ出されていた。そこが亜空間と異なっているのは、あちこちにプログラムのソースが浮かびあがっていることであった。そして奥にはメインモニターのような石碑が存在していた。

「ここは……」

 薫は目を覚まし起き上がると、あちこちに浮かんでいるソースを見て、唖然とした。それがウインザーに導かれて行った屋敷の中でロメロが準備していた、修正するべきプログラムの一部であると読み取れた。それによって、ここが創生者により地球の創生がなされた神の領域であると悟った。

「薫」

 ウインザーが薫の存在を認識したのか、起き上がり近づいてきた。そして薫と同じように、無数のプログラムを確認し、この場所が神の領域であることを理解した。

「俺たちがここにいるということは、修正者が勝ったという事なのか」 

 いま一、理解が及ばないという不思議な表情をしながら、薫はウインザーへと問いかけた。

「いや、どうなのか私にもわからない。

 第一、私とシリウスは刺し違えたはずだったのだから……」

「その通りだ。だからなぜ私とウインザー、お前がここにいるのかがわからない。

 それに使徒が勝ったとしたら神の領域へ入る必要はないのだろうしな」

 その声を聞き、薫たちが振り向くとシリウスが二人の後方へと立っていた。

「もしも神の領域へと私が入ることがあるとしたら、我々の勝利を祝い、創生者が招いてくれた時だけのはず。

 そしてその時のため、神の領域へと入るため、テンペという鍵が必要だったのだが……」

 シリウスは自分の疑問に、更に疑問を投げかけるように二人に近づきながら言った。

 亜空間で戦っていた時にあったキーボードは、もう誰の元にもない状態であった。もしも戦うことになるとしたら肉弾戦しかない。薫はそう思うと、思わず身構えた。

 だが薫の意図を察しシリウスは両手を上げた。その手に武器はなく、戦う意思はないという含みがそこにはあった。

「もう戦う必要はない。審判の結果を待つのみ……

 その決断を創生者がするだけだ」

 シリウスの言葉を耳にした薫は緊張を解き、肩の力を抜いた。

 そこに最後に起き上がった湯田が近づいてきた。

「この神の領域へと招かれたのは、この四人という事だ」

 皆が驚くように湯田を振り返った。

「湯田さん」

「地球の創生から四六億年という間、創生者以外の誰も入ることのなかった神の領域へと、我々は招かれたのだ」

 不思議そうな表情をしていた薫へ、湯田は全てを知っていたかのように話しかけた。

「あなたが最後の使徒であり、聖堂の中の創生の絵に映りこんでいた人物なのですか」

 シリウスは亜空間で話すことのなかった湯田へと尋ねた。

 創生の絵は、あくまでの地球の創生であり、動物が映りこんでいることなど本来はないはずであった。しかしながら、絵の一番左下に、小さく、本当に人間だとわかるかわからないかの人物が描かれていたことをシリウスは知っていた。だから最後に現れた使徒である湯田が、その存在ではないかと問いかけたのであった。

 湯田は落ち着いた目でシリウスを見つめ、小さく頷いた。

「ああ、その通りだ。

 創生者が一番強力なバグを与えた人物である私が、いつの間にか絵の中にも存在していたのだ」

「湯田さんのバグが一番強力というのは」

 ウインザーは自分たちの能力もバグであると理解する中で、湯田に尋ねた。

「創生者は地球創生のプログラムを組んだ時に、すでにバグが発生することを予言できていたのだ。

 だがそれをいくら修正しても、人間が産まれる未来を自らの能力で変えることはできなかった。

 そんな中で創生者は、使徒と修正者に最終的に、現在の世界の肯定か、否定かを託した。

 託しはしたのだが、創生者はやはりどこかで気持ちが傾いていたのだろう。

 そんな迷いが一番強いバグを持つ私を生み出したのだ」

「それが使徒である湯田さんだったという事ですか」

 ウインザーが残念そうに弱い言葉を呟いた。

「そうか、湯田さんが使徒であったという事は、この戦いで最後に残ったのは使徒という事になるのか」

 薫もウインザーと同じく、無念の表情を浮かべた。たった一つの疑問を残しながら……。

「現在の世界が肯定される。湯田が生き残ったのだから、そうなるべきなのだろう」

 シリウスは淡々とした表情で述べた。そこには自分たちの使命が全うされたという、安堵と達成感が浮かんでいるようであった。

 あちこちに浮かんでいるプログラムのソースには、未来へと進むように、どんどんと新たな歴史が刻まれていた。それはメインモニターのような石碑の中で進むプログラムで確認ができた。

【地球のプログラムの行く末を託した者たちよ、よくぞこの地へと来た】

 亜空間の時と同じように、直接脳裏へと響く音が鳴った。それに反応するように皆は辺りを見渡すが、創生者の姿はどこにもなかった。神の領域に来ても存在がないという事は、創生者は意思のみの存在であると、全員が理解するしかなかった。

「ここにきても声だけなのか」

「やはり創生者というのは、実体はないようですね」

 薫の言葉にウインザーが確信を持ったように答えた。

「意思だけの存在なのか」

 シリウスがウインザーと同じような見解でありながら違う言葉に変換をした。それに対して湯田が答えた。

「創生者というのは精神的プログラムとして存在しているのだろう。

 その創生者が造形した地球や、その中に住む生物たちは存在という物を作られただけだ」

【さすがは強力なバグを与えた湯田だな。よくわかっているではないか。

 元々この世の中に形などという不確定な物は存在しない。

 すべては私の精神プログラムの中で産まれた産物なのだから】

「では私たちの存在は、ちょっとした疑いによっても消えてしまうものなのですか」

【そう、私が疑えば存在は消えるだろう】

 湯田は創生者の言葉が正解であるかどうか、一人だけわかっていた。だがあえてその言葉を言うのは今ではないと考えていた。

「消そうとするのであれば消える。

 それならば修正などという事は必要がなかったという事なのですか」

 ウインザーが不思議な質問をした。だが消してしまうのと、修正するのでは異なる。それにどれほどの代償があるのか、それは創生者にしかわからないものであったのだろう。

【存在を消すという事は、強制的に消去しなくてはならない。

 それでは作った世界があまりにも変わり過ぎてしまう。

 今までの労力が勿体ないではないか】

「そうですね。まあどちらにしても我々使徒が勝利した今、このプログラムは現状のまま保たれるという事で理解してもよろしいでしょうか」

 シリウスは創生者がこの四人を招き入れたのは、使徒の勝利に対する褒美であると考えていた。せっかくだから修正者の最後の生き残りであるウインザーと薫にも、未来を見せるためだと考えたからだ。だが創生者の答えは異なっていた。

【シリウスよ、何かお前は勘違いをしていないか】

「どこが間違いなのですか、最後まで残っていたのは使徒である湯田ですよ」

 シリウスは間違いと指摘され、はじめて慌てるように感情的な言葉を出した。

【最後までキーボードが残っていたのは、湯田だけではない。

 思い出してみろ、宝田も消えてはいなかった事を】

 シリウスは湯田が神の領域への鍵であるテンペを攻撃した時の事を思いだした。

 ライフは減っていたが、確かにあの時の薫は、完全にキーボードが消えていなかった。

「けれども、湯田とテンペ、宝田の三人と考えれば、使徒の数のほうが多いはず」

 シリウスの表情は今までの冷静さとは異なり、驚きの表情が満ちていた。

【テンペはここへ入るための鍵として、あの時に存在が消えている】

「では一対一という事になるのですか」

 ウインザーが引き分けという答えを導き出し、創生者へと確認した。

【どちらにせよ、私の迷いはお前たちの戦いによって解消された】

 創生者の答えを、誰もが待とうとした時、

「それではどちらが勝ったというのですか」

 シリウスが精神的な存在しかない創生者へと言葉を投げ、他の者を見渡した。

 全ての者がシリウスの問いただした答えが創生者から伝えられるのを待ち望んでいた。

【湯田は使徒でもあり、修正者でもある。これで答えがわかるはずだ。

 だから私は当初の願いのように、プログラムを修正することを望んでいる】

 シリウスはその言葉を聞き、膝を落とした。自分がこの場に招かれたのは、使徒の長として、修正するという創生者の意を聞き、それを見届けるためであったと落胆したからであった。

「では、なぜ我々使徒は産み出されたのですか」

 無念の言葉が、膝だけではなくシリウスの首を折った。

【地球を生み出した時の呵責と言ったらいいのかもしれないな。

 バグを生むようなプログラムを組まなければよかった、という呵責だ。

 だからこそ使徒という存在を……現状を更新するかもしれないという期待を込めて産み出したのだ】

「私が修正者と使徒の二つの能力を持ったのは、この場に修正者を招くためだったんだ。どちらにせよテンペを鍵として使うには、私の能力がなくてはならなかった。

 シリウス、本来はこの場に入ることのできない君を招いたのは創生者ではなく、私だ」

 湯田の言葉に皆が驚き、視線を一点に集めた。

「創生の絵の中にいたあなたは、こうなることを望んでいたのか」

「そう」

 湯田はそれだけを言うと、シリウスへと近づいた。その湯田の歩みをウインザーの言葉が止めた。

「湯田さんは、この神の領域の事を前々から知っていたのですか」

 湯田はゆっくりとウインザーへと振り返った。

「私は亜空間に入りこんだ時に、様々な事を思い出した。

 創生者が強く望んだバグを持ち、私が何をするべきなのかという事を」

「それがあの苦しみだったのですか」

 薫は湯田が頭の痛みをずっと気にしていた事を思い出して言った。

「そう、私に組み込まれた使命を思い出すために、記憶を開くのは相当な苦痛だった。

その中でテンペを鍵とするコードも思い出し、無事に神の領域へと入ることができたんだ」

「それにしてもテンペが子供だったのは、なぜなのでしょうか」

 不思議な鍵として気になる存在について、ウインザーは思わず湯田へと尋ねた。

「テンペがあのような赤子であったのは、神の領域へ人間が入るための創生者のプログラムの構築が遅れたからだ」

 湯田が答えた時に、修正者であった者たちの前に、キーボードが浮かび上がってきた。シリウスはいよいよ、審判によって決められた修正が始まるのかと、更なる絶望を覚えた。

【さあ、バグによって産まれた修正者たちよ。我がなしえなかったプログラムの修正をはじめるが良い】

 創生者の声が響いた時であった。一つの光明を見出したのか、シリウスが湯田の元へと走った。

「使徒であった私が、そんな事をさせるとでも思っているのか」

 湯田のキーボードを奪おうとシリウスが行動した時であった。電流が走るかのような衝撃を受け、シリウスの動きが止まった。

【お前は唯一、湯田が使徒としてこの神の領域へと入ることを許した者。

 だがそれ以上の事をすることを、私は許していない。

 せっかくなのだから黙って修正される世界を見ているがいい】

 身動きできないシリウスが悔しそうな表情を浮かべた。そのシリウスへと近づき、湯田は何かを呟いた。それは創生者を含め、誰にも聞こえるようなものではなかった。そして、湯田の言葉を耳にしたシリウスの表情から力が消えた。

「よし、今までやってきたことを試して行こう」

 ウインザーが号令をかけ、緊張のためか大きなため息をついた。その姿を確認した薫が小さく笑った。

「どうした薫」

「いやウインザーでも緊張することがあるのかって思っただけだ」

 ウインザーは薫の言葉に少しだけ肩の荷が下りるような感覚を覚えたが、気を取り直すように目に力を宿し、微笑んだ。

「当たり前でしょう。私だってただの人間です。

 今まで自分がやってきた事とは大いに異なる創生のプログラムのバグを書き換えるのですから、緊張しないわけがないではないですか」

その光景を好々爺のように見ていた湯田がなだめるように合いの手を入れた。

「さあ、その辺にしておこう。

 プログラムの修正を進めて行こうではないか」

 湯田の言葉に皆が身構えると、今まであちこちに散らばっていたソースが時間配列の順に石碑の中へと並んだ。画面内に収まらない永遠に続くようなプログラムが、ここぞとばかりに詰まっていった。それは今までの地球の時間すべてであった。

「では始めましょう。

 まずは最初から順に進めていきましょう」

 ウインザーの言葉に皆が画面を見つめた。

 何もできない状態のシリウスも後方で食い入るようにソースを読んだ。

 ロメロの解析データを元に、修正者の三人はある程度のプログラムの修正を進めて行った。注意深く、確認作業をしながら続けられる修正は、それなりの時間を要した。

「これで一度どうなったか見てみますか」

 作業がひと段落したところでウインザーが手を止めた。薫も緊張で疲れたのか肩の力を抜き、凝り固まった身体をほぐした。

「これで超大陸ヌーナが誕生しなくなったということか。

 そしてロディニアの誕生を確認するか」

 湯田がソースの画面を進めていく。

「ここで9億年という時間が消えているのですね」

 ウインザーも改めてソースの消えた部分を確認していく。それを疎ましく後方で見ていたシリウスは思わず声を上げた。

「ウインザー、そのままプログラムを書き換えていけば、人間が産まれなくなる可能性があるのだぞ」

「大丈夫です。人間の存在を消すようなことはしません。

 ロメロの解析は完璧でしたから」

 シリウスはそれ以上の言葉を発することなく、唇を噛むことしかできなかった。

【あそこのコードを修正すれば良かったのですね】

 脳裏に創生者の音が響いてきた。自らの能力でわからなかった事柄が、自らが産み出した人間によって解析され、修正されていく。突然のバグが産み出した能力とは言え、自らを超えた能力を創生者は頼もしくも、脅威に感じていた。

「さて、また初期プログラムへと戻るか」

 湯田の言葉により、創生のプログラムへと戻り、新たな作業が刻まれていく。

「ウインザー、この辺りだったよな」

「はい、ここですね」

「確かここの修正が長かったはずだよな」

「ええ、これを修正すれば七億年前の寒冷化、温暖化がなくなるはずですね」

 薫の言葉にウインザーが答えた。

「さあ、そうとわかれば取り掛かるか」

 湯田の言葉をきっかけに、三人の手は再びキーボードの上を飛び回った。

 

 拘置所の中で、椛島は自らの手を見ていた。いや見ているつもりであったという方が正しかったのだろう。見ているそれは空間であり、ほぼ肩までが消えていたからだ。

 消えているのは、フレイジャーとマリンガも同じであった。

「大丈夫か」

 不意に倒れたマリンガを起こしながらフレイジャーは言った。その差し伸べようとした手は、随分と薄くなっていた。マリンガの部位で消えかかっているのは足であった。そのためにマリンガが倒れたのだとフレイジャーは理解をした。

「そろそろ、俺たちは消えるのか……」

「完全に修正者たちがプログラムを書き換えはじめているという事なのだろうな」

「あいつらは自らの存在が消えても、創生者に従うってことなのか」

「だろうな。そうでなければ創生者に騙されているっていう事だろう」

「創生者ならばあり得るな。

 自らの欲の事にしか興味がなさそうだからな。

 俺たちが産まれ、存在した事なんかは気にもならないのだろう」

 二人は何もできない自分たちを恨んだ。そして力がなかった事を嘆くしかなかった。使徒という存在だとしても、人を殺したいわけではなかった。だが修正者だけが犠牲になってくれれば、地球上に住む全ての人間を救えるはずであった。だからこそ手を血で染めたのだ。

 だが今となっては、それは虚しいだけの敗者の戯言でしかなかった。


 画面を確認すると、寒冷、温暖化がなくなった。

 薫は今一度凝り固まった肩をほぐすように動かした。ウインザーもほっと撫でおろすかのように、大きな息を吐いた。

「これでもう少し修正すれば、エディアカラ生物群が出現しなくなるのですね」

「そのかわりにカンブリア紀動物群が早めに発生することになるのか」

 ウインザーの言葉に湯田が答えた。

「カンブリア紀動物群が現れることによって、私たちの存在は守られるのですよね」

「そうだな、ロメロの解析ではそれで充分なはずだ。

 さあ、先を急ごう」

 湯田の号令を元に、再び手を動かしはじめようとした時であった。ウインザーが記憶していた物とは違うコードを湯田が書き込んだ。

「あれ湯田さん、そこは」

「いや、これで大丈夫」

「あれだけロメロと解析をやっていた湯田さんが言うのであれば間違いないのでしょうね」

 ウインザーは自らの記憶が疲れによって薄れているのかもしれないと、そのコードをたいして気にはせず、先へと進んでいった。薫も二人の速度とまではいかないが、食らいつくように指先を動かしていった。

 創生者は快く思っていた。

よいペースで進むプログラムの修正を見て、どんどんと自らが思い描いていた地球が近づいてくること……。


 村木は椛島に会っても何も解決しなかったことを釈然とせず、ただただ道を歩いていた。それはそのあとに続く峰も祖恵村も同じ気持ちであった。

 その気持ちが溢れるように揺れ始めた。そんな感覚が三人を襲った。だがそれは心の揺れだけにおさまらなかった。身体に感じる揺れであった。

 大地が大きくうねりを上げたのだ。

 思わず三人は大震災の記憶を思い出さずにはいられなかった。

 だが今回の揺れは、それ以上であったために立っていられないものであった。こんなことは初めて経験することであった。しゃがみ込んだ三人は、しゃがんだ状態すら保つことが困難であることを実感し、全く動くことができなかった。

 しばらくして揺れは治まったが、未だに感覚が体に残っているようで、立ち上がっても揺れているような不思議な感覚に捕らえられているようであった。

「これも宝田さんたちの関与していることによって引き起こされているのでしょうか」

「さあ、どうでしょう。でも地球に異変が、人間界に異変が起きていることは間違いがないようですね」

 峰の言葉に祖恵村が答えた。その言葉を耳にしながら、村木は遠くにいる薫が無事であることを願っていた。スマートフォンを開き、情報を見ようとするが、電波がつながることはなかった。

「とりあえず宝田さんの家にいきましょう。

 テレビを見れば何が起こっているか情報が得られるはずです」

 峰の言葉に、もう近くなった薫の家へと三人は向かい、早々にテレビをつけた。

 その画面に映し出された地震情報を見て、村木は唖然とすることしかできなかった。

「震度七が、日本の各地で起こっているなんて」

「南海トラフなんて話じゃないな」

 峰の言葉に誰もが喉を鳴らした。

 パニック状態の頭を何とか正常に保とうとしながらアナウンサーが原稿を読んでいるところへ、更なる原稿が届けられた。アナウンサーは唖然とした表情を一瞬みせたが、仕事を遂行する気になったのか、すぐに表情を引き締め、原稿を読みあげ始めた。

「緊急のニュースを更に続けさせていただきます。

 この度の日本国内の地震だけではなく、世界各地で災害が起きているようです。

 現在入ってきている情報によると、ヨーロッパでは大雨が降り、ベネチアなどでは町の大半が沈み、避難する方々が多数出ているようです。

 またアメリカのイエローストン、コロンビアのガレラス、コンゴのニイラゴンゴなど世界中の活火山で噴火が起きています。

 そして中国では核爆弾が、基地の中で爆発をした模様です」

 三人は世界のあちこちで起きている惨状を耳にして、茫然とすることしかできなかった。

「なんてこった。日本の地震なんてまだマシなほうだったのか」

 村木の言葉を、峰と祖恵村が言葉なく耳に入れた。

 その瞬間、再び大地が大きく揺れ始めた。


「ここまできたらまず安心ですね」

 ウインザーの言葉を聞いて、プログラムの修正がうまくいっていると思うと、薫は肩の荷が下りる感じであった。湯田もここまでの作業で疲れたのか、大きなため息をついて気を休めた。

「さあウインザー、すべての状況を確認してみよう」

 湯田の言葉にウインザーが頷き、シュミュレーションを試みていった。

「それでは駄目だ、ウインザー」

 思わず呟かれたシリウスの小さな言葉は、ウインザーに届くことがなかった。

【どうなりましたか】

 シュミュレーションを確認する三人と共に、シリウスの脳裏に創生者の言葉が響いた。

現状では何もできることのないシリウスは、どうにかして今の状況を打開することを考

えたが、実際には何をしたらよいのか浮かんでくることはなかった。そして湯田の言葉を待つことしかできなかった。

「今までの地球の歴史の数億年が消えましたが、当初のバグの修正はこれで終わりです。

 これで特異なバグを持つ人々は生まれなくなり、あなたが望むような争いの少ない世界が構築されることでしょう」

 ウインザーはやっと修正者としての使命を終えたという安堵感で胸をなでおろした。

【そうでしたか、ご苦労さま、それではあとの作業は私が行いましょう】

「創生者よ、行うと言っても、もうプログラムは正常に動きはじめています。これ以上は必要がないと思いますが」

 ウインザーがロメロの修正は完璧だという意味を込めて言った。

【これ以上手を加えない状態は、あなたたち人間や、動物が存在する地球でしょう】

「そうです、何か問題があるのでしょうか」

 ウインザーは創生者が何を言っているのかわからなかった。人間や動物が存在する世界の問題なのであれば、いない世界……。そんな想像はつかなかった。だが創生者の意はそちらにあった。

【元々、私は意思のある存在など、地球を創生する際には望んでいません。

 どちらかと言えば、私の莫大な存在時間の暇を潰すため、地球はそのための観賞用の物でよかったのですよ】

「観賞用、言っている意味がわからないのだけれど……」

 薫が不思議な顔をして言葉を発した。その言葉にシリウスが反応した。

「お前たち修正者は何か勘違いをしているのではないか。

 創生者は地球上に元々動物を作る気などなかったのだよ」

 何とか動き出したシリウスが、修正者たちに近づいてきた。

【シリウスよ、察しが良いな。

 私がプログラムを間違えたばかりに、必要のないお前たち人間の起源である動物が生まれた。その存在を消すために試行錯誤したのだが、私の能力ではどう修正して良いかわからなかったのだ。

だが、その存在すら必要のないお前たちが唯一、この神の領域に入り、私の手助けをしてくれることになるとはな】

「私たちが必要のない存在……」

 ウインザーが唖然とした表情を見せた。そこに追い打ちをかけるように創生者は言葉を続けた。その言葉は淡々としながらも、少し嬉しいという感情が含まれているようであった。

【望まずに生まれてきたとはいえ、私の間違えたプログラムを書き換え、自分たちの存在を消すために必要だったとはな】

 その音を合図に、創生のプログラムが勝手に動きだした。

 それは創生者がプログラムを書き換えはじめたということであった。その作業を四人の人間たちは、見ていることしかできなかった。  

【カンブリア紀動物群が生まれないようにすれば、動きまわる動物など存在しない、ゆっくりと鑑賞できる地球が出来上がる】

 そのために必要なプログラムが、創生者によって次々と書き込まれていく。

「どうにかしなくては」

 ウインザーの言葉に薫も反応し、キーボードを叩くが、その手の感触がプログラムへと反映することはなかった。

「やはり創生者は動物の存在を消すつもりなのか」

「それはわかっている」

 シリウスの言葉に湯田が反応した。更にシリウスは大きな声を上げた。

「何とかならないのか湯田」

「創生者は、結局はどうしようもない奴だったという事だな。

 能力がない中で地球を創生しために、我々人間が一年換算の最後の日に産まれることになった。

 そして我々のバグを使って動物のいない地球に産まれ変わらせようとは、ただの自分勝手な奴という理解しかできないな」

「湯田さん、そんな事よりも、この事態を何とかしないと」

 薫の声が虚しく響く中、プログラムは次々と変更されていった。


 フレイジャーもマリンガも存在が薄くなっていく自らの身体を感じながら、最後の時を待っているようであった。

「シリウスは創生者の修正を阻むことはできなかったのか」

「創生者は、自らの思いの地球を創ることしか、考えていなかったのだろうな」

「能力がないまま、自分が作ったプログラムが思いもよらないバグだらけになり、望まずに産まれてきた人間がそれを修正する能力を持っていたのだから、何とも言えないな」

 フレイジャーが観念したような笑顔を見せてマリンガへと向けた。

「創生者は人間の能力に嫉妬していたって事なのか」

「まあそんなものだろうな。だからこそ人間が産まれてこないように、全ての動物を消し去りたかったのかもしれないな」

「そうか、ちっぽけなものだな」

 マリンガも消える身体を眺めながら小さな微笑みを返した。

「ちっぽけか、もう笑うしかないな。

 まあそのちっぽけな人間たちの能力によって、四六億年の地球の歴史が変わるのだからな」

「一体、どのくらいの歴史がこれで崩壊するのか、そればかりは創生者にしかわからないことなのか」

 マリンガが呆れるように声を出して笑うと、フレイジャーもつられて空気を振動させて笑った。


 倒壊していく拘置所の中で、椛島の存在はほとんど消えてしまっていた。

【人を殺めたこの手も、身体も全て消えるのか。

俺たち人間の存在は一体何だったのだろうな】

 いつの間にか瓦礫に埋まっていく様を、椛島は無くなっていく存在の中で、もう感じることもできなかった。


 大地の大きな揺れに振り回される中、ようやく村木たちは、家の外へと出た。そこで見上げた空から降り注ぐ雨に曝されながら、真っ黒な空をみて唖然とすることしかできなかった。

「こんな事って」

 驚きを隠せない村木と峰は、ずぶ濡れになりながら、脱力していた。

「そういえば湯田さんが言っていた、修正の瞬間というのが、これなのか」

 祖惠村は以前湯田から聞いた言葉を思い出し、小さく呟いた。

 修正によって地球が消える。そんな事柄が頭を回った。


【さあ、もう少しで完成しますよ】

 今までたいした抑揚を感じなかった創生者の音が、少しだけ華やいで響いた。

「シリウス、ここだ」

 湯田はシリウスを振り返った。シリウスは湯田の合図を受け、神の領域へと着いた時に、湯田が呟いた言葉を思い出した。

「使徒である君を招いたのは、修正のプログラムを止めるためだ。

 その能力は使徒である君の中にある。

 創生者がプログラムを書き換えはじめた時に、君が願うことで、絶対に更なるバグが産まれるはずだ」

 シリウスはずっと、聖堂の中にいた時のように、願い続けていた。そしてその思いを、体内からすべて放出するようにした。

 次の瞬間、湯田がシリウスの手に触れた。そしてシリウスの願いが発光し、湯田だけではなく、薫やウインザーをも包み込んだ。

 そして創生者が書き換えたプログラムが止まり、四人の前に新たなキーボードが出現した。

【なぜプログラムが止まったのだ】

 華やかであった音が、驚愕へと変わった。

「さあ、このコードをぶち込んでいくんだ」

 湯田の言葉と共に、四人の前に修正コードが浮かび上がった。

【湯田、裏切ったのか】

 今度の音は怒りを含んでいるようであった。

「創生者よ、私のバグを強くして、プログラムを確実に修正できるようにしたつもりだったのだろうが、そうはいかない。

 大した能力もないまま、全てを意のままに操ろうとした能無しに、私たち人間が従えるわけがないだろう」

 湯田が創生者を小莫迦にしたように、笑みを浮かべて言った。

「よし、やろう」

 意を決したウインザーの言葉によって、四人はキーボードを叩きはじめた。それに抗うかのように創生者もプログラムを書き換えさせないようにしているのか、勝手に修正がかかっていく。

「創生者の書き換えのスピードが速いな。

一気にやらないと逆転されるかもな」 

 創生者の書き換えるスピードは四人で対抗しても、一進一退であった。それに対抗するように四人はキーボードの上で手を動かし続けた。

「恐ろしいほどに早いな」

「四人相手なのに」

 ウインザーの言葉に共感するように、シリウスは手を止めずに答えた。そんな二人を尻目に湯田は沈黙のままキーボードを力強く叩いていった。

 そんな状態がどれほど続いていたのかわからないくらいの時間が過ぎ去っていった。その間に何度も四人の四肢は消えそうになったり、復活したりを繰り返していた。

「もう指がおかしくなりそうだな」

 薫が疲れを訴えはじめた。その場にいる四人、誰もが同じ状況であった。それでもウインザーは発破をかけ、指を動かすことしかできなかった。

「やらなければ私たち動物自体が消えてしまう」

「それはわかっているのだけれども……」

 薫の辛そうな声に反発するように、シリウスは耐えていた。そんな三人に対して湯田が声をかけた。

「もう少しの辛抱だ。頑張ってくれ」

 湯田が何かのきっかけをつかみかけたような、その時であった。

【もしかして、地球以上のプログラムへ侵入しているのか……】

 驚愕の音が四人の脳裏へと響き渡った。

 湯田はその音に対して、してやった、という表情を見せた。

「創生者よ、お前の能力よりもバグを持った人間たちの能力のほうが上だという事を忘れたのか」

 湯田の力強い言葉が、神の領域に響き渡った。

【湯田よ、私が存在している太陽系プログラムの中へと侵入したというのか】

 創生者は理解していた。自分が地球という存在を作っただけであるという事を……それ以外の太陽系を作った創生者たちは他にいるという事を……そして自らよりも強い創生者が作ったプログラムが存在することを……。

「地球のプログラムはお前たちに任せた。シリウス手伝ってくれ」

「わかった」

 湯田の言葉にシリウスが反応し、湯田が侵入したプログラムへと修正を加えるべく入り込んでいく。

「よし薫、もうひと踏ん張りだ」

「わかった」

 強く語った薫の言葉に声をかけたウインザー自身も、自らの中に力が沸いてくるような感覚を覚えた。

【湯田よ、太陽系プログラムをいじったら、地球自体が消えてしまうかもしれないのだぞ。そうなったら動物どうこうという話ではない】

 創生者は自らの存在が消えてしまう事を、自分が作り上げた存在が消えてしまうことを危惧した。湯田は保身にしか走れない修正者を情けない、としか思えなかった。

「大丈夫だよ。この程度のプログラムしか作れなかったお前よりも、上質な地球を継続させてみせるから」

 湯田は真剣な表情で強く言った。

「そうか湯田が創生の絵の中にいたことは、これを現していたのか」

「シリウスよ、気がつくのが遅いな」

 湯田とシリウスは手を止めず、目配せをして微笑みあった。

【や…やめ…るんだ】

 音が途切れ途切れになり、湯田のプログラムの書き換えに応じるように徐々に小さくなっていった。

「自らの能力の無さを痛感するがいい」

 そんな湯田の声と共に、ウインザーと薫が、最後の修正を終えエンターキーを押した。

「地球の創生のプログラムは安定したぞ」

 薫とウインザーは修正者のスピードどころか、だんだん動かなくなるプログラムを徹底的に直し切ったことを伝えた。

「忌々しい過去……使徒と修正者が誕生しなくても良い地球がこれで出来上がる。

 創生者が作った運命ともお別れだ」

 薫がやり切った表情で笑顔を見せた。

「そうだ、運命とは我々人間が、自らの能力で作るものだ。

 能力のない創生者が作ったバグを最大限生かし、更に自らの能力を高めることができる。それが人間だ」

 湯田が力強く言った。

【わ、た、し、の、ち、き、ゅ、う、が、

 そ、ん、ざ、い、が、き、え、て、い、く】

「お前の作った地球ではない。

 私たちや、全ての存在する物たちの地球だ。

 そしてこれからも我々が存在し、創造していくのだ。

 例え生まれたのが、一二月三一日であったとしても、現状が伸びることによって、三〇日や二九日へと変わっていく可能性だってあるのだ。

 人間には、地球上の生物には、その力があるはずだ」

 創生者の最後に言葉に対して、湯田は大きな決意表明のような言葉を吐いた。

 しかし存在自体を消し去られた創生者に、その言葉はもう届くことはなかった。

 そして大きな光が四人を包んだ。


 気を失っていたシリウスは、聖堂の中にいることに気がついた。

「いつの間にかここに帰ってきていたとは」

 シリウスは懐かしい場所へと戻ってきていたことに驚きを隠せなかった。

「シリウス様、よくぞご無事で」

 その場にはアーナンダが控えていた。その横ではジャックリーンが胸の中でテンペをあやしていた。だがそのテンペの存在は消えかかっていた。

「みんなはここに帰ってきていたのか」

 シリウスが嬉しそうに声をかけた。

「はい、ただ我々の使徒としての存在は消えようとしています」

 アーナンダの言葉に、シリウスは自らの手を見た。

「そうなのか」

「はい、修正したことによって、我々使徒や修正者の存在は意味をなさなく成り、消え去ったのでしょう」

「そうか、まあ現在の地球を維持できただけでよいのだろう」

「そうですね」

 四人の使徒たちに笑顔が浮かんだ。その時にテンペがジャックリーンの腕から浮かび上がった。

「みんな、良くやってくれたね」

 赤子であるテンペが喋ったことを、その場に居合わせた使徒たちは、驚かずにはいられなかった。

「私の存在はここで消えるのでしょう。

 今度は普通の赤子として、両親の元で幸せになることを望んでいます」

 その声は嬉しそうに聴こえた。

「普通の赤子として」

「はい、湯田がそう設定してくれましたから」

 そう言うとテンペは存在を消した。

 その後、発光する光りに聖堂自体が包まれて行った。


「こっちにまだ人がいるぞ」

 倒壊した留置所の瓦礫を撤去しているレスキューの声が聞こえた。その言葉をもうろうとする意識の中で、血まみれになった椛島は耳に入れた。

 だが次の瞬間、全ての人だけでなく、建物どころか、世界が発光するように消えて行った。


 大きな屋敷の大広間から、窓の外を見ているウインザーがいた。そこには薫と湯田の姿もあった。

「湯田さん、これで我々の、修正者の存在もなくなるのですね」

 シリウスは壮大な戦いを終えた満足感というよりも、地球が存続することへの安堵感を抱えていた。

「そうだ、これで我々が存在する前の状態に戻っていくはず」

「じゃあこの修正者と使徒の戦いの記憶は無くなるという事なのですね」

 薫が確認するように言った。

「そうだ、だが書き換えられた世界のどこかで出会うこともあるかもしれないな」

 湯田が薫の言葉に答えた。

「ある意味不毛な戦いだったという事なのでしょうか」

「そんなことはないよウインザー。

 我々は、人間はこれから、自らの力で地球を存在させていくんだ。

 あとは地球上の全ての生物が、どのように地球を創っていくか、というだけだろう。

 愚かな人間によって滅びることもあれば、健全な状態になるかもしれない。

 ただ未来がどうなるかなど、わかることはないだろう」

「どちらにせよ。またどこかで会えることを楽しみにしています」

 ウインザーは湯田に握手を求めた。それに応じた湯田は強くウインザーの手を握った後、薫へとその手を向けた。そして薫とウインザーの手もがっちりと握られた。

 次の瞬間、発光する光りに三人は包まれていった。

「修正者と使徒の戦いのプログラムも消したから、皆、その前の状態に戻ることになるだろう。請われゆく世界も、全て元通りだ」

 湯田の言った最後の言葉は、薫にもウインザーにも届くことはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ