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バグ (完全版)  作者: 祓川雄次


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7/10

七、

 祖恵村は一人、資料室で調べものをしていた。自らが疑問に思っていることが少しでも解決できるのではないか、そんな思いで三人の男たちの接点を探ろうとしていた。その姿を偶然通りかかった峰は、祖恵村のそばへと近づいてきた。

「祖恵村さんが資料室にいるなんて珍しいですね」

 誰も近くにいないと思っていた祖恵村は驚くように声の方を振り返り、その姿が峰であることに安堵した表情を見せた。

「まあ仕事ではないのだが、ちょっと調べたいことがあってね」

「珍しいですね、サボりなんて」

 峰は祖恵村が手元の資料を隠そうとしないので、見てもよいものと思い、それを手に取った。祖恵村も別段峰であれば隠すつもりはなかったので、何も言わずに一休みという感じで背中の固まりかけた筋肉を伸ばした。

「これって」

「宝田薫、椛島大佑、湯田徹。私たちの前で不思議な現象を見せた三人だよ」

「今更これを調べてどうするのですか」

 隣りに座った峰に対して祖恵村は、一度頭の中を整理するように、深呼吸をしてから話しはじめた。

「三人の接点がどこかにあるのではないかと思って調べ始めたのだが、何も手がかりが無くてね」

「そりゃあ不思議な関係ですけれども、宝田さんの話しだと、日本とかそういう問題ではなく、世界的なことに関連している人たちの関係ですからね。接点がなくても不思議ではないと思いますよ。

 どうあがいても私たちの力の及ばない世界の事ですよ」

 峰は目の前で起きてきた現象を思い出し、自らの無力を感じていた。

「確かにな、ただ湯田さんの経歴を見ていると、ちょっと不思議な点があるんだ」

「それは何ですか」

 祖恵村が差し出した資料に書かれている事柄を峰は見直した。

「これ、ただの湯田さんの社会人になってからの経歴じゃないですか」

 そこには何も存在しない。峰の感想であったが、祖恵村は違う感想を持っていた。

「確かにそうなのだが、湯田さんは出張と称して世界各地を回っているんだ。不思議だと思わないか」

「仕事ですよね。そう考えれば思うところはないですが……」

「ただの開発者だぞ。技術提携などでなければ、実際に出張にいく必要などがあるわけがない。

 それにアメリカ、イギリス、ソビエト、中国、ブラジル、チベットなどに行っている。特に湯田さんが行っている時代にはまだソフト開発など技術には無縁の国もあるんだ。

 これが不思議と見ないで何になるんだ」

 祖恵村は湯田が消えていった滝の光景が頭から離れなかった。だからこそ日本国内にいる修正者や使徒に対して、何か接点があるのではないかと考えることしかできなかった。

あの不思議な光景に取り憑かれている。峰はそんな言葉を脳裏に浮かべた。自らもそうなる可能性があったとは思うが、手の届かない領域にある事柄を今更どうこう言ってもはじまらないと、考えることを放棄していた。

「疑うことは我々の仕事としてはありでしょうが、今回の事においては、もしも調べて何かがわかったとしても私たちにはもう手の届かない話ですよ」

 峰にそう言われて憑き物が取れたように、祖恵村は天井を見上げ、大きく肺の中へとたまった空気を残らず吐き捨てるように出した。

「確かにそうかもしれないな。何だかあの宝田さんや湯田さんが消えた光景がどうしても頭から離れなくてな」

 祖恵村は脱力する以外に、自分の気負いを無くす方法がないと思ったのか、全身から力を抜いた。峰はそんな祖恵村の気持ちがわからないではなかった。超常現象のようなものを見てしまったからこそ、同じような暗示を受けていないわけではなかったからだ。しかし祖恵村と異なる点は、日々の仕事がそれを忘れさせてくれていたという事であった。

「忘れることはできないでしょうが、そのうち帰って来るかもしれない二人を待ちましょう」

 峰はそれだけを言うと立ち上がり、仕事へと戻っていった。祖恵村は峰が言うように忘れようと思いながらも、まだ心の片隅にしこりを感じたままでいた。


 その頃、薫とシェフチェンコはチベットへと飛んでいた。

 ロメロが見つけた使徒の居場所と目された地点だ。

「それにしても、こんなところに人が住んでいるとはな」

 薫は小さな集落が、とてつもなく人里離れていることに対する驚きを隠せなかった。それはシェフチェンコも同じであった。文明から切り離されたような生活を、現在の世の中でしている人たちがいることが信じられなかった。

 そんな感覚に浸っている二人の方へ一人の男が歩いてきた。狩りの帰りなのだろうか、野鳥を手にしている。その男は見慣れない男たちの姿を見て近づいてきた。

「お前たち、この地で何をしている」

 男は警戒心を解かずに薫たちに話しかけてきた。

「ちょっと人を探しに来たのですが」

「誰を探しにきたのだ」

 男の警戒心は、もしも当局から送られてきた人間であれば、この集落を知られるわけにはいかないというところからきていた。いつでも狩りに使った弓が使えるように、男は弓を強く握り、更に警戒心を強めた。そしていざという時には二人の男たちに消えてもらわなければならないとさえ考えていた。

「どんなと言われても、私たちはその人物がどのような人間か知らないのですよ」

 シェフチェンコが、誰を探しているのか、自分たちも知らないという、理解しがたいことを言ったことにより、男の警戒心は少しだけ解けた。

「なんだそれは、名前はすらわからないのか」

「ええ名前もわかりません。ただ会えばわかると思います」

 そう答えると薫は浮遊石を手に取った。きっと使徒と対峙したならば、この不思議な物体が反応するはずであると考えたからだ。しかしこれほどの集落で人が多くいるはずもなく、未だに反応することがないことに、首を傾げる思いであった。

「その石を持っているのか」

 薫の手の中の浮遊石に反応はないが、男はその物体に対して反応した。その言葉を聞いた薫たちは男が使徒に何か関わっているかもしれないと、気持ちをただした。

「この石の存在を知っているのですか」

 シェフチェンコがポケットから出した浮遊石を見せた。二つの浮遊石を見て男は目を閉じて頷いた。

「もしかしてあなたが……」

 薫の問いが男の目を開かせた。そして無表情のまま今度は首を横に振り、唇を開いた。

「まあついてくるがいい」

 それだけを言うと、男は完全に警戒心を解いたのか、無防備な背を向けて自らの住居へと歩きはじめた。薫とシェフチェンコは顔を見合わせて、後を追う事しかできなかった。

 男は住居へと二人を招き入れた。そこには妻と見られる女が一人存在していた。そして男へと近づき、あとに続いて入ってきた薫たちを見て夫に尋ねた。

「この方たちは」

 先日訪れた男たちとは異なる色のようなものを感じたからだ。男は言葉を発せずに妻に頷いた。妻はそれを感じ取り、夫の横へと陣取った。

 シェフチェンコは二人の反応をどのような物なのかわからずにいた。すかさずそれを見透かしたように薫が言葉を出した。

「私たちの存在を知っているのですか」

 男は手にしていた獲物を放り投げると、薫たちへと向き直った。

「はい、神が与えた使命を持った方々ですね」

「神、創生者の事なのか」

 シェフチェンコが言葉をはさんだ。一般の人たちが知ることのない啓示を受けた者たち、それをこの夫婦は知っているというのか……再び緊張が二人を包んだ。

「あなたたちが言う創生者と、私が言う神が同じ存在なのかはわからない。

 しかし私たちは使命を持った者たちがこの世に存在し、その者たちが最後の審判を行う場所への、鍵を渡すことを神から仰せつかっただけの人間だ」

「鍵とは……」

 薫はそんな物が存在することを知らないので、直球で尋ねた。

「私も鍵の使い方は知らない。

 ただ私たちの子供であるテンペがそれには必要なのだという。

 そして神を尊重するからこそ、愛する息子を渡したのだ」

「何だかわからないが、最後の時が近いという事なのか」

 シェフチェンコが難しい表情を見せた。

「何度も言うようだが、私たちは息子を渡すことだけを仰せつかったのだ。それ以外はわからない。

 ただ最後の審判がもうすぐ近いという事だけは理解している」

「バグを修正したい俺たち修正者と、バグを尊重する使徒たち……。

 その二つがぶつかることを、創生者が望んだことだというのか」

 薫が考え込んだ時に、女が思わず答えた。

「私たちは息子が鍵になることを仰せつかっただけ……。

 ただ神は修正者も使徒も、どちらも正しいし、間違っているとは考えていないのです。ただ間違えたのは自らかもしれないと悩む姿だけ」

 男は女がそんなことを言うなどと考えもしなかったので、驚きの表情を見せた。

「その間違いかもしれないという悩みが、修正者と使徒を生み出したのです。

 そして最後の審判は、自らの考えが、人間によってどちらが尊重されるかを審判するものなのです」

 女の目が怪しく光った。誰もがこの言葉を女が意識的に吐いているものではないと直感した。何者かの言葉を、人間という擬態を使って発しているだけのようにしか感じられなかった。

「さあ、修正者の二人よ、お行きなさい。

 もうすぐ悩み全てが消し去られるのだ」

 女はそれだけを言うと全身から力が抜けたように、その場に倒れた。男は妻を心配して抱え込んだ。そして息をしていることは確認できたので、安堵の表情を浮かべた。

 薫とシェフチェンコは住居を出た。そこには強い光りを放つ太陽が燦々と輝いていた。

「薫、とりあえず帰ろうか」

 シェフチェンコが何を考えたらよいのかわからないという表情で言った。悩みという物を抱えるのは誰なのであろうか……。何となくわかった気もするが、それをどうすることもできない自分たちが存在していることを、無理やりでも理解するしかなかった。

 誰かの手の平の上で自分たちは踊っているだけなのかもしれない。それを思うと、父であるシンドレンコの死などがどのような意味があったものなのか……。やはり考える気力は浮かんでくることはなかった。

「そうするか」

 薫も虚無のような状態であった。ただ最後の審判は近づいている。

それだけが、今は理解ができる事であった。


 聖堂の中心にシリウスは立っていた。

 その脇には、アーナンダ、ジャックリーン、そしてジャックリーンに抱えられたテンペが存在しているだけであった。

「アーナンダ、鍵となる使徒、テンペに与えられた使命とは何なのだ」

 シリウスはアーナンダを見ることなく問いた。

「私が知る限りでは、最後の審判が行われる神の領域に入るために必要な鍵だという事しかわかりませんが」

「神の領域か」

 思わずシリウスの頭の中に、真っ白な空間が思い描かれた。そしてその真っ白の空間は四六億年前、一年という周期にたとえた時の一月一日のよりも前の場所なのであるという理解はできた。現在その空間の中にあるのは、発動されたプログラムが自然発生のように先へと進んでいる、コンピュータールームのような存在であった。

「創生のプログラムルーム」

 アーナンダの頭の中に思わず言葉が浮かんできた。

「私たちはその空間へと入り込み、いったい何をするべきなのでしょうか」

 ジャックリーンが手の中で少しだけ動いたテンペをあやしながら聞いた。

「私たちは今まで修正者を倒し、セキュリティを強化してきた。それはそのままプログラムルームへと入り込み、神の領域へと送られているはずです。そして更なる強固なセキュリティへと変わっているはず。

 だが最後の審判は、そこに修正者たちも招かれて行われるはずです。

 そこで生き残ったほうが、創生者の悩みを解決する唯一の方法を得るのでしょう」

 アーナンダが全てを悟っているかのように言葉を出した。

「創生者を肯定するのか、それとも否定するのか……。

 それによって、この世の中はどのように変わるのか」

 シリウスは力強く天井を見上げた。

 そこは天地創生の絵が高々と掲げられていた。この創生を間違いしてはならない。現行の世界を肯定するためにも……更にシリウスは言葉を続けた。

「どちらにせよ、私たちはバグが存在する現在の世界を守り、創生者が作り上げてきたプログラムを守る。ただそれだけだ」

「後一人の使徒が目覚めるまで、我々は現状を守っていかなければならないのですね」

 アーナンダがそれに続いた。シリウスはそんなアーナンダを振り返って見た。

「あと一人の使徒か、それももう目星がついているのだろう」

「はい」

 アーナンダは確信を持った表情を見せて答えた。シリウスはそのアーナンダを見て、確信を得るように頷いた。

「そうか、確実にこっちへと近づいてきているという事だな。

 そしてテンペが鍵となり、神の領域へと入り込んでいくことになるのだろう」

 シリウスは再び聖堂の天井を見上げた。それに釣られるように、アーナンダとジャックリーンも天地創造の絵を視線に入れた。


 コンピュータールームの中へ薫とシェフチェンコが入ってきた。それを見たウインザーは彼らを迎え入れ、成果を訪ねようとした。

「薫、使徒はいたのですか」

 ウインザーよりも先に、ロメロがチベットで消えた使徒の反応を見て、倒したのかという含みを込めて聞いた。

「いやもう使徒はいなかった。仲間の使徒たちが連れて行ったみたいだ。

 それにしても不思議な話を聞いたんだ。

 最後の審判の行われる神の領域への鍵という話を……」

「神の領域……」

 湯田が思わずオウム返しで聞き返した。

「その鍵によって、神の領域へと入り込み、最後の審判が行われるというのですか」 

「ウインザーの言う通りみたいだ。しかし使徒が持っている鍵によって開けられるという場所へ、俺たちはどうやっていけばいいのか……」

 薫はその場所がいったいどこにあるのか、創造もつかなかった。

「まあいずれにせよ、私たちと使徒は交わる運命にあるのでしょうから、おのずとその時は訪れるでしょう」

 心配しなくてもいいというウインザーの言葉は、皆を納得させるものであった。確かに惹かれ合う存在、それが使徒と修正者、その場に居合わせた誰もが思っていることであったからだ。

「そういえば、修正のバグはどうなっているんだ」

 シェフチェンコがロメロへと尋ねた。ロメロと湯田は頷き合い、コンピューター―ルームの巨大画面へと、修正すべきバグを映し出し、説明をはじめた。

「地球の創生から四六億年分、それを解析するのは苦労がいりましたよ」

 ロメロが珍しく愚痴のような言葉を吐いた。その苦労を知っているウインザーが思わずロメロの肩へと手を置いた。それに笑顔を返して、ロメロは修正のプログラムについて話をはじめた。

「最初のバグが発生したのは、このデータによると地球の創生から一〇億年が経った頃からですね」

「ここからの修正で大丈夫なのか」

 シェフチェンコが心配そうに尋ねた。その問いには湯田が答えた。

「大丈夫、ところどころ創生者が手を加えようとした跡が残っているからな。それに初期データからいじりはじめたら全ての始まりが変わってしまい、人間の存在なんてどうなるかわからなくなってしまう。

 だから問題点を潰していく方がいいんだ」

「そうなのですか、じゃあ人間のバグ修正に関わることに関して、どこをいじるかが問題なのですね」

 反応したウインザーを見て、シェフチェンコは自分がプログラム解析についてある程度の能力を開花させてもらったとはいえ、ロメロや湯田、そしてウインザーには足元にも及ばないのだという事を改めて実感した。

「今の地球の状態が保たれる中で、バグによって突出した能力を削り、人間としての能力が同等程度の人間をどのように増やしていくのか……。シミュレーションをしながらやっていくしかないのですよ」

 ロメロがコンピューターへと向かいながら答えた。続くようにウインザーが説明を加える。

「しかも現代科学がある程度残るように修正をしないと、人間が食物連鎖の中で上位に来ない場合があるので、慎重にやらないと駄目なのですよ」

「俺には想像が付かないな」

 薫もシェフチェンコと同様なことを考えていた。

「ただバグの修正作業に入るには、使徒との最後の戦いを終えてからになるでしょうから、まずは使徒との最後の審判に対してだけ二人は考えていてください」

「最終的に私たちがおこなった解析をあなたたちの能力に加えることになるでしょうから、安心していてください」

 ウインザーの言葉に続いたロメロは背中越しに二人に言った。それに薫とシェフチェンコは、今までの経緯を思い出し安心感を覚えた。

もう最後の審判までキーボードの上の作業を止めることはできない。ロメロのみならず、それは湯田も同じ考えであった。

 

 それからどれくらいの時間が経ったのであろうか、五人は画面に映る画面を食い入るように見ていた。薫とシェフチェンコは何となく三人が行う作業を見ながら、少しずつ理解を進めていた。それはロメロが二人の能力の修正を行いながら作業していたことを裏付けていた。

「これである程度のシミュレーションが終わったな」

 湯田が一度立ち上がり、背中を伸ばした。年齢的にパソコンの前で長時間の作業をするということは辛い事であると、皆が理解していた。

「ここまで検証すると、立ち上げのプログラムで一点だけ修正しておいたほうがよいところがありましたね」

 ウインザーが発する言葉に反応するように、ロメロが創生のプログラムの一部を画面に表示した。

「ここですよね」

問題のソースにチェックを入れ、修正をかけた。すると物凄い勢いで、その後のプログラムが変わっていった。湯田は再び椅子に座ると、途中で進むプログラム画面を止めた。

「あそこの修正で一九億年前にできるはずであった超大陸ヌーナが誕生せずに、九億年先送りされ、超大陸ロディニアが誕生することになるのか」

「九億年の時間が削られても人間は誕生するのか」

 シェフチェンコが疑問を投げた。

「それは平気なようですね。ただ別のバグが発生しています」

「これを直すと」

 ロメロが問題個所の修正をかけた。

「七憶年前の寒冷化と温暖化がなくなるか……。エディアカラ生物群の大型多細胞生物が出現しないな」

「ですがカンブリア紀動物群が出現するのが早くなりますね。約一億年ですか」

「ただカンブリア紀動物群が出現するという事は、人間も無事に生まれてくるだろう」

 ウインザーと湯田の会話を理解しながらついていくのがやっと、という表情で薫は黙って聞き耳を立てる事しかできなかった。

「創生者は人間の出現を早くすることを求めていたという事でしょうか」

「そこまで修正者の意図は理解できていませんが、今のやり方ではそういう事になるでしょう。これで人間のバグの状態はある程度平均化されるという事なのでしょう。

 突然変異の人間が産まれる確率がかなり減少されましたからね」

「争いをなくす。もしくは少なくする。能力差が少なくなればそうなるのか」

 ロメロとウインザーのやり取りを聞いて、シェフチェンコは争いというものが本当になくなって欲しいと思った。欲のために自分たちが巻き込まれるなどという歴史はもう沢山だ、という根本的な考えがそこにはあった。

「あとは最後の審判が行われる場に、私たちがどのように行くかだけなのか」

 薫はここで幾ら解析を進めようと、最後の審判が行われ、その上で神の領域のプログラムルームへと入らなければこれが実らないという、修正者の誰もが思っていることを口にした。ウインザーもその方法を知るはずがなかった。だからその言葉を聞いて思わず難しい表情に成らざるを得なかった。

「大丈夫、ウンザーが前に言っていた通り、残りの使徒五人と必ず私たち五人は交わらなければならない運命。

 その時に神の領域はきっと出現する」

 湯田は確信を持っているのか、強い口調で言い、自ら納得するように強く頷いた。


 そんな皆が求める神の領域で、姿、形の存在することのない、意識だけの存在である創生者は語っていた。

「さあ、私の創造と想像を超えた人間たちよ。

 今一度地球を一から作ることは困難故に、一部の能力を与えた人間たちよ。 

 果たして、私が作った世界を、どのように作り変えてくれるのか……」

 それは抑揚のない言葉であるが、少しだけ気持ちが弾んでいるように感じられるものであった。そしてそれは更に続いた。

「使徒と修正者たちよ、どちらが生き残ったとしても、私には問題がない。

 ただ私が出せなかった答えを、今の地球上で存在する君たちに導き出してもらおう」

 その抑揚のない言葉の中には、誰もがわからない創生者の真意が含まれているようであった。

 

 拘置所の面会室に足を引きずりながら歩くマリンガと、それを支えるフレイジャーは入り込んだ。パイプ椅子に腰を掛けると、正面のアクリル板を見た。

 まだそこには対象の人物はおらず、しばらくして扉の向こうから刑務官に連れられた椛島が入ってきた。

 椛島は二人を細い蛇のような目つきで見てから、何かを悟ったのか、ゆっくりと椅子へと座り、二人を凝視して言葉を出した。

「同じ匂いがする奴らだな。

 君たちは使徒かい」

「ああ、性格に言えば元使徒というべきだろうな。

 君と同じでバグを修正されてしまったからね」

「そうか、君たちがくるという事は最後の審判が近いみたいだな」

 椛島は先ほど答えなかったマリンガを見て言った。マリンガはその問いに頷いてから言葉を発した。

「俺たちが見ることのできなかった、神の領域への扉が開こうとしている」

「神の領域か、確かにもうバグを修正され、特殊能力を持たなくなった俺たちには、もう関与できない世界なのだろうな」

 納得をするように椛島は答えた。

「修正後の世界がどのようになるのか、それは最後の審判によってなのだろうが、修正者の死んだ奴と比べて、私たちはその行く末を見ることができるからな」

 フレイジャーの言葉に、椛島は殺害した宝田百合の事を思い浮かべた。使徒の使命とは言え、残忍な殺害をした自分を、椛島は本当に自分の意思で行ったことなのか、それとも誰かの意思によって導かれたことなのか、よくわからなくなっていた。

「君がやったことは間違ってはいない。

 我々も修正者も、全て創生者によって生み出されたもの。

 運命などはさほど信じない私でも、仕方がないと思えてしまう」

 マリンガは決められた人生を、プログラムの中で決定された人生を送ることを拒否したかった自分が、過去にいたことを思い出して言葉を出した。だがそこから逃れられない自分たちがいたことも理解していた。だからこそ、使徒として戦うことを了承したのだ。

「俺たちが運命に逆らえなかったとしても、創生者は自らの意思でこの世を修正するとも、肯定するということもできなかっただろう。

 俺たちのどちらかが勝つか負けるか、それだけは創生者でも決めていないのだろうからな」

「だからこそ、最後の審判がどのようになるのか、使徒であった自分たちは見極めなければならないのだろう」

 フレイジャーが笑顔を見せながら笑った。その表情を見て椛島の頬の筋肉が弛緩した。自らが産み出した世界を修正するか、現状を維持するか悩んだ修正者の葛藤が見えるような気がしたからであった。

「結局は創生者の能力不足からはじまった事という事なのだろうな」

 更に笑い飛ばすように椛島は言った。その言葉にマリンガが反応した。

「まあそういう事になるのだろうな。

ただ我々は能力不足のままの世界が一番だという、創生者を肯定する使徒だったのだから」

「さっきも言ったように、修正者と使徒の戦いの結果だけは決められていない。

 その審判の結果を楽しもうじゃないか」

「結果によっては、我々は消えることになるのだろうが……」

 フレイジャーの言葉に反射的に椛島は言葉を繋いだ。

 修正者たちが勝利し、プログラムを修正した場合に地球という存在がどのように変わっていくのか……最後の審判すら見ることができない。使徒であった三人とも、そんな思いを胸に秘めていた。


 峰は村木に呼び出されて宝田家のリビングにいた。

 ずっと締め切っている部屋の中には、少しだけ嫌な埃っぽい湿度がこもっているようにも思えた。そんな中村木が峰を、薫の両親と百合の遺影の前に招いた。

「これを見てください」

 峰は言われるまま、二枚の写真を見た。両親の写真は少しだけ経年劣化で焼けているように思えるが、この写真を見て何を判断しろというのか、村木の真意はわからなかった。

「これがどうかしましたか」

「何だか人の影が薄くなっているような気がするのですが」

「そうですか」

 先ほどよりも近づいて峰は写真を凝視した。言われてみれば少しだけ透けている、という感覚を受けた。注視して見ないとわからない程度であるが、身体の後ろにある風景がぼんやりとすり抜けるように見えるような気がした。

「確かに」

「そうですよね。これを見て、何か不思議な事がおこるような気がしてならないのですが」

「まあ、でも私にできることはないですよ。ただ見守るしか」

 この宝田家の事件に関して、そして旅立って行った薫に関して、無力な自分を峰は振り返った。

「確かにそうなのでしょうが、何かわからないですか」

 そんな言葉を村木が発した時に、峰は何となく祖恵村に会ってみようと思った。湯田と仲が良かった祖恵村であれば、自分たちとは違う何かがわかるかもしれない。そう思うと村木を誘い、すぐに祖恵村がいるであろう警察署へと向かった。

 祖恵村は相変わらず仕事をこなしながら、不思議な縁のある三人の事を調べていた。しかしながら先日からその作業は先へと進むことはなかった。

 その祖惠村へと峰たちは先ほどの写真の件を伝えた。

「そんな不思議な現象が起きているのですか」

 峰が期待したような答えは、祖惠村の口からでることはなく、不可解な事として処理するしかないと思われた。だが祖惠村は思い当たるもう一人に、その現象を確かめたいと思って、三人は拘置所を尋ねることになった。

 アクリル板の向こう側にある扉から出てきた男を見て、村木は少しだけ心を痛めた。それは婚約者であった百合を殺害した男であるからであった。だが今はそれよりも椛島がこの現象を、使徒としてどうとらえているかを知ることのほうが先決だと、気持ちを切り替えた。

「この件に関してどう思う」

 一通りの話をした祖惠村の言葉に、椛島は目を閉じ、少しだけ考えてから言葉を出した。

「あなたたちが知っての通り、使徒と修正者という特異な能力を持った人間たちがこの世には存在している。

 その人間たちの最後が近くなっているという事だろう。

 それは少し前に尋ねてきた元使徒たちとも話していたことなのだが……」

「元使徒たち」

 峰が不思議な言葉に反応した。

「そう、私と同じで修正者との闘いに敗れ、使徒としての能力を無くした者たちだ」

 椛島は悔いることなく、淡々と言葉を発した。

「それでその人たちに会って、何がわかったと言うのだ」

「使徒と修正者、この二つの勢力は、創生者によって作られたという事だ。

 創生者は自らが地球を創った時にできたバグを修正するべきか、それとも現状の世界を進行させるべきかを悩んだ。

 そこで動物の中で唯一、進化の進んだ人間たちにその決断を委ねた」

 椛島は要点をつまんで、淡々と答えた。

「決断を……」

「そう、現状維持か、修正かという決断を、だ。

 そして決断を決める最後の審判がもうすぐ行われようとしている。

 もしも写真に異変があるとしたら、現状では修正者が勝利することを意味しているのかもしれない」

「だがそれでなぜ写真に写る人間が薄くなっているんだ」

 村木は自分の知りたい事柄を尋ねた。

「創生者の意思は、修正者が勝った時にやりたい事のほうが近いのかもしれないという事だ。

 それによって写真が薄くなった理由なのだろう」

 椛島の言葉を三人は理解できなかった。

 創生者が思い描くようにプログラムを修正するという事がどういうことになるのか……。

 椛島が言うには、修正者になるはずであった百合の周りだからこそ、写真に写し出されている人間が薄くなるという、そのような現象が起きているのだと言う事であった。


 シリウスは聖堂の中で何かを感じた。それは背中を摩るような悪寒ではなく、脳裏に直接入り込んでくるようなものであった。

「アーナンダ、創生者が我々を呼んでいる」

 珍しく感情がこもったシリウスの言葉に、感情を表さずにアーナンダが答えた。

「そうですか、では最後の審判の時が来るというのですね」

「そのようだな、ジャックリーン、テンペを離すなよ」

 その言葉に頷いて、ジャックリーンは胸の中に存在する乳幼児を今一度強く抱きしめた。その温もりにテンペは思わずにっこりとほほ笑んだ。鍵と呼ばれるこの赤子に、本当にそのような能力があるのか、ジャックリーンはもはや疑うことはなかった。というよりもじきにそれが証明されることのみを確認すればよいと思っていた。

「神の領域に、いよいよ入り込むのですね」

 ジャックリーンはテンペの笑顔に吸い込まれるように思わず言葉を発した。

「いや、一気に神の領域へとは入ることはできないでしょう。

我々使徒は神の領域へ入る理由がないのですから……」

 アーナンダの答えにジャックリーンは驚きを隠せなかった。自分たち使徒は神の領域へ入る理由がない。ではなぜ使徒は存在するのか……。そんな自問自答をした。それを察するようにシリウスが口を開いた。

「神の領域は、創生者がプログラムを創った場所。

それをいじる必要がない私たちはそこへと入る必要がないという事なのかもな」

「はい、その通りです。もしも神の領域へと入ることができるとしたら、もはや使徒としてではないのでしょう」

 アーナンダは静かに答えた。それを聞くと同時に、シリウスは聖堂の天井に描かれている地球創生の絵を見た。

 本当にこの場所が全てのはじまりなのであろうか……。創生者が地球を創生したという場所は……。だがそんな疑問はもうどうでも良かった。シリウスは自分たちを生み出した創生者の現状のプログラムを尊重するのみ……。それが自らの使命であることを理解していた。その気持ちはアーナンダへと無言の間に伝わっていた。

「シリウス様、行かれますか」

 アーナンダが言葉を呟いたと同時に、シリウスは聖堂の外へと歩きはじめていた。ジャックリーンは動かなくてはと思いながらも、足が前へと進まなかった。それを察してか、アーナンダが彼女の肩をそっと押した。

 それによって一歩を踏み出す勢いがついたのか、ジャックリーンはテンペを抱えたままシリウスの後を追った。

アーナンダは今一度創生の絵を見てから後へと続いた。

 シリウスは扉の前で大きく深呼吸をすると、一気にそれを開いた。

 その瞬間、まばゆい光りが四人を包み込んだ。


 コンピュータールームの中にいた修正者の五人が何かを感じた時であった。

「転送装置が呼んでいる」

 何かを感じたウインザーが思わず言葉を出した。脳裏に滑り込んでくるような感覚が、一瞬重力を感じさせなくするような、そんな不思議な感覚であった。

「転送装置が呼んでいるって」

 シェフチェンコはウインザーが理解できない不思議な事を言っていると思い、思わず転送装置を見た。すると転送装置はそれに応じるかのように光りを放ち点滅しはじめた。

「こんなことになっている転送装置をはじめてみました」

 ロメロは自分が一番長くこの屋敷にいることを踏まえて言った。そしてそれはあまりにも異常な事態だと感じられた。

 だが湯田は戸惑う皆と異なり、ゆっくりと転送装置に近づき、手を触れた。そこからは温もりを感じられるようであった。

「導こうとしているのだよ」

「どこへ行けと言うのですか」

 湯田の言葉に薫が反応した。湯田は振り返ることもせずに答えた。

「神の領域へと入るところへ」

「神の領域」

 シェフチェンコが最後の審判が近いのかも知れないという、興奮した表情を見せた。自分たちの使命を、これによって終えることができるという、安堵もその中には見えるようであった。

「そうですか、最後の審判が行われるのですね」

 ウインザーは眼に力を込めた。湯田は頷いてそのウインザーの問いに答えた。

「みんなの頭の中に、もう修正のプログラムは刷り込み済みです。

それを行うためにも、使徒を倒しましょう」

 ロメロが皆の中に組み込んだプログラムについて誇らしげに語った。

「そうか、忌まわしい使命とやらの最後か」

 シェフチェンコは父親が亡くなる時の光景を思い出し、拳を強く握った。

 転送装置の扉が開くと、その先にはまばゆい光りが満ちていた。その光景を見た湯田は、思わず頭を押さえた。自分の中にある何かが起動されるような気がしてならなかった。しかしそれが何であるかなど本人にも、わかるはずがなかった。

「湯田さん、大丈夫ですか」

「大丈夫」

 心配する薫をよそに、湯田はその光りの中へと入り込んだ。光りが強いせいなのか、それともすぐに転送されたのか、湯田の姿はすぐに見えなくなった。続くようにロメロが光の中へと飛び込んだ。

「さて、最後の審判へ向かいましょう」

 ウインザーの言葉に押されるように、シェフチェンコも薫も転送装置の光りの中へと飛び込んでいった。


 五人の修正者たちは、転送装置から光りの中へと入り込んだのちに、何もない、ただただ真っ白な空間へと入り込んでいた。

「ここはどこなんだ」

 シェフチェンコは辺りを見渡した。シェフチェンコだけでなく、全ての修正者たちが、自分たちのいる場所を確かめるように周りを確認した。足を踏み出そうとしても地面という感覚がない。浮いているというほうが正しい表現に思えた。薫は踏み出すという事に躊躇していた。足を出した瞬間に自分が踏み外すように落ちていくかもしれないという恐怖からであった。だがウインザーはそんな心配を物ともせず、あっさりと一歩を踏み出した。

「ここが最終決戦の場所のようですね」

「そのようだな」

 ウインザーの言葉に答えた湯田は未だに頭の痛みがあるのか、手を患部に当てたまま答えた。

「湯田さん、本当に平気なのですか」

「大丈夫」

 湯田は心配する薫へ、無理やりの笑顔を見せた。誰もが湯田の異変に気付いているが、ここまで来たらもう後には引けないことも理解していた。そんな時にロメロが何かに気が付いた。

「あそこに何かがある」

 その言葉に釣られるように修正者たちはその場に向かい歩きだした。

 そこには真っ白な空間に、ソースが画面などもない空に浮かんでいた。

 ウインザーはそれを見るなり、浮遊石からキーボードを浮かび上がらせ、その文字をいじろうとした。しかし浮遊石から光りを放っても、その文字が変化することはなかった。

「これは修正できないもののようですね」

「じゃあここは神の領域ではないという事なのですね」

 ロメロがウインザーの言葉を聞いて尋ねた。

「そうだ、ここは神の領域へと入る前の亜空間」

 その声は修正者が出したものではなかった。

 皆がその声の方向へと向くと、三人の男女が立っていた。そのうちの一人は子供を抱いていた。この場に現れたとすれば……全ての修正者が、その者たちの存在を考え、一つの答えへとつながった。

「お前たちが最後の使徒という事か」

 シェフチェンコが感情をむき出しに、声を荒げて言った。修正者を殺すために存在する者たちへの嫌悪がそこには表れていた。

「その通り」

 先ほどと同じようにシリウスは淡々と言葉を発した。だが戦闘態勢へ入ることはなかった。物静かなシリウスの口調に、思わずシェフチェンコは気負いを失いそうになった。

「亜空間での戦いを制したものが、神の領域へと入ることを許されるという事なのですね」

 シリウスに対峙するようにウインザーが一歩歩み出ながら言った。

「そう、ここは創生者が望んだ、最後の審判が行われる場所なのだろう」

 シリウスは確証を持っていたわけではなかった。だが神の領域はここではない。それだけは理解しているつもりであった。

そしてここは、創生者の悩みが解決する、唯一の場所であると考えていた。

「創生者の悩みか……そんな莫迦げた悩みによって、我々は戦わなければならないとは……」

「それでもいいではないか、

 我々はただ勝利し、現行の世界の時間を先へと進めるために、ただただ存在してきた」

「創生者が何者であろうと、二つの勢力の意思は変わらないという事なのだろうな」

 湯田とシリウスの言葉が、互いの間に境界線を作るようにして、切り裂いているようであった。


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