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バグ (完全版)  作者: 祓川雄次


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6/10

六、

 とある聖堂の中でシリウスは立ち尽くしていた。その表情はチャンが使徒としての能力を無くしたことを感覚で理解しているのか、また一人減ってしまった使徒のこれらを考えているようであった。

 その考えがまとまったからなのか、聖堂の天井へと書かれている天地創造の絵を眺め、シリウスは膝をついた。

「天地創造の創生者よ、我々はあなたが作り出した現在の世界を尊重している。

 私たちはバグがあるこの世界こそが、本来あなたが創造したかった世界であり、あなたが与えた人への、すべての生き物への思いが詰まっていると考えている。

 各生物が生まれ、その中で考え、行動するという私たち人間ができるまでに、遥かな時間が経過したことは、あなたが望み、あなたの苦しみを享受した人間たちが、しっかりと現状のままで存在しなければならない。

 その苦しみや悲しみを受け入れられない人たちを、私たちは救い、そこから救われた人たちが新たな人たちを救い、あなたの苦しみから生まれたバグも含め、世界を享受していこうとしている。

 それなのに、あなたは自らの迷いからか、修正者などという存在を生み出し、過去へと戻ろうとしている。

 それは大いに間違いだと私たち使徒は考える。

 私たちはバグを修正させずに、あなたの生みの哀しみや苦しみと共に、人間のさまざまな感情を軽減し、享受していく。だからこそ、迷いから生まれた修正者たちを、私たちは使徒として存続させる訳にはいかない。

 地球は今のままでいい。

 その中に存在する人間も今のままでいい。

 バグによって能力を得た者もいれば、逆の者もいる。その者たちが富を得ようと、運動能力が高かろうと、悲運な運命を辿ろうとも、それもあなたの意思から生まれたもの。

 それを継続させ、あなたが作った一二月三一日という現在の時間軸を、もっと先へと延ばし、バグを存続させるためにも、私たち使徒は、殺人という罪を犯してでも、現在の世界を尊重し続けることを誓う」

 シリウスは両の手を組み、静かに瞳を閉じた。

 しばらくの時間が経ち、聖堂の扉が開き、ジャックリーンが姿を現した。その気配を察してか、シリウスは瞑想を終え、立ち上がった。

「シリウス様、新たな使徒が判明いたしました」

「そうか、その使徒を迎えに行かなくてはならないのだな」

 シリウスはゆっくりとジャックリーンへと振り返った。ジャックリーンはその瞳を受け止めて頷いた。

「はい、その使徒はあなたが赴くことによって目覚めることでしょう」

 それを言うと、ジャックリーンはシリウスへと歩み、その姿の前に跪いた。

「そうか、では行くとしよう。

 ジャックリーン、お前の力も必要になる。ついてくるがいい」

 シリウスは跪くジャックリーンの横をすり抜けるように歩きはじめた。その背中を追うようにジャックリーンは立ち上がり、ゆっくりと歩きはじめた。


 とある高台にある屋敷の中に、ウインザーはシェフチェンコと共に戻ってきた。その二人を、ジョフレは転送装置の前で迎えた。

「お帰りウインザー。ロメロがある情報をキャッチしたぞ」

 転送装置から出てきたウインザーに満面の笑みを浮かべてジョフレが話しかけた。

「わかりました。とりあえずコンピュータールームへと向かいましょう。

 シェフチェンコ、こっちです」

 言われるままに歩むシェフチェンコは、見たこともない大きな建物の存在を驚くように見渡しながら、ウインザーの後に従った。そして三人はロメロの待つコンピュータールームへと入り込んだ。そのロメロの横には修正能力を身に着けた薫の存在もあった。

「使徒の一人を倒してきました。これで残りの使徒は七人ですね」

「はい、そして修正者は六人です」

 ロメロが続くように言った。

「だいぶ対等な数字になってきたということか」

 ウインザーとロメロの言葉に納得するようにジョフレが呟いた。

「そうですね。そのためにもシェフチェンコのソースの書き換えをお願いいたします。

薫はもう十分なようですしね」

 ウインザーは薫の表情を見て、能力が開花していることを確信していた。薫は頷いてそれに答えた。

 ロメロはモニターに世界地図を映し出した。そこには二人の使徒が一緒にいることを示すかのように、同じ位置に二つのポインターが点滅している。

「ウインザー、使徒の二人の居場所がキャッチできました。もしかすると最後の審判が近づいているのかのしれないですね」

 ロメロがウインザーに世界地図のポインターの意味を説明した。それを聞いていたジョフレは自信気に一歩前へと進み、提案をはじめた。

「という事で、俺と薫でその二人を迎え撃ちたいのだがどうだろう」

 ここで二人の使徒を叩けば確実に修正者たちの数の優位が確定されるのだ。それには自らの力が必要だと、ジョフレは自信満々に言った。

「そうですね。ロメロにはシェフチェンコの書き換えをやってもらいますし、私は少しだけ休みをもらいたいから、そうしてもらいたいですね」

 ウインザーはその提案を素直に受け入れた。ジョフレは当然というように頷いた。

「さて薫、格闘はそれなりにできるんだっけ」

「いや、俺は今まで何もしたことはないのだが……」

 薫は部活などでも格闘技というものを経験していないことを振り返った。唯一やったとしたら、中学時代の体育の授業で行われた柔道であるが、それも受け身や簡単な技を少しやる程度で、やはりやったと言えるようなものではないと思った。

「そうか、じゃあ椛島との闘いは大変だったのか」

「いや、何とかなったというか、運がいいというのか」

 今でも戦うのは怖い。しかしあの時は百合の仇という事もあり、気持ちが先行していたからだと薫は考えていた。だから運という言葉を使ったのだ。

「そういえば銃を使ったという話は」

「あれはたまたまだよ」

「そうか、まあ運がいいということはいい傾向だ」

 ジョフレはその薫の運に任せてみる気になった。

「まあ妹が殺されたことによって、運が良くなったのかもしれないがな」

 薫は脳裏に亡くなった百合と共に、義理の弟になるはずであった村木の顔を思い出した。だが感傷に浸っている暇はなかった。使徒をすべて倒し、創生者が望むような世界を作る。それが何のためなのか、そこまで考えることはできなかった。だが修正者となったからには、今は行動をすること以外ないと考えていた。

「ではお願いします」

 ウインザーは二人へ告げた。二人はそれに対して頷いて答えた。そしてジョフレはロメロに笑顔を見せた。

「よし、ロメロ、転送を頼む。俺は荷物を取って来る」

「わかりました」

 そう言って出ていったジョフレが戻ってきたことを合図に、二人は転送装置の中へと入った。

今までよりも転送ルームのエネルギーが増しているように思えるのは、ロメロが言ったように、最後の審判が近づいているからかもしれなかった。そんな事を考えるとウインザーは自分たちの力も同じように強くなっているようにも感じた。

「よし、準備は完了だ」

 ロメロの言葉を耳にした薫とジョフレは転送装置の中で顔を見合わせ、その瞬間を待った。

「これで使徒の残りは五人だ」

 ジョフレが自信のほどを言葉にした。薫は戦いへと向かうために真剣な眼差しを転送装置の外にいる三人へと向けた。

 次第に転送装置の中の光りが激しさを増し、その光りが消えた時に、もう二人の姿は転送装置の中からいなくなっていた。


 草原と言えるような大自然の中ので、マリンガとフレイジャーは座っていた。近くには誰の姿もなく、ただただ水平線が見えるだけであった。都市部に住んでいる人間からしたら、未だにこのような未開の地があったのかと思わせるようなところであった。

「俺たちがここにきたのも、何かに誘導されるような感じだったな」

 マリンガが葉巻を取り出し、おもむろに火をつけた。

「何となく来たくなったというには、あまりにも人がこないような場所だからな。

最後の戦いが近いっていう事なのだろう」

 フレイジャーは大きく欠伸をして、空を見上げた。いつの間にか使徒として、修正者と戦うことを義務付けられた。それを善しとも悪しきともフレイジャーは考えていなかった。マリンガも同じように、ただただ運命を誰かに決められ、それに従うことにした。ただそれだけであった。

「そういえばチャンがやられたらしいな」

「ああ、俺もアーナンダの通信でわかったよ」

 マリンガは大きく煙を空へ吐き出して答えた。

「まあチャンは使徒としては自我が強すぎたからな。

 あんなに自分勝手な奴が、良く使命なんてものを与えられたものだ」

 呆れるようにフレイジャーが返した。

「それは同意するよ。椛島と異なり、一般人まで殺害していたらしいからな。

 一体何のために使徒として存在していたのか……

 まあバグという物が存在するのだから、あいつは大いなるバグだったのだろうな」

「そうだな。そう考えれば案外現状の世界には、当たり前にあの手の奴がいるからなのだろうな。

 俺たち使徒の思いは現状の肯定だから、あいつの存在も認めなければならないのだろうが……」

「そうだな。だが今回の修正者との闘いが終わったら、俺は無茶ぶりするチャンのような自分勝手な奴らのバグを、残らず書き換えたいと思っているがな」

 マリンガがそんな事を言いながら遠い目をしているのを、フレイジャーは見逃さなかった。だが現在の世界を肯定している使徒としては、マリンガが書き換えたいと思っている人間の存在も肯定しなければならない。正義とは無縁の、そこに矛盾があることを、フレイジャーは敢えて考えないようにしていた。そして使徒がバグを書き換える能力がないことも理解していた。

 その二人の目の前にプラズマのような光りが走った。

「おいでなさったようだな」

 フレイジャーは眩しそうな目で、その光景を見ながら立ち上がった。そしてその光りの中から薫とジョフレが姿を現した。

「最後の時が近づいているようだ。やはり修正者と使徒は引かれあう運命なのだな」

 マリンガはフレイジャーに並ぶように薫たちと向かい合った。

その存在を確認したことにより、薫は体に無意識に力が入るようであった。

「薫、俺が攻撃を仕掛けるから、お前はバグの修正を頼む」

 緊張している薫を落ち着かせるかのようにジョフレはゆっくりと言うと、転送前に取りに行った鞄の中から、小型の弓を取り出した。薫に格闘経験がないのであれば、自らが相手の動きを止める役目を買うしかないと思っていたからだ。

「弓使いか、面倒だな。マリンガ、お前の速さなら何とかなるか」

「そうだな、肉弾戦が得意なフレイジャーよりは、何かできるかもな」

 マリンガとフレイジャーはお互いの視線を合わせて、それぞれ両刀のナイフを取り出した。血を欲しがる使徒に取って有効な武器であった。

 それを皮切りに四人の間に緊張が走った。

 その中で一番はじめに動いたのはマリンガであった。小刻みに左右へステップを踏み、身体ごと動かしながら、ジョフレを目指して突っ込んできた。

 薫が浮遊石からキーボードを浮かび上がらせ、マリンガのバグを解析しはじめた。それとほぼ同時に、ジョフレの一矢が放たれた。

 素早く左右にかわしながら進むマリンガは、ジョフレの横まであっという間に入り込んできた。そしてナイフを横一線振った。その攻撃をジョフレが弓で受け止めた直後に、薫の放った衝撃波がマリンガを襲った。

「もうコードを作ったのか、結構早いな」

 マリンガは一瞬で後退し、その一撃を逃れた。その間ができた瞬間にジョフレの弓が放たれた。それをマリンガは先ほどとさほど変わらぬ速さで避けた。

「あの速さを何とかしないとな。

 薫、あの男のセキュリティを早く破らないと面倒だぞ」

 使徒から目を離さずにジョフレが言った。

「ああ、わかった」

 薫が答えた時であった。今度はフレイジャーがジョフレのそばへと近づいていた。そしてナイフで顔を狙った。ジョフレはギリギリでかわしたつもりであったが、軽く頬から鮮血が見られた。

「お前たちの相手はマリンガだけじゃないんだぜ」

 薫はジョフレの後方から、ナイフの血を頬へと着けているフレイジャーへ衝撃波を放った。しかしフレイジャーは横へ飛ぶようにして、それを避けた。

「お前だけじゃセキュリティは破れないみたいだな」

 薫はその声に気が付き、横を向くと、そこにはいつの間にかマリンガの姿があった。

一瞬後方へと身体を動かしたのだが、マリンガはそれと同時に同じ距離を動いていたのか、薫の腹を切りつけた。それほど致命傷とは思えないが、皮一枚というわけにはいかなかった。薫の服の間から、切られた皮膚と、鮮血が見られた。

「薫、大丈夫か……」

 ジョフレは一瞬薫を振り返るが、その瞬間に左腕を切り裂かれた。フレイジャーであった。

「相方の心配をしている場合じゃないんじゃないか」

 その言葉通りに、フレイジャーはナイフの血を自らに塗り、セキュリティを上げた。マリンガも同じように薫の血を身体へと塗った。その二人は今一度体勢を整えるためか、薫たちから少し離れた場所へと戻った。薫もジョフレも改めて緊張を高めた。

「こいつらは大したことなさそうだな」

「そうだな。でも油断は禁物だ。速攻で片付けよう」

 マリンガとフレイジャーは何とかなると思いながらも気合を入れ直した。その先には薫の不安そうな表情が見えた。

「おい薫、大丈夫だから、しっかり当ててくれよ」

 ジョフレがそんな薫を見ることもせずに声をかけた。今は二人で戦わなければならない。早いマリンガと攻撃力が強いフレイジャーを相手に、ジョフレは自らの力を鼓舞するしかなかった。弓を再び構え、一瞬で二矢を放った。それはマリンガとフレイジャーを別々に狙ったものであった。しかしマリンガは素早く避け、ジョフレへと切りかかった。

 薫は何とかコードを完成させ、衝撃波を打ち込もうとしていた。しかしマリンガの速さを実感すると、どのタイミングで衝撃波を放てばよいのかわからなくなってしまう。

「薫、かまわず打ち込め」

 ジョフレの言葉に背中を押されるように、薫は衝撃波を放った。マリンガはそれを避けようとした時に、ジョフレは身体を張ってマリンガの行く先を遮った。そして衝撃波が二人に当たった。マリンガの頭上にあるソースが書き換えられ、セキュリティが弱くなったことを薫は理解した。

「こいつ」

 ジョフレの肉体の圧力に負けないようにマリンガが身体に力を入れた時に、再び衝撃波が放たれた。マリンガは衝撃波が放たれたことはわかったが、今度は確実に反応が遅れた。そして再び衝撃波がマリンガのセキュリティを下げた。

「もしかしたら俺よりもコードを打つのが早いんじゃないのか」

 ジョフレが感心した時であった。今度は右腕に痛みを感じた。逆側からフレイジャーの攻撃を受けたのだ。

「幾らセキュリティが下げられようとも、お前たちの血で復活してやるよ」

 フレイジャーが血によって再びセキュリティを高めた。だがすぐさま薫の衝撃波がフレイジャーを捉え、セキュリティが元に戻った。

一進一退の攻防が続く中、身体を張っているジョフレは徐々に血だらけになっているが、薫が衝撃波を当てる率も高くなってきた。

「結構な勝負になってきたな」

 マリンガは体力の衰えを感じてきたのか、自らの動きが少しだけ鈍くなっているように感じていた。そこにジョフレが放った一矢が、マリンガの足をとらえた。

「なんてこった」

 一番の武器である機動力を攻撃されたマリンガの動きが更に鈍くなった。そこへ薫は衝撃波を打ち込んだ。マリンガのセキュリティをあと一撃で破ることができる。

 そんな時であった。

 フレイジャーの攻撃が薫の腕をとらえた。それにより衝撃波を打つタイミングが一瞬遅れた。マリンガは何とか足の痛みを堪えて動き、衝撃波を避けると、フレイジャーに続くように薫へと近寄ってきた。二人の同時攻撃を避けることができない。薫が覚悟した時であった。

 ジョフレがその間へと立ちはだかった。それによりマリンガとフレイジャーの攻撃は、ジョフレの首と腹に突き刺さった。

「ジョフレ」

 思わず薫の悲痛な声が飛んだ。ジョフレは首から鮮血を噴出しながら薫を振り返った。

「薫、こいつらを何とかしろ」

 ジョフレはできる限りの力で二人を抱え込もうとした。しかしフレイジャーは力任せにそこから抜け出した。

 ジョフレの言葉に押されるように完成された衝撃は、押さえつけられているマリンガへと当たった。それにより全てのセキュリティが無くなったことを薫は確認し、マリンガの動きを止めるコードを打ち込み、攻撃を加えた。

「なんてこった」

 マリンガは先ほどの弓の攻撃とは関係なく、自らの足が動かなくなったことを確信した。

「マリンガがやられたとなったら、セキュリティを上げることを考えるよりも、とりあえず修正者を消すことを考えるか」

 フレイジャーは再びジョフレの腹を、今までにないくらいに深くナイフで突き刺した。それと共にジョフレが口から血を吐いて倒れた。虫の息になっているジョフレは小さく

「薫、あとは頼んだぞ」

 と呟いた。だが薫にその声は届くことはなかった。けれども気持ちは同じであった。目の前にいる使徒は後一人、フレイジャーだけだ。しかし薫はフレイジャーの攻撃をギリギリでかわすのが精一杯であった。

 フレイジャーは薫を殺すことによって修正者を消すことしか考えてはいなかった。そんなフレイジャーに衝撃波を与えるためのコードを打ち込むことすら、薫にできる余裕はなかった。圧倒的に不利な状況である。

 どうしたらいい。格闘の経験のなさが薫を苦しめることになった。フレイジャーは薫を切り裂くが、致命傷にはいたらない状況が続いた。

 一思いに、フレイジャーが覚悟を決めて飛び込んだ時であった。フレイジャーの後方から衝撃波が飛んだ。それを受けたフレイジャーが攻撃を止め、振り向いた。

「なんだ、他の修正者が加勢に来たのか」

「湯田さん」

 その視線の先には湯田が立っていた。湯田はキーボードを叩く手を止めずに、再び衝撃波を放った。それは性格にフレイジャーを捉えた。

 なぜこの場に湯田がいるのか、薫には見当もつかなかった。しかし

「宝田さん、早くバグを修正しよう」

 薫は湯田の言う言葉に、すぐに反応した。

 前後からの二人の衝撃波を避け切れることもなく、フレイジャーのセキュリティは明らかに弱体化してきていた。そして湯田の一撃が当たった時に、薫はフレイジャーの頭上にあるセキュリティのソースが消えたことを理解した。そして使徒としてのバグの修正もすぐに終了した。

 フレイジャーはそれを感じたのか、天を見上げて立ち止まった。

「俺の使徒としての能力もこれで終わりか……」

 そっと呟いてから、動かなくなっているマリンガのそばへと近寄った。

「駄目だったか」

「そうだな。使徒としての能力を失った状態で、あいつらをやる気もなくなったよ」

 そう言うとフレイジャーは手にしていたナイフを投げ捨てた。

 それを見た薫は倒れているジョフレの元へと近づいた。使命を全うしたという安堵の表情が浮かべられているように感じられるジョフレの顔を見て、薫は涙することしかできなかった。

 湯田がそんな薫の肩を抱いた。やっと気持ちを切り替えて薫は、形見となってしまったジョフレの弓を手に取った。そして一つの疑問が浮かんできた。それは、なぜこの場に湯田が現れたのかというものであった。だが湯田はその問には答えなかった。

「これで使徒の数が減ったか」

 湯田は自らの使命の事だけを語った。

「使徒の数は減りました。しかし修正者の数も……。

 それにしてもなぜ湯田さんがこの場に……」

 湯田は先ほどから疑問を抱える表情を見せていた薫に、静かに話はじめた。

「修正者の中では、私の目覚めが一番遅かったみたいだな。

 ずっと自らの中にあった違和感と向き合った時に、ふと宝田さんと椛島が戦った場所へと行ったのだ。そこで自らの存在に気がついた」

「修正者としての自分に、ですか」

「ああ」

 湯田は静かに首を縦に振った。

 そんなやり取りをしている二人に、マリンガとフレイジャーが近づいてきた。マリンガはまだ動けない状態にあるようで、フレイジャーの肩を借りてであった。

「私たちが敗れ、使徒の数は五人になってしまったようだな」

 フレイジャーが疲れ切ったような表情を浮かべ、マリンガと共にその場へと座りこみ、不意に語った。

「そして修正者の数は四人か」

 湯田がゆっくりとした言葉を返した。

「とは言っても使徒の全てが揃ったわけではないが……」

 マリンガはフレイジャーの横で湯田を見上げて言った。その視線を見ていると湯田は、薫と出逢った時のような大気のうねりを感じていた。自らの存在を知った今でも、この新たなうねりが何を意味しているのかはわからなかった。しかしマリンガは湯田の存在に対して、何か得体の知れない感覚を受けた。

「君たちはなぜお互いの数を知っているのですか」

「さあな、何だか知らないがわかるんだ。そして最後の時が近づいてきていることも」

 フレイジャーが脱力するようにしながら質問をした薫へと答えた。

「ここまで明確に見えてくるものがあると、最後の審判が近づいているようだな」

 マリンガがフレイジャーの最後の時、という言葉に付け加えるように言った。

「最後の審判……」

 薫は自らが知らない言葉に反応した。彼らがもう戦う気がないようなので攻撃などに備える事もなく、そのような言葉の意味を知りたいと感じていた。

「そう、創生者が作ったこの世界に誕生した使徒と修正者……。

 どちらかが勝つことによって、創生者が作ってきた世界を修正するべきか、それともこのままの世界を肯定するべきか、それが最後の審判だ」

 マリンガが悟っているように答えた。

「そうなのか……俺はただ与えられた使命をこなすためだけで、そんな考えを持つことはなかった」

 薫は受動的な自らの考えを少しだけ恥じた。修正者も使徒も、どちらが良いとか悪いとかの話ではなかった。ただ百合がするべきであった使命を、引き継いだ自らが叶える。それによって百合が成仏できると考えているだけであった。

「まあ、俺たちだってそんなものさ。

 自らの存在を否定してしまったら、針の穴ほどの小さな疑いを持ってしまったら、実際に人間という存在そのものが消滅してしまう。そんな風に思ったからこそ、課せられたことを遂行しようとしただけだ」

 フレイジャーは思わず笑みを浮かべた。そして倒れたまま動く事のないジョフレの遺体を見た。

「あいつに恨みなんて一切ありはしない。

 だがな、人間の存在を疑わないためには、俺たちは戦うしかなかったんだよ。

 まあ使命どうこうなんて言っても、人を殺したということには変わりはないけれどな」

 後悔をしているわけではない。フレイジャー自体も受動的に、背負わされた人生の中で生きる以外の道を見つけることができなかったのだと薫は思った。

「まあ運命という物に対しては、抗えないものなのかもしれないな」

 湯田が思わずフレイジャーを見下ろした。フレイジャーはその時に、マリンガが持ったような、得体のしれない感覚を湯田に覚えた。

「君たちはこのまま生きるといい。

 そして最後の審判を終えた世界を、しっかりと確認するといい」

 フレイジャーもマリンガもその言葉に何も言い返すことはなく、ただただ頷いた。

 自分たちが変えたくなかった未来がくるのか、それとも変わった世界がそこに存在するのか……。使徒としての能力が無くなった今、来たるべく未来を受け入れることしかできないことを二人は理解していた。

「さあ、宝田さん、ウインザーの元へと帰ろう」

「帰ると言っても、どうやって」

 転送装置で送られてきた自分がどのように帰るかなど考えていなかった薫は、ジョフレがいなくなった今、この後どうすればよいのかわからないでいた。だが湯田は全てを見透かしているかのように、笑顔を見せた。

「大丈夫、最後の審判が近くなったおかげで、私たちの能力も強くなっているんだよ」

 湯田はそう言うと浮遊石を握りしめた。それはゆっくりと光りはじめ、共に薫の浮遊石も反応するように光りはじめた。

「湯田さん、ちょっと待って、せめてジョフレも一緒に」

「大丈夫、ジョフレの浮遊石も反応するはずさ」

 その湯田の言葉の通り、ジョフレの浮遊石も反応しはじめた。そしてその光りは三人を包み込んでいった。あまりの光りの強さに、フレイジャーもマリンガも目を閉じた。そして目を見開いた時には、三人の姿はもう二人の前にはなかった。

「なあフレイジャー」

 身体が自由に動くようになったマリンガが空を見上げてふと呟いた。それにつられるようにフレイジャーも空を仰いだ。

「俺たちの戦いは、いったいどこに正義があるのだろうな」

 感傷に浸るようにマリンガが寂しく呟いた。

「さあな、ただ創生者が最後の審判を、自らではなく最終生物として世界を牛耳るようになった人間に委ねただけさ」

「そうか、結局はバグと共に、自らの力が及ばなくなった世界を、人間に委ねたのか」

「ああ、そう考えれば何だか莫迦莫迦しい感じだが、結局俺たちはそれを受け入れるしかなかったんだな」

 何となく虚しい視線を、二人は青い空へと向けることしかできなかった。

そしてやがて行われるであろう、最後の審判を見守ることしかできないと……。

「それにしてもあの老人は……」

どちらともなく、そんな言葉が呟かれた。


 コンピュータールームの中に突如、大きな光りが入り込んできた。

 ロメロは何が起きたかわからずに、その光景を見守った。しばらくすると光りが収まり、薫たちの姿が浮かび上がった。

「ただいま」

 薫が気落ちするようにロメロに帰還を告げた。血まみれになってはいるが致命傷ではない薫を見て、命に別状はないとロメロはほっと胸をなでおろした。しかしその後ろに横たわっているジョフレの遺体を確認した時に、コンピュータールームのモニター越しに消えた修正者の生命反応がジョフレであった事を再認識し、唇を噛むことしかできなかった。だがそれと共に使徒が二人消えたことも理解していた。

 ウインザーは先ほどの異変に気が付いたのか、シェフチェンコと共にコンピュータールームへと走りこんできた。そこで湯田の姿を見て、驚きを隠せずに言葉を失った。

「ウインザー、自分でも驚いたよ、私が修正者だったということに」

 その言葉に反応するようにウインザーはやっと言葉を出した。

「そうでしたか、私が湯田さんに惹かれるものがあったのはそのせいだったのですね」

「だろうな。宝田さんを転送する時に気が付いていれば、もっと何かができたのかもしれないのに……すまない」

 湯田は倒れているジョフレの遺体を見ていった。ウインザーは湯田に気を取られていたのか、その視線を追った先を見て、ジョフレの死を確認した。そこに薫が申し訳なさそうに近づいた。

「ウインザー、申し訳ない。俺にもっと力があったらジョフレは死なずに済んだのに」

 肩を落とす薫に、ウインザーはそっと言った。

「それは仕方がないことです。

 使徒を倒すためにジョフレも承知で戦いの場に行ったのですから」

 薫はそのウインザーの言葉を受け止める以外はなかった。実際に戦いに死はつきものである。もしもジョフレが亡くなっていなければ自分が死んだのかもしれない。それを考えると、生き残った自分がジョフレの分も戦わなければならない、という思いを胸に秘める事しかできなかった。

「ウインザー、妙な反応があるのですが……」

 モニターに映し出された気配を感じたロメロが声を上げた。その場に居合わせた五人が巨大な画面に目を移した。

「これはチベットの辺りですね」

 ウインザーが反応のあった世界地図の位置を確認した。

「もしかして、ここに最後の使徒がいるのかも……」

 湯田が何かを感じたのか声をあげた。その言葉に反応するように、皆が顔を見合わせて、その地図に釘付けになった。

「湯田さん、できれば最終のバグの解析をやっておきたいのです。

 ロメロと私と三人で最終解析をやってもらえますか」

 ウインザーが湯田に声をかけた。湯田は無言で頷いた。

「じゃあ三人が残るという事は、俺の出番かな」

 今まで控えていたシェフチェンコが気合を入れるように言った。

「そうですね。薫と二人で行ってもらってもいいですか」

 ウインザーがシェフチェンコに向き直って言った。

「俺が格闘をして、薫がバグを修正するってことでいいのかな」

「はい、万全を期して迎えたいと思うのですが、薫は平気ですか」

 ウインザーは致命傷ではないにせよ、傷を負っている薫に確認をした。

「ああ、この程度の傷で止まっていたら、ジョフレに何を言われるかわからないからな」

 薫は決意を秘めた表情を見せた。今回もまたバグの修正という後方支援のような戦いになる。シェフチェンコをジョフレの二の舞にさせないためにも薫は気合を入れ直した。

「大丈夫、俺が何とかするので」

 シェフチェンコは格闘術に長けている自らの力を示す時だと思っていた。薫はその自信にかけてみようとした。そして短く答えた。

「頼む」

「ただ薫は帰ってきたばかりで転送能力がまだ回復していないだろうから、少ししてからのほうがいいだろう」

 ロメロが呟いた。そこには少しでも薫の治療をする時間も含めての考えであった。

「わかった、応接室で少し休んでからにしよう。準備ができたら声をかけてください」

 シェフチェンコがそう言って薫と共にコンピュータールームを出ていった。

「さて、それでバグの解析はどこまでいっているんだ」

 湯田はコンユーターに向かいあっているロメロに尋ねた。

「創生のバグの最終解析をしている最中です。

 どの時代からバグを修正していくことが最適か……。

 その上で今後の世界がどのようになって行くのかを調べています」

「それによって人間はどうなるのかもわかっているのか」

「創生者が望んでいるバグを修正した時に、人間という存在の中で、特異なバグを持つ人たちの数は圧倒的に減る予定です。今よりも個々の能力の差はなくなります」

「そうか、それによって寄り添うように生きる人々が多くなれば、今の時代よりも平和という文字が続くことになるのだろうな」

「平等な能力になることによって、自らの優位性だけで走る人間は少なくなるのでしょうね」

 ウインザーが二人の会話に入ってきた。そして懸念の部分を続けるように言葉にした。

「ただ平和というのは人間たちの中だけで、他の生き物の事も考えなければならないでしょう。

 今の社会と異なり、実際の食物連鎖上では人間は下位に近い存在でしょう。知恵によって得た武器や罠などを使うことによって、食物連鎖の上位に来ているわけですから、それが衰える可能性を考えないといけないですね」

「そこまでの人間の能力低下を起こさないように修正するのも、我々修正者たちの役目なのかもしれないな」

 湯田がウインザーの不安の種を消すように言った。

「私もそう思います。修正者は使徒を倒すという目的以外に、創生者が作ったプログラムを、現状をどのように守りながら修正していくか、それが本来の目的のような気がします」

 創生のプログラムに一番かかわってきたからこそ創生者の意思がわかるのか、ロメロは戦いの後の、更なる使命を念頭に置いて発言をした。

「そう考えると、使徒との闘いは、巨大な創生のプログラムに向かうための試練のようなものだという事なのでしょうね」

 ウインザーが自分たちの使命を納得するように理屈をこねた。

「そうでしょうね。

 さてウインザー、ここにいるあなたの会社の従業員、もう元の仕事へと戻しても平気でしょう」

「そうですね、湯田さんという力強い味方も来たことですし、あとは私たち三人で、プログラム修正の対応を考えましょう」

 ウインザーはそれだけをと言うと、社員たちを元の仕事へと復帰させるための段取りを取るために、コンピュータールームを出て行った。

 それを見た湯田はロメロの横へと座り、浮遊石から浮かび出たキーボードを叩きながらロメロが今まで行ってきた解析を確認しはじめた。


 シリウスのいる聖堂に、アーナンダとジャックリーンが控えていた。

「シリウス様も理解していると思われますが、重要な使徒が見つかりました」

 アーナンダが静かに言葉を発した。シリウスはそのアーナンダを振り返ることもせずに、直接意識に「わかった」とだけ告げた。

「ジャックリーン、シリウス様と共に向かってください」

「わかりました」

 ジャックリーンはアーナンダの言葉を受け、シリウスの背中へと頭を下げた。

シリウスは振り返ることもせずに扉へと向かい歩きはじめた。ジャックリーンは無言でその足取りを追った。

 聖堂の扉が開けられると、まばゆい光りが入り込んできた。先はその強い光りによって何も見えないような状態であった。そこに臆することもせずシリウスはゆっくりと足を踏み出した。ジャックリーンもその後に続くように光りの中へと消えていった。

 そして一瞬で空間を飛び越えてシリウスたちが来た小さな集落は、当局から逃れてきた者たちが肩を寄せ合うように生きている場所であった。

「シリウス様、ここは」

「アーナンダが言っていた重要な使徒いる場所だ」

 シリウスはあたりを見渡すこともせずに、行先がわかっているのか、迷いもせずに歩き始め、一軒の家の前へと進んだ。

「ここに重要な、最後の使徒がいるのですか」

 ジャックリーンが何となく人の気配を感じた時であった。家の中からたくましい肉体の男が現れた。そして突然の訪問者を怪しがることもせずに、シリウスへ頭を下げた。

「神の使者の方ですか」

「さあ、神かどうかはわからないがな」

 シリウスが淡々と答えた。

「そうですか、ただあなた方が来ることはわかっていました。

準備はもうできています」

「そうか、ならば話は早い」

 男はシリウスの言葉に頷くと、家の中へ二人を招き入れた。その中は簡素な住居というよりも、テントに近いものであった。そこに座っているのは男の妻なのであろう。胸に乳飲み子を抱えたまま、シリウスを見ると立ち上がった。

「妻も私も、自分たちの使命を理解しています」

 男の言葉に合わせるように妻は覚悟を決めている、というように頷いた。 

「そうか、では私の目的もわかっているのだな」

「はい」

 妻は覚悟をした視線をシリウスへと突き立てた。だがその覚悟とは違った感情が涙を誘発し頬を濡らした。その感情は更に唇を強く噛ませた。対照的に緩く乳飲み子を抱えている手は、そっと前へと伸びた。

 その行く先はジャックリーンの前へと出され、自らが抱えた乳飲み子を差し出した。

「ジャックリーン」

 シリウスの言葉を受けて、ジャックリーンが乳飲み子をそっと受け取り、胸の中へと引き寄せた。乳飲み子は母と似た胸のふくらみに安堵を感じたのか、笑みを表情へと出し、目を見開いてジャックリーンに不思議な視線を向けた。

「先日、私と妻は、啓示を受けました。

やがて訪ねてくる人たちに、この子供を託すという啓示を……」

 男は涙を流す妻の肩を抱いた。啓示とは言え、子供がいなくなる妻の寂しさを思っての事であった。妻は頬を流れる液体を拭い、夫である男の優しさを感じ、強く頷いた。

「私は、子供との血の繋がりよりも、神との繋がりを求めました。

神は母である私に対しては残酷でした。しかしながら世の為を思い、息子テンペをあなたたちに託すのです」

 ジャックリーンに抱えられているテンペの頭を、妻は愛おしむ表情で撫でた。そこに温もりを感じてなのか、テンペは嬉しそうな表情を返した。

「君たちは、神を万能だと思っているか」

「もちろん」

 シリウスの言葉に男は即答した。万能の神だからこそ、現在の世界を肯定しているのであった。この男は自分たち使徒と同じ考えを持っている。だからこそ息子をシリウスに託したのだ。

「テンペは必ず役に立ちます。私の息子ですから」

 妻は強く首を縦に振った。子供を産んだことのないジャックリーンでさえも、同じ同性として親子の繋がりを理解できるようであった。

「ではこのテンペという子供を預かっていこう。必ず万能である創生者の役に立てるだろう」

 シリウスはその言葉だけを残すと、住居から出た。ジャックリーンは妻の顔をしっかりと見てから頭を下げ、シリウスを追った。

「あの子が、テンペがしっかりと使命を果たせますように」

 二人は手を組み、自らが信じる神へと祈りを捧げた。


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