第9話:失われた言語の解読
ライオネル侯爵をはじめとする宮廷の影が迫る中、リリアーナは図書館に閉じこもり、ひたすら『パリンプセストの書』を読み解くための「真名誓約」を探し続けた。
アルフレッドもまた、執務の合間を縫って彼女の元を訪れ、その作業を静かに見守っていた。
「焦る必要はない。だが、時間もない」
アルフレッドは、リリアーナの隣に座り、そう呟いた。
彼の言葉は、彼女の心を落ち着かせる反面、迫りくる危機を現実のものとして感じさせた。
リリアーナは、これまでに解読したすべての資料を広げた。
魔法陣の設計図、古代の呪文、そして、この世界のどの学者も知らない「古典語(ルーメ語)」の断片。
それらを一つに繋ぎ合わせる。それは、まるで、バラバラになったパズルのピースを、ただ一つの完成図を信じて探し続けるようだった。
彼女は、前世で学んだ司書の知識を総動員した。
図書館には、古典語(ルーメ語)に関する書物も、いくつか残っていた。
それは、この世界の人々にとっては意味のない記号の羅列に過ぎないが、リリアーナにとっては、何よりも貴重な宝物だった。
「この文字は……」
リリアーナは、ある書物の一節に目を留めた。
それは、過去の魔法使いが記した日記だった。
その日記には、魔法を操るためには、特定の音を出すことが重要だと記されていた。
──「古典語(ルーメ語)は、ただの言葉にあらず。それは、声に出すことで、微弱ながら魔力を帯び、魔法への門を半開きにする」
その一文を読んだ瞬間、リリアーナの頭の中に、稲妻が走った。
彼女は、これまで解読してきた文字を、一つずつ声に出してみた。
最初は、ただの音の羅列だった。
だが、何度か繰り返すうちに、ある紙片がほの白く光った。過剰に発声すると、喉に軽い痛みを感じる。
「喉が……。この言葉は、ただの言葉ではないのですね」
リリアーナは、興奮してアルフレッドに告げた。
アルフレッドは、彼女の言葉に、深い灰色の瞳を大きく見開いた。
「発声することで魔力を帯びる、か。そして、喉が痛むのは、その代償だ。君は、一つの魔法を起動させようとしている」
彼は、彼女が声に出した音の羅列を聞き、助言を与えた。
「その音は、もう少し高く、響かせるように。そうすれば、より共鳴する」
リリアーナは、その日から、古典語(ルーメ語)の解読に全力を注いだ。
彼女は、前世の知識を活かし、音と文字を繋ぎ合わせ、魔法の言葉を一つずつ蘇らせていく。
それは、決して平坦な道ではなかった。何度も失敗し、挫折しそうになった。
だが、その度に、アルフレッドが静かに彼女を支えた。
「君の知恵が、この図書館を、そしてこの世界を救う」
彼の言葉が、彼女の心を奮い立たせた。
そして、ついに。
リリアーナは、すべての断片を繋ぎ合わせ、一つの文章を完成させた。
それは、この『パリンプセストの書』を開くための、特別な「真名誓約」だった。
「これを、声に出せば……」
リリアーナは、震える手で『パリンプセストの書』を抱きしめた。
今、彼女の手の中にあるのは、ただの古書ではない。
それは、世界の真実を解き明かすための、最後の鍵だった。
キャラクター紹介(第9話時点)
リリアーナ・ヴァリエール:
貧乏貴族の令嬢。アルフレッドに支えられながら、古書に記された「古典語(ルーメ語)」の解読に挑む。前世の知識を活かし、その言語が魔法を操るための鍵であることを発見する。
アルフレッド・レノックス:
若き宰相。リリアーナのそばに寄り添い、彼女の作業を静かに見守る。彼女が解き明かした真実が、自身の過去と深く繋がっていることを確信する。