第8話:宮廷の影
リリアーナが『パリンプセストの書』を発見してから、図書館の雰囲気はそれまでとは一変していた。
それまでは静かで穏やかな時間が流れていたが、今は真実を解き明かすための、張り詰めた緊張感が漂っている。
アルフレッドは公務を終えると、まっすぐ図書館へと向かい、リリアーナと共に『パリンプセストの書』を前に、様々な可能性を探っていた。
「やはり、この書を開くには、魔法の力が必要なのかもしれません」
リリアーナは、解読した魔法陣の知識を元に、仮説を立てた。
アルフレッドは短く顎を引いた。
「この書物が、魔法が失われた原因が記されているものだとすれば、理にかなっている」
二人は、これまで解読してきた古典語(ルーメ語)や魔法陣を、一つずつ繋ぎ合わせる作業を始めた。
それは、まるで巨大なパズルを組み立てていくようだった。
リリアーナの持つ前世の知識と、アルフレッドが持つこの世界の歴史や紋章の知識が、見事に噛み合っていく。
「宰相閣下。この紋章は、宮廷の重鎮である、ライオネル侯爵家の紋章に似ていますね」
リリアーナは、ある魔法陣に描かれた紋章を指差した。
アルフレッドは、その紋章をじっと見つめ、眉をひそめた。
「ライオネル侯爵……。彼は、過去の事件に関与していたと噂されている」
二人が真実に近づくにつれ、図書館の周辺に怪しい影が忍び寄っていることに、アルフレッドは気づいていた。
彼は、図書館の窓に、微かな魔力を込めた。見えない結界を張り、外部からの監視を遮断するためだ。
さらに、図書館の扉に、誰もいないように見せかける偽装の魔法を施した。
だが、これらの結界は、一晩限りの効果しか持たず、使用者のアルフレッドに倦怠感を残すものだった。
彼は結界を張り終えると、疲労でわずかに手が震え、顔色が悪くなっていた。
その日の深夜、アルフレッドは図書館の窓から、庭を監視する人物の影を見た。
それは、宮廷の重鎮たちが雇った、私兵のようだった。
「……やはり、気づかれたか」
アルフレッドは、短く呟いた。
彼らがこの図書館の書物、そしてリリアーナの持つ知識に興味を抱き始めているのだと、彼は直感した。
翌日、アルフレッドは図書館でリリアーナと向き合った。
「リリアーナ。君は、真実に近づきすぎている。ライオネル侯爵をはじめとする宮廷の重鎮たちが、君の動きを監視し始めている」
リリアーナは、アルフレッドの言葉に驚き、顔を青くした。
「どうして……?」
「おそらく、彼らはこの図書館に眠る真実を知っている。そして、それが公になることを恐れている」
アルフレッドは、リリアーナの肩に手を置いた。
「君の身に危険が及ぶ可能性がある。私は、君を危険な目に遭わせるわけにはいかない」
彼の言葉には、彼女を心から案じる気持ちがこもっていた。
リリアーナは、アルフレッドの優しさに胸を打たれ、だが、首を横に振った。
「宰相閣下。私は、怖くありません。この図書館に眠る物語を、最後まで見届けたいのです」
彼女の強い眼差しに、アルフレッドは何も言えなかった。
彼は、彼女の持つ芯の強さを知っていた。
だからこそ、彼女を一人にすることはできない。
「ならば、私は君を守ろう。君が真実を解き明かすまで、何があっても」
アルフレッドの言葉に、リリアーナは短く頷いた。
二人は、知らず知らずのうちに、宮廷の巨大な陰謀に巻き込まれていた。
そして、その陰謀が、彼らの平穏な日常を、静かに脅かし始めていた。
キャラクター紹介(第8話時点)
リリアーナ・ヴァリエール:
貧乏貴族の令嬢。アルフレッドと共に『パリンプセストの書』の解読を進めるうちに、宮廷の陰謀に気づき始める。危険を恐れず、真実を解き明かすことを決意する。
アルフレッド・レノックス:
若き宰相。リリアーナが真実に近づくにつれ、宮廷の重鎮たちが彼らの動きを監視し始めていることに気づく。リリアーナの身を案じ、彼女を守ることを決意する。
ライオネル侯爵:
宮廷の重鎮の一人。過去の「魔術師殺し」の事件に関与していたと噂されている。