第6話:宰相の過去
リリアーナが魔法の痕跡を解き明かし始めた頃、図書館に滞在するアルフレッドの時間は、これまで以上に長くなっていた。
彼は、リリアーナの作業を静かに見守るだけでなく、彼女が解読した内容について、自身の持つ知識を交えながら語り合うようになっていた。
ある晩、リリアーナは、アルフレッドに温かい紅茶を淹れた。
彼は、執務室から持ってきた書類の山を片付けた後、ほっと一息ついた。
「感謝する」
アルフレッドは、冷たい美貌を少しだけ和らげ、紅茶の香りを深く吸い込んだ。
「宰相閣下。以前、この図書館に過去の事件の真相が隠されていると仰っていましたが……」
リリアーナは、ずっと聞きたかったことを尋ねた。
アルフレッドは、紅茶のカップを両手で包み込み、遠い目をする。
「……十年前、この国で『魔術師殺し』と呼ばれる事件が起きた」
彼は静かに語り始めた。
その事件は、魔法が忘れ去られた時代に、再び魔法を蘇らせようとした魔術師たちが、何者かの手によって殺されたというものだった。
彼らの運動は、急速に支持を集め始めた。だが、ある日を境に、指導者たちが次々と不審な死を遂げ、あっという間に組織は瓦解した。
アルフレッドは、その事件で大切な人を失ったのだという。
「私が『魔術師殺し』と呼ばれるようになったのは、その事件の首謀者を追っているからだ」
リリアーナは、彼の言葉を静かに聞いていた。
アルフレッドは、その事件の真相を解き明かし、二度と悲劇が繰り返されないよう、宰相として尽力してきたのだと語る。
彼は懐から、小さな銀色のブローチを取り出した。
それは、彼が常に身につけている、真名が刻まれた母の遺品だった。
彼はそのブローチを、痛ましげに指でなぞる。彼の指先は、微かに震えていた。
「これは、真名を刻むための器だ。母が、私に残してくれた唯一の遺品だ」
「私は、権力や名声には興味がない。ただ、真実を明らかにしたいだけだ」
彼の言葉には、深い使命感と、そして何よりも深い孤独が滲み出ていた。
幼くして才能を開花させ、若くして宰相の座に就いた彼には、心を開ける相手がいなかったのだろう。
リリアーナは、彼の心の奥底に潜む傷を知り、静かに胸を痛めた。
「この図書館に眠る書物には、過去の事件の真相が隠されているかもしれない。そう信じて、私はここに来た」
アルフレッドは、紅茶を一口飲むと、リリアーナの顔をじっと見つめた。
「そして、君は、私の期待を遥かに超えてくれた」
リリアーナは、顔を赤らめた。
「もったいないお言葉です。私は、ただ本を愛しているだけで……」
「それこそが、君の特別な才能だ。そして、その才能が、この世界を変えるかもしれない」
リリアーナは、アルフレッドの言葉に、胸が熱くなるのを感じた。
彼は、彼女の持つ知識を、単なる「チート」としてではなく、この世界を救うための「力」として見てくれている。
その日、二人の間の距離は、さらに縮まった。
寡黙な二人は、言葉を交わすよりも、お互いの存在を静かに感じ取ることで、深い信頼関係を築いていく。
リリアーナは、アルフレッドの心の奥に潜む孤独と、彼が抱える過去の傷を知った。
そしてアルフレッドは、彼女のひたむきな知性と、優しさに、静かに心を奪われていく。
これは、ただの知識の共有ではない。
それは、孤独な二人の魂が、互いに寄り添うことのできる場所を見つけた瞬間だった。
キャラクター紹介(第6話時点)
リリアーナ・ヴァリエール:
貧乏貴族の令嬢。アルフレッドとの会話を通じて、彼の冷徹な外見の裏に隠された過去の傷と、深い孤独を知る。彼の使命感に共感し、力になりたいと願うようになる。
アルフレッド・レノックス:
若き宰相。リリアーナに自身の過去を少しずつ明かし始める。彼が「魔術師殺し」と呼ばれるようになった理由と、失った大切な人の存在が明らかになる。リリアーナのひたむきな知性に救いを感じるようになる。