第5話:秘されたる魔法の痕跡
アルフレッドとの静かな交流が続く中で、リリアーナは古書の修復にますます熱中していた。
特に、彼が持つ深い知識は、彼女の作業を大きく助けてくれた。
ある日のこと、リリアーナは、アルフレッドに助言を求めた。
「宰相閣下。この書物に記された、この模様は何だかお分かりになりますか?」
彼女が差し出したのは、昨日発見した、複雑な線が絡み合った模様が描かれたページだった。
アルフレッドは、そのページをじっと見つめ、静かに答えた。
「これは、魔法陣だ」
リリアーナは、驚いて息をのんだ。魔法陣。
この世界では、もはや伝説と化したもの。
「……やはり、そうでしたか」
「君は、これの解読を進めているのか?」
アルフレッドの瞳が、僅かに輝いたように見えた。
「はい。この模様は、ただの装飾ではないと感じました。ですが、解読の手がかりが少なくて……」
アルフレッドは、リリアーナの言葉に、わずかに口元を緩めた。
「ならば、これを試してみてはどうか」
彼は、懐から一枚の古びた羊皮紙を取り出した。
「これは、過去の事件で押収した書物の写しだ。閲覧許可は降りていないが、私なら見ることができる」
その羊皮紙には、二重書写(パリンプセスト的)の痕跡が残されており、魔法陣と、その下にうっすらと別の文字が浮かんでいた。
「これは?」
「かつて、王族に伝わる古文書にあったものだ。魔法を操るための、基本的な紋章だと記されていた」
リリアーナは、羊皮紙を受け取り、古書と見比べる。
すると、なるほど、この羊皮紙の紋章が、古書に描かれた複雑な魔法陣の基礎となっていることが分かった。
「これを元に、一つずつ紐解いていけば、解読できるかもしれない」
リリアーナの目が輝き、作業台に向き直った。
アルフレッドは、そんな彼女の姿を静かに見つめている。彼女の知的好奇心と、ひたむきな姿に、彼は次第に心を惹かれていた。
リリアーナは、アルフレッドの助言を得て、古書に隠された魔法陣の謎を解き明かし始めた。
それは、ただの知識の探求ではなかった。
魔法陣を解読していくうちに、彼女は、そこに記された「古典語(ルーメ語)」が、単なる古代の言葉ではないことに気づいた。
それは、特定の音や、特定の周波数を持つ言葉。かつて、魔法を操るために使われていた、重要な鍵だった。
そして、魔法陣と古典語(ルーメ語)が示すものが、次第に明らかになっていく。
それは、魔法の力が、ある日突然失われたのではなく、意図的に抹消された証拠だった。
「……誰が、何のために……」
リリアーナは、ノートに書き写した文字を前に、静かに呟いた。
その言葉を聞いたアルフレッドの目が、鋭い光を放つ。
「君が知りたいのは、その理由か?」
「はい。もし、これが真実なら、この図書館の書物だけではなく、世界中の魔法の知識が、誰かの手によって消されたことになります」
リリアーナの言葉に、アルフレッドは短く頷いた。
彼は、彼女が真実に近づいていることを確信した。
そして、その真実が、自身が追い求める「魔術師殺し」の真相と繋がっていることも。
「君は、危険な道に足を踏み入れた」
アルフレッドは、冷たい声で言った。
彼の瞳の奥には、過去に大切な人を失った悲しみが揺らいでいた。
「真実を追うことは、人を犠牲にすることにも繋がりかねない。それでも、君は進むのか?」
「ですが、私は知りたいのです。この図書館に眠る物語を、すべて」
リリアーナは、真っ直ぐな瞳で彼を見つめた。
彼女のその強さが、アルフレッドの心を静かに揺さぶった。
知の探求に夢中になるあまり、リリアーナは激しい喉の渇きと、軽い頭痛を覚えていた。
古書の解読には、魔力的な代償を伴うことを、彼女はまだ知らなかった。
だが、その微かな違和感こそが、この先待ち受ける、大きな謎の序章だった。
二人は、それぞれが持つ知恵と、探求心という共通の「鍵」で、この図書館に秘められた真実の扉を、少しずつ開けていく。