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第4話:寡黙な二人の交流

 アルフレッドが図書館を訪れるようになってから、二週間が経った。

 彼は毎日、日没が近づく頃に現れ、公務で疲れた様子を一切見せずに、静かに書架の間を歩き回った。

 リリアーナは、彼の存在に慣れ、もう驚くこともなくなった。


 彼は言葉少なく、常に冷静沈着だ。

 感情を表に出すことはほとんどない。


 リリアーナもまた、寡黙な性格だった。

 人付き合いは得意ではない。幼い頃から、本の世界に没頭してきた。

 だから、二人の間に交わされる会話は、いつも必要最低限のものだった。


「この書物には、何か手がかりは?」


「いいえ、まだ。文字が掠れていて、解読に時間がかかっております」


 そんなやり取りが、何度か繰り返された。

 しかし、その簡潔な言葉の裏には、互いの知的好奇心と、書物への深い敬意が隠されていた。


 ある日、アルフレッドは、リリアーナが修復中の古書を覗き込んだ。

 彼女は、古典語(ルーメ語)で書かれた部分を、前世の知識を頼りに解読しようと試みていた。


「これは……」


「はい、この世界の言語ではないようです。文字の形から察するに、遠い東の国の言語に似ているのですが……」


 リリアーナは、言葉を選びながら答えた。

 この世界の誰もが知らない、彼女だけの知識だ。それを誰かに話すのは、少しだけ勇気がいることだった。


 アルフレッドは彼女の言葉を遮ることなく、じっと耳を傾けた。

 彼女が解読した文字に指を這わせる。


「ここだ」


 彼の指が、ある文字を指し示す。


「この文字は、この国の古い紋章に使われている。意味は『真実』」


 そう呟いた瞬間、アルフレッドの頭に一瞬だけ鋭い痛みが走った。

 彼は無意識のうちに、懐に忍ばせた母親のブローチを触っていた。

 リリアーナは、その微かな動揺を見逃さなかった。


「あなた様は、なぜそんな知識を……?」


 アルフレッドは、リリアーナの視線に気づき、静かに視線をそらした。


「君の知識は、非常に興味深い」


 それだけを言うと、彼は再び書架の方へと向き直る。

 だが、その日のアルフレッドは、いつにも増して図書館に長居した。

 彼は、リリアーナが修復した本を手に取り、丁寧にページをめくっていく。


 そして、別の日のこと。

 リリアーナが作業台で糸を紡いでいると、アルフレッドが近くの椅子に腰を下ろした。

 彼は何も言わず、ただ、彼女の手元を見つめている。


「何か、お探しですか?」


「いや。ただ、君の作業を見るのは、心が落ち着く」


 リリアーナは、彼の言葉に驚いた。

 冷徹で、感情を表に出さないと噂されるアルフレッドから、そんな言葉が出てくるとは思わなかった。


 彼の視線の先にあるのは、ただの修復作業ではない。

 それは、失われた知を蘇らせる、創造的な行為だった。

 彼の心は、復讐という凍てついた感情に支配されていたが、彼女のひたむきな手つきは、その凍てついた心を溶かし始めていたのだ。


 二人は、言葉よりも、知識を介して心を通わせていた。

 リリアーナが持つ、この世界にはない「知」。

 アルフレッドが持つ、誰もが知らない「真実」への探究心。


「あなた様は、なぜこの図書館に……?」


 リリアーナは、意を決して尋ねた。

 アルフレッドは、遠い目をして、ゆっくりと口を開く。


「この図書館に眠る書物には、過去の事件の真相が隠されていると信じている。そして、その真相は……」


 彼の言葉は、そこで途切れた。

 だが、リリアーナは、彼の瞳の奥に潜む深い孤独と、悲しみを見たような気がした。


 寡黙な二人の間に、静かな信頼関係が芽生え始める。

 それは、言葉を必要としない、知と心で繋がった特別な絆だった。



キャラクター紹介(第4話時点)


リリアーナ・ヴァリエール:

貧乏貴族の令嬢。アルフレッドとの交流を通じ、彼の冷徹な態度の裏にある知的な好奇心と孤独に気づき始める。


アルフレッド・レノックス:

若き宰相。リリアーナの持つ知識に深く興味を抱き、頻繁に図書館を訪れるようになる。彼女のひたむきな姿に、心を許し始める。

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