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第37話:影の扉

 リリアーナとアルフレッドが結婚し、若い司書たちが加わった「王立魔法図書館」は、知と愛の光を取り戻しつつあった。


 そんなある夜半、新目録の統合作業の最終段階を二人が進めていると、図書館全体が微かに震え始めた。

 蔵書の総アクセス数が閾値を超え、その魔力の流れに呼応するように、主閲覧室の床に描かれた紋様が、淡い光を放ちながらゆっくりと回転を始めた。


 そして、紋様の中央から、漆黒の、何もない空間が姿を現した。

 それは、まるで闇そのものが凝縮されたような、人の背丈ほどの**“影の扉”**だった。


 空間全体に、人の声に似た紙擦れの音が響いた。


『永きにわたり、知の光を継承した者よ。我は、この書庫の主。今、第二の目録への通路を開く』


 声は、かつて二人に守護権を授けた「書庫の主」のものだった。


『この扉の向こうは、知の裏側、すなわち影の書庫アンダースタック。光の書庫が叡智えいちを増幅するならば、影の書庫は物語の残滓ざんしを封ずる。秩序なくして知は暴走する。故に、守護者たるそなたらに、三原則を問う』


 声は厳かに響いた。


 扉に浮かぶ三つの光の文字を、リリアーナは読み上げた。


「物語整合――虚構は事実を侵せない。真名保護――同意なき記録を禁ず。代償管理――使用前に上限申告、逸脱時は自動停止。」


『この三原則を理解し、実行する者でなければ、影の書庫の深淵に踏み入ることは許されぬ』


 扉の開扉条件である、三原則に基づく統合作業の監査ログ提出を満たした、リディアの監査ログが検知され、扉は三名を“適格”と判じた。


『故に、試練を乗り越えし者、すなわちリリアーナ、アルフレッド、そしてリディア、進むがよい』


 リリアーナとアルフレッドは、リディアに視線を向けた。彼女は、今も図書館で学びを続けていた。


 リディアは、緊張した面持ちで、しかし、決意を秘めた瞳で二人に頷いた。


 彼らが互いに顔を見合わせ、影の扉の向こうへと、一歩足を踏み出した。


 漆黒の空間が広がる影の書庫の最奥で、彼らは一冊の古書を見つけた。


 そのページは、白紙のままだったが、欄外に細い筆致で走り書きがあった。


『我が名は、エメリナ。このパリンプセストの未綴じ領域に真名を綴じ、その代償として知の番人となることを誓う』


 その瞬間、老司書の姿をした半透明な存在が、彼らの前に現れた。


「私は、この図書館の、古書の守護者。そして、お前たちと同じく、この書に真名を捧げた者」


 彼女こそ、十年前に行方を絶った司書、エメリナだった。


 エメリナは、消えかけそうになる自らの姿を、かろうじて保ちながら、一枚の破れた羊皮紙を提示した。


「この誓文が完成すれば、私は解放される。だが、そのためには、残り二枚の**欠頁けつぺいじ**が必要となる」


 リリアーナは、その羊皮紙に、アルフレッドが母から受け継いだブローチと同じ紋様が刻まれているのを見た。


 知を巡る物語は、過去の真実と、未来への希望が交錯する、新たな局面へと突入しようとしていた。

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