第33話:新世代の司書
リリアーナとアルフレッドが結婚してから数週間が経った。穏やかで満ち足りた時間が流れる中、二人は図書館の再建作業に没頭していた。かつて「呪われた場所」と呼ばれた建物は、二人の手によって、少しずつ愛と叡智に満ちた聖域へと姿を変えつつあった。
アルフレッドは、宰相としての華美な執務服ではなく、動きやすいシンプルな装束を身につけ、破損した書架を修復する作業に勤しんでいた。彼の隣には、栗色の髪を揺らしながら古書の修復を行うリリアーナがいる。二人の間には、言葉を交わさなくても通じ合う、静かで温かい時間が流れていた。
そんな静寂を破るように、重厚な図書館の扉がゆっくりと開く音がした。
リリアーナは、顔を上げて来訪者を確認する。そこに立っていたのは、見習いの司書たちが数人、緊張した面持ちで控えており、彼らの先頭には、真面目そうな若い司書、リディアが立っていた。彼女は、王立学術図書庫で働く、有能な司書の一人だった。
「リリアーナ様、アルフレッド様、失礼します」
リディアは深々と頭を下げ、真っ直ぐに二人を見つめた。
アルフレッドは、少しだけ眉をひそめた。宰相を辞任してから、公的な立場の人間が二人を訪ねてくることはほとんどなかったからだ。
「何か、ご用でしょうか?」
アルフレッドが問うと、リディアは一歩前に出た。
「私たち、リリアーナ様とアルフレッド様のもとで、失われた魔法と知識を学びたいのです」
その言葉に、リリアーナは驚きを隠せない。アルフレッドもまた、静かに彼らを見返した。
この図書館の魔法は、特定の血筋の者か、あるいは特別な才能を持つ者しか扱えないはずだ。それが今、大っぴらに学びたいと志願する者が現れるとは。
「なぜ、我々の元へ?」
アルフレッドは問いかけた。彼の声は冷たかったが、その瞳には好奇心の光が宿っていた。
「私たちは、かつて偽史の教本で、真実を知らぬまま育ちました。ですが、リリアーナ様とアルフレッド様が、私たちに見せてくれました。古きものの中にも、失われてはならない価値があることを」
リディアの言葉は力強かった。彼女は胸に手を当て、続けた。
「私たちは、ただの知識の管理者になりたくありません。この図書館に宿る、生きている知識と、それを扱う力を、次の世代へと繋いでいきたいのです」
その熱意に、アルフレッドは口元に微かな笑みを浮かべた。リリアーナもまた、彼らの瞳に宿る真剣な光を感じ取っていた。
図書館の魔法は、ただの術ではない。それは、知識を理解し、その本質を具現化する、まさに「物語を紡ぐ」力だ。それは、リリアーナが持つ前世の知識と、アルフレッドが持つ隠された力が結びついて生まれた、新たな魔法の概念だった。
「いいでしょう」
アルフレッドは簡潔に答えた。
「ただし、楽な道ではない。古の書物が君たちを拒絶することもある。それでも、ついてこられるか?」
「はい!」
リディアと見習いたちの声が、図書館に響き渡る。彼らの表情には、恐怖よりも期待と決意が満ちていた。
アルフレッドは、リリアーナと視線を交わす。リリアーナも短く頷いた。彼女は、この若い司書たちの中に、かつての自分たちの姿を見ていたのかもしれない。
こうして、リリアーナとアルフレッドは、新たな弟子たちを迎えることになった。
最初の授業は、ごく基本的な実演から始まった。
アルフレッドは、古い紙片に風の魔法をかけ、それを空中に舞わせてみせた。
「これは、ほんの初歩的な魔法だ。だが、この魔法にも、知の力と、術者の心が宿っている」
その光景に、見習いたちは、目を輝かせた。




