第15話:図書館からの脱出
アルフレッドは、リリアーナの手をしっかりと握り、図書館の裏口から抜け出した。
王都の夜は静まり返っており、月明かりが二人の影を地面に長く伸ばしていた。
ライオネル侯爵の手が回る前に、この場所を離れなければならない。
「ここから、馬車で王都の郊外にある私の隠れ家に向かう。そこなら、しばらくは安全だ」
アルフレッドは、リリアーナを近くに停めてあった馬車へと導いた。
リリアーナは、後ろを振り返り、薄暗い図書館を見つめた。
この場所で、彼女は新たな人生を歩み始め、アルフレッドという大切な人と出会った。
だが、その平穏な日常は、もう二度と戻らないのかもしれない。
「……このまま、あの本を置いていっても、本当に大丈夫なのですか?」
リリアーナは、不安そうに尋ねた。
『パリンプセストの書』は、二人の命運を握る、最も重要な書物だ。
「大丈夫だ。あの書物は、君の持つ知識と私の真名がなければ開けない。さらに、私は閲覧者の真名が一致しないと不可視となる封印術を施した。ライオネル侯爵の手の者では、触れることすらできないだろう」
アルフレッドの言葉に、リリアーナは少しだけ安心した。
彼らは、馬車に乗り込み、王都の裏路地を静かに進んでいく。
だが、その道のりは、決して平穏なものではなかった。
突然、前方の道から、数人の人影が現れた。
彼らは、宮廷の兵士たちとは違う、野盗のような身なりをしていた。
ライオネル侯爵は、宮廷の兵士だけでなく、裏社会にも手を回していたのだ。
「宰相閣下。我らがお相手しましょう」
野盗たちは、不気味な笑みを浮かべ、馬車に迫ってきた。
アルフレッドは、冷静に馬車の手綱を握りしめ、リリアーナに言った。
「リリアーナ。しっかりと掴まっていろ」
アルフレッドは、手綱を巧みに操り、野盗たちをかわそうとした。
彼は、魔法を使うことなく、地形や視界を巧みにコントロールし、野盗たちをかく乱していった。
だが、彼らはしつこく追いかけてくる。
その時、リリアーナは、アルフレッドの手に、再び微かな光が宿っているのを見た。
彼は、この世界では失われたはずの魔法を、操ることができる。
だが、彼は、その力を軽々しく使うことはしなかった。
「……逃げきれません」
リリアーナは、不安そうに呟いた。
野盗たちは、馬車の速度を上回り、今にも馬車に乗り込んでこようとしていた。
その時、アルフレッドは、リリアーナが解読した、古典語(ルーメ語)の呪文を唱えた。
彼の声に呼応するように、周囲の木々がざわめき、風が渦を巻く。
そして、その風が、野盗たちの行く手を阻んだ。
「まさか……風の魔法使いか!」
野盗たちは、驚愕の声を上げた。
彼らが風の渦に触れると、皮膚が粟立ち、魂を直接揺さぶられるような感覚に恐怖を覚えた。
アルフレッドは、彼らが呆然としている間に、さらに低い声で呪文を唱えた。野盗たちは、一瞬で、今起こった出来事を忘却したかのように、その場に立ち尽くしていた。
アルフレッドは、その隙に、馬車の速度を上げ、野盗たちを振り切った。
馬車は、王都の門を抜け、郊外の暗い森の中へと入っていく。
リリアーナは、アルフレッドの顔を見つめた。
彼は、冷徹な表情の中に、確かな決意を宿していた。
「大丈夫か?」
彼の問いに、リリアーナは力強く頷いた。
「はい。……あなた様が、こんな力を持っていたなんて」
アルフレッドは、何も答えなかった。
だが、彼の持つ力が、彼が「魔術師殺し」と恐れられながらも、魔法の真実を追っていた理由であることを、リリアーナは確信した。
キャラクター紹介(第15話時点)
リリアーナ・ヴァリエール:
貧乏貴族の令嬢。アルフレッドと共に王都から決死の脱出を図る。彼が失われたはずの「魔法」の力を持つことに驚き、その真意を探ろうとする。
アルフレッド・レノックス:
若き宰相。ライオネル侯爵が差し向けた野盗を、魔法の力で退ける。リリアーナの安全を第一に考え、彼女を自身の隠れ家へと導く。
ライオネル侯爵:
宮廷の重鎮。二人の動きを察知し、宮廷の私兵だけでなく、裏社会の人間にも手を回して彼らを追跡させる。




