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第1話:呪われた図書館の管理人

貧しい貴族の令嬢リリアーナは、家を救うため、誰も近寄らない「呪われた図書館」の管理人となる。人々が恐れるその場所は、前世で日本の司書だった彼女にとって、かけがえのない宝物だった。


古書の修復に没頭するうち、彼女は失われた魔法や世界の秘密が記された書物を発見する。

それは、世界の歴史を根底から覆す、禁断の知識だった。


そんな彼女の存在に興味を抱くのは、宮廷の影の実力者であり、「魔術師殺し」として恐れられる若き宰相アルフレッド。


知識を介して心を通わせる二人。

しかし、図書館に隠された真実が、宮廷の巨大な陰謀を暴き、リリアーナの平穏な日常を脅かす。


これは、失われた書物に秘められた真実を巡るミステリーと、孤独な二人が織りなす愛の物語。


はたして、彼女はすべてを失った世界で、大切な居場所を守り抜くことができるのか――。

 降り注ぐ陽光は、今日もまぶしいほどに明るい。

 しかし、その光はリリアーナ・ヴァリエールにとって、どこか遠い世界の出来事のように思えた。

 太陽の光が、病に臥せる父の顔を照らすことはない。

 借財の帳簿は、どんな光にも照らされず、ただ暗く重くのしかかる。


 彼女の立つ場所は、王都の喧騒から隔絶された、静かで古びた建物の中。

 玄関の扉枠には、消えかけた護符の痕跡が黒く滲んでいた。


 没落寸前のヴァリエール子爵家の令嬢であるリリアーナは、父の病と家臣の雇用を維持するための借財を抱え、家の財政を救うため、誰も近寄らない「呪われた図書館」の管理人となることを決意した。


 十年前、司書が一人、書庫で行方を絶った。

 ──これより、本館は無期限閉鎖とする、と書かれた黄ばんだ古い紙が壁に一枚だけ貼られていた。

 それ以来、人々はここを呪われた場所と呼び、夜になると本が囁く声が聞こえ、触れた者は不幸になるという噂が絶えなかった。


 周囲の者たちは、彼女の選択を哀れんだ。


『ああ、ヴァリエール家の娘も、ついにあんな仕事に……』


『呪われた場所に嫁ぐようなものだ』


 そんな陰口が聞こえてくるたび、リリアーナの胸はチクリと痛んだ。

 だが、彼女に後悔はなかった。

 この図書館を立て直すことができれば、家を救えるかもしれない。

 何より、幼い頃から本を愛してきた彼女にとって、この場所は「呪われた」場所ではなかった。

 それは、宝の山だった。


「……ようやく、来られました」


 静かに呟くリリアーナの声が、埃にまみれた空気に吸い込まれていく。

 古びた扉を開け、一歩足を踏み入れる。

 カビと湿気、そしてなにより、古書の香りが彼女の鼻腔をくすぐった。


 ──懐かしい。


 リリアーナの意識は、遠い記憶へと誘われる。

 前世の彼女は、日本の司書だった。

 大学を卒業し、念願の図書館に就職。

 古書を手入れし、新たな本を整理し、訪れる人々の質問に答える。

 そんな日々に、彼女は小さな幸せを感じていた。


 不慮の事故で命を落とし、この世界に転生したリリアーナは、前世の記憶を鮮明に保っていた。

 しかし、ヴァリエール子爵家の令嬢として生きていくうち、その記憶はだんだんと薄れていく。

 それでも、本を愛する心だけは、彼女の中に確かに残っていた。


 だからこそ、この図書館は彼女にとって、特別な場所なのだ。


「……これは、酷い」


 図書館の中は、想像以上に荒れ果てていた。

 書架は傾き、床には破れた書物が散乱している。

 天井には蜘蛛の巣が張り巡らされ、窓ガラスは割れたままだ。


 人々がこの場所を「呪われた」と恐れるのも無理はない。

 かつては魔法の力で動いていた書物たちが、今はただの紙切れのように朽ち果てている。

 魔法が忘れ去られた今、この図書館は、ただの廃墟と化していた。


 リリアーナは、壁際にうずくまるように置かれた一冊の本にそっと手を伸ばした。

 表紙は破れ、ページは黄色く変色している。

 しかし、その手触り、紙の質、印刷された文字の形……すべてが、彼女の心を震わせた。


 ──直せる。私なら、きっと直せる。


 前世で学んだ古書の修復技術が、頭の中に蘇る。

 この世界では誰も知らない、彼女だけの特別な知識。

 リリアーナは、図書館の隅に落ちていた箒と塵取りを手に取った。

 まずは、清掃からだ。


 一つ、また一つと、丁寧に書物を拾い集める。

 埃を払い、破れた箇所をそっと指でなぞる。

 すると、まるで書物が彼女に語りかけてくるかのように、不思議な感覚が伝わってきた。

 それは、過去の持ち主の思い、失われた魔法の記憶、そして、この図書館の長い歴史。

 この場所には、まだたくさんの物語が眠っている。


 リリアーナは、埃まみれの床に座り込み、修復すべき本を抱きしめた。

 本に満たされた至福の表情で、彼女は決意を新たにする。


 この図書館を、もう一度、生き返らせるのだと。


 ──いつか、ここが誰かにとって、大切な場所になるように。


 その日の夕方、リリアーナは図書館の扉を閉めた。

 冷たい風が吹き荒れ、木々の葉がカサカサと音を立てる。

 彼女は、振り返り、薄暗い建物を見つめた。

 明日は、どんな本と出会えるだろうか。

 どんな物語が、私を待っているだろうか。


 小さな期待に胸を膨らませ、リリアーナは家路についた。

 だが、彼女は知らなかった。

 この図書館の物語は、まだ始まったばかりであること。

 そして、この図書館に眠る真実が、宮廷の影の実力者を惹きつけることになるとは。



キャラクター紹介(第1話時点)


リリアーナ・ヴァリエール

貧乏貴族の令嬢。前世は日本の司書であり、事故で命を落としこの世界に転生した。本をこよなく愛し、家の財政を救うため「呪われた図書館」の管理人となる。地味だが、芯の強い性格。


アルフレッド・レノックス

若き宰相。「魔術師殺し」として恐れられている。公務の合間に図書館を訪れるようになる。その真意はまだ明らかになっていない。

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