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配達日誌:急がば回れ

自動車なんて便利なものが発明されるよりもずっと前・・・遥か昔。

人類は、馬に乗って移動する事が、最速にして最強と考えていた。


馬を上手に飼い慣らし、乗馬技術を磨くことで、

仮に馬主自身が、何をやってもダメダメな無能だったとしても、

最高の愛馬を見つけ、仲間にし、立派に訓練すれば、

馬と共に"配送業"という、当時も今も、胸を張って誇れる仕事を、

何十年と従事できることだろう。


これは、学も力も無いどころか、

人としてもはみ出し者で無職だった私が、

最高の愛馬と共に、配送屋を始めて独り立ちできるようになってから、

一年ぐらい経った時の事。



普通に配達する分には何の支障もない程度には慣れてきた私は、

競合他社が増えてきたこともあり、

数ある配送屋の中でも、

"ありえない速さで届ける配送屋"として名を馳せるべく、

普通の配送業者なら、無理難題すぎる日時指定も、

金次第では、安請け合いするようになっていた。



そんなある日のこと。

諸事情で、人気のない山地に構えた、配送屋件自宅では、

真冬は当然、下町の住民の倍以上は、防寒をして起床する。

特に朝方は、家中の窓が氷漬け状態なのだが・・・


その日の朝一番。何者かが呼び鈴を鳴らした。

寝起きは動きが鈍くなるのもあり、受付に行くまで3分はかかっただろう。

渋々受付へ行くと、昨夜締めたはずの窓が、わずかに開いてたものの、

そこには誰もいなかった。


窓を開けるも入れずじまいで、さすがに帰ったか・・・

と思うも、受付の卓に、高価な金貨数枚による大金が入った袋があり、

「大至急この薬草を、北側の下町にある病院へ運んでくれ。届けた暁には、この倍の謝礼金を渡す」

と記された手紙、そして手描きの地図が、一緒に置かれていた。


ここにあるだけでも、数週間は贅沢に暮らせそうな金の山で、

今まで引き受けた以来の中でも、

最も『一獲千金』と言える速達の依頼だった。

私はすぐさま出かける準備をし、

まだ寝てるであろう愛馬を叩き起こそうと馬小屋へ駆け出した。


すると、いつもはマイペースに寝ている愛馬・シルバーが、

遠くの村と私たちの居る山地の間に流れる、冬の現在は凍った小川の上で、

いわゆるアイススケートを楽しむ子供たちを、穏やかに見守っていた。

その表情はまるで、地上の平和を微笑ましく見る女神のようで、

実際私にとっても、かけがえのない愛馬にして雌馬なのだが。


・・・と、一攫千金・千載一遇の配送仕事の前に、

悠長な感慨に耽っている場合ではない。

急いで乗馬器具を付け、シルバーも訝しみつつ、ササっと乗馬態勢になる。

届け先の病院へ向かう地図には、殆ど通ったことのない道程が描かれていたが、

『これも場所覚えの勉強だ』と、とにかく楽観的に捉え、

「ハイソ~、シルバー!!」という決め台詞に、

シルバーは呆れ顔をしつつ、配達に出発。



出発から間もなくの道中、肉眼では確認できてなかった、

大きな岩山に遭遇した。

出かけ始めの自宅付近では、目的地までほぼ平原しかないことを確認していただけに、

この足止めは予想外で、

岩山を避けて進むのは、明らかに予定の倍以上時間がかかりそうだった。



不測の事態に悩みつつ、岩山から少し離れ視界を拡げると、

岩山のある部分に、大きな穴がある事を発見。


穴の近くまで行くと、穴のすぐそばに

「この先、近道のトンネルです」と書かれた立札があった。


しかもたかが立札に、金メッキのような異様に豪華な装飾が施されており、

トンネルの入り口と思われる大穴からはいつの間にか、

香ばしい何か食べ物の匂いまで漂ってくるではないか。


我が愛馬は『明らかに罠でしょ』と怪訝な目線で入るのを渋ったが

「この配達を遂げられなければ、明日から飯抜きだぜ?」と若干脅して、

愛馬にはトンネルの中へと走ってもらうことにした。



全く、優秀な愛馬のおかげで無謀な配達も遂行できていたというのに・・・・

こうして振り返ると、

恥ずかしいほど恥知らずだった過去の自分に、

今こそ、あの大穴に入りたくなってくる思い・・・には、

さすがにならない。

なぜなら、あれはただのトンネルではなかったのだから・・・。



トンネルの中へ進むと、緩やかながらも、

異常に蛇行した道が続いていた。


俊足な愛馬をもってしても、

実質4分かかって2kmも進んでないくらいの所で、

入り口からの光も僅かになったので、

走るのを止め、携帯用の松明と発火石で灯りをつける。


が、灯りをつけたと同時に、

微かに差していた入り口の光が、完全に消えた。

愛馬が一歩も動いてないのを確認してから灯りをつけたので、

光が消えるほど奥に進んでたわけではない事は明白。


『誰かの罠にかかり、あの大きな入り口を塞いだのか?』とも一瞬よぎったが、

あの大穴を塞ぐには、あまりに早すぎる。

町中の山男を集めて、近くの岩を積んだとしても、

最速で10分はかかるだろう。



トンネルとは思えないほど異常に蛇行した道に、

動いてないのに消えた、入り口の光・・・

悪い意味で"ありえない"ことが重なり、

天狗になっていた私も、さすがに嫌な予感で冷や汗が出ていた。


だがここで半端に戻るより、もう少し先の様子を見てみたら、

出口のトンネルが見つかるかもしれないと予想・・・

というより、願うように意を決し、

再び愛馬に少しずつ進んでもらった。


すると今度は、進めば進むほど、

出口が見えるどころか、先の道が細く狭くなっていることが、

道中の体感と、遠巻きながら灯りで先を見通した際に感じられた。


これはいよいよ引き返すしかないか・・・

と、愛馬に逆走をお願いしようとした、その時。



真冬で厚着の防寒をしていた愛馬の覆面の先が、

少し汚れている事に気づく。

先日新調し、今日が初使用なのに、なぜもうこんな汚れてる??

と不思議に思ってると、上から水が垂れてきて、

今度は水が垂れた場所が、汚れ・・・というより、溶け出した。



察しのいい人は、もうお気づきだろう・・・



そう。私たちが入ったのは、トンネルなどではなかった。

噂に聞いていたが、にわかには信じがたい、

怪獣レベルの"大蛇の口"の中だったのだ。


私たちがその事に気づいた瞬間、大蛇の体内が凄まじく揺れ始め、

私たちを消化しようとする胃液が、迫ってくるのを感じた。

松明の灯りを消さぬまま、一刻も早く脱出せねば。


このまま先へ進んでも、尻尾で行き止まり・・・

ならばやはり、入り口だった蛇の口元へ戻るしかない。


大蛇が身体をくねらせ、体内を縮め、私たちを逃さぬことは、

初手の動きで予想できたので、

私は愛馬・・・いや、

愛竜の覆面を取り、一気に氷の吐息で大蛇の動きを氷漬けにした。


同時に愛竜の翼も開かせ、進む道を氷漬けにしながら、

走ってきた倍の速度で、口元まで一気に飛んでいく。


口元にまで着いたら、即席で"氷の刃"を作り出し、

私は愛竜の飛び出す勢いと共に、刃を大蛇の口先めがけて切り裂いた。



無事、脱出する事はできたが、

私はこの時、つくづく痛感した。

"ありえない難題には、ありえない攻略が迫られる"と。

だから、そんな危険な近道をするくらいなら、

まさに"急がば回れ"なんだな・・・と。




大蛇は口先に人っ子一人分の傷穴を作り、そのまま失神。

入り口にあった派手な看板も、大蛇の意識とシンクロするように消える。


・・・そうか。この依頼自体、幻術を使うほどの大蛇が、

餌をおびき寄せるために仕組んだ罠だったのか。


目先の一攫千金に踊らされ、まんまと騙された私は、

情けなさと誤解・・・そして落ちぶれていた自身に憤り、

思わず薬草や地図の入った金袋を、その場に投げつけた。



何が"ありえない速さで届ける配送屋"だ。

愛馬もとい希少な白金竜・シルバーのおかげで、

ようやく働き口にして、人の役に立つ仕事の素晴らしさを見つけれたのに・・・


彼女に感謝や労わるどころか、彼女を匿ったり餌を与える営みをはき違え、仕事の為とこき使い、食い物にしようとしていたのは、

私自身の方じゃないか。

私の方が、この大蛇より、よっぽど質が悪い・・・



いつの間にか、阿漕な商売人に落ちぶれていた自身を、ようやく自覚。

情けなさと、シルバーへの申し訳なさに、たまらず涙がこぼれる。


するとシルバーは、そっと私の顔をなめて、涙をぬぐうと同時に、

金袋の封を開け、地図を広げ、目的地を差した。

まるで『まだ配達は終わってないよ』と言わんばかりに。



すまんシルバー。今回の依頼は全て、

あの大蛇が私たちを食べるためにおびき寄せた、

罠の幻術だったんだよ・・・


そう伝えても、シルバーは首を横に振り、

今度は金袋から薬草を銜え、私に渡す。


だから、この薬草も大金も、全ては幻・・・・

いや待て。

もしこの薬草や大金が幻なら、さっきの立札のように、

失神した大蛇の意識と共に、消えてなくなってるはず・・・・


ということは、この依頼自体は、

本当に置き依頼された、病人の為の急を要する案件ではないのか・・!?



シルバーは『ようやく理解した?』と、

これまた最高に女神のようなアイコンタクトで、

私に配達の続きを促した。


・・・そうとも。

私より先見の明があるシルバーが、今回の依頼を、

私のような短絡的な結論で、同伴するわけがない。


犬同様、人間より数倍優れた嗅覚を持つ白金竜のシルバーは、

この薬草や地図についた人の匂いを感じ、

確かな依頼だと思えたからこそ、共に出発してくれたのだ。



私は涙を拭い、金袋一式をしっかり抱えて、

愛竜に跨った。

ありがとう、シルバー。改めて、最速の配送屋の名を懸け直し、

今一度、出発だ・・!


「ハイソ~!シルバァーー!!」



今度はシルバー共々、高揚する腹からの掛け声とともに、

勢いよく、配達に出発。

シルバーは翼を大きく広げ、雲の近くまで飛んで行った。


ここまで上がれば、かなりざっくりした手描きの地図でも、

おおよその目的地と方向が、把握できた。

あとは速度を安定させ、目的地付近まで安全運転を・・・と思った矢先。


先の大蛇の口から抜け出す時には、夢中で気づかなかったが、

シルバーの広がった翼をよく見ると、大蛇の消化液で負った、

地味ながらも痛々しい火傷のような傷が、所々にあった。


実際、シルバー自身も気づいてなかったようで、

高所での大風を受ける度に、

翼も上手く耐え切れず、出発時より減速していた。


シルバー無くして、配送は不可。

私はすぐさまシルバーに下降するよう命じ、

傷の手当てをしようとしたが・・・・


私たちは既に、配送経路の途中にして必ず通らねばならない、

巨大な川の途中を飛んでいた。



このまま落ちれば、配送どころか、共に溺れ死ぬ。

だが翼の働きも、シルバー自身も、体力の限界が目に見えた。

元々雄より力は低い雌竜だし、

私が勢いのまま家を出発したせいで、

朝御飯による栄養補給もできていなかった。

川を渡り切る前に、体力が尽きて、川に直下しかねない・・!



全ては、私が朝から早計に慌て出発したせいで、

こんな事態になってしまった。

金に目がくらんで、見境なく出発しようとした私に対し、

今朝のシルバーは、珍しく早起きして、

優雅に氷上で遊ぶ子供たちを眺めていたな・・・


そう・・常に余裕を持って、下手な近道をせず、

堅実に"急がば回れ"をしてれば、今頃私も優雅に・・・・


・・・優雅に、氷上を・・・・!?



そうとも!!

無理に飛び続けるより、ここからは先の大蛇のように、

川の水を一瞬でもシルバーの吐息で氷漬けにして、

滑るように川の先まで行けば、

最悪の事態は回避できるかも・・!!


私は、とっさに考えた妙案をシルバーに伝えると、

苦しそうに飛んでた表情から一転、ニヤリと微笑んだ。


上手くいく確証はないが、

このまま飛び続けるよりは、数倍安心できると判断した私たちは、

意を決してから迷いなく下降、そこからアイス・ブレス。



結果として、作戦は大成功。

川の4分の1辺りを、氷上にして滑り続け、川の先にある陸へ到着。

更に、到着した数百メートル先に、

目的地である下町があるのが目視できたため、ここからは乗馬スタイルだ。

シルバーには翼を休めると同時に、

希少な白金竜として町民に目撃され、騒がれないよう、

汚れてるのを覚悟で、覆面や馬に誤認させる大きなマントを羽織わせた。



下町に着くと、一匹の鳩が飛んできて、数秒後、すぐに飛び立った。

それを見たシルバーは、私を乗せたまま、

自ずと鳩を追っかけはじめた。


「こんな時に、鳩を追っかけてる場合じゃ・・!」と言いかけた先で、

偶然にも、すぐに小さな病院を発見。

私はシルバーから降り、薬草一式を持って受付へ向かった。

そして「ここでこの薬草を必要としている患者はいないか」を問うと、

待ってましたと言わんばかりに、奥からドクターが駆けてきた。


私は薬草をドクターに渡し、一段落できたはいいが、

これを欲してた病人・・・以上に、

依頼してきたのは誰なのかが気になっていた。

ドクターが治療してるの見届けた後、

薬草を届けてほしい依頼してきた人物が誰かを、

看護師たちに聞いた。

すると看護師たちも首を捻り、

思い当たる人物は誰一人、出てこなかった。


数分後、ドクターが安堵した表情で待合室まで来て

「無事、薬草の効果で解熱し、健やかに入眠はじめました。」と一言。


「あの、その薬草を私たちに届けるよう依頼した人物、ご存じですか?」と聞くと、

「恥ずかしながら・・私が伝書鳩で、向こう岸の薬師に頼んだのです。」と答えるドクター。



今回の案件。元々の依頼主はこのドクターで、

まず、向こう岸の薬師なら、高熱を患ってる娘を治す薬草を持つと判断し、

その旨を、ドクターが飼っていた伝書鳩で、薬師へ届けさせた。


その後、手紙を受け取った薬師は、解熱用の薬草と、

後に私が今朝、受付卓で見た手紙や金貨一式を、別の配達屋に依頼して、

私のお店まで届けたという。


「なるほど・・・でもそれなら、なぜその配達屋に直接、病院へ持ってこさせるよう手配しなかったのですか?」

「向こう岸からあの大きな川を渡ろうとすれば、以前ならまだしも、戦時下で一切の船の遊泳禁止がされてる現在では、それだけで早くても2日はかかる。薬師も一刻を争う病と気づいたから、その辺の配送屋ではなく"ありえない速さで届ける配送屋"と評判の、貴方に頼んだのでしょう。実際、あと数時間も放置してれば、どうなったことか・・・伝書鳩を飛ばしてから、わずか1日足らずの配達でした。お見事です。本当にありがとうございました」



まさか、数時間前まで自己嫌悪していた、

"ありえない速さで届ける配送屋"という2つ名が、

こんな風の噂・・・いや、便りとして、1人の娘を救う運びになるとは。


今回ばかりは、私に足りていなかった"急がば回れ"精神が、

逆に役に立った・・・?

などと、また調子のいい勘違いをしようとした瞬間、

『大蛇の罠は、急がば回るべきだった』と言わんばかりに、

シルバーが怪我した翼の一部を私に見せ、戒めるのだった。

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