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俺の家に転がり込んできた赤髪蒼眼無知むちドラゴンオレっ娘が最高に最強でカッコカワイイという話【読み切り版/挿絵有り】

作者: 九澄アキラ

統夜(とうや)くん、また来週ねー」


 金曜日の夕暮れ。

 クラスメイトと別れ、いつもより早足で家に向かう。

 昼間、学校で妹が倒れて早退させたのだ。

 スマホのメッセージを見るともう平気そうだが、やっぱり心配だ。

 ポケットにスマホをしまい、再び走り出そうとした時――。


  

「お前、美味(うま)そうだな」



 突然そんな声が聞こえ、振り返った。

 だけど誰もいない。


「それに強そうだ……」


 再び声が聞こえた。

 今度は声の出どころを掴み、視線を向けると……うちの制服を着た女の子が長い棒を担ぎ、塀の上に座っていた。

 青い瞳で俺を見据え、ショートポニーテールにした赤い髪を(なび)かせ、歯を見せニヤリと笑っている。

 顔立ちがどことなく妹に似ている気もするが、髪の色も身長も違う。

 何より妹の頭に、金色の角なんて生えてない。


「食わせろっ!」

「うおおっ!?」

 

 状況が掴めない俺に、女はいきなり襲いかかってきた。

 叩きつけられた棒がアスファルトを砕く。


「へへっ」

「なんだお前は!?」

「オラァッ!」

「あぶなっ!」

 

 わけがわからぬまま、再び振られた棒をギリギリで避け、たまらず逃げ出す。


「待てぇー!食わせろー!」


 女が追いかけてくる。

 食わせろってなんだ!?

 文字通りなら俺を食料にでもしようっていうのか!?

 彼女に捕まるイコール死という考えが頭をよぎる。


「逃げんなー!」


 後ろからそんな叫びが聞こえた後、俺の横を何かが追い抜いた。

 女が持ってた棒だ。

 だがこんなに長いはずが……。

 少しの違和感をもった直後、棒は縄のように曲がり俺の身体に巻き付いた。


「なっ、なあああああっ!?」


 強く後方に引っ張られ、足が地面から離れる。

 受け身も取れず仰向けで地面に倒れ込む。

 と、同時に女が俺に馬乗りになった。


 動けない。

 女が棒を振り上げる。

 

 殺される――。

 そう思った。


 

「はぁ~~♡♡♡」



 だけど違った。

 女は棒を捨てたかと思うと、俺に抱きついてきた。

 先程までと打って変わってふやけたような表情を浮かべ、甘えた声を出している。

 全く意味がわからない。

 俺を食うんじゃなかったのか!?


「あぁ〜これイイ〜うめぇ~♡」


 はぁ?うまい?

 何を言ってるんだこいつは?

 

 それより状況が落ち着いたからか。

 今まで意識してなかった部分に神経が向く。


 密着する彼女の胸や身体の柔らかい感触が伝わる。

 思春期の男子には刺激が強い。強すぎる。

 

 そもそもなんなんだこいつは!

 恥じらいとかないのか!?

 今の俺たちは、端から見れば道端に寝て抱き合ってる男女だ。

 人が通りかかったらどんな目で見られるか……。

 もしそうなったら俺の学校生活は終わりだ。

 

「いい加減に……しろっ!」


 女を突き飛ばし、一心不乱に走る。

 走る。

 走る。



「ここまで……くれば……」


 家の前まで走り切り、肩で息をする。

 全力疾走したから呼吸が苦しい。


 振り返ると女の姿はなかった。

 どうやら逃げ切れたようだ。

 なんだったんだあいつは……。

 

「よっと」


 と、安堵した俺の背中にドスンと重さが乗った。

 それが誰なのか、もはや感触でわかる。

 

「お、お前!いつの間に!どうやって!?」

「匂いを追っかけてきた」

「匂いぃ?」


 俺そんなに汗臭かったか……?

 それとも動物並みの嗅覚でも持ってるのか?


「離れろ!」

「やだ!お前は俺んだ!」

「だから何言ってんだよ!?」


 振り落とそうと身体を揺らすが、離れようとしない。


「いいから降りろよ!ここ俺の家なんだよ!お前も家に帰れよ!」

「……家ってなんだ?」

「え……?」


 家を……知らない?

 言葉が違うとかじゃない。

 家という概念そのものを知らない。

 彼女の声音からそう感じ取れた。


 もしかしてこの娘は……。

 

 仕方ないか。

 こうして外にいて誰かに見られるよりマシだ。

 俺は意を決して玄関を開けた。


 

「ただいまー……」

「統夜、おかえり。……って誰その娘!?」


 リビングに入ると、妹の統華(とうか)がソファに寝ていた。

 と、同時に俺の背中にしがみついている女を見て飛び起きた。

 当然の反応だ。

 俺自身が答えを聞きたい。


「襲われて抱きつかれた」

「襲われたって……」


 事情が呑み込めないといった返しをする我が妹。

 俺だってそうだよ。

 

「誰だ?」

「俺の妹の統華(とうか)

「ふーん……お前も美味そうだな」

 

「へ?」

「おりゃ!」


 女は俺の背中から降りると、今度は統華に抱きついた。


「ちょっ……なになになに!?」

「そういう反応になるよな」

「あ〜……お前でもいいけど、やっぱこいつの方がうめぇな」


 そう言うとまた俺に抱きついてきた。


「だから、さっきからなんなんだよ。食うとか美味いとか……」

「お前ら気づいてねえの?すっげえ美味そうなの出てるじゃん。ぼわぁって」


 その言葉に俺と統華は顔を見合わせた。

 心当たりがないわけじゃない。

 でも、いま重要なのはこの娘のことだ。


「それより、あなた名前は?うちの生徒なの?」

「名前?」

「名前くらいあるでしょ?」

「……さぁ?」


 統華の質問に女は首を傾げた。

 

「さぁって……え、名前無いの!?」

「こっち来たばっかだからなぁ。いつの間にかこんな姿になってたし」


 また訳の分からないことを言い出した。

 だけど名前が無いというのは本当のようだ。

 家を知らなかったことといい、まるで野生児だ。

 それにしてはうちの学校の制服を着ていたり、身なりは綺麗なのが引っかかる。


「何言ってるか全くわからないけど……名前ないと不便だし、あだ名つけてあげようよ。英語で抱きつくってなんて言ったっけ」

「ハグ?」

「それだ!あなたはハグちゃん!」

「えぇ……」


 安直すぎるだろ……。

 

「ハグ……。まぁなんでもいいや」


 そう言いつつ、仮称ハグは俺から離れた。

 

「あれ?抱きつくのやめたの?」

「腹一杯になったからな」

「じゃあお引き取りいただいていいですか?」

「オヒキトリ……?」

 

 統華が帰るように言っても、何を言われているのかわからないと言った顔だ。

 

「統華、こいつ家も無いらしいんだ」

「え、じゃあマジでどこから来たの。角も生えてるし……もしかしてクラック民?」

「かもな……」

「じゃあ施設(ケージ)に連絡しなきゃ、先生ならハグちゃんのこと調べてくれるかも」

「そうだな……。そういえばお前、身体の具合は?」

「もうなんともない」

「連絡来た時びっくりしたぞ」

「私も何で倒れたのかわからなくてさ。休み時間に校庭で遊んでたらいきなり雷に撃たれたらしくて」

「かみなりぃ?」


 今日は1日中快晴だったはずなのに……。

 

「とにかく何ともなくてよかった」

「……あれ?ハグちゃん?」


 俺と統華が話している間にハグが視界から消えた。


「なんだこれ?」


 振り返るとハグが冷蔵庫を開け、3個入りのプリンを取り出していた。

 色んな角度からプリンの容器を眺めたハグは……そのまま齧りついた。


「「ストップストップ!」」


 俺と統華は慌てて止めに入った。



 ――――

 


「なんだこれ!?うめぇ!」


 統華に開けてもらったプリンをスプーンで食べ、喜ぶハグ。

 物覚え自体は早いようで2個目のプリンを自分で開け、食べ始めている。


「統夜、正直どう思う?」

「どうって……?」

「彼女にしちゃいなよ」


 ぶっ……!

 統華の突拍子もない提案に飲み物を吹き出した。

 

「なに言ってんだお前!?」

「だって、どう考えても運命の出会いじゃーん!モノにしちゃいなよ!恋のキューピッドやってあげるから!」

「気が早すぎる!まだあいつのこと何も分かってないだろ!」

「でもかわいいと思ってるでしょ?」

「…………うん」


 認めるのは恥ずかしいが、ハグの容姿はかなり好みだ。

 これまで見てきた女の子の中で一番かわいいと言ってもいい。

 ただ中身が……。

 この分だとトイレの仕方も知らないだろう。

 いくら見た目がよくても……。

 と、考えながらハグの食べる様子を見ていたら突然ハグがスプーンを置き、大人しくなった。


「ハグちゃん?」


 統華も異変に気づいたのか声をかける。

 

「なんか、下のほうが……」


 ハグが身体をもじもじし始める。

 あっ……ヤバい!恐れていたことが!!

 統華も察したのか俺と顔を見合わせる。

 

「こっち来て!!!」


 統華が慌ててハグをトイレに連れて行き、事無きを得た。

 

「大丈夫だった?」

「……やっぱりおかしいよ。プリンを見たことないのはまだしも、トイレに至っては()()()()()()()()()()()()だった」

 

 しばらくして戻った統華の言葉に俺は耳を疑った。


「じゃあ今まであいつどうやって……」

「まるで……()()()()()()()()()()()みたい」


 そんな馬鹿な……と思いつつ、完全に否定はできなかった。

 確かに状況的にはそう考えるしかない。

 

 いつの間にかこの姿になっていた――。

 

 テレビに釘付けになっているハグの背中を見ながら、彼女が言った台詞を思い出した。

 

  

 ――――

 


「はい、そういう訳でよろしくお願いします」


 統華がハグを風呂に入れている間に然るべき所に連絡を入れる。

 とりあえず、とりあえず明日、施設(ケージ)に連れて行くことになった。


 CAGE(ケージ)――俺たちが通う学校に隣接している研究施設だ。

 明日そこでハグの身体チェックをしてもらう。

 最新の科学、医療設備があり、クラック民についての情報も集めている。


 クラック民――クラックと呼ばれる突発的に現れる次元の歪みを通って、この世界に迷い込んでしまった人達の事だ。

 元の世界に帰ろうにもクラックが閉じてしまって帰れない。

 悲惨な世界に帰りたくない。

 そんな人達を保護している施設でもある。

 俺のクラスメイトにも施設から通っているクラック民が何人もいる。

 

 すっかり遅くなってしまった夕食を食べた後、ハグの事を統華に任せ、俺は眠りについた。



 ――――


 

 次の日――。


「むにゃ……」

「……」

 

 目覚めるとハグが俺に抱きついていた。

 正直、来るだろうと思っていたから大して驚かない。


「あ、やっぱこっちか」

 

 統華も探していたようだ。

 ハグを起こして支度をさせる。


「どこ行くんだ?」

「ハグの事を調べてくれるとこ」



 家を出て3人で施設(ケージ)に向かう。

 ハグは相変わらず俺の腕を抱いたままだ。

 なんかもう慣れてきた。


「2人ともこっち向いて~♪」

「おい、撮るなよ!」


 そんな俺たちの姿を統華がスマホで撮りまくる。


「ハグ、ピースしてピース」


 統華がピースサインを送り、ハグがそれを真似する。

 撮れた写真には良い笑顔のハグと気まずい表情をする俺が映っていた。

  


「なぁ、あれってなんだ?」


 ハグは色んなものに興味津々だ。

 電線、標識、信号、横断歩道、車、自転車、書いてある文字の読み方など、見つける度にあれはなんだと聞いてくる。

 だんだんわかってきたけど、ハグは何も知らないだけで知能に問題があるわけじゃない。

 統華によると、もうトイレの心配もないようだ。


「んでさぁ、まだ着かねえの?」

「もうすぐだよ」


 施設(ケージ)まであと8分ほどだ。

 既に敷地は見えている。

 


 ファルファルファルファル――!


 

 その時、俺のスマホに緊急通信が入った。

 けたたましい呼び出し音が響く。


『市街地のクラックから脅威度Aクラスの敵性体が出現!FRAT(フラット)隊員は至急現場に急行せよ!』


 なんてこった、行かなければ……!


「統夜!」

「統華!ハグを施設に連れていけ!」

「おい、どこ行くんだよ!?」


 ハグを統華に任せ、俺は現場へ向かう。


『対象は全高8m。機械の竜のようだが見たこともない技術が使われている。速やかに排除せよ』

『対象、以前進行中。外殻に対する通常火器、効果無し』

『野郎、とんでもなく硬いぜ!』

『見境なく暴れているだけね!暴走状態なんじゃないの?』

『恐らく、どこかの誰かが制御しきれなくなってクラックに投げ込んだんだろうな』

『俺たちの世界はゴミ捨て場じゃねえってんだよ!』

『気持ちはわかるが愚痴は後にしろ。現場の隊員は市民の避難誘導と敵を引き付け、市街地から離せ!技術班はコンピュータウイルスによるアプローチを……』


 司令部と現場からの通信が次々と流れてくる。

 どうやらかなり切迫した状況のようだ。


『統夜くん、あなたの装備よ。受け取って!』


 頭上に接近したドローンから俺の装備を渡され、装着する。

 俺はそのままドローンにぶら下がり、現場へと向かった。



 ――――


   

 10年前――俺たちの世界は壊れた。

 空が割れ、炎が舞い、現れた巨大な渦に全てが呑み込まれかけた。

 

 でも、あの人が助けてくれた――。


 渦の中に1人取り残された俺を救ってくれたあの人。

 俺を母さんの元まで送り届けた後、虹色の翼を広げて渦に向かい、世界を修復したあの人。

 子供だったから顔もよく覚えていないけど、蒼く靡く、長い長い髪だけは記憶に焼き付いている。

 

 あの人のおかげで世界は救われたんだ。


 でも、全てが元通りにはならなかった。

 あれ以来、クラックと呼ばれる空間の歪みが世界各地で発生するようになった。

 まるで世界の傷痕が開くかのように神出鬼没に現れるそれは様々な時空に繋がり、この世界へ異物の混入を招いている。

 それこそ、今まさに仲間たちが戦っている機械竜のように……。

 

 俺が所属する統合戦術隊FRAT(フラット)はクラックから出現した敵性体を調査、脅威度によっては排除するための実動部隊だ。

 部隊員には年齢、性別、種族を問わず、才能や素質がある者をスカウトしている。

 俺も半年前にスカウトされ、それに応じた。


 

 俺は守りたい。

 あの人が救ってくれた世界を――。


 

 いつの日か、あの人にまた会うために……。

   

 

 ――――



「ひでぇ……」

 

 市街地エリアに入ると、中心部は瓦礫の山になっていた。

 目標地点では閃光と爆発が幾度も繰り返している。


 見つけた。

 四足歩行で巨腕のような翼を備えた、全高8mほどの機械竜だ。

 周りでは既に仲間たちが応戦している。

 

 ドローンから手を離し、地上へ降下する。

 降りる場所は最前線の隊員たちの更に前。

 着地と同時に腕の盾からエネルギーシールドを展開し、機械竜の巨腕を受け止める。

  

『統夜くん!』

『イケメンシールダー様がきたぞ!陣形を整えろ!』


 俺が攻撃を防いでいる間に、仲間たちが機械竜へ攻撃を加える。

 シールドは内側からの攻撃は通すようになっている。

 これが俺の役目、シールダーだ。


「グオオオオォ!」

 

 機械竜ががむしゃらにシールドを殴りつける。

 キツいが、耐えられないほどじゃない。

 殴打では無理と悟ったのか、飛び上がった機械竜の口内が輝きだす。

 恐らくブレスを放つつもりだ。

 ドラゴンなんだからそういうものだろ。

 

「来るぞ!」


 俺はシールドのエネルギーを上方に集中させる。

 予想通り放たれるブレスという名の熱線。

 

「なに……!?」


 だが、熱線はシールドではなく、すぐそばの地面に撃ち込まれた。

 意図がわからなかったが、足元から来る振動に敵の狙いを察し、戦慄した。

 

「まさか……みんな逃げろ!」


 次の瞬間、地面がめくり上がるように爆発し、俺は吹き飛ばされた。

 こんな手で来るなんて……と、考えているうちに瓦礫に身体が叩きつけられる。

 激痛の走る身体を起こし、周囲を見渡すと仲間たちも同じような状態でうめき声を上げている。


 ズズン――。


 地上に降りた機械竜がこちらに向かってくる。

 装備が損傷し、エネルギーシールドはもう張れない。

 逃げなければ……。


「ふぇぇん、ママぁ……」


 そんな時、俺の後ろから啜り泣く声が聞こえてきた。

 振り向くと小さな女の子が独り、瓦礫の隙間に身を隠し泣いていた。

 俺が逃げたら、機械竜の突進に巻き込まれる。

 逃げるわけにはいかなくなった。

 子供を庇い、俺は半壊した盾を構える。

 気休めにしかならないが、無いよりはマシだ!


 迫る機械竜。

 大きな口が目いっぱいに広がり、死を覚悟する。



 ドゴォ――。


 

 だが次の瞬間、機械竜の顔面が苦痛に歪んだ。


 同時に目に入る真紅の髪。

 うちの学校の制服に身を包んだ少女の姿。



 ハグだ。


 

 ハグが横合いから機械竜の顔を蹴り飛ばしていた。

 機械竜はその衝撃に吹き飛び、地面に転がる。


「おい、こんな面白えのをなんで教えてくれねえんだよ!」

「バカ!なんで来た!?」

「俺にもやらせろぉ!」


 ハグはそのまま機械竜に向かい始めた。


「ごめん統夜!抑えきれなかった!」


 遅れてきた統華が俺に理由を伝える。

 助けなければ――。

 女の子が生身のまま、あの機械竜に立ち向かうなんて出来るはず……が?

 

「おらぁっ!」


 ハグの昇拳が機械竜の顎を打ち抜き、よろけさせる。

 そんな馬鹿な……。

 どれだけ馬鹿力なんだ?


 常人が食らえば即死するような攻撃にも、ハグは恐れず向かっていく。

 むしろその表情は闘いを楽しんでいるようだ。

 歯を見せ、笑顔のまま戦っている。

 

「おせえよ!」

 

 機械竜の腕をかわし、飛び上がったハグの手元に長い棒が現れる。

 俺を襲っていた時に持っていたものだ。


「おりゃあっ!」


 ハグが棒を振るうと、まるで孫悟空の如意棒(にょいぼう)のごとく棒は長く長く伸び、機械竜の身体を打ち付け、地面に伏した。

 

『なに……あの娘』

『生身で化け物とやり合ってる……』

『いったい誰だ?』


 唖然とする周りの声が通信から聞こえてくる。


「どうしたぁ?もう終わりか?」


 地面に降りたハグは、挑発するように倒れた機械竜の鼻先を如意棒でつつく。

 機械竜は跳ね起きると、怒りのままハグを狙い始めた。


「へへっ」


 機械竜の熾烈な攻撃をハグは楽しむかのように捌いていく。

 

 遊びすぎだ――。

 俺の不安はすぐに現実になった。

 

 ハグの回避パターンを学習したのか、機械竜は尻尾を振るい、ハグが飛び上がったのを確認するとすぐさま翼の巨腕で追撃をかけた。


「やっべ……」


 ハグの大きさに対してまるで壁のような拳が叩きつけられ、ハグはそのまま瓦礫に叩きつけられた。



「「ハグー!」」

 

 勝鬨(かちどき)を上げるように咆哮する機械竜。

 俺と統華は急いでハグの下へ向かった。


「そんな……」


 血だらけになって倒れているハグを見て、俺も統華も言葉を失った。

 

「ハグ!」

「ハグ!起きて!」


 2人で必死に呼びかける。


「う……」


 気がついた。


「いってぇ……」


 すぐに手当てを!医療班を!

 そう言おうとした時――。


「ん……!」



 身体を起こしたハグが、俺の唇にキスをした。



「ん!?んんんん!?」

 

 いきなりの事態に身悶えする。

 だけど、俺はすぐにハグが何を求めているか察した。


 

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 ハグの言葉を思い出し、自分から彼女に与えるように意識する。

 抱きつかれている時とは違う、明確に何かを吸い取られている感覚がある。

 すると、ハグの身体の傷がみるみるうちに消えていった。

 ハグが唇を離すと、どっと疲れがきた。


 

「ぷはっ……おっしゃあ!パワー全開だぁー!」


 立ち上がり、拳を振り上げるハグ。

 と同時に、ハグの身体から見たこともない金色のオーラと炎が噴き出る。


「あっつ!……ハグ!?」

「何が起きてるの!?」


 凄まじい光と熱。

 見上げればオーラは巨大な龍の形を成し、機械竜を威圧する。

 ハグ、お前はいったい……。

 

「おおおおおおお!」


 叫ぶハグの衣服が燃え始め、炎にその身が包まれる。


「しゃあっ!」


挿絵(By みてみん)


 炎が収束すると、まるで火炎龍を思わせるコスチュームに身を包んだハグが現れた。


 頭の角はより巨大になり、神々しささえ感じさせる。

 如意棒の先端には新たに龍頭と刃が付き、偃月刀(えんげつとう)へと変化している。


「さっきはよくもやってくれたなぁ……」


 機械竜を見据え、ハグが構える。

 するとその背中から炎がブースターのように噴き出し、ボルテージを上げていく。


「お返しだあっ!」


 衝撃波とともに弾丸のように飛び出したハグの炎の拳が、機械竜の土手っ腹を凹ませる。

 苦悶に満ちた電子音を発し悶える機械竜。


 反動で腕に飛び乗ったハグは偃月刀を振るい、切り刻みながらその上を走っていく。


「おりゃあっ!」

 

 そして、そのまま翼の片方を真っぷたつに斬り落とした。

 翼の基部が爆発し、ハグが機械竜の正面に降り立つ。


「グオオオオオっ!」

 

 怒り狂った機械竜は外殻を隆起させ、その1つ1つをミサイルのようにハグに向けて発射した。

 突き刺すような鋭い先端を備えた硬質の外殻が無数に迫る。


「逃げろハグー!」

 

 思わず叫ぶ。

 ただでさえ硬い外殻だ。

 あれだけの数が着弾すればハグがいくら強くても無傷とはいかないだろう。

 だが、そんな俺の心配を杞憂に変える信じがたい光景が飛び込んできた。

 

 ハグが迫る外殻に向けジャンプしたかと思えば、外殻を次々に飛び移って回避している。

 避けきれないものは刃で弾き、切り裂き、どんどんと機械竜に迫っていく。

 

 外殻を全て避け、空中に飛び出したハグ。

 だがそこに、熱線のチャージを追えた機械竜が迫る。

 

 しまった!罠だったのか!

 

 機械竜の口が開き、熱線が放たれる。

 避けきれない。


「食らうかぁー!」


 それに対し、ハグが身体を思い切り仰け反らせたかと思うと――。


「がああぁーっ!」


 口から熱線を吐き出した。


「「ええええぇー!?」」


 統華と一緒にたまらず驚く。

 機械竜よりハグの方がよほどドラゴンじみている。

 ぶつかり合う熱と熱――押し勝ったのはハグだ。


「そろそろきめるぜっ!」


 更にオーラを増したハグが機械竜に突撃し、連続攻撃を加える。


「オラオラオラオラ、オラァっ!」


 機械竜はなすすべなくやられるばかりだ。

 やがて機械竜が遥か高く打ち上げられ、その真下でハグが腰を深く落とし、拳を構える。


「バーストォ……ノォヴァァァァァ!!!!」


 突き上げた拳から巨大な龍のエネルギーが放たれ、機械竜を呑み込んだ。

 

 あまりの高熱に溶解し、爆発する機械竜。

 爆発の衝撃で暗雲に穴が空き、光が射し込む。

 

 その光に照らされるハグ。

 勝鬨(かちどき)のように拳を突き上げたまま、清々しい笑顔を浮かべていた――。



 

 ――――



 

 戦いが終わったあと、俺たちは事後処理も含めて施設(ケージ)に行った。

 なるめの身体検査も終わり、俺たちの担当医でもある先生から話を聞く。

 診察室のモニターにはキッズルームで遊ぶハグの姿が映っている。


「身体的には人間と変わらないね。いたって健康そのものだ」


 ハグについての検査結果を伝えられ、俺と統華はひとまず胸を撫で下ろす。

 

「体内に未知のエネルギーが渦巻いている……ということ以外はね」

「未知の……エネルギー」

「ハグはいったい何者なんですか?」

「そこで昨日統華ちゃんが倒れた件が絡んでくる」

「え?」


 ハグと統華にいったい何の関係が……。

 

「観測班からのデータでな。統華ちゃんが倒れる直前、学校の上空に数秒だけクラックが開いたんだ。そこから高エネルギー体が地面に向けて飛び出した」


 一時停止されたその稲妻のようなエネルギーは、まるで龍の形をしていた。

 

「このエネルギー体が統華ちゃんにぶつかって、身体を通り抜けて実体化したのがあの子って事だな」


 だからどことなく統華に似てると思ったのか。


「あくまで状況からの推察だがな。このエネルギー体がなんなのかはまだ不明だ。つまり彼女の正体も、正確なところは分からないという事だ」

「あれだけの力を出せるエネルギーっていったい……」

「でも、悪い子じゃないと思うよ」

 

 それは俺も感じてる。

 あそこで機械竜を倒せなかったら、さらに多くの人が犠牲になっていただろう。

 ハグがどんな理由で戦ったのかはわからないけど、結果的には俺たちを助けてくれた。

 

「それと薄々気づいていると思うが、彼女が君たちと接触した際に摂取しているエネルギーはコズミウムだ」

「やっぱり……」


 コズミウム――どんなものにも変換できる特殊な素粒子だ。

 とある事件がきっかけで、俺たち兄妹の身体からは絶えずコズミウムが放出されている……らしい。


「彼女は君たちからコズミウムを吸い取ることによって、自身の力を増幅させているようだ。統夜くんはだいぶ吸われたようだな。体内のコズミウム量が普段の半分以下になっている」

「今めちゃくちゃダルいです……」


 ハグが俺を襲ってきたのもそれが理由なんだろう。

 あの時はきっと、攻撃と食事の違いもわからなかったんだ。



「彼女はしばらくは監視対象だが、君たちが監視役になれば一石二鳥だ」

「いえ、家族として迎えます♪」


 統華は楽しげにそう言った。

 もしかして本気で俺とハグをくっつけようとしているんだろうか。

 こいつこういう事は本当に面白がるからな……。


「まぁ、それでいい。ここに収容して暴れられても困るしな。伝えることは以上だ。もう帰って構わないぞ」

「はい、失礼します」

「ありがとうございました」

「あぁ、それとな。彼女の名前、ちゃんと考えてあげな。じゃないと番号で呼ばれるようになっちゃうぞ」

「わかりました。2人で考えます」


 ハグを迎えに行き、俺たちは施設を後にした。


 

 ――――


 

 翌朝――。

 

「ふあぁ……。腹減った。飯くれー」

「ねぇハグ、これ見て♪」

 

 起きてきたハグに、俺と統華は文字の書かれた紙を広げて見せる。


「なにこれ?」

「読んでみて」

「な・る・め?」

「そう、これがハグの新しい名前!統夜と2人で考えたの!女の子に成った龍と書いて……成龍女なるめ!」


 昨日ハグを寝かしつけた後、俺はスマホのメッセージで統華と一緒に名前を考えた。

 先生に言われた通り、名前にはちゃんと意味を込めた。

 女の子っぽい響きにするために漢文みたいな書き順になったけど。

 ついでに書きやすさを考えてひらがなだ。


「なるめ……。なんでもいいけど、ハグよりは良い気がする」

「これからよろしくね。なるめ」

「おう!」


 統華が掴んだ掌をなるめは握り返した。

 気に入ってくれたようでよかった。


「ちなみに名字は焔丈(えんじょう)ね」

「えんじょう……名字ってなに?」

「後で教えるから今は気にしないで。それよりごはんでしょ?」

「おぉそうだった!おりゃ!」


 なるめがいきなり抱きついてきて、俺はソファに倒れ込んだ。

 これから毎日これなのか……悪い気はしないと、押し付けられた柔らかい感触に思った。


「じゃあ私からもあげる♪」

「あぁ~これすげぇ~」

 

 挟み込むように統華が抱きつき、なるめがとろけた表情を見せる。


「あー腹いっぱいだ。これからよろしくな、統夜」

「……よろしく」

「へへっ♪」

 

 なるめの眩しいほど純粋な笑顔が視界いっぱいに広がる。

 こうしてハグ改め、焔丈(えんじょう)なるめは俺たちの正式な家族になった。


 

 俺たちの世界がこれからどうなっていくかはわからないけど、なるめと一緒なら……きっと楽しいはずだ!



 母さん――。

 また1人、家族が増えたよ。

 俺は棚に飾ってある小さい頃の俺と両親の3()()が映った写真を見つめた。


 


 ――――




「なにこの状況……」


 その日の夜、俺のベッドにはなるめを挟んで統華も一緒に入ってきた。


「なるめの独り占めはダーメ。今日からは3人一緒に寝るの」


 ……ベッドを広くしたほうがいいな。

 統華と2人でなるめを抱きながら、3人で眠りについた。




 ――――




「おら起きろ!」


 翌朝、声に叩き起こされた。


「……なんだよ朝っぱらから」


 重い瞼を擦ると、仁王立ちのなるめがいた。

 今日は日曜なんだからもっと寝かせて欲し……。


「闘うぞ!」

「……は?」

「おりゃああっ!」

「うおぉっ!?」


 枕元に叩き込まれたなるめの拳で一気に目が覚める。


「ちょ、ちょっと待てって!」

 

 追いかけられるまま1階へ、リビングへ、庭へ逃げる。


「朝っぱらから元気だねぇ~」

「見てないで助けろ!」

「逃げんなー!これから毎日、俺と闘えー!」

「勘弁しろ~!」


 

 追伸母さん、やっぱり大変な日々になりそうです。





最後までお読み頂きありがとうございます。

残った謎や伏線については次の短編で回収していこうと思います。

いつになるかはわかりません。


少しでも面白いと思っていただけたら

↓の★★★★★を押して応援してくれると励みになります。

感想、レビューもお待ちしております。


【追伸】

挿絵はSkebでヌゥシさんに描いていただきました。

https://skeb.jp/@Nuuuuusi/works/65

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