鉄のナイフ
メインキャラを出したい欲に負けて七話から十話まで一挙公開します…!(八話)
村での遊戯はかなりバリエーションが少ない。鬼ごっこ、かくれんぼ、木登り…おもちゃを使用して遊ぶ文化が無いようなのだ。
「お姉ちゃんどうしたの?」
村へのせめてもの恩返しとして何かを作りたい…そう思いながら膝の上に座るユノンの頬をムニムニと弄ぶ。
「わ、わ」
木材が大量にあるのでそれを利用して何かを作る…。竹がこの世界にあるのか分からないが少なくともこの周辺にないため竹とんぼを作る、なんてことはできない。けん玉なんて複雑な物を作れるとも思わない。
「うーん」
「あぅあぅうあ〜」
そうだ、と閃いた。コマなら作れるのではないか。多少形が不恰好であってもある程度遊べそうだ。
方針が決まれば行動は早ければ早い方がいい、というのは持論だ。されるがまま大人しく座っていたユノンの頭を撫でて膝から降ろす。
エマ婆さんの家には色々な道具があったはずだ。木工に使えそうな小さなナイフがないか聞きに行こう。
立ち上がり歩き出せば、暇なのかその後ろを鳥の雛のようにユノンがついて来た。微笑ましい。
ユノンはエリックよりも幼く、七歳である。メグとの身長差がそこそこあるため普通に歩いた場合そのペースはかなり違う。
何も言わずとも歩幅を合わせる。昔、親戚の子供を相手していた時期があることもあり扱いはやや慣れている。
「どこ行くの?」
「エマ婆さんのおうちですよ」
「もう帰っちゃうの?」
「いいえ、ちょっと必要な物があるので取りに行こうと思います」
「そっかー」
僅かな時間であったとは言え、一人で森の中にいた時の寂しさを思い出すと小さな子供であろうと話し相手がいるというのは安心感があるもので、自然と笑みが溢れていた。
ところで、この世界においてメグは女性だ。しかし女性らしい喋り方というのがどうすれば良いのか分からず、子供相手であろうと敬語で話すようにしている。そうすることで少なくとも男らしさ、というのは無くなるはずだという考えである。
基本的にエマ婆さんは家の中にいるか、庭で安楽椅子に座り外を眺めている。どこかそれ以外の場所に行く際にはあらかじめメグに教えてくれるのでとても助かっている。ちなみに今日は後者であった。
「あら、メグちゃんにユノンちゃん。どうしたんだい?」
庭に入るとエマ婆さんはすぐにこちらに気付き、顔に深い皺を作り笑顔で手を振った。
「エマ婆さんこんにちは!」
「はいこんにちは」
二人の挨拶を見届けてからメグは口を開く。
「木を使って遊べる物を作りたいのですがナイフがあればお借りできませんか?」
言ってから思ったが、いくら家族のように迎え入れてくれているとは言え凶器になり得る物を借りようとするのはよろしくないのでは?なんて考えが無駄であることはエマ婆さんの続く言葉ですぐに分かった。
「うんうん、持っていきな。ベッドの足元に棚があるだろう?そこに入ってるよ」
「ありがとうございます」
お辞儀をして家の中へ向かう。ユノンも真似をしてお辞儀をしてついて来る。
もうすぐこの村に来て一月が経つ頃であり、それまでに色々な人と話したり手伝いをしてみたりと関わっていたがその中で一番過ごす時間が長いのはもしかするとユノンなのかもしれない。メグが外に出ればどこからともなく彼女は現れ、こうしてずっと側にいるのだ。
一度少し心配になりユノンの両親へ挨拶しに行ったことがあるのだが「引っ込み思案なうちの子を連れ出してくれてありがとう!」とむしろ感謝される始末であった。
ナイフはエマ婆さんの言った通りの場所にあった。飾り気のないシンプルな柄はそれほど汚れておらずあまり使用されていないように見えた。植物のような模様が彫られた鞘からナイフを抜くと輝く鉄の刀身が姿を現す。日頃から手入れしていなければこの輝きは出ないのではなかろうか。
「わぁ、綺麗…」
横から覗き込んでいたユノンに微笑み頷く。
しかし、本当に使っても良いのかが不安だ。もう一度エマ婆さんに確認しよう。
立ち上がり再び庭に出るとエマ婆さんはある一点を見つめていた。視線の先には木が一本。ちょうど庭の真ん中あたりから伸びるその木はその昔、元村長であった旦那さんとの結婚をしたその日に植えた物だと聞いている。
きっと思い出がたっぷり詰まっているそれを見つめる彼女の目はとても優しく、温かい物であった。
「エマ婆さん、ナイフを見つけましたがこれで合っていますか?」
声を掛けると一瞬ハッとしたエマ婆さんであったがこちらを向くと再び笑顔で頷いた。
「それだよそれ」
「あの、これってとても大切な物だったりしませんか…?」
まず、鉄の製品というのはこの村においてかなり貴重な物であったりする。知っている限りではオランズさんの使用する剣、そして木こりが使う斧が三本。これ以外の道具は基本的に青銅の物ばかりだ。
つまりこの鉄製のナイフというのは相当に価値があるはずなのだ。
エマ婆さんは「ううん」とやや考えたそぶりをする。
「それはね、旦那からの贈り物なんだ。お金に余裕なんてなかったはずなんだけどねぇ、コツコツとお金を貯めて街の鍛冶屋に打ってもらったそうな。素敵な鞘だろう?二人で植えたあの木の枝をうっかり近所の子供が折っちまった時があってね。あまりに立派な枝だったもんだから旦那がそれを彫って鞘にしたんだ。枝が折れたのは辛かったけどねぇ、それすらもいい思い出に変えちまったんだ。いい男だったよ本当に」
そう語るエマ婆さんの目はどこか遠くを見ているようで、その時の光景を思い出しているのがよく分かった。そんな大切な物は受け取れない、そう言おうと口を開きかけたと同時にエマ婆さんは
「でもねぇ、道具は使うから道具なんだ。使いもしないのにいつまでも儂が抱えていても仕方がない。この際だからメグちゃん、あんたに譲るよ」
「え、いやでも…」
「いいんだよ、何度も言わせないでおくれ。儂が譲ると言っているんだ」
なんとも言えない気持ちになる。人の大切な物を譲られるというのはこうも居心地が悪いものなのか。しかし断り続けるとそれはそれでエマ婆さんに申し訳が立たない。
やや悩んだ末にメグは佇まいを正した。
「では、ありがたく、大切に使わせていただきます。ありがとうございます」
深々とお辞儀をすれば彼女は今まで聞いた中で一番大きな声で笑った。
「ヒッヒッヒッ!いいんだよ、あんたみたいな別嬪さんに使ってもらったとなれば旦那も喜ぶだろうさ!」
いや、それはどうなんだと思いはしたが口にせず代わりに「それと、薪を一ついただきます」と声を掛けその場を後にした。