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TSエルフの冒険譚  作者: 巌沢雪乃
プロローグ 目が覚めるとそこは
3/23

森の洗礼

 暗い。月明かりが綺麗だ…なんて元の世界では考えていたが平和だからこそであったのだと痛感している。

 木の葉の隙間から僅かに差し込む月光は目が慣れたからこそ見えてはいるが歩き続けるには心許なかった。

 日中の森は賑やかで様々な音で溢れていた。しかし今はどうだろうか。草木が風に吹かれる音、そして小川の流れる音しか聞こえない。まるで森全体が音を出してはならないと警告しているようにさえ思える。

 油断であった。街灯のない夜道など歩いた経験がないので仕方がないと言えば仕方がないのだが、それこそ獣に襲われたとしても仕方がないとすら言える。


 諦めて近くにあった木の根元に腰掛ける。自然とため息が漏れた。

 この体になってから疲れをあまり感じないのは若さゆえか、はたまたエルフという種族ゆえか。

 しかし肉体的な疲れがなくとも精神はすり減るものだ。


 人に会いたい。その一心で楽園を飛び出したが僅かな後悔を抱いていた。


 ポーチに入った拳ほどの大きさの果実を一つ手に取る。ジャガイモのようにゴツゴツした硬い外皮を剥いて齧り付く。決して不味くはないがよく分からない味がする。無理矢理何かに例えるとするならイチゴだ。僅かな酸味、僅かな甘みと多量の水分が口に広がる。食感は硬めのゼリーのようで、僅かな繊維が舌を撫でる。やや不快な食感であった。

 しかし楽園で何度も食べた物であるため今では気にせず食べられている。

 手探りで残りの個数を数えると残りは五つであった。


 何とか保って二日分の食料にしかならないだろう。早い段階で別の食料を探さなければならない。


 その為にもまずは夜を越さねばならない。

 メグは背を預けている木を上体を捻り見上げた。うっすらと手に届く範囲に太めの枝があるのが見える。


 木の上で夜を明かそうか。いやしかし落下した時のリスクが怖い。

 ではこのまま過ごすか。それは酷く恐ろしい行為なのではないか。


 腕を組みぐるぐると頭の中で悪い想像ばかりを巡らせる。メグは欠伸をした。


◆◆◆


 日差しが瞼越しに目を刺激する。ハッと目を開ければ目の前は既に明るく、太陽の位置はほぼ真上にまで迫っていた。

 疲れていたにしても我ながら警戒心がなさすぎる。生きていたのが奇跡である。


 気になることがある。目の前に白いウサギが一匹いるのだ。背中には当然のように小さな羽が生えている。

 そいつが一生懸命口を動かして食べているのは見たことがある物体…そう、楽園から持ち出した果実であった。

 慌ててローブの中を見るとポーチが一つ無い。どうやらメグが呑気に寝ている間にウサギが器用に食料を盗み出したようだった。


 あとどれだけ歩くかも分からない。食料が無いのはとても困る。


 メグはウサギを見つめた。一般的なうさぎよりは一回り大きく抱えるのもやや大変そうなサイズだ。口を動かしながらじっとこちらを見ている。困惑しつつも観察する。


「それは私の大切な食料だったんだぞ…」


 野生のウサギが言葉を解するわけがないと分かっているが恨み言を言わずにはいられなかった。口に出すことで新たな感情が顔を出す。そう、怒りだ。


 環境にも慣れず、何が食べられる物かも分からない現状で食料を奪われるのは腹立たしい。例えそれが自分が寝こけていたせいだとしてもだ。


 傍に置いていた斧を手に持ちゆっくりと立ち上がる。警戒心がないのかいつまでもその場を動かないウサギに近付き斧を振り上げる。

 生き物を殺したことなどない。命を奪うことで後々に後悔するかもしれない。しかしこれは生きる為に必要な行為である。


 狙うは脳天だ。一撃で命を奪う。


 両手に力を込め、柄を握りしめる。そしてやや上体を逸らし勢いを付け……。


「お"ッ!!?」


 天地が逆転していた。まず腹部に強烈な衝撃が走り、次いでしばしの浮遊感、そして全身くまなく断続的な衝撃に襲われる。

 視界はチカチカと瞬き上手く呼吸もできない。


 辛うじて動く手で腹部を抑えながら顔を上げる。ウサギと目が合った。


 殺される。そう思ったのだがどうもウサギはこちらに興味がないらしい。残った果実の欠片を咥え、砂埃を上げ上空へ跳んだ。とんでもない跳躍力である。


 視界から消えたウサギから意識を外しメグは腹部を見る。ややアザになっていたものの内出血は今のところ確認できない。

 ぜぇぜぇと荒い呼吸を整える。何が起きたのか。答えは簡単だ。無防備な腹部にウサギが頭突きを繰り出したのである。


 たかがウサギ。元の世界でのイメージだと圧倒的に被捕食者であり危険を感じれば逃げるだけの弱い生き物である。

 もし今回相手が肉食の獣であればどうなっていただろうか。想像するだけで背筋が凍る。


 ゆっくりと時間をかけ呼吸を整えた。ウサギがいた辺りに目を向けると、作成したポーチが見るも無惨に分解されていた。使用した蔓の半分程度しか残っていないあたりメグが苦労して切断した蔓すらもウサギからすれば餌であるようだ。


 意識を改めなければならない。ここは異世界である。常識に囚われず油断せず過ごさねば明日を迎えるのは難しいだろう。


 ローブに付着した土を手で払い斧を片手に歩き始める。できるだけ進もう。決意を新たに歩みを進めるメグは結局この日食料を見つけることが叶わなかった。

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