野営
森に辿り着いた二人はまず周辺に川がないかを探した。水場が近くにあればもし持参した水がなくなったとしても生きられるため、森を探索する際の基本である。
地図によればこの近辺には小さな川が流れているはずだ。
「あそこね」
サーラが指を指す方向をよく見ると、確かに森に続く小さな川があった。冒険者として三年ほど先輩である彼女はこのようにとても頼りになる。
「よく見つけますね本当に…」
二人の身長差は十センチほどあり、尚且つメグの方が高身長であるため普通に考えるとメグが先に見つけるべきなのだが、サーラはそんなことを気にしている様子は特にない。
褒められてご満悦な様子のサーラ。出会った当初からそうなのだが、どことなく彼女が人との関わりを求めているように感じている。
出会うまでの三年間は基本的に一人で活動していた、という話なのでその時の孤独感による反動なのかもしれない。
二人は川に沿って森の中に足を踏み入れる。寒期の森はとても静かだ。
足元に落ちている枝を踏んでみるとパキッと軽快な音が鳴る。よく乾燥している証拠だ。焚き火の燃料に困ることはなさそうである。
「この辺でよさそうね」
「そうですね。では私は枝を拾ってきます」
「お願いするわ」
ある程度進むと少し開けた場所に出た。今夜はここを拠点として夜を明かし、明日から本格的に活動を開始することになる。
メグは一度その場に荷物を置き、落ちた枝を拾い集めながら歩き回った。
その間サーラは火起こし道具をリュックから取り出し準備する。これは元の世界で舞きり式と呼ばれていた形式の物で、魔法の使えない二人にとって必要だと考えメグが作った物である。
抱えるほどの枝を持ってメグは広場に戻る。
「もう日が暮れそうですね」
「ええ、急ぎましょう」
用意した枝を重ねて置き、火起こしを開始する。実は、急ぐのには理由がある。
この近辺の森は『静寂の森』と呼ばれており、夜になると虫も動物も、そして魔物や魔獣さえもが息を潜める。
代わりに現れるのが『ナイトメア』という魔物だ。ナイトメアは小さなコウモリのような姿をしている。大きな音に反応し、夥しい数の群れを成して襲い掛かる。襲われた生物はあっという間に全身の血を抜かれてしまうらしい。
そんな恐ろしい存在ではあるが弱点は火だ。火起こしさえしておけば多少の音を立てたとしても襲われることはない。
この世界に来た当初も夜間の森を経験していたが不気味なほど静かであった。もしあの時に音を立てていたら今メグはここにいなかっただろう。
幸いにも完全に日が落ちるまでに野営の準備が整った。焚き火を囲いほっと一息つく。
二人は持参した干し肉とパンを軽く焚き火で炙りながら齧った。
「宿の料理が恋しいわ」
サーラはリスのようにゆっくり食べ進めながらため息をついた。
「そうですね」
メグも同じ気持ちだった。
なかなか噛みきれない干し肉は獣臭く、そしてかなりしょっぱい。炙ることで現れる香ばしさでほんの僅かに気が紛れるも、お世辞にも美味しいとは言えなかった。
ついでに言えばパンも保存用であるため乾燥しており粉っぽく、そして硬い。一度口にすれば口内の水分があっという間になくなってしまう。
メグは普段利用している宿の料理に思いを馳せた。香辛料の効いた肉と豆の炒め物、根菜ベースで優しい味のスープ…。
二人はそれぞれ好きな料理を思い浮かべてはため息をつき、空腹を満たした。
◆◆◆
二人は不寝の番を交代で行うことで夜を明かした。片方が起きていないといざという時に反応ができないため、外で夜を明かす場合は必須とである。
空が明るくなったのを確認し、メグはサーラを起こす。眠そうな目を擦る彼女の髪は寝癖で少しハネていた。
荷物をまとめて、焚き火に砂をかけ消化できたかを確認してから二人は川沿いを森の奥へ向けて歩き出した。メグはいつでも戦闘に入れるよう、右手に弓を持った。
目標はトビウサギ。背中から羽の生えた白いウサギである。