挨拶
物語の本筋に入るため駆け足になりましたがこれにて前日譚は終了です。
『サーラの冒険譚』から『挨拶』までの三話を同時投稿しています。
ラマールとサーラが村に滞在し始めてからあっという間に時間は過ぎ去り、この夜が明ければ最終日になってしまう。
メグは毎晩のように夜更かしをしてサーラと色々な話をした。初めこそは一緒に寝るたびにドギマギしていたメグであったが、今ではサーラが腕に抱きついて寝たとしても微笑ましく思う程度である。
「ふふ、それでエリックにまた怒られちゃったわ」
「それは災難でしたね…」
そしてサーラにとってもメグと過ごす時間は心地良く、すっかり気を抜いて話すようになっていた。
年齢の近い同性であるという点もそうなのだが、年下であるはずなのにも関わらずどこか大人びた雰囲気を持つメグの側にいると安心感があった。
明るい雰囲気で談笑を続けていたのだが、徐々にサーラの顔が暗くなっていくのにメグは気付いた。
「どうしたんですか?」
「……」
心配になり顔を覗き込むと視線がぶつかる。しかしサーラはそっと目を逸らし体を上に向けた。
「…私、ここまで名残惜しく思う別れは初めてよ」
そう言われてメグも少し考え、やがて頷いた。
「私もそう思います。サーラがいないと少し寂しいかもしれません」
メグの言葉にサーラはまた向き合うように横を向いた。少しムッとした表情をしている。
「少し…?」
「ふっ、かなりかもしれません」
「今笑ったわね!?」
別れが惜しく思う気持ちは互いに一緒であった。
そして、実はメグにはここ数日悩んでいることがあった。胸元にグリグリと顔を押し付けるサーラの頭に手を置き意を決して口を開く。
「あの、サーラ?」
「うん?」
サーラが顔を上げ目が合う。
「もし、もしですよ?私も冒険者になってみたい…と言ったらどうしますか?」
自分が冒険者としてやっていけるのか、それは分からない。しかしサーラの話はどれもこれもメグにとっては新鮮で刺激的であった。サーラの歩みを聞いて、メグは久しく胸に夢を抱いていた。
しばらくキョトンとした顔をしていたサーラ。しかし少しずつその口角が上がる。
「それって私と一緒に…と言う認識でいいのかしら?」
「はい」
大きく頷くとサーラは満面の笑みを浮かべた。
「ぜひ一緒に行きましょう!」
断られたら断られたらで仕方ないと思っていたがそれは杞憂だったようだ、と息を吐く。サーラはそんなメグをよそに、また胸元へと顔を埋めた。
◆◆◆
翌日の朝、メグはラマールに昨晩のやりとりも含め話し、同行してもよいかと確認していた。
「私は構いませんよ」
快諾であった。言葉通り一つ返事であったため心配になり理由を聞いてみれば、
「サーラさんのお仲間になる方ならば断る理由もありませんよ」
と言う返事が返ってきた。実にありがたい話である。
彼との話もほどほどに、次いで会いに行ったのはエマ婆さんである。
「あの!エマ婆さんにお話があるのですが…!」
「おや?」
村に来てから今に至るまでメグはエマ婆さんの世話になりっぱなしであった。見ず知らずの、しかも自分達とは違う姿の存在を家に招いて孫のように扱うなんてことは普通は絶対にしないことだと思っている。
いつもと変わらず庭の安楽椅子に座る彼女の顔はいつだってシワだらけで、穏やかな表情である。
メグは彼女の前に立ち、意を決した。
「村を、出ようと思います」
ガチガチに固まった顔をしているメグの顔を見たエマ婆さんはより一層顔の皺を深める。
「たまには顔を出すんだよ。子供達も喜ぶだろうからね」
なんとなく言い出しにくかった。お世話になった恩を返し切れていないにも関わらず出ていくというのは、メグに後ろめたさを持たせていた。
エマ婆さんはそれを見透かしているかのように言葉を続ける。
「なぁに、ずっとこの村にいるとは誰も思ってないさね!ただまぁ、たまには顔を出して欲しいとは思うがね、ヒッヒッヒッ」
「ありがとう、ございます…絶対にまた立ち寄らせてもらいます」
メグは深々とお辞儀をする。なんだか少しだけ涙が出そうだった。
ここからは挨拶回りが始まる。
お世話になった人物はかなり多い。しかしその誰もが別れを惜しみつつ旅立ちを祝ってくれた。
子供達には泣きつかれてしまったし、ユノンなんて「ついていく!」と言って離れようとせず、親に引き剥がされていた。随分と懐かれたものだ。
日が暮れ始めると門番が仕事を終えて家に帰る。不思議なことではあるがこの森において夜が一番安全な時間となっている。それはメグが楽園から村へ移動する道のりでも同じだったように思う。
それはさておき、東の門から村へ入ってきたオランズさんに声をかけていた。
「お疲れ様ですオランズさん」
「お?珍しいね。どうしたんだい」
オランズさんはボロボロになったメグを村に迎え入れた張本人でもあった。
「この度村を出ることになりまして挨拶に来ました」
「そうかそうか」
うんうんと頷く彼は歯を見せて笑った。
「最初に会った時は驚いたけど、元気になったみたいでよかった」
「その節は本当にありがとうございました」
「そう何度もお礼を言う必要はないよ。そうだな、まあ元気でやってくれよ」
オランズも仕事が終わったばかりで疲れているだろう、と早めに切り上げてメグは挨拶回りを終えた。
エマ婆さんの家に帰り、明日の出発に備えて準備をする。弓、日記、頂き物の鉄のナイフ、金貨の入った皮袋。
本当にいつか出ていくのだと予想していたエマ婆さんは、いつの間にかメグのためにとリュックを用意してくれていた。中にはいくつかの保存食と着替えが入っていることから、今回の訪問で出ていくのだと思っていたのかもしれない。
何も残さないわけにはいかないと思い、メグは金貨のうち半分を開発資金として手渡した。どの程度の足しになるかは不明であるがないよりかはマシなはずだ。
初めこそそれを受け取ろうとしなかったエマ婆さんだったが、メグがどうしてもと一歩も退かなかったため諦めて受け取っていた。
◆◆◆
そして翌日になる。忘れ物もない。挨拶も済ませた。あとは出るだけだ、とリュックを背負い立ち上がる。
まず目指すは『カルコス男爵領で最も大きな街』だ。
どんな出会いがあるだろう。どんな経験をするだろう。メグは期待を胸に一歩踏み出す。
本日は快晴であった。