サーラの冒険譚
『サーラの冒険譚』から『挨拶』までの三話を同時投稿しています。
一人だと広く感じたベッドも二人で使えば手狭に感じる。現在二人は並んで仰向けになりながら寝転んでいた。
先程の出来事と比べると幾分かマシとはいえ少女と寝る緊張からメグは寝られずにいた。横に視線を向けてみるとサーラも目を開けて天井を眺めている。
「冒険者になってどれくらい経つんですか?」
どうせ寝られないのなら、とメグはもう一度上を向き声をかけた。布が擦れる音がしベッドが揺れた。サーラがメグの方を向いたようだ。
「十三の時に登録をしたので三年になりますわね」
十三歳といえば子供も子供だ。日本だったらまだ中学生である。
物語において冒険者と言えば最も危険な仕事と言っても過言ではない。魔物と戦ったり、あるいは戦争に参加したり。この世界にも魔物はいる。予想が正しければそういう存在を狩る仕事だってあるはずだ。
ふと疑問が浮かんだ。今の発言からサーラが十六歳であることがわかった。それにしてはやや幼く見える。身長は百四十センチに満たないだろう。そんなサーラよりメグは身長がやや高い。
「サーラさんから見て私って何歳に見えますか?」
「え?ああ、記憶がないんでしたわね。うーん、私は成長が遅いので参考にはなりませんが…私より少し年下に見えますわね」
最初に自分の姿を見た時は十五歳程度かな、なんて思っていたのだがいざ村の十五歳になる子供達を見ると思いの外大人っぽかったのだ。それこそメグが少し幼く見える程度には。
人は見た目で判断してはいけないと言うが、それにしても分かりにくい。自分の年齢が分からないというのは不便だなと思った。
それはさておき。聞きたいのはそこではないので質問を変える。
「冒険者は何をするんですか?」
メグは元々ゲームやアニメが好きな方だ。この世界に来た当初に大変な目にあったとは言え、生活が落ち着いてきた今はこの世界に何があるのかが気になり始めていた。
「そうですわねぇ…冒険者というのはまず四つの階級に分かれていますの。硬貨と同じで銅級、銀級、金級、白金級とありますわ。ちなみに私は銀級の冒険者ですの」
「ふむ」
チラリと横を見るとサーラは得意げな顔をしていた。
「銅級の仕事は雑用が多いですわ。コツコツと依頼を進めるか、何か一つ大きめの功績を残すと銀級になれますの。銀級の仕事は銅級と比べて危険が多くなりますのよ。この村までの道のりも大変でしたわ…私、魔法を使うオオカミの群れなんて初めて相手しました」
「魔法を使うオオカミ…まさかグレイウルフですか?」
グレイウルフ。炎の魔法を使う大型の魔物であり、この村にやって来る直前にメグに襲い掛かった存在である。たまたまうまく逃げ切れたが次同じ目に遭ったとしたら無事では済まないだろう。
「確かそんな名前だったと思いますわ!でもまぁ、数が多いだけでしたわね」
とんでもないことを言うものだ。相手が一匹だとしても正面から戦ったら間違いなくメグが餌になる。それだけ恐ろしい相手だったはずだ。現にこの村においてあの魔物の対応をできるのは、東の門番をしているオランズさんと北の門番をしているソトルさんの二人だけである。
その二人が相当な実力者であるとは聞いているが、まさか銀級の冒険者というのは揃ってあれほどの魔物を簡単に狩ってしまうのだろうか。
「あんなのどうやって狩るんですか?」
自分には手が負えないグレイウルフをサーラはどう倒すのだろう。そう思い問いかけると、
「潰しますわ」
と、なんでもないことのように答える。
「かなり威力のある魔法を使うはずなのですが」
脳裏に浮かぶのは背後から飛んできて大爆発を起こしていた火球。あれが人にぶつかれば間違いなく無事に済まないのは誰が見ても明らかであった。しかしサーラから返ってくる言葉は至極単純だ。
「もちろんそれごと潰しますわ」
うまく想像ができなかった。
暫しの沈黙が訪れる。
「私、冒険者になって初めてのお仕事はある村まで道を塞いていた瓦礫の撤去でしたの」
ぽつり。サーラが呟くようにして語り始めたのは冒険者サーラの軌跡であった。
「ある行商人からの依頼でしたわ。依頼の報酬金は銀貨五枚。その当時私もあまり常識を知らないものでしたから、これだけ?と失礼ながら思っていましたわ」
銀貨五枚といえば日本円で言う五千円。そう考えると高いか安いかで言えば安い方か、と納得しつつ続きを聞く。
「依頼を終えた後にその行商人と話す機会がありましたの。銀級の冒険者を雇おうと依頼を出したものの誰も受けない。だから泣く泣く銅級の依頼として出し直したそうですわ。実際、銀貨五枚というのは銅級の中だと破格ですのよ?」
メグはラマールから受け取った金貨を思い出していた。大金も大金であったためふんわりとしか考えられていなかったがひょっとしてとんでもない金額だったのではないか。
逆に言えば、それだけの価値のある物を簡単に手放してしまったのではないか。
考えても仕方のないことであった。
「感謝の言葉をくれたその時の顔を、きっと私は忘れませんわ」
とても穏やかな声だった。メグは寝返りを打ちサーラと向き合うような姿勢となった。目が合うとサーラはニコリと微笑む。
「三年で色々と見て回りましたわ。あ、そうですわ!」
突然起き上がったサーラは四つん這いになり、ベッドの足元に置いていたリュックを漁り始めた。そして一つの容器を取り出す。
「少し前にある村に行きましたの。そこではこの香水という物を作ってますのよ」
容器の栓を抜きそれをメグの顔の近くに寄せた。
ふわりと漂う花の香りが鼻腔を刺激する。一瞬頭の中に見渡す限りの花畑が広がったような気がした。それは嗅ぐと何度も嗅ぎたくなるような、人を引き寄せるかのような香りであった。
「その村からの依頼で、この香水の原料になる花の採取をすることになったんですの。最初にその花を見た時は本当に驚きましたわ。なんせ動くんですもの!」
香水を仕舞いながら話すサーラは再現するかのように体をくねらす。
もう少し嗅いでいたいなと名残惜しさを感じながらも耳を傾ける。
「名前は確かマンイーター、だったかしら?人を誘き寄せて食べる魔物ですの。花で作った香水は魅了の効果を持って、種で作った香水はこのようにいい香りだけを楽しめますのよ」
「マンイーター…」
動く花と聞いて最初に浮かぶのは食虫植物だがその魔物はどんな姿をしているのだろうか。
人を誘き寄せると言うくらいなので美しいのだろうか。それとも見るからに危なそうな見た目をしているのだろうか。
メグは自分の中に、久しく忘れていた少年のような心が姿を表したのに気付く。それと同時に、自分がこの世界のことを本当に何も知らないのを実感していた。
再び横になるサーラはなお話を続ける。
「この村をずっと北に行くと王都があるんですの。一度だけ行ったことがあって、人は多いし食べ物は色々あるしでとても楽しかったですわ!」
サーラが話メグがそれを聞く。完全に火が点いてしまった二人のやり取りを止めるものはなく、その結果夜がすっかり更けるまで続いた。