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Prologue

興味を持っていただき、ありがとうございます。本と猫をこよなく愛する女子中学生へおんです。

文章は拙いですし、内容もありきたりかもしれませんが、読んでいただければ幸いです。

題名は仮ですので、そのうち変更するかもしれません。わかりにくかったらすみません。



 スイは愛される子だった。


 だけど、スイは愛されることなんて望んでいなかった。





 純白。ただひたすらに、純白。神聖ささえ感じさせる、目が痛くなるほどの白。釣鐘型で、うつむきがちに咲いている。


 触れれば溶けそうだ。花弁が閉じている花もあり、それらは可憐なしずく型をしていた。


「雪でできた耳飾りみたい」


 無意識にぽろりと声が漏れる。レイは少し目を見開き、それから花がほころぶような微笑を浮かべた。


「スイが喜んでくれて、嬉しいよ」


 喜んでいるなんて、一言も言っていないのだけれど。間違いではないので訂正はしなかった。全然間違いなんかじゃなかった。


 レイが笑ってくれたことが嬉しくて、無意識に自分の口角も上がっていく。


「へえ、レイにしてはいいんじゃないの」


 母の言葉に、レイはびくりと身体を震わせた。露骨に怯えた顔をして、先程の表情は幻のように消え失せる。――ああ、久しぶりに笑顔を見せてくれたのに。スイが見たいのは、スイが好きなのはそんな辛気臭い顔じゃないのに。


「お母さん、私、お腹空いたよ。ご飯まだ?」


 わざと不機嫌な声を作って転がすと、母は「ごめん、ちょっと待っててね」と慌てて台所に駆け寄る。せっかく追い払ってあげたというのに、レイの表情は暗いままだった。


 スイは目を細めてレイのくれた花を見る。


 この花はスノードロップという。双子の姉のレイが、スイの合格祝いにくれたものだ。可愛らしい鉢植えの中でひっそりと佇むそれは、本当に、とても美しかった。


 だが、正面に座る父は眉をひそめた。手に持っている髪飾りはおそらくスイへの贈り物だ。


「どうせならスノーフレークにしたら良かっただろうに。あっちのほうが可愛らしくてスイには似合う」


「まあ、それはそうねぇ。これ、なんか地味だもの。そうでしょう、スイ?」


「……そんなことないよ。私、すごく気に入った。レイ、本当にありがとう」


 レイはおずおずとだが「どういたしまして」と微笑んでくれた。自然とスイの顔にも笑みが浮かぶ。喜びに腹の底をくすぐられながら、照れ隠しのように戯れに、昨日地下から持ってきた花の図鑑を開いてみる。


 この家に地下部屋は三つある。一つ目の部屋は物置用、二つ目の部屋は避難用、そして一番広い部屋はスイのものだ。


 己の部屋のほとんどを、スイは本棚で埋め尽くした。あらゆる本を隙間なく詰め、その空間で過ごすのがスイにとっての幸せだった。小さい頃から夜は必ずベッドの上で本を開く。物語で登場人物の旅路を辿ったり、図鑑で見たことのない生物に想いを馳せたりすれば、その日にあった何もかもが塵になって心の奥底に沈んでいくような気がした。


 この図鑑もお気に入りの一つだ。まるで物語に出てくる魔導書みたいな見た目をしていて、幼いスイの感性にグッサリと刺さったものだった。いつもの店で見つけ、母に頼んで買ってもらった。姉は草花が好きなので、共にこの本を眺められたらどんなに素敵だろうとあれこれ妄想しながら、店の主人に怒られるまで立ち読みしていた。


 かなりのお値段だったので、買ってもらったあとは手伝いを頑張ったのを憶えている。母はそんなのいいのにと笑いながらスイの頭を撫でてくれた。


 レイに一緒に見ないかと誘ったけれど、断られたのも印象に残っている、残りすぎている。「あっちに行って、もう来ないで」とまで言われてしまったのだから、ショックは半端なかった。無理に笑顔を作って、その場を離れてから号泣して、謝ることも怖くてできなくて、そのままずるずると歳を重ねてきてしまった。


 レイが欲しかったものを先に買ってしまったのがいけなかったのかもしれないし、それ以外に理由があったのかもしれなかった。


 今ではわからない。どうしてあんなに涙が出たのか――。誘ったけれど断られた、ただそれだけだったのに、一体何が嫌だったのだろう。


 幼かった頃の自分は、きっと今の自分とは別人だ。どれほど過去の光景を憶えていても、そのときに抱いた感情はもう深い闇の中。必死に理解しようとしても意味がない。訳がわからない。あのときのものはなんというキモチだったか、思い出せない。


 苦かったはずの過去を振り返りながら、ひたすら頁をめくっていく。


 何度も何度も読み返した本だ、すぐにお目当ての頁は現れた。黄ばんだ紙はぷんと独特の匂いを放ち、スイを静かに出迎える。


「……見つけた」


 声に出さず呟いて、その頁を隅々まで眺めた。柔らかな筆跡で描かれたスノードロップはもうすっかり色褪せている。けれど、とても美しいと思った。


 産地、薬効、花言葉まで載っている。指で文字を追いながら、その単語を脳内だけで読み上げる。


 スノードロップの花言葉は、「希望」、「慰め」。そして、あともう一つ――……


 ……何が起こったのかわからなくなった。


 まずは自分の目を疑い、次に書の正確さを疑った。でもそれは幻覚ではなく、書が嘘をついているようにも、嘘をつくような書を母が渡すようにも思えなかった。



 そうだとしたら、この花言葉は本当で。


 レイがスイにスノードロップを贈った。それはつまり――



「…………そんなわけない」



 レイはあまりこういうものに着目しない(たち)だった。星座は好きでもその伝説には興味がなく、同じように花は好きでも花言葉はどうでもいい。


 そっと視線を下げて、スノードロップを己の手で包み込む。真っ白な花弁が一枚、雪のように剥がれ落ちた。



 とても綺麗だ。


 レイがくれた、美しい花。



 顔を上げると、嫌でもレイの顔が視界に入る。レイも静かにこちらを見る。


 二人の視線がぶつかり合った。


 レイがふいに唇を弧の形に描いた。レイのやや切れ長の目は、笑うと眦が下がりとても柔らかな印象になる。


 見てくれた。笑ってくれた。嬉しくて、スイはレイを見つめ続けた。この麗しい笑みを、目に焼きつけておきたかった。


「スイ、ご飯よ。今日はあなたのための日なんだから、遠慮せずにいっぱい食べてね」


 母のよく通る声がスイを現実に引き戻した。香料の匂いが漂う鳥の揚げ物。溶けた乾酪がたっぷりとかかった南瓜の煮物に、芋を混ぜて炊いた米。今は冬なので、特別豪華なものは作れないが、それでもかなり奮発した品数だ。


 スイは「ありがとう」と微笑を浮かべて食べ進める。レイの前には御馳走が置かれない、だって合格したのはスイだけだから。


 ――最難関にして最上級と言われる〝ラピス〟という学舎がある。そこに入学するための試験にスイは、スイだけは受かった。


 昔からスイはいい子だった。賢く聡明、謙虚で親切、更には容姿も優れていた。


「合格おめでとう。スイは私達の誇りよ」


「そこまでのことじゃないよ。ラピスに受かったのだって、お母さんとお父さんのおかげだもん」


「……いいえ、スイの実力よ。ああ、あなたって子は本当に……レイと違って、なんていい子なのかしら」


「なんでそんなこと言うの」


 考えるよりも先に口から飛び出したそれは、怒りだった。


 母が驚いたようにこちらを見る。見開かれた瞳に恐怖が過ぎり、すぐに消えた。


「ああ、本当にスイは優しいわね。いいのよ、無理に庇おうとしなくても」


 無理になんかじゃない。叫ぼうとしたスイを、母は頭を撫でることで制した。


 母も父も、レイの成績がほんの少し悪いというだけで、やたらと彼女を責めるのだ。両親だけじゃない。級友も、先輩も、後輩も、先生も、みんな。


 レイが唯一受かったのは〝ラピルス〟だ。「ル」はラピシャ語で「劣る」という意味があり、名の通り学力がラピスに劣る学舎だった。


 スイはラピスの滑り止めとしてラピルスも受けたが、どちらにも合格したので、必然的に学力のより高いラピスに通う。


 つまり、これからスイとレイは別の道を歩むこととなる。


 レイは始終母のほうを窺っていた。スイは意味もなく皿の水滴を指で押し潰す。いつもいつも、なぜかレイはスイを見てくれない。


「レイ、食べないの? 私のお芋あげようか?」


「いらない、そんなの」


 声をかけても変わらない。レイはスイを見てくれない。絶対に。


 部屋の奥にはラピスの制服がかかっている。聖職者を思わせる真っ白な制服だ。その更に奥には水色のラピルスの制服があった。


 きっとレイにはよく似合う。スイにだって、味気ない白の制服よりかは、ずっと似合うはずだった。


 もうレイと同じところには行けない。これからは一人で通うのだ。


 寂しいな。素直にそう呟いた。別にスイはラピスなんてところに行かなくていい。学力なんかに興味はない。ただ、レイと共に通えたなら、どんなところでも楽しいだろうと思った。


 このままだと、スイ一人だけラピスに行く。スイはいい子のまま、そしてレイは「失敗作」というレッテルを貼られる。



 ――スイには才能がありますね。


 ――スイに比べてレイはだめだな。


 ――スイは出来損ないのお姉ちゃんみたいにはなっちゃだめだからね。


 ――スイって誰にでも優しくていい子なんだよ。


 ――スイは本当にいい子ね。



 皆口を揃えてスイをいい子だという。レイを悪い子だと言う。


 どいつもこいつも、レイの上辺しか見てくれない。皆にとって都合のいいところだけ見て、残りの要らないところは見ようともしない。


 もう嫌だと思った。比べられるのも、レイを馬鹿にされるのも。


 それに――あともう少しだけ、レイのそばに――両親のいないところでレイのそばにいたら、レイはきっとスイのことを見てくれる。


 スイはそう考えれば考えるほど、抑えきれない期待が風船のように膨らんでいく。溢れる感情をそのままに、母と父と姉、三人の前で満面の笑みをさらけ出した。


「私も、ラピルスに行く」


「……え?」


 家族たちは思わずといった様子で聞き返した。スイは笑みを深めると、ご丁寧に同じ言葉をもう一度繰り返してあげた。


「私も、ラピルスに行くよ」

 


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