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りんご飴食べたい


 今年もやってきた夏休み。小学校の頃はまだワクワクしていたが、今の俺には暇でしかない。

 これは昨日のことなんだが俺は夏休み早く終わんねえかなあとぼやいていた。

 そのとき俺は優瑠の部屋で宿題をしていたので、当然優瑠は近くにいた。


「そんなにカノジョさんに会いたいのか? 俺にのろけないでくれ。何ならラインでもして、適当に会えばいいだろう」

 という感じでいつも通り眉間にしわを寄せていた。机に伏せて腕を枕にしたような体勢の俺に冷たい視線が降り注ぐ。夏にこんな寒いことがあってよいのだろうか。

 ほんとに優瑠って俺に当たりついよな。その上今日は昨日から彩夏ちゃんが友達のいえに泊まりに行っているため特別機嫌が悪かった。

「違えよ。佐藤が恋しいとかじゃなくて単純に夏休みが苦手なんだ」

 自分がぼっちだってことをしみじみ分からせられるみたいで嫌なんだよな。事実なんだがいざ直面するとグッとくるというか。

 八つ当たりとして夏休み中優瑠の部屋に通い詰めてやろうか。

 そう思って優瑠の顔を見上げると、ひどいことになっていた。

「知ってるか? 約雨。可愛い可愛い彩夏ちゃんは彩る夏と書いて彩夏ちゃんなんだ。その夏を苦手などとのたまうなんて、よっぽど手の込んだ自殺がしたいんだな」

 え? そこまで話が飛躍しちゃうの? 俺別に夏が苦手なわけじゃないし、そのシスコン理論はおかしいだろ。夏休みが苦手って言っただけで俺殺されちゃうの? どんなクソゲーだよ。

「え、いや、彩夏ちゃん関係なくないか?」

「は? 万物は可愛い可愛い彩夏ちゃんのおかげで存在してるんだから関係大ありだ。とくにお前みたいな愚か者には教育が必要だと分かるだろう?」

 完璧にキマッっちゃってる瞳で優瑠は俺に死刑宣告をする。彩夏ちゃんがいない今俺に救いは無いのだった。

 さよなら人生。

 そうあきらめかけた時、突然俺のスマホから着信音がした。優瑠の視線が緩んだすきにスマホを取って確認すると佐藤からだ。

「ちょっと出るな」

 そう優瑠に断ってから通話を始めた。

『お兄さん、今日が何曜日か分かってる?』

「夏休みに曜日なんてあってないようなもんだろ」

『あるよ。今日は土曜日、土曜夜市がある曜日なの。覚えてるよね?』

「あーそういえば……」

『お兄さん夏休みボケが早いよ。しっかりして』

「スマン。夕方の五時に優瑠の家に集合でいいか?」

『おっけー、じゃあね』

「またな」

 スマホを適当に置いて正面を向くと、嫌そうな顔をした優瑠と目が合った。

 なんだその信じられないものを見る目は。

「勝手に人んちを待ち合わせ場所にするな」

「確かに……」

 さっきまで変人だった優瑠が急に真面目なことを言うので呆気に取られてしまった。

 その後、気を取り直したように優瑠は彩夏ちゃんトークを繰り広げていたが、大人しく聞くことにした。明日には彩夏ちゃんが返ってくるので、しばらくは落ち着くだろう。まったく手のかかる友人だ。


 優瑠の家の前で待っていると五時三分に佐藤はやってきた。白いワンピースなんて夏らしいもの着ているから八尺様みたいだと思ったが、黙ることにした。

「お兄さん久しぶり」

「久しぶり」

 俺達は軽く挨拶を済まして商店街へと歩き出した。

「お兄さん何かやりたいモノでもあるの?」

「そうだな……りんご飴食べたい」

「土曜夜市にりんご飴はないでしょ」

 何言ってるんだという顔で佐藤は言った。そんなに急に辛辣にならなくてもいいと思うが、確かに佐藤の言う通りだった。屋台は少なく、多くの出店はアーケード内にシートを敷いているだけなのでりんご飴なんてとてもじゃないが置けないだろう。

 しかし神社の近くには屋台もいくつか置かれ、食べ物をメインに売られている。

「神社のとこにあるかもしんないだろ」

「どーだろうね? あっても大判焼きかチョコバナナかかき氷か……食べ物なんてそのくらいじゃない?」

「あとポテトとイカ焼きとキュウリだな」

「りんご飴ないじゃん」

「今年はあるかも」

 佐藤に言われて思い出してみたが確かにりんご飴の姿はない。去年は優瑠にりんご飴を買ってこいと言われて必死に探したが無かったはずだ。どうして忘れていたのだろう。いや、その前にも祭りかなにかでりんご飴を探したことがあるような……

「おっ、着いたじゃん。とりまりんご飴でも探しますか」

「うん」

 佐藤の声でハッとしたがどうも頭がモヤモヤして返事がしおらしくなってしまった。そのことに気付いたのか佐藤はするっと自然に手を握ってきた。なんだか仕方ないとでも言いたげな笑みに違和感が咲き誇る。

 俺は何か大切なことを忘れている気がした。

 俺が再びぼーっとしていると佐藤がグイグイと腕を引いてきた。ギュッと引き寄せ俺の耳元でささやきながら佐藤は右斜め前を指さした。

「あのこ高木さんじゃないかな?」

 見るとそこにいたのは紺色の男物らしい浴衣を着た高木ソラだった。珍しく髪を束ねていて、背を向けている今でも首元が見える。

 俺にとっては高木がこんなところにいることも、浴衣を着ていることも、髪を束ねているのも驚くべきことなのだが、何より俺が目をこぼしそうになったのは浴衣姿の女性を連れていることだった。

 高木が連れている女性は優しそうな雰囲気を漂わせた日本らしい人で、若いが学生ではなさそうだった。高木とあまりに似ていないので、母親ではないだろう。となると……

「カノジョ!?」

「お兄さん? 声が大きいよ」

 佐藤が指摘するが時すでに遅し、高木は俺を標的にして冷たい視線を淡々と垂れ流してきた。本日二度目の絶対零度である。夏にこんな寒いことがあってたまるか。

「あなた、どうしたの?」

 高木の体の向きが違うことに気付いたのか女性もこちらを向いて、驚いたかのように口元に手を当てた。その目はなんだか輝いているように見える。

「あら、お知り合いさん? カップルなんていいわね~」

 女性が楽しそうに俺らの方にかけてくるので、高木は下を向いてやれやれという仕草をしてからゆっくりとそれを追いかけた。その途端に高木の眼差しが優しくなるものだから、非常に不気味である。

 俺らの前に来ると女性は立ち止まって高木を振り返った、それでも高木はペースを崩さずゆっくりと彼女の後ろ隣りに立った。

「天永君に佐藤さん、久しぶり。すまないね、うちの澪がはしゃいじゃって驚いただろう? 澪、こちらは天永君と佐藤さん。二人とも高校生で、コンビニでよく合ううちに知り合いになったんだ」

 俺は自分の目を疑った。あの無表情な高木が柔和な笑みを浮かべ、いつもとは似ても似つかぬ口調で俺らを紹介している。正しく優男と言った感じだ。

 佐藤さんはともかく天永君は同級生のようにボクを扱うなかなかに生意気な子だとか好き勝手言ってるが、明らかに高木ソラではなかった。

「高木? どうしたんだ? それにカノジョさんまで……」

「あらやだ彼女さんだなんて、私達夫婦なんですよ」

 夫婦? 俺はどういうことだと高木を仰ぎ見たが、鋭い視線に黙らされてしまった。佐藤は高木の態度に何か察したようで、人当たりの良い笑みでニコニコと状況を眺めていた。

 佐藤にわかって、俺にわからない? となると契約系だろうか? 三年は保証付きのカノジョ……期限付きのカノジョ……レンタルカノジョ……パパ活………ママ活!

 つまり高木はこの女性とママ活のようなことしているというわけか。

 高木って優瑠が優等生ぶって王子様スマイル決め込むみたいなことができるのか。イケメンさまって本当に恐ろしいな。

「天永君、絶対余計なこと考えてるよね? 言っとくけど澪は正真正銘()()の妻だよ」

「スミマセン、カレシは高木さんが既婚者だったのが意外みたいで。コイツバカなんです。澪さんもあまり気にしないでください」

 高木の発言に俺が余計なことしたのだと決めつけて佐藤が軽くゲンコツを落としてきた。別に何もしてないだろ俺。

「いえいえ、指輪を付けてくれないこの人も悪いもの。気を使ってくれてありがとうね」

 澪さんは佐藤に謝り高木を窘めたが、高木は「だって、キミとの大切なものを無くしてしまうのが怖いんだ」と少し不安げな様子で愚痴るだけだった。

 それから澪さんと佐藤は高木と俺についてそれぞれ語り、澪さんが嬉しそうに高木の袖を引いた。

「ねえ、もし佐藤さんや天永君が良ければ一緒に回ってくれないかしら? この人の知り合いなんて珍しいから、ぜひ仲良くして欲しいの」

「いいですよ、今日うちのカレシは上の空なんで困ってたところでしたから」

「そう睨むなって……」

 ねえ? なんて言ってこちらを覗き込んだ佐藤の目はなんだか笑っていない。佐藤の返事に澪さんは大喜びで高木は何も言えないみたいだった。またやれやれと首を振った後にありがとうと小さく呟いた。それからふっと目を閉じた。

 目は口程に物を言うというが、一番幸せそうに見えるのが目を閉じているときだなんて、ちょっと皮肉な気がした。


 それからは子供のようにはしゃぎまわる佐藤と澪さんに振り回されてばかりだった。高木は相変わらずゆっくりと澪さんの背中を負い、呼ばれれば一つだけ返事をした。俺はりんご飴を横目で探しつつ、そんな彼女らを眺めていた。

 何かあれば高木を呼んで待つばかりだった澪さんが突然高木のもとにかけてきた。それには高木も面食らったようで、一度もズレなかった歩行のテンポが乱れる。

 高木の目の前に来た澪さんは高木に声を掛けさせる間もなくその左手を取った。その反対の手に握られているのは縁日でよく見かける子供用のオモチャの指輪だ。ピンクのリングに赤いリボンが乗っけられたそれはまさに小さい子が好きそうなデザインだった。

「うーん。小さいから流石に小指にしか入らないわね……」

 いくら高木の指が細いからといっても、小指の第二関節までしか入らなかったようだ。それはそうだろう、対象年齢が違い過ぎる。

「急にどうしたんだい?」

 高木は自身の小指にはめられた指輪と澪さんの顔を見比べて首を傾げた後、少し体を屈めて視線をあわせた。

「あなた何回言っても指輪を着けてくれないでしょう? だから今日だけはと思って」

「……ありがとう」

 高木は一つ微笑んでから足を伸ばしてごめんと何回か呟いていた。ニコニコと澪さんは高木を見つめる。

 それを佐藤は神妙な顔つきで眺めていた。

 やがて心を入れ替えたようにニヤニヤした顔で佐藤は俺にオモチャの指輪を押し付けてきたが、不思議な気持ちは無くならなかった。

 結局、りんご飴は見つからず、俺らは帰路に着いた。


 高木んちはいたって普通で、それでも二人きりには大きすぎた。

「こんな遅くまで突き合わせてしまったから、二人を送ってくよ。天永君はともかく佐藤さんが心配だしね。澪は家で待っててくれるかい?」

「俺のことも心配しろよ」

 俺の指摘に笑いながら澪さんは高木の申し出を了承した。

 澪さんに見送られてから五メートルほど歩いた辺りで高木は大きなため息を吐いてから口を開いた。

「ごめん。佐藤さんと天永をつき合わせて。澪さんが嬉しそうだから止められなかった」

「別に気にしてないよ。楽しかったし」

「俺も、このじゃじゃ馬を御してくれて助かった」

「じゃじゃ馬とはなんだ」

 高木の様子がいつも通りになったので佐藤も俺も肩の力が抜けた。気にしないつもりでもあの高木は違和感が過ぎたのだ。

「佐藤さんはともかく、天永は変な勘違いしてそうだから言うけど……、澪さんはボクの親父の妻だから」

 『天永君、絶対余計なこと考えてるよね? 言っとくけど澪は正真正銘()()の妻だよ』というセリフの時から違和感があったがそう言う事だったのか。でもつまりそれって

「高木のお母さんじゃないのか?」

「違うよ。ボクは親父と浮気相手のガキ。澪さんとは何の血のつながりもない赤の他人」

 高木は淡々と言い切って月を眺めるばかりだが、どうも納得は行かなかった。正直友人のドロドロとした家庭環境なんて聞きたくなかったというのが本音だ。なんで聞いてしまったんだろう。

「とにかく、ボクと澪さんのあれこれについて、誰にも話さないでほしい。もちろん澪さんにも」

「わかった」

「もちろんだね」

 振り返った高木は俺と佐藤が頷くのを見ると再び歩き出した。俺の家と佐藤の家の分かれ道で高木は佐藤について行った。

 月が綺麗に欠けた夜だった。


 

 分かれ道で約雨と別れ、高木は黙って佐藤の後ろを歩いていた。

 美浦君の話だと高木さんはお兄さんに気があるみたいな感じだったけどちがうのかなと私は思い始めた。約雨に向ける高木の眼差しは優瑠のものによく似ていたからだ。

 佐藤がぼんやりと考え込みながら歩いていると高木が急に声をかけた。

「佐藤さん、ほんとにごめん。今日は色々疲れさせたと思う。それにデートも邪魔してしまった」

 ボクが土曜夜市にでも誘ったらどうだと天永に勧めたのにと続けられ、佐藤の仮説は一気に現実味を持った。

「高木さんはお兄さんのこと好きじゃないの?」

「好きだよ、友人として」

 高木の言葉に佐藤は何故か頷いていた。それと同時にこんなに好きを大切そうに言う人は初めてだなと感心した。

「恋愛感情はもうないかな。でも、あんなのがボクの初恋だったんだよ。……今、天永に絡むのは単純に友人の恋路が気になるだけ。だからボクのことは警戒しないでくれると嬉しい。ボクは澪さんのことと学業で手一杯だから。大人になろうとしてばかりだと気が狂いそうになるから年相応の話が聞きたいだけなんだ」

 高木の複雑な家庭環境と約雨の平凡さと思春期の不安定な精神が混ざり合ってできた初恋だった。もちろんそんな感情に未来はなく消費されるままだったわけだ。

 私の話をお兄さんから良く聞いてたのは警戒からじゃなくて純粋な興味だったんだ。高木さんも美浦君同様友達少なそうだもんな。お兄さんの友達適正には本当感心する。

「純粋な興味なんだけどさ、その澪さんとの関係ってつまりどういうことなの?」

 佐藤の質問に高木は数歩歩いてから口を開いた。

「勘違い……かな。 母が死んで、親父がボクを引き取った。そのころから親父は仕事ばかりで出張も増えて家にいないことが多くなった。それから澪さんはおかしくなったんだ。ボクのコトを仕事で帰ってこない夫だと思い込むようになって、ボクはそれに便乗してだまし続けた」

 高木はそこで区切り、自分の胸を持ち上げて「どこ見てるんだろうね?」と嘲笑して見せた。

 私は慎ましやかな自分の胸と見比べて若干羨ましく思いつつも、高木さんも相当な変人だと確認した。

 ───まあ、本人と澪さんが幸せそうだからいいか。

 この日から高木と佐藤は互いに相談相手になるのだが、それを約雨が知るのは随分後になってからだ。




 後日、彩夏ちゃんが帰って来てべりーはっぴーな優瑠と共に学習していると佐藤からラインがきた。

『結局りんご飴なかったし、花火大会の日に一緒に探そうよ』

『おっけー』

 佐藤からのお誘いに返事をして、陽気に彩夏ちゃんについて話す優瑠を見ながら思った。この夏は退屈しなさそうだな、と。

「花火大会の日、優瑠んち集合でいいか?」

「俺んちはハチ公前か何かなのか?」


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