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カレシとカノジョのデート


 ある日の放課後のこと。

「約雨、またカフェでカップル限定のメニューが出た」

「へーー」

 珍しく目を輝かせてチラシを見せながら優瑠が言った。彩夏ちゃんの絡まない話は久しぶりだな。とだけ思いながら相槌を打つと、優瑠は眉間に皺を寄せた。

「何他人事だと思ってるんだ?」

「他人事じゃねえの?」

「俺がわざわざお前に言ったということは一緒に行けということだ」

「横暴な……」

 なんとなくそうは思っていたけども。

「彩夏ちゃんは……」

「ダメだ。お前がカノジョだから」

「それ継続してたのか……」

 そもそも甘い物が苦手な可愛い可愛い彩夏ちゃんにそれを強制することはできないし気を使わせるなんてあってはならないと優瑠は語りだした。彩夏ちゃんの名前出さなきゃよかった。

 優瑠は中学の頃からカップル限定スイーツがあるとそのたび俺をカノジョに仕立て上げていたのだが、その設定は継続していたらしい。恐ろしい。てか俺現在カノジョいるんだけど……

 優瑠からしたら甘い物と可愛い可愛い彩夏ちゃん以上に優先するものないんだろうな。

「俺は高校生男子だぞ。流石に無理が……」

「は? 俺のプロデュース力を舐めるな愚民が」

 男子高校生の間違いだろとか、精神的な問題があるとか、やいのやいの言い合っていると教室の扉が勢いよく開いた。犯人は恐らく佐藤だ。

「おーい! お兄さん! カップル限定スイーツ食べに行こうよ〜!」

 佐藤は優瑠が持っているのと同じチラシを掲げている。俺は優瑠から逃れたい一心で提案した。

「佐藤! それ優瑠も行きたいんだって! 一緒に行ってやれよ!」

 その瞬間周囲が氷着いたのが嫌でもわかった。凍結源は佐藤と優瑠である。

「ちょっとお兄さん! カノジョをどうして他の男と一緒にするの?」

「約雨、お兄ちゃんでありカレシである俺のことを押し付けようなんて……」

「あああ! ごめんなさい! 取りあえずお前は俺のお兄ちゃんでもカレシでもないだろぉ!」

 佐藤の言うことは最もだが、お前はなんだ優瑠?!

「は? お前は俺の妹だろ」

「弟ですらない……!」

「妹じゃないなら可愛い可愛い彩夏ちゃんに近づいた害虫として駆除する」

「シスコンの拗らせ方がエグい……」

 ダメだこのシスコンどうしようもない。このままでは俺の命が危ないが、妹だとは認めたくない。取りあえず逃げるしかないな。

 俺は荷物を抱えると佐藤に優瑠を任せる旨を伝えて走り出した。佐藤の素っ頓狂な叫び声が聞こえなかった気がしないでもないが、幻聴だろう。ストレスとは怖いものである。

 無事に学校から脱出して家へと急いでいるとグイッと肩を引っ張られた。バランスを崩して引っ張られた方へと倒れ込む。恐らく人とぶつかってしまった。

「うわっ……高木?」

 頭上を見上げると微動だにせずに高木が淡々とこちらを見ていた。見られてるというより監視されているような圧を感じる。

 コイツ身長高いせいか目つきも相まって圧がすごいんだよな。

「ごめん。どうした、何か用か?」

「とくに何も? 君が走ってるから気になっただけ。いつもはもっとのろのろしてるだろ」

「喧嘩売ってんのか?」

 知り合いが全速力で走っていたらそりゃ気になるだろうが、わざわざ馬鹿にするようなことをつけたさないだろ。

「違う。あ、後用はある」

「なんだよ」

「君のカノジョの話、聞きたいな。あれから毎日弁当作ってるだろ? なんか進境があるんじゃないか?」

「え……」

 高木って恋愛とかに興味あったの? めちゃくちゃ意外だ。てかなんで知ってんの? ……いや俺等結構有名になってたわ。佐藤が美人過ぎるせいで。

「とくに何もねぇよ」

「ふぅん。ヘタレだな」

 辛辣な意見に反論しようとするとその前に「ま、ボクも言えた口じゃないけどね」と高木は付け足した。

 え? なに? コイツ恋愛してたの? 何か叫ぶために吸い込んでいた息がぽっかり空いた口から、ありませんでしたと言わんばかりに逃げていく。

 ちょっと目を伏せた高木は何かを反省しているようだった。軽く空気が重い。コイツ絶対俺より恋愛してるじゃん。

 張り詰めた空気を割くように高木は首を傾けた。ゴキッという音がしたあたり運動不足なのだろう。俺も気をつけなくては。

「たのしいだろ、ソレ」

「何が?」

「進境のない今の状況」

 高木は表情が変わらないが、今はこころなしか笑っているように見える。しかし口角に注目すると違いが分からない。雰囲気だ。

 進境がない、と言われても、そもそも俺はなりたくて佐藤のカレシになった訳では無い。

 俺達は恋をして告白して恋人になったのではなく、佐藤の宣言でカレシとカノジョになっただけだ。

 だから目指す関係もしたいこともない。

 けれど、確かに今は楽しい。友達のようで友達ではない関係。なんだか面映ゆくて、形容しがたいけど幸せだ。

「やっぱ楽しいんだ。笑ってるぞ君。気持ち悪いなぁ」

「はぁ!?」

 お前笑えたのかよ! じゃなくて、は? そんな顔に出てたか俺。自分の顔など知らないが頭が熱を持つので図星だったのだろうか。

「楽しいなら良かった。佐藤さんのこと、例え三年間だけだとしても、大切にしなよ。犬は3日飼えば3年恩を忘れないんだ」

 ───いいことはするべきだよ。犬は3日飼えば3年恩を忘れないんだから。人はもっと覚えててくれる。

 ───3日だけ飼われた犬の気持ちがお前にわかるかよ……!

 突然頭に走るズキッとした痛みに手が伸びる、自然と眉間に皺が寄った。なんであのことを思い出したのだろう。

「じゃあね。天永。引き止めて悪かった」

 高木は背を向けて数歩歩き、振り返った。

「ボクは、人に嫌われるような物言いが多いけど。……冗談言ったことはないから」

 ……それだけは分かってほしい。

 なんとなく高木の背中は寂しそうだった。一人だけ高いその背は浮いていて、遠いはずの距離が分からない。

「また明日!」

 俺の声は高木に届いたんだろうか。手を振ってくれるキャラではないが、今くらいは……と思ってしまった。



「佐藤! 優瑠を任せた!」

 約雨が走り去ってしまったのでどうしたもんかと佐藤は扉を見つめていた。優瑠を任せたと言われても佐藤と優瑠に関わりはない。友達のカノジョとカレシの友達。ただそれだけだ。

 いや、カレシのカノジョとカレシか?

 優瑠に視線を移すと荷物を纏めていた。手には自分が持っているものと同じチラシが握られている。

「美浦君も行きたいっていうのはお兄さんの嘘じゃないんだ」

「そういうことだ。カフェに行くぞ」

「え?」

「カップルであることに加え期間も限定されているんだ。約雨がいないんだから仕方ない」

「そう……かな?!」

 優瑠の真剣な物言いに佐藤は納得しかけたがそんなわけない。カレシがいるのに他の男と行くなんて……それを勧めたのはカレシだが……。

 え? なんか複雑。しかも相手がカレシの自称カレシだしお兄ちゃんだし。……怖。

「安心しろ奢ってやる」

「……友達いないの可哀想だし、いいよ」

「感謝する」

 友達いないの認めてるんだ。

 それからは黙々と進む優瑠に大人しく佐藤はついていった。

 カフェについて遠慮なく優瑠はカップル限定スイーツを頼んだ。春らしく桜をモチーフにしたらしい可愛らしいデザインだ。

「こちらカップル限定メニューですが」

「俺達カップルです、ね、ダーリン」

「ソウダネハニー」

「お似合いですね! 少々時間がかかりますが楽しみにしてください」

「へへっ楽しみだね☆」

「ソウダネハニー」

 なんで美浦君がハニーなのだろうか。新しいスイーツにテンションハイになっている優瑠が気持ち悪い。

 アイドルみたいだのなんだの言われてる優瑠と美少女で有名な佐藤なので見た目だけなら美男美女カップルなのだが、発言が少々おかしい。

 顔の良さの前ではそれが誤魔化されているが、約雨がいたら確実に爆笑している。

 私はお兄さんとカレカノらしいことがしたいだけで別にこのスイーツが食べたいわけじゃないんだけどな。

 運ばれてきたスイーツをもぐもぐしながら顔と頭だけはいいカレシのカレシ(仮)を観察する。

 スイーツに夢中で話などはしそうにない。

 結構な量あったのにあと一口まで食べている。

 食べ終えたらしい優瑠は手を合わせるとスマホを取り出した。何をしているのだろう。

「何してんの?」

「約雨からラインが来た。『高木って恋愛してたの?』だとよ」

 頬杖をつきながら高木とあったのかなんてつぶやいている。どこか呆れているかのような顔に見えた。あんなにダッシュで私達から逃げておきながらラインとは……お兄さんは呑気なもんだ。

「高木さんか……この前あったけどどんな子なの? お兄さんは友達って言ってたけど、ねえ。美浦君、は色々知ってるよね、厄介な立ち位置だ」

 私が少し誂うように言うと、美浦はためいきを吐いた。隠すつもりはないらしい。

「高木は約雨の友達だ。よく約雨を誂っていた。とくによく言うからかいネタがあったんだよ」

 優瑠はそこで区切った。

 その目はまるで私と何かを重ねているような、それと私はおんなじだと言うようだった。

「『君にはカノジョできないだろ。いつかボクがなってやろうか?』」

 高木のそのからかい言葉は本当にただからかいたいだけの言葉だったのだろうか。少なくとも美浦優瑠はそうは思ってないだろう。

「佐藤さん。あなたはどれだけ約雨のこと本気なんだ?」  

 優瑠は今、佐藤を見極めようとしている。からかいたいのか、本気なのか。約雨へと向けられる好意をいくつか数えている優瑠だからこそ目を光らせるのだ。

「私は天永約雨さんのことが好きだよ。気持ちだけは本当だ。私も高木さんと変わらないんだろうな、正直になれなかったんだ」

 あの日、私とお兄さんが約束した。それは忘れられてしまったけど、無理やり契約と呼んだこれはどんな形になるべきだったのやら。

「そうか。あーあ。ホント疲れる」

「オトモダチはしゃしゃりでなくていいんだよ?」

「そういうわけにもいかないんだよ」

 お兄ちゃんだからな。

 優瑠のその笑みを見るとコイツ恋人できそうにないな、と思ってしまった。

 シスコンって恐ろしい。


 

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