佐藤のご飯について
春のお昼どきはお日様ぽかぽか大変心地がいい。春の匂いに満たされた中庭で約雨と佐藤は昼食を取っていた。
約雨は佐藤の昼食を見て思わず叫んだ。
「昼食パックご飯ってどういうことだよ!」
「佐藤がサト○のごはん食べて何が悪いんだい?」
「悪かないけど……」
栄養面が心配だな。
なんで遅いのかと思ったら保健室の電子レンジを借りていたのか。
そういえばコイツ今までコンビニ弁当だったし、弁当作れないのかも……。
まあ毎日パックご飯なんてやつはいないだろう。
と、そのときの俺は軽く考えていたのだが……
ホントにコイツ毎日パックご飯になりやがった。
「あ、ちょっとまってねお兄さん。ご飯温めてくるから」
「おう……」
佐藤はパックご飯を抱えて保健室へと向かった。俺は先に中庭に行って座って置こうと思う。
よくパックご飯だけで飽きないよな。佐藤はパックご飯オンリーで昼食を済ませている。確かに佐藤は小柄だが、栄養的に良くないというのは素人目でも分かる。
俺の弁当のおかず分けてやろうかな。
「ごめーん、まった?」
「まった」
「いま来たとこって嘘でもいいなよ」
そんなやり取り待ち合わせしてた恋人しかしないだろ。あ、俺ら恋人なのか。
「ごめん。お詫びに卵焼きやるよ」
「急にどした? ま、ありがと!」
箸でご飯の上に卵焼きを2個置いた。
「そういえば佐藤ってアレルギーあんの?」
「んー? 卵アレルギーだけだよ?」
「ぎゃぁあああ! じゃあ断れよ!?」
何気なく聞くと佐藤からいきなり爆弾が落とされた。なんでコイツ止めなかったんだよ、置いちまったじゃねえか! こんなピンポイントある?!
「アハハハハハッ! 大丈夫、大丈夫、生がだめなだけだから」
「でも不安だわ!」
一瞬安心したが万が一火がしっかり通ってなければアウトじゃねえか!
何なんだよコイツ。
「それよりいきなりアレルギーなんて聞いてどうしたんだい?」
コイツ察してやがるな。毎度のごとくニヤニヤして。
「いや、栄養面が心配だし、おかずくらい作ってやろうかと思ったんだよ」
「おー! 流石私のカレシだね。他にアレルギーはないからよろしく」
「任せとけ……」
あー、期待されると不安になってきた。そういや自分の弁当しか作ったことなかったもんな。後はホワイトデーに美浦兄妹にお菓子を作るくらい。
帰りは今日は優瑠とだった。彩夏ちゃんの機嫌が直ったこともあって優瑠は絶好調だ。彩夏ちゃんのここが可愛いここも可愛いと無限に語っている。
優瑠の話はシスコンマックスでよくわからないところも多々あるが、普段はクールイケメンな優瑠が熱心に語る姿は見ていて面白い。優瑠は彩夏ちゃんが絡まなければ頼りになる、でも彩夏ちゃんが絡まなければ親しみは持てないだろうな。
「あ、そうだ。お前この前可愛い可愛い彩夏ちゃんとカフェに行ったそうじゃないか」
このトーンはヤバい。優瑠から冷気が漂ってくる。こんだけヤバい空気になるとだいたい都合よく彩夏ちゃんが現れるのだが、今日の彩夏ちゃんは部活動をしている。天使の降臨は望めそうにない。
「変なこと言ってないだろうな……?」
「言ってねぇよ普通に」
「ま、お前が言えるわけないか」
そうですよ優瑠さん。俺が言えるわけないんです。命が大事だからね。
とか思いつつ約雨は少し約雨的にやらかしているのだが。
「で、可愛い可愛い彩夏ちゃんは何を食べていた?」
優瑠コイツ妹じゃなければただのストーカーだな。メモを用意してえぐい眼力で問いかけてくるので、俺は必死に思い出した。
「レモンタルト……とアイスコーヒー………だった気がする。俺は…」
「あーお前はどうせミルクとレモンタルトだろ? というかお前のことは聞いていない」
なんでわかったんだよ恐ろしいな。
「幼馴染だからな」
心読まれてる……
「俺達幼馴染って言っていいのか?」
幼馴染ってもっと小さい頃からの知り合いを言うのではないだろうか。
「いいだろ。この前テレビで芸人が高校生からの幼馴染だって言ってたぞ。人生長いんだ。小学生高学年なんてずいぶん幼い時期だろ」
「まあ、そうだな」
ついつい無視してしまいたくなるが、今や人生百年時代。今の歳の何倍も俺等は生きていくことになるのだ。あの子との約束も、時間も、どんどん小さなことになるし。今も昔になるんだろう。
果てしないことを考えてみると明日の朝に関する不安は薄れていった。
朝、いつもより早く起きてしまった。他人の分も作るとなって緊張しているらしい。二度寝しようかとも考えたが、かかる時間がわからないので早々に動くことにした。
特に失敗もなかった、と、信じたい。
「おーい! カノジy」
「はーい!」
クラスメイトの視線がいたたまれないので急いで教室からでる。
来訪者はもちろん佐藤だ。
「今日は少し遅かったな」
「あらかじめサ○ウのご飯を温めてきたからね」
なるほどだから遅かったのか。佐藤の抱えるパックご飯から白い湯気が漂っている。
「それよりお兄さんその顔どうしたの」
佐藤の声には(笑)がついていたように思える。
「なんか授業中に寝てたらしくて優瑠に落書きされたんだよ」
「なるほど」
今度の声にはWがついてそうだ。
しかも優瑠のやつ油性ペンで書きやがって、後おはようってなんだよ。
いつものベンチにつくと佐藤はあからさまにこちらに視線を送ってきた。
俺は自分の弁当箱より少し小さいおかずだけが入ったタッパーを渡す。
「ハイ」
「卵焼きやめたのー?」
「怖いからな」
美味しかったのにーと佐藤は愚痴るが、何かあったらと思うと気が気じゃない。アレルギーで死ぬほど吐いたことのある俺からすると尚更だ。いや、吐かされたといったほうが正しいか。
「普通に美味しいんだね。面白みがないなぁー。毒見した? って聞くのやってみたかった」
「なら、高木にでもやったらどうだ?」
「知らない男の話しないでよ」
「女だけど?」
俺と佐藤が軽口を叩き合っているとヌルっと背後から長身の女子生徒が現れた。いろいろとデカいその女子生徒は高木ソラ。俺や優瑠と同じ中学校出身だ。
「ねー、なんの話してたのさ」
おおこれはまずい。でもまあいいか…高木だし。
「佐藤が毒見した? って聞いてみたいらしくて、高木に言ったらどうだって話を……」
「ボクの料理が不味いってこと?」
「ん~~。不味いんじゃなくて、独特? 一般的な料理ではないな」
「ほお……」
なんか睨まれている気がしないでもないがいつものことなので無視しよう。高木は目つきが少々鋭いためよく睨まれていると勘違いされるらしい。本人は普通に見ているつもりでも怖がられるそうだ。
目がガッチリ合うのでそこは少し怖いけどね。
そんな高木はカッコいいとよく女子に言われていた。今現在も顎に手を当てる姿がなかなか絵になっている。
「それより、天永にしてはボクの名前を覚えてるなんて珍しいね。いつも高山だの高橋だの高なんちゃらだのひどい呼び方なのに」
「高いっていう印象が強いんだよな」
そう俺はとことん高木の名前を呼び間違えた。高がつくことは身長も相まって覚えているのだが、その後がよくわからなかった。デカいというイメージだけが残り山とか橋をつけてしまうのだ。
昼食を食べ終えたので高木とおしゃべりすることにした。高木とは暇になれば話していたので、話題が尽きない。そのたびに高木が煽るような発言をするので毎回キレていた。それからも話していると突然髪をむしられた。
ハゲる……!?
「ちょっとお兄さん、カノジョを忘れないでよ?」
毛をむしってきたのは佐藤らしい。その手元を見ると弁当(?)を食べ終えたようだ。タッパーをグイッと押し付けられたので受け取る。
「ほーん? 天永にカノジョが」
「これはちが……くはないけどかくかくしかじかで……」
「へー」
説明するが興味ないと言わんばかりに高木は生返事をした。まあ高木が恋愛に興味あるとは思えないけど、そんな冷たくならなくたって……ねえ? そこの皆さん。高木を見に来てる女子生徒の皆さんですよ。
その後じゃあねと言って高木は去っていった。
佐藤に高木について話して今日の昼休みは終わった。知らない女の話ならいいのか?
俺はなんやかんや毎日佐藤におかずを作っていた。まあいいか、佐藤の食改善は始まったばかり。でも今後の努力は本人にしていただこう。
翌日、高木が体調不良で学校を休んだのだが、それは恐らく俺に関係ないことだ。