表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/10

【9】 お世話になりまして眼鏡ラブ

 私は自家製ジンジャーエールを二つ作って、海斗くんの目の前に一つ置いた。

 海斗くんは気配に気づいてグラスを確認すると私の方を向き、イヤホンを外す。


 

「――あの、ちょっといいかな」

 


 私は向かい側に座って、自分の前にもう一つのグラスを置いた。

 黄金色のジンジャーエールの中を、真直ぐに昇った炭酸が、空気に触れては散っていく。


 …………息が詰まりそうなほど、胸が重苦しい。


 でも喋らなきゃ。

 私、ずっと話したいって思ってたんだ! 


 私は冷たくなった手を、膝の上でぎゅっと結んで、勇気を振り絞った。


「……海斗くん、しばらく来なかったから、どうしたのかなって……。この前のことで、それで来にくくなっちゃったのかなって……」


 硬く閉じた手を見つめながらそう話すと、海斗くんのいつもより小さい声が聞こえてきた。


「……佐伯さん、あの日、……なんかそわそわしてて、……楽しくなかったんだよね…?……それなのに……無理に誘って……ごめん」 


 楽しくなかったわけじゃないんだよ?

 ただ、ただね……


 柔らかく動くようになったはずの私の表情筋は、緊張からピンと張り詰めてしまっている。


 話さなきゃ、海斗くんに……!!



「そ、そうじゃなくてね、そわそわしてたのはね、私、じ、実は、ど、どうしても気になっていることがあって……それでなんだよ」



 私の声は震えてた。


 こんなとき、どんな顔して話したらいいんだろう?

 少し笑ったほうがいいの?

 引き攣った顔の私、やっぱり変じゃない?

 それともそんなこと、今は気にしなくていい?


 どんな顔していいいかわからなかったけど、自分が思ってもいない表情にはなりたくなかった。

 あの時みたいに。

 海斗くんには、誤解されたくない。

 それが怖かったから、私は眼鏡ラブを外したんだ。

 そしていつもの癖で、そのまま柄を折りたたむ。



 シュルルン♪



 ……静かな店内にくっきりと、シャットダウン音が響いた。


 うっ!?

 うわ~~~っ!!

 眼鏡ラブ、鳴っちゃったよ?

 やだっ、海斗くんに眼鏡ラブ使ってること、バレちゃうよお!


 慌てた私は。反射的に無かったことにしようと、柄を元通りに開いた。

 けれど今度は、



 ファンファ~ン♪



 あの軽やかな起動音が、またまた店内に流れてしまった。


 「アハッ、いやっ、これは、そのお、……ちょっと変わった眼鏡なんだあ、あはははははは」


 空しいほどの空笑いで、ついつい必死で取り繕っちゃたけどさ。

 よく考えたら、海斗くんも同じ眼鏡ラブ使ってんじゃん!? 誤魔化す必要なんか無いじゃん!? と、口に出す勇気の無い私は、心の中で自分にツッコミを入れた。


 私の眼鏡をじいっとみていた海斗くんが、()()()()()()()()()()()()


「……眼鏡ラブ」


「し、知ってるのお!? 海斗くん、眼鏡ラブのこと知ってるのお!?!? (もちろんだよねっ? だって使ってんじゃん!!)」


 も~意識しすぎて、2回も訊いちゃったよお!


「……うん。……柄に書いてあるしね。……ほら」 


 海斗くんが、テーブルの上に置かれた私の眼鏡ラブの柄をすっと指差した。

 柄の外側に、『Мegane LOVE』と刻印がされていた。



 ――って。

 ちょっとまって?

 何? こんなとこに、書いてあったの!? 


 ……しかも、言っちゃ悪いけど、ダサくね?



「……佐伯さんが……使ってること、……知ってたよ」


「ええっ!? し、知ってた? し、知ってたのお!?!?」


 ショックと、海斗くんの首根っこをつかまえたいのとで、またもや二度訊いちゃったけどさ。

 ――ってことはだよ?

 最初から、眼鏡ラブ使ってたの、

 海斗くんにバレバレだったってこと!?



 さっきまであんなに冷たかった手に、一気に血流が回って、手汗べったりなんですけど。

 恥ずかしくって、恥ずかしくって、きっと顔が真っ赤になってるよお。

 動揺した私は、自分が入れた自家製ジンジャーエールを両手でつかむと、海斗くんより先にゴクリと飲んだ。


「……大丈夫、……よく見ないとわからないよ?」


 海斗くんがワタワタと慌てふためく私の様子をみて、フォローする。


 フォローされても……

 ――ってさ。だいたい海斗くんだってさ!?


 そうだよ、私の眼鏡ラブの話じゃなくってさ、海斗くんの眼鏡ラブの話をしたいんだよお!


 私は続けて、もう一口、ゴクリと飲み込んで、海斗くんに切り出した。


「そ、そ、そんなことを、し、知ってるってことはさあ、か、海斗くんも眼鏡ラブを使ってるからでしょ?」


 フハハハハ! どうよ?

 動揺しまくりだったけど、犯人を追い詰めた名探偵になった気持ちで、海斗くんに指摘した。


「……いや。……使ってないよ」


「海斗くんも私と一緒で、どっちかって言うと(ていうかメチャメチャ)愛想ないほうだしさあ、コミュ障克服しようとして、使ってるんでしょ?」


「……いや。……使ってないよ」


「ううん、だってさあ、私聞いちゃったんだもん! 映画館で海斗くんの眼鏡の音、私のと同じだったもん!!」


 海斗くんの頬がちょっと動いた。

 驚いたのかな?と思ったけど、


「……いや。……違うって」


 と、なかなか認めない。

 私は前のめりになって、海斗くんを説得しはじめた。


「海斗くん、もう今更さあ、恥ずかしがること無いよ? 私だって使ってるのバレちゃったんだしさ、海人くんも素直に使ってるって言っちゃおうよ? 吐いちゃったらさあ、楽になるよ?」


「……だから……違うんだよ」


と言って海斗くんが、極太黒縁瓶底眼鏡ラブ(たぶん)を外してテーブルに置いた。

 私はさっと手に取って柄を折りたたんでみた。

 同じシャットダウンの音! そして開けば、私のと全く同じ、あの軽やかな起動音!


 「ほら、同じ音鳴ってるよ? それに、ここ! 海斗くんの柄にも刻印されてるじゃん!!」


「……いや。……違うって」


 もう~! 全部私のと同じじゃん!!!!


と突っ込もうとしたら、眼鏡を外した海斗くんの、私の見たかった素顔が、目に飛び込んできた。


 ――――私の目は、そのまま海斗くんの顏に釘付けになった。



「……か、海斗くん?」



 私の知ってるのは、あの極太黒縁瓶底眼鏡ラブ(たぶん)の海斗君だ。



「――――だ、誰……?」



 でも、今目の前に座っているのは。


 キラッキラの笑顔の素適な、膝を汚してピアスを探してくれた、辞めたはずの、あのイケメンお兄さんだった。




「え? ええっ? ……えええ~~~っ!?!?!?!?」




「俺のはね、眼鏡LOVEじゃなくて、眼鏡non(ノン)LOVE(ラブ)


 海人くんは極太い柄の外側を指差す。

 そこには確かに、『Мegane non‐LOVE』と刻印が。



 はあ………………?


 ――――それ、なんですのん……………………?



 イケメンお兄さんに変身した海斗くんは、あんぐり大口を開けたままの私に、破壊力抜群のキラッキラで微笑んだ。





 聞けば、眼鏡non-LOVE は眼鏡ラブの姉妹品で、正反対の作用があるそうだ。

 愛想が良すぎる人のための製品で、人との距離を近しくならないよう保ってくれるという。

 鼻パッドから放出される微量電流が表情筋を硬くさせるため、表情を抑え、話しにくいので口数を減らす効果がある。レベル5にすると、レンズは瓶底状態になって、相手が目を合わせにくくなり、より表情も読まれなくなるそうだ。

 海斗くんは自分の顏にコンプレックスがあって、女性から声をかけられることに辟易していたんだって。


「みんな、俺自身を見てくれてないっていうのが、わかっちゃってさ。そう思って誘いを断ると、泣かれることもあって。だからこれ、使い始めたんだ。……佐伯さんとは、そういうことは抜きで話せたし、自分を一番知ってもらえた気がして。それにさ、一緒にいて居心地が良かったって言うか……だからあいつに取られたくなくて、慌てて出かける練習しようなんて誘っちゃって」


 極太黒縁瓶底眼鏡non-LOVEを外した海斗くんは、口が自由になってスラスラ話している。


「辞めたなんて、嘘ついて、ごめん」


 眩しい瞳が伏し目がちになっても、イケメンは尚眩しい。


 海斗くんには海斗くんの悩みがあって、眼鏡non-LOVEを使っていたんだね。使ってみて、自分の笑顔の影響力に気が付いたそうだ。

 だからあのとき、私に言ってくれたんだね。


「……私、海斗くんの事、もっと知りたいな」


 極太黒縁瓶底眼鏡non-LOVEの海斗君のことは、少しは知ってるけど。

 自由に話す海斗くんとも、もっとお喋りしてみたい。


 私の言葉を聞いた海斗くんの顔が、みるみるキラッキラに変化する。


「例えば、どんな?」


 うわー、笑顔、眩しすぎだよお。

 キラッキラのその顔、見れないんですけど?


「えー、えーと……、休んでいた理由、知りたいな。……やっぱり私のせい?」


「ちがうよ。元々、休む予定にしてたんだ。俺、大学院受験したからさ。最後の追い込みで勉強して、それで昨日試験が終わった」


 そうだったんだ。

 休憩時間にスマホに真剣に向かってたの、受験勉強してたんだ。


「俺も、佐伯さん……えーと、なっちゃんの事、知りたいよ。また、その、……一緒に出かけてくれる?」


 ドキドキしながら、うんと頷いて答えたら、嬉しそうな海斗くんの笑顔が……

 輝きすぎだってば!!

 

 私は恥ずかしくなって、むりやり海斗くんに眼鏡をかけさせた。

 今はかけなくてもいいじゃないか、と抵抗する海斗くんに、私はお願いした。


「さっきまでの海斗くんとギャップありすぎなんだもん、恥ずかしすぎるから、レベル3位にしてかけといて! そのうち、素顔の海斗くんにも慣れるから!」


「これ、顔が疲れるんだよなあ」と海斗くんはぼやきながら、それでもかけてくれた。


「あと、一緒に出かけるときは絶対かけててね?」


 どうしてと尋ねる海斗くんに私は答えた。


「だって! 他の女の子に、海斗くんを見せたくないから……」


 その答えに、海斗くんが笑う。

 レベル3でも、KOされそうな威力の笑顔だった。


 眼鏡ラブ無しの私の表情は、海斗くんと一緒に話せることが嬉しくて、どんどん笑顔が零れてしまった。たぶん、海斗くんのレベル3と同位の笑顔になっていたんじゃないかって思う。

 それぐらい、表情筋が動いてた。



 向日葵に差し込んできた午後の日差しはまだまだ強くて、室温がさっきより上がっている気がする。

 二人してグラスに手を伸ばして、冷たい自家製ジンジャーエールを、私たちは一緒に味わった。



 ジンジャーがピリっと効いて、蜂蜜がほわんと甘くて、檸檬の爽やかな香りがふわりと広がった。





 *






 さてその後どうなったかっていうとね、

 私は勤めて3年後には、眼鏡ラブをすっかり卒業した。

 海斗くんは院を卒業して、遅ればせ社会人になり、今でも眼鏡non-LOVEのお世話になっている。キラッキラ笑顔は自分で加減できるようになったけど、「顔は自分ではどうすることもできないから」だって。なので、場面に応じて眼鏡non-LOVEを使い分けている。



 え? 

 眼鏡ラブのことだけじゃなく、私たちのことがもっと知りたい?


 じゃあ気になる人はぜひ、眼鏡ラブのホームページをチェックしてみてね。


 『お客様からの喜びの声』欄にね、

 『眼鏡ラブを使ってみた、東京都Nさんの場合』に、詳しく書いてあるからね。


 そうそう、最近、画像も添付されたんだ。


 なんの画像かって?




 それはもちろん、私たちの「結婚式」。








  ~  Fine. ~








この度は、読者の皆々様、大変お世話になりました!<(_ _)>

『かけるだけで好感度アップ!? 特許出願中「眼鏡ラブ」を使ってみた、コミュ障の夏菜さんの場合』をお読みいただきまして、どうもありがとうございました。

夏菜、海斗くん、リリコさん、旦那さん、ハルカへの応援をありがとうございました。

笑顔でお迎えしますので、どうぞいつでも向日葵にお立ち寄りくださいね!


さて物語はいかがでしたでしょうか?

少しでも、面白かったよ!と思われましたら、

ブックマークや★の評価をいただけますと、執筆の励みになりますので、夏菜のようにポチリと押してくださると嬉しく思います。<(_ _)>

また、小説家になろう会員外の方も感想欄を解放していますので、もしよかったら声をお聞かせください。


作者あき伽耶、面白そうな人だなあと思いましたら、童話、恋愛、異世界モノ、純文学系作品など真面目から不真面目な幅wで書いてますので、↓広告の下、子猫のバナーにリンクがありますどうぞ見て行ってください♪



お読みいただき、本当にありがとうございました。


それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ……!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘッダ
異世界恋愛童話ほっこり&ほろり現実恋愛童話かわいい 童話げんき詩短編エッセイ
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かった。まるで未来の秘密道具! よくこういうの思い付くな~って感じでした。そしてノンラブのほうにも需要があるのね……。 ( *´艸`)
[良い点] とても面白かったです!「眼鏡ラブ」、海斗くんもそうなのかな、と思いながら読んでいましたが、まさかの真実…。そして、この眼鏡の力で、二人が幸せになるラストがとても素敵です。 黄金色の自家製…
[良い点] 海斗君の敢えて下げるという意外性、おもしろかったですー! [一言] 前野活動報告あたりに感想書いて満足しちゃってたのですが、よくよく見返したらこちらに書きそびれてましたねワタシw 遅ればせ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ