【9】 お世話になりまして眼鏡ラブ
私は自家製ジンジャーエールを二つ作って、海斗くんの目の前に一つ置いた。
海斗くんは気配に気づいてグラスを確認すると私の方を向き、イヤホンを外す。
「――あの、ちょっといいかな」
私は向かい側に座って、自分の前にもう一つのグラスを置いた。
黄金色のジンジャーエールの中を、真直ぐに昇った炭酸が、空気に触れては散っていく。
…………息が詰まりそうなほど、胸が重苦しい。
でも喋らなきゃ。
私、ずっと話したいって思ってたんだ!
私は冷たくなった手を、膝の上でぎゅっと結んで、勇気を振り絞った。
「……海斗くん、しばらく来なかったから、どうしたのかなって……。この前のことで、それで来にくくなっちゃったのかなって……」
硬く閉じた手を見つめながらそう話すと、海斗くんのいつもより小さい声が聞こえてきた。
「……佐伯さん、あの日、……なんかそわそわしてて、……楽しくなかったんだよね…?……それなのに……無理に誘って……ごめん」
楽しくなかったわけじゃないんだよ?
ただ、ただね……
柔らかく動くようになったはずの私の表情筋は、緊張からピンと張り詰めてしまっている。
話さなきゃ、海斗くんに……!!
「そ、そうじゃなくてね、そわそわしてたのはね、私、じ、実は、ど、どうしても気になっていることがあって……それでなんだよ」
私の声は震えてた。
こんなとき、どんな顔して話したらいいんだろう?
少し笑ったほうがいいの?
引き攣った顔の私、やっぱり変じゃない?
それともそんなこと、今は気にしなくていい?
どんな顔していいいかわからなかったけど、自分が思ってもいない表情にはなりたくなかった。
あの時みたいに。
海斗くんには、誤解されたくない。
それが怖かったから、私は眼鏡ラブを外したんだ。
そしていつもの癖で、そのまま柄を折りたたむ。
シュルルン♪
……静かな店内にくっきりと、シャットダウン音が響いた。
うっ!?
うわ~~~っ!!
眼鏡ラブ、鳴っちゃったよ?
やだっ、海斗くんに眼鏡ラブ使ってること、バレちゃうよお!
慌てた私は。反射的に無かったことにしようと、柄を元通りに開いた。
けれど今度は、
ファンファ~ン♪
あの軽やかな起動音が、またまた店内に流れてしまった。
「アハッ、いやっ、これは、そのお、……ちょっと変わった眼鏡なんだあ、あはははははは」
空しいほどの空笑いで、ついつい必死で取り繕っちゃたけどさ。
よく考えたら、海斗くんも同じ眼鏡ラブ使ってんじゃん!? 誤魔化す必要なんか無いじゃん!? と、口に出す勇気の無い私は、心の中で自分にツッコミを入れた。
私の眼鏡をじいっとみていた海斗くんが、ついにその名前を口にした。
「……眼鏡ラブ」
「し、知ってるのお!? 海斗くん、眼鏡ラブのこと知ってるのお!?!? (もちろんだよねっ? だって使ってんじゃん!!)」
も~意識しすぎて、2回も訊いちゃったよお!
「……うん。……柄に書いてあるしね。……ほら」
海斗くんが、テーブルの上に置かれた私の眼鏡ラブの柄をすっと指差した。
柄の外側に、『Мegane LOVE』と刻印がされていた。
――って。
ちょっとまって?
何? こんなとこに、書いてあったの!?
……しかも、言っちゃ悪いけど、ダサくね?
「……佐伯さんが……使ってること、……知ってたよ」
「ええっ!? し、知ってた? し、知ってたのお!?!?」
ショックと、海斗くんの首根っこをつかまえたいのとで、またもや二度訊いちゃったけどさ。
――ってことはだよ?
最初から、眼鏡ラブ使ってたの、
海斗くんにバレバレだったってこと!?
さっきまであんなに冷たかった手に、一気に血流が回って、手汗べったりなんですけど。
恥ずかしくって、恥ずかしくって、きっと顔が真っ赤になってるよお。
動揺した私は、自分が入れた自家製ジンジャーエールを両手でつかむと、海斗くんより先にゴクリと飲んだ。
「……大丈夫、……よく見ないとわからないよ?」
海斗くんがワタワタと慌てふためく私の様子をみて、フォローする。
フォローされても……
――ってさ。だいたい海斗くんだってさ!?
そうだよ、私の眼鏡ラブの話じゃなくってさ、海斗くんの眼鏡ラブの話をしたいんだよお!
私は続けて、もう一口、ゴクリと飲み込んで、海斗くんに切り出した。
「そ、そ、そんなことを、し、知ってるってことはさあ、か、海斗くんも眼鏡ラブを使ってるからでしょ?」
フハハハハ! どうよ?
動揺しまくりだったけど、犯人を追い詰めた名探偵になった気持ちで、海斗くんに指摘した。
「……いや。……使ってないよ」
「海斗くんも私と一緒で、どっちかって言うと(ていうかメチャメチャ)愛想ないほうだしさあ、コミュ障克服しようとして、使ってるんでしょ?」
「……いや。……使ってないよ」
「ううん、だってさあ、私聞いちゃったんだもん! 映画館で海斗くんの眼鏡の音、私のと同じだったもん!!」
海斗くんの頬がちょっと動いた。
驚いたのかな?と思ったけど、
「……いや。……違うって」
と、なかなか認めない。
私は前のめりになって、海斗くんを説得しはじめた。
「海斗くん、もう今更さあ、恥ずかしがること無いよ? 私だって使ってるのバレちゃったんだしさ、海人くんも素直に使ってるって言っちゃおうよ? 吐いちゃったらさあ、楽になるよ?」
「……だから……違うんだよ」
と言って海斗くんが、極太黒縁瓶底眼鏡ラブ(たぶん)を外してテーブルに置いた。
私はさっと手に取って柄を折りたたんでみた。
同じシャットダウンの音! そして開けば、私のと全く同じ、あの軽やかな起動音!
「ほら、同じ音鳴ってるよ? それに、ここ! 海斗くんの柄にも刻印されてるじゃん!!」
「……いや。……違うって」
もう~! 全部私のと同じじゃん!!!!
と突っ込もうとしたら、眼鏡を外した海斗くんの、私の見たかった素顔が、目に飛び込んできた。
――――私の目は、そのまま海斗くんの顏に釘付けになった。
「……か、海斗くん?」
私の知ってるのは、あの極太黒縁瓶底眼鏡ラブ(たぶん)の海斗君だ。
「――――だ、誰……?」
でも、今目の前に座っているのは。
キラッキラの笑顔の素適な、膝を汚してピアスを探してくれた、辞めたはずの、あのイケメンお兄さんだった。
「え? ええっ? ……えええ~~~っ!?!?!?!?」
「俺のはね、眼鏡LOVEじゃなくて、眼鏡non‐LOVE」
海人くんは極太い柄の外側を指差す。
そこには確かに、『Мegane non‐LOVE』と刻印が。
はあ………………?
――――それ、なんですのん……………………?
イケメンお兄さんに変身した海斗くんは、あんぐり大口を開けたままの私に、破壊力抜群のキラッキラで微笑んだ。
聞けば、眼鏡non-LOVE は眼鏡ラブの姉妹品で、正反対の作用があるそうだ。
愛想が良すぎる人のための製品で、人との距離を近しくならないよう保ってくれるという。
鼻パッドから放出される微量電流が表情筋を硬くさせるため、表情を抑え、話しにくいので口数を減らす効果がある。レベル5にすると、レンズは瓶底状態になって、相手が目を合わせにくくなり、より表情も読まれなくなるそうだ。
海斗くんは自分の顏にコンプレックスがあって、女性から声をかけられることに辟易していたんだって。
「みんな、俺自身を見てくれてないっていうのが、わかっちゃってさ。そう思って誘いを断ると、泣かれることもあって。だからこれ、使い始めたんだ。……佐伯さんとは、そういうことは抜きで話せたし、自分を一番知ってもらえた気がして。それにさ、一緒にいて居心地が良かったって言うか……だからあいつに取られたくなくて、慌てて出かける練習しようなんて誘っちゃって」
極太黒縁瓶底眼鏡non-LOVEを外した海斗くんは、口が自由になってスラスラ話している。
「辞めたなんて、嘘ついて、ごめん」
眩しい瞳が伏し目がちになっても、イケメンは尚眩しい。
海斗くんには海斗くんの悩みがあって、眼鏡non-LOVEを使っていたんだね。使ってみて、自分の笑顔の影響力に気が付いたそうだ。
だからあのとき、私に言ってくれたんだね。
「……私、海斗くんの事、もっと知りたいな」
極太黒縁瓶底眼鏡non-LOVEの海斗君のことは、少しは知ってるけど。
自由に話す海斗くんとも、もっとお喋りしてみたい。
私の言葉を聞いた海斗くんの顔が、みるみるキラッキラに変化する。
「例えば、どんな?」
うわー、笑顔、眩しすぎだよお。
キラッキラのその顔、見れないんですけど?
「えー、えーと……、休んでいた理由、知りたいな。……やっぱり私のせい?」
「ちがうよ。元々、休む予定にしてたんだ。俺、大学院受験したからさ。最後の追い込みで勉強して、それで昨日試験が終わった」
そうだったんだ。
休憩時間にスマホに真剣に向かってたの、受験勉強してたんだ。
「俺も、佐伯さん……えーと、なっちゃんの事、知りたいよ。また、その、……一緒に出かけてくれる?」
ドキドキしながら、うんと頷いて答えたら、嬉しそうな海斗くんの笑顔が……
輝きすぎだってば!!
私は恥ずかしくなって、むりやり海斗くんに眼鏡をかけさせた。
今はかけなくてもいいじゃないか、と抵抗する海斗くんに、私はお願いした。
「さっきまでの海斗くんとギャップありすぎなんだもん、恥ずかしすぎるから、レベル3位にしてかけといて! そのうち、素顔の海斗くんにも慣れるから!」
「これ、顔が疲れるんだよなあ」と海斗くんはぼやきながら、それでもかけてくれた。
「あと、一緒に出かけるときは絶対かけててね?」
どうしてと尋ねる海斗くんに私は答えた。
「だって! 他の女の子に、海斗くんを見せたくないから……」
その答えに、海斗くんが笑う。
レベル3でも、KOされそうな威力の笑顔だった。
眼鏡ラブ無しの私の表情は、海斗くんと一緒に話せることが嬉しくて、どんどん笑顔が零れてしまった。たぶん、海斗くんのレベル3と同位の笑顔になっていたんじゃないかって思う。
それぐらい、表情筋が動いてた。
向日葵に差し込んできた午後の日差しはまだまだ強くて、室温がさっきより上がっている気がする。
二人してグラスに手を伸ばして、冷たい自家製ジンジャーエールを、私たちは一緒に味わった。
ジンジャーがピリっと効いて、蜂蜜がほわんと甘くて、檸檬の爽やかな香りがふわりと広がった。
*
さてその後どうなったかっていうとね、
私は勤めて3年後には、眼鏡ラブをすっかり卒業した。
海斗くんは院を卒業して、遅ればせ社会人になり、今でも眼鏡non-LOVEのお世話になっている。キラッキラ笑顔は自分で加減できるようになったけど、「顔は自分ではどうすることもできないから」だって。なので、場面に応じて眼鏡non-LOVEを使い分けている。
え?
眼鏡ラブのことだけじゃなく、私たちのことがもっと知りたい?
じゃあ気になる人はぜひ、眼鏡ラブのホームページをチェックしてみてね。
『お客様からの喜びの声』欄にね、
『眼鏡ラブを使ってみた、東京都Nさんの場合』に、詳しく書いてあるからね。
そうそう、最近、画像も添付されたんだ。
なんの画像かって?
それはもちろん、私たちの「結婚式」。
~ Fine. ~
この度は、読者の皆々様、大変お世話になりました!<(_ _)>
『かけるだけで好感度アップ!? 特許出願中「眼鏡ラブ」を使ってみた、コミュ障の夏菜さんの場合』をお読みいただきまして、どうもありがとうございました。
夏菜、海斗くん、リリコさん、旦那さん、ハルカへの応援をありがとうございました。
笑顔でお迎えしますので、どうぞいつでも向日葵にお立ち寄りくださいね!
さて物語はいかがでしたでしょうか?
少しでも、面白かったよ!と思われましたら、
ブックマークや★の評価をいただけますと、執筆の励みになりますので、夏菜のようにポチリと押してくださると嬉しく思います。<(_ _)>
また、小説家になろう会員外の方も感想欄を解放していますので、もしよかったら声をお聞かせください。
作者あき伽耶、面白そうな人だなあと思いましたら、童話、恋愛、異世界モノ、純文学系作品など真面目から不真面目な幅wで書いてますので、↓広告の下、子猫のバナーにリンクがありますどうぞ見て行ってください♪
お読みいただき、本当にありがとうございました。
それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ……!