【7】 デートも必須の眼鏡ラブ
「夏菜ってば、すごい! モテ期到来じゃん!」
体育座りをしたハルカが、クッションを抱き締めながら叫んだ。
「ちょっとハルカ、隣に住んでる人に聞こえるよっ」
「すごいじゃん! この眼鏡買ったって聞いたときは、クーリングオフしろって説教しちゃったけどさあ。眼鏡ラブって言ったっけ? めちゃめちゃ効果あるじゃん!」
「私さ、別にモテたくて買ったわけじゃあないんだよ?」
「わかってるよお」
手をひらひらさせながらニマニマ笑うハルカは、果汁入り缶酎ハイをおじさんのように啜り上げる。
「それでさ、バイトのほうの男子、海斗くんだっけ? どんな人?」
「……うーん、ぶっとい黒ブチ瓶底眼鏡の無表情」
ハルカが缶をくわえて、それって大丈夫?って顔して覗き込んできた。
「風貌は気にはなるけどさあ、仕事覚えやすく教えてくれたり、困ったときはさっと助け船出してくれたり、イイ人なんだよ。あれ以上さ、表情が硬かったりしたら、さすがに考えちゃうけど……でもさあ……」
イイ人だけど、22年の人生で出会った人間の中で、無表情ナンバーワンなんだもん。
「へえ……夏菜、気に入ってんだ」
「そ、そんなんじゃないってばあ!」
「はいはいわかりました。それでさ、いつ映画行くの?」
「……明日」
「えっ、明日なの!? もうヤダ夏菜ったら、早く言ってよお! で?? 何着るの!?」
「いつものバイトと一緒だよ。Tシャツとジー」
質問したくせに、ハルカは私の答えを大声で遮ってきた。
「ぶあっかも~ん!!」
アルコール作用も手伝って真っ赤な顔のハルカは、波平さんになって一喝した。
「仮にも男の子と二人でデートだよ? Tシャツにジーンズ? ふざけるなっ」
「デートっていうか、デートのための練習……」
ハルカは私の言葉をスルーした。けっこう酔いが回ってる?
「この前アウトレット行った時に、夏菜、一目惚れしてスカート買ったじゃん! ほら、私が絶対に似合うっていうのにさあ、一目惚れしたくせにさんざん悩んで買ったやつ! こういうの可愛いからいつか着たい~でも~、とか言ってた、アレだよ!」
「えー、アレ? 帰ってきて改めて見たらさあ、なんか恥ずかしくなっちゃって……」
「ぶあっかも~ん!!!!」」
ぎゃ~っ、出たあ! 二度目の波平さん!
「夏菜! あんたが言ってた『いつか』っていうのはね、『明日』なんだよ? 『明日』のことなんだからね!!」
え~ん、ハルカが怖い。
ハルカは目をぎらつかせながら、私に詰め寄った。
「いい? 着替えたら明日出かける前に私に画像送るんだよ? そうしないと、夏菜ぎりぎりになって「やっぱ止めた~!」とか言って、Tシャツとジーンズに着替えちゃうでしょ!? いいね、絶対送るんだよ!?」
それからハルカは祝杯だともう一本缶を空け、同じことをもう一度繰り返し言って、私に釘を刺してから帰っていった。
*
翌日、ハルカが前日に「やっぱ男子には二の腕だよ!」と見立ててくれたノースリーブの淡い檸檬色のカットソーと、箪笥の肥やしになりかかっていた、一目惚れ小花柄のマーメイドフレアスカートを着て、ハルカ様にご報告した。
自分の画像を見た私は、ふと眼鏡ラブを外して行くのもコミュ障の練習になるかも……?と思って、眼鏡を外して柄を折りたたむ。
眼鏡ラブはシュルルン♪ とシャットダウンした。
眼鏡無しでも、最近の私は笑顔も作れるようになってきたし。
会話は自信ないけど、相手はあんまり喋らない海斗くんだし。
海斗くんとなら、リラックスして話せるようになってきたし。
今日は眼鏡ラブなくても大丈夫かな……?
…………でもやっぱり半日二人で過ごすのかと思ったら、じわじわ緊張してきちゃった。
ずっと無表情の海斗くんと二人って……。
結局、私は眼鏡ラブを手に取り、いつものファンファ~ン♪ という起動音を聞きながら耳にかけた。
*
最寄り駅には私よりも早くに来ていた海斗くんが立っていた。
海斗くんはいつものようにジーンズだったけど、襟元にボタンのついたカーキのVネックTシャツに、ボディバッグ。お姉ちゃんが3人もいるせいなのか、なかなか決まってた。私は心の中で、私の服装を推してくれたハルカ大明神に感謝した。
「……佐伯さん、……スカートなんだ」
「いつもジーンズだから……変かな」
「……そんなことないよ」
海斗くんは片手で鼻と口を覆う。
「……その……似合ってる」
もごもご塞がれて聞こえにくかったけど、お世辞かもだけど、一応誉めてくれた。
手で塞ぐと、顔が隠れてますます表情はわからない。
頑張ってそんなことを言ってくれたからか、耳は赤かったけど。
電車に乗って数駅先の繁華街にある映画館まで二人で向かう。
口数が少ない海斗くんだけど、その分、こちらも無理に話をつなげなくてもいいし、話題を必死に見つけなくても良かった。時々お互い話したい時に話す、そんなテンポ感で居心地は良かった。
見に行った映画はハリウッド映画で、子どもが夏のバカンス先で強盗に誘拐されちゃうけど、犯人と仲良くなって、離婚寸前だった両親を改心させてしまうっていうよくある物語。でもね、いっぱい笑えて、最後にはしっかり泣かされた。
私は眼鏡ラブをかけてたから、涙は極力抑えた。だって瞳キラキラ機能が、涙目でもっとキラキラしちゃったら困るし、それにアイメイクもいつもより念入りにしちゃったから、パンダになりたくなかったんだよね。
海斗くんもたまらず鼻をすすっていて、手を頬に当てていたから、涙を拭ってたようだった。
へ~、無表情だけど、意外に感動しいなんだあ。
こういう時って、知らぬ素振りをしてあげたほうがいい気がして、エンドロールをひたすら睨んでいた。
海斗くんはよっぽど感動して涙が溢れていたのか、ハンカチを取り出して、あの極太黒縁瓶底眼鏡を顔から外すと、眼鏡を静かに折り畳んだ。そして涙を拭って、眼鏡の柄を開き、耳にかけた。
なにげない、一連の動作だった。
でも!
てもてもでも!!!
エンドロールで流れている大音量のサントラに紛れて、私はいつも聞き慣れているあの音を聞いてしまったのだ。
眼鏡をはずして柄を折りたたんだ時の、シュルルン♪ というシャットダウン音。
そして柄を開く時の、ファンファ~ン♪ という起動音。
今の音って……?
もしかして、海斗くんも?
眼鏡ラブ、使ってるの!?
使っているのに、あんなに無表情なの!?!?
――それってさすがに、
大丈夫!?!?!?!?
お読みいただき、ありがとうございます(^-^)/
明日は、第8話「質問させてよ眼鏡ラブ」です♪ (全9回)