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【6】 好感度アップすぎるでしょ眼鏡ラブ

 生れて初めて貰った「カワイイ」発言に固まっていると、お喋りな男子学生くんの発言に続き、他の男子たちも次々と「カワイイよ」と言い出してワイワイ盛りあがる。


 こういう時どう返したらいいんだろ?

 えーと、リリコさんなら、もう何言ってんの~、って常連のおじいちゃん達の背中をバシバシ叩いてたけど……


 フリーズ状態の私は、自分の顔がいっそう強張るのを感じて。

 なんとか、リリコさんみたいにさらっと返すんだ!

 ああ、だけど表情筋、めっちゃ硬くなってるよ……! 


 さっき眼鏡無しの時、一生懸命に表情筋を動かしていたそのノリで、私は『笑顔!笑顔!』とさらに念じた。


「何言ってるんですか~、そんなことないですよ~」


 でも私、今は、()()()()()()()()()()()()()()……!

 眼鏡ラブをかけたまま、こんなに強く念じちゃったら……!?

 

 やばっ……!


 はっと気がついた時には、表情筋が信じられないほど動いて、大満開の笑顔が私の顔には作られてしまってた。


 男子たちはそれで一気に盛り上がった。最初に声をかけてきた男子学生くんは真剣な眼差しで私をじっと見てる。

 私は焦って、いつもの「ご注文、お決まりになりましたか?」というセリフで、なんとかその場をやり過ごした。




 自分でも想像を超えた顔の動き方をしちゃったので、頬をさすりながらキッチンに戻ってくると、海斗くんが待ち構えていた。


「……今の営業スマイル?」


「え?」


「……笑いすぎ。……知らないぞ?」


 や、やっぱり、笑顔作り過ぎちゃってたよね? 

 だって、眼鏡ラブを外したりつけたり、必死に取り繕ったり、……もう加減がわかんなくなってたんだよ。

 あんなに顔が動いちゃうなんて思わなかったんだよ…………!


 ――それに、「知らないぞ?」てどういう意味?


 海斗くんの言ったその意味は、男子学生たちの会計の時に知ることになった。




 *




「どうもありがとうございました!」


 注意深く営業スマイルで送り出す私に、先程のお喋りな男子学生くんが話しかけてきた。


「ねえ、今日バイト終わるの何時?」


 私は男子学生くんの顔をチラッとだけ見て答えた。


「えーと、今日は18時ですけど……」


「あのさ、そのあと一緒にお茶でもどう?」


「えっ?」


 こ、これって?

 わ、私、誘われてるってこと!?

 

 でもこの男子学生くんは、私の苦手なとてもお喋りなタイプで……

 だけど向日葵の常連さんだから、お断りするとお店に影響が……とまごついていると、うしろから海斗くんの声が飛んできた。


「今日はラストまでだよ。それに新メニューの試食会も! はい、ありがとうございました~!」


 海斗くんはいつも切れ切れに話すのに、この時ばかりは一気に喋って、男子学生くんを追い出すように外へ誘導してしまった。


 カランとドアを閉めて戻って来た海斗くんに、私は訂正した。


「私、今日は18時上がりだよね? 試食会なんて聞いてないよ?」


「……試食会なんて……嘘に決まってるだろ。……それよりも笑顔! ……気をつけろよ?」


 そう冷たい声で言うと、海斗くんはプイと学生たちのテーブルを片付けに行ってしまった。




 笑顔を作り過ぎると、こんなことがあるのかあ……

 あの優しい笑顔が眩しかったイケメン君にも、ファンの女の子たちがいたし……

 ややこしいことにならないように、気をつけなくっちゃ。


 私はレジの後ろでそっと眼鏡ラブをはずすと、段階をレベル1に設定し直した。

 レベル1では心配だったけど、でもさっきみたいな失敗はもうしたくなかった。




 自宅から戻って来たリリコさんが、男子学生との顛末を知って気遣ってくれた。 


「ねえなっちゃん、今夜予定が無いなら閉店までいない? その彼にばったり会っちゃったら気まずいでしょ? その代わり明日は遅出でいいから」




 *




 この日は閉店時間前にお客さんが捌けてしまった。リリコさんはもう家に帰ってしまっていたので、旦那さんが一人キッチンから顔を出す。


「今夜は早めに閉めるかあ。よかったらなんか食べてくか?」


 海斗くんと私に明太子スパゲティを出してくれた。

 そして、「オレも飲みたいから」とグラスビールまでつけてくれた。


 旦那さんは、食べている私たちの横で、ちびちびやりながらニヤニヤと話し出す。


「ここは学生の街だからさ、こんなこと今までもしょっちゅうあってさ。か~っ、いいねえ若いって! 元はと言えば、俺とリリコも……って、それはまたいつか、な! だから、なっちゃん、あんまり気にしなくていいから!」


と明るく笑いながら言ってくれた。


 旦那さん、優しいよお。

 


 お礼と挨拶を言って、カランと向日葵のドアを開けると、外の蒸し暑い空気に全身が包まれる。

 8月も下旬。それでも夜になると少しは過ごしやすくなってきた。


「……送るよ」


 夜の街を海斗くんと歩く。

 男子と二人でこんな時間に歩いたことないからか、ドキドキする。

 街燈も、なんかいつもより乱反射しているように見えるなあ。


 想定外の笑顔が原因で、海斗くんに助けてもらって……。

 あの笑顔のこと、海斗くんはどう思ったんだろう?

 営業スマイル? と言われたけど……

  

 私はなんだか胸がざわざわして、ちょっとだけ自分のことを話しておこうって思った。


「あのね、海斗くん。……実はね、私、初対面の人と喋るとかニコッとするとか、……もう無理ってぐらい超苦手でね……」


「……うん」


「こういう自分をなんとかしようって思ってさ、向日葵でバイトを始めたんだ……」


「……うん」


「だからね、笑顔の程度とかわからなくなっちゃうことがあって」


『男子学生たちに良く思われようとして笑顔を振り撒いた』なんて、海斗くんに思って欲しくない。


「また失敗しちゃうかもしれないけど~……、笑顔さあ、気をつけるね~……」


「…………うん」


 よかった~、話せたあ~。

 あれ~……?、どうしたんだろー……?

 なんか私、ちょとだけって思ったのにい、海斗くんが うん、うんって聞いてくれるもんだからあ、もっと喋りたくなってきちゃったなあ~。


「あのね~、最近よく思うんだけどさ~、私こんなかんじじゃあ~、いつまでたっても~、彼氏とかできないと思うんだあ~」


 私……、何を喋っちゃってんのかなあ~。

 こんなこと、人に喋っちゃあ、ダメだよお~。

 あ~でもさ~、誰かに語るのって、なんか気持ちいいよねえ~。


「ハルカに彼氏ができた時ね~、私彼氏とかあ、ほんと無理だよなあってつくづく思ったんだよね~。だって初めましてみたいな男の人となんか~、緊張しちゃって~、とても一緒に出かけられないも~ん、だいたいさ~、知ってる男の子と出かけたこともないしさ~」


「…………」


 なんか、さっきから気持ち良くて気分もフワフワするけど、足下もフワフワするんだよねえ~。

 なんだろ~、この感覚~。


「……佐伯さん。……酔ってるだろ」

 

 酔ってる……?

 酔って~………?


 ぐらり。


「……おい、真ん中歩くなよ! ……危ないって!」


 道の端っこ歩くつもりが、体が勝手に……ぐらぐらするんだもん。


 海斗くんに左手首をつかまれる。


「……しょうがないなあ」


 そのまま引っ張られて、歩き出す。


 私、酔ってるのかあ。

 だからこんなにベラベラと……


「……ほら、水!」


 途中で海斗くんが自販機で水を買ってくれた。

 半分ほど一息に飲んだら、酔いが薄らいで、頭が冴え始めた。


 やだっ、なんか私、イロイロ喋っちゃってたよ……!

 今更ながら超恥ずかしくなって、全身から汗が噴き出した。


「か、海斗くん、さっきの話忘れて! 戯言いっぱい言っちゃって……、もうお願いだから忘れちゃって!」

 

 ふだん無表情の海斗くん。

 自販機の灯じゃあ、ますます様子がわからないよお。 私の恥ずかしい話、どんな顔して訊いてたんだろ……


 その海斗くんが口を開いた。


「……俺、……初対面じゃないし」


「え」


「……初対面じゃないからさ、……一緒に、……出かけやすいかも」


「え?」


「……俺と出かけて……その……練習……してみない?」



 ――――私は穴が開くほど極太黒縁瓶底眼鏡の海斗くんの顔を見つめてしまった。

 半分酔っぱらってたから、そんなことができたんだと思う。



 出かける練習って……?


 こ、これってある意味、デ、デ、デートのお誘いですかあ?


 私、今日一日で、二人の男子に誘われちゃったってこと?


 

 これってやっぱり、好感度アップの眼鏡ラブ効果!?!?



 

 *




 そのあと海斗くんに、もう大丈夫と伝えたんだけど、


「……危ないから」と、


 ずっと手首を握られたまま、送ってもらうことになっちゃって。


 酔いが冷めてきたはずなんだけど、街燈の光がまだ乱反射していて、やけに奇麗だった。






お読みいただき、ありがとうございます(^-^)/

明日は、第7話「デートも必須の眼鏡ラブ」です♪ (全9回)

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異世界恋愛童話ほっこり&ほろり現実恋愛童話かわいい 童話げんき詩短編エッセイ
― 新着の感想 ―
[良い点] 男子学生を上手くあしらって夏菜さんを庇う海斗くんは、機転が利いていて実に頼もしいですね。 酔った夏菜さんを介抱してキッチリと送り届ける所も、実に頼もしくて好感が持てます。
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