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【5】 どうしよう眼鏡ラブ

 バイトに出かける支度がすんだ私は、最後に眼鏡ラブをかけようと、いつものように柄を開く。

 

 あれ、起動音がしない……?

 

 見ると充電ライトが赤く点滅していた。


 「し、しまった~、充電忘れてた! ど、ど、どうしよう!?」


 これじゃお客さんに笑顔で「いらっしやいませ」なんて言えないよ?

 ついこの間リリコさんに「なっちゃんの『いらっしゃいませ』、最近ホント気持ち良くていいよね~っ」と褒められたところだったのに…… 

 もう出発しないと間に合わないし、今から「休みます」なんて言えないし……


 慌てた私は、ワタワタとマンションの部屋の中を往復して、考えを巡らせた。


 どうしよう、どうしよう……?

 と、とにかく、「いらっしゃいませ」は、一生懸命声出して行こう! 

 表情の硬さはどうしたら……? 

 そうだ、よく目が見えにくい人が、目を細めていたりするよね。細目って笑った感じに似てるよねえ?


 急いで鏡の前に立って、目を細めてみた。

 ググって知った技、「ウイスキー」って言ったまま、口角をストップさせた。


 ……微妙だけど、とりあえず笑ってる感じには……見えた!

 で、もし何か言われたら、『眼鏡忘れちゃってよく見えなくて~』とか言ってごまかす作戦でとにかく乗り切ろう!

 充電が100パーになるまでの数時間程度なんだから、きっとなんとかなるよね?


 私はミスの無いように、携帯用バッテリーを眼鏡ラブにしっかりと差し込んで、カバンの中に入れた。




 *




 向日葵の三人には「眼鏡忘れちゃったみたいで~」と尋ねられてもいないのに、先手必勝で宣言した。

 いつもとの表情の違いを知られたくないから、なるべく目を合わさず下を向いて開店準備をこなす。


 眼鏡ラブが無いと、心もとないよお。


 最近自分の笑顔にちょっぴり自信がついてきて、顔も堂々と上げられていたけど、やっぱりあれは全部眼鏡ラブのおかげなんだよね。

 眼鏡ラブが無いと以前の私に戻ってしまったかのように、バクバクと緊張し、顔が強張ってきちゃった。

 さっき鏡の前で練習したあの微妙な笑顔さえも、できない気がしてきたよお。


 カランとドアが開けられ、最初のお客さんだ。

 大きい声で挨拶!

 目は細めて!

 そして口元は……そう、ウイスキー!!


 ところが。

 

 カランと音が聞こえた瞬間、私の表情筋は勝手に大きく動いた。

 頬の筋肉が柔らか~く動いて、ナチュラルに口角が上がり、いつもの明るい声が喉から飛びだした。


「いらっしゃいませ~!」


 あれ?


 私、出来てる……!

 リリコさんが誉めてくれた「いらっしゃいませ」、出来てるよ? 

 ど、どういうこと!?


 自分に驚いちゃって、立ち尽くして動かない私の横を通って、海斗くんがお冷とおしぼりを持って行く。


 次のお客さんがカランとやってくると、私の安定の「いらっしゃいませ~!」がまた響いた。

 驚きつつも、今度は私がお冷とおしぼりを持って行く。

 またカランと鳴ると、私は自然に入り口を向いて「いらっしゃいませ~!」と、いつもと何ら変りなく笑顔で言えていた。


 お冷とおしぼりを運びながら、眼鏡ラブを使ってないのにどういうことなのか、首を捻って考えてみた。


 ――――もしかして、これって、『条件反射』ってやつなのでは?


 どうやら『カラン』と鳴ると、笑顔と「いらっしゃいませ~!」は自然に飛び出るようになっていたみたいだ。

 半月以上装着していた眼鏡ラブの微量電流に鍛えられて、私の表情筋は以前よりも動くようになっていたみたい。

 「いらっしゃいませ~!」以外の笑顔は、「笑顔だよ、笑顔!」と一生懸命念じながら自力で表情筋を大きく動かすと、笑顔らしき顔が作れているようだった。

 いちいち念じたり動かしたりするのは大変だったけど、眼鏡ラブ無しでもそれなりに笑顔を作れるようになって、めちゃめちゃ嬉しいよお。




 本日のまかないタイムは、豚丼定食。これもお肉と玉ねぎに甘辛ダレがたっぷり絡んでおいしいんだよ。向日葵で初めて食べてから、虜になっちゃったんだよね。

 私は昼食休憩をのんびり過ごすけど、海斗くんはいつも急いで食事を済ますと真剣にスマホに向かい合っている。ゲームをやってるわけじゃないみたい。でも今日はそれを切り上げて、珍しくイヤホンをつけて何か音楽を聴いているようだ。あいかわらずの極太黒縁瓶底眼鏡で無表情だけど、時々体が曲にあわせて動き、リラックスしている雰囲気が伝わってくる。

 私ははたと思いついて、自家製ジンジャーエールを一杯作り、海斗くんの目の前に置いた。


 海斗くんはいイヤホンをはずしながら、顔をこっちに向けた。


「……え、なに?」


「私のおごり」


「……え?」


「海斗くん、なんか楽しそうだから」


「……今、休んでたところでさ。……サンキュ」


 休憩中なのに今休んでたって。

 私よりコミュ障だからなのか、ちょっと何言ってんだかよくわからなかったけど。

 私が席に戻るのを見届けながら、海斗くんはイヤホンをつけると、爽やかに香る黄金色を一口飲む。


「うまい」


 親指を立てる海斗くんに、私の口元は自然にほころんで、同じポーズで応えた。 

 キッチンの方から視線を感じたので見てみたら、旦那さんとリリコさんがニカッと親指を立てていた。

 向日葵の自家製ジンジャエール、おいしいですよね~! と、私もいいねサインを返しておいた。




 *




 休憩が終わる頃、充電が終わった眼鏡ラブの柄を開いて、ファンファ~ン♪ と小さな起動音と共に装着する。


 あー、これだよこれ! やっぱり落ち着くよお。

 もう充電忘れないようにしなくっちゃ。


 リリコさんが眼鏡をかける私に気がついたので、「かばんの奥に入ってまして」としれっと言って、そのままさっさと注文を取りに行った。

 お客さんはいつも来ている他大学のサークルの学生たち。サークル内では結構お喋りな男子学生の一人が、私を見て「あれ?」という顏をする。


「さっき休憩中、眼鏡はずしてたよね? 眼鏡かけてもカワイイけど、眼鏡無しもカワイイよね」


 え!?

 

 カ、カワイイなんてこと、そんなこと今まで男子に言われたこと無いよ!?

 眼鏡の時は、瞳キラキラ機能のおかげだと思うけど、眼鏡無しもカワイイって……?


 私は人生で初めて言われたカワイイという誉め言葉に、ドキドキして、ガチガチにフリーズしてしまった。






お読みいただき、ありがとうございます(^-^)/

明日は、第6話「好感度アップすぎるでしょ眼鏡ラブ」です♪ (全9回)

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異世界恋愛童話ほっこり&ほろり現実恋愛童話かわいい 童話げんき詩短編エッセイ
― 新着の感想 ―
[一言] 眼鏡ラブをかけていなくても笑顔を作れるようになったのは、大きな一歩と言えそうですね。 確かに、同じ動作を繰り返す事で特定の筋肉を定期的に使っていれば、その動作は自ずと体にしみついてきますから…
[良い点] 毎日楽しく拝読しています! 物語も後半に入りますね。がんばってくださいね♪ 
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